21/107
第19話:情報公開
ログイン26回目。
一度ログアウトして家事と食事を片付けて、俺は再度ログインした。
ログインしたままでもよかったんだがリアルのこともしなきゃならんし、何よりその方が効率的だったからだ。
GAOには色々なステータスがあるが、その中の1つである眠気度についての問題もあった。人間、ずっと起きて活動していると眠くなる。それがGAO内でも再現されているのだ。
で、その眠気度だが、連続活動時間が一定を越えると集中力の低下、アーツや魔法の発動ミス、ステータス低下等を引き起こし、いい事など何もない。限界を超えると寝落ちしてしまい、その場合は何をやっても一定時間は目を覚まさなくなってしまう。フィールドで寝落ちしてしまえば、幸運に恵まれない限り悲惨なことになるだろう。
ちなみにこの眠気度は、ステータス画面で確認できない。そういう仕様だ。プレイヤーが眠気を感じたら、それがそろそろやばいというサインになる。色々と工夫すれば寝落ちまでの時間を引き延ばせるらしいが、そこまで無理をするのは廃人プレイヤーでも少数派らしい。
眠気の解消方法は2つ。GAO内で一定時間睡眠をとるか、ログアウトして一定時間経過するか、だ。よってログアウトした方が時間を有効に使えるというわけだ。ゲーム内で睡眠できるようにしてる事自体に、何かの意味があるんじゃないかと勘ぐってるプレイヤーもいるみたいだけどな。
で、俺はすることがないのでツヴァンドの散策をしている。採寸が終わった以上、俺がそこにいて役に立つことはない。色々と着てみないかと誘われたが辞退しておいた。
しかし採寸って面倒なんだな。まさかあの場で演武じみたことをさせられるとは思ってなかった。手足の可動範囲や装着時の遊びを確認するためだったらしいが。まぁ後はシザー達に任せよう。さて、どこから見て――
「む、フィストではないか」
「スウェイン?」
名を呼ぶ声に振り向いてみれば、そこにいたのはスウェインだった。あれ、まだこの街にいたんだな。とうにこの先のドラードの街に行ったとばかり思ってた。
「どうした、もうアインファストの食材は食べ尽くしたのか?」
当分はアインファストで活動するって伝えてたからな。俺がここにいるのは意外だろう。
「いやぁ、まだ湿地の方は手つかずだし、岩場の方もロックリザードしか狩れてない。しかもそいつが規格外の奴だったんで大変だった」
「それは興味深い話だな。どうだ、時間があるなら私達が滞在している宿に来るかね? 色々と話も聞きたい」
む、ならちょうどいいな。
「俺からも相談したいことがあったんだ。案内してくれるか」
街の散策は今度だ。情報交換、これ大事。
で、どうして俺は宿の厨房を借りてロックリザードを調理してるんだ……?
「フィストおかーさーん、お腹減ったよー」
「えぇい、厨房に入ったばっかりで料理が完成するわけないだろ、少しは我慢しろ欠食児童。それから誰がお母さんだっ」
テーブルの方から聞こえるウェナの笑いが混じった声に返事して、俺は料理を開始する。
【シルバーブレード】と再会後、まずはロックリザードの話をした。またまたご冗談をと最初は信じてもらえなかったが、撮っておいたSSを見せると納得してくれた。その後で野宿した話や肉を食べた話をしたんだが、それがまずかった。
食べたい、と皆が口を揃えたのだ。いいや、確かに打ち上げの時に、いずれなと受け流したけどさ、こんなに早くやることになるとは思わなかったぞ。【調理】はあれからちょっとしか上がってないってのに。
しかしどうするか。串焼きにでも……って、串がないな。
「……あれにしてみるか」
ストレージリュックサックから材料を取り出す。卵に小麦粉、それからチーズとパンだ。
まずパンの中身だけをほじくり返して即席のパン粉を作る。それから卵を溶いておく。
手頃に切ったロックリザードの肉に小麦粉をまぶして溶き卵にくぐらせ、その上からパン粉をまぶす。
む、この宿の女将さんが興味深げに見てるな。恰幅のいい、いかにも肝っ玉母さんといった感じの人だ。何かプレッシャーだな。
処理した肉の半分にはチーズを挟んでおく。食感が笹身に似ているので、笹身フライのレシピを引用してみた。後は揚げるだけ――って、しまった、ソースがない……
えーと、何か替わりになる物はないか……ソースをこの場で作るのは不可能だ。フライの味付けと言えば何だ? 醤油……ない。ポン酢……ない。ケチャップ……ない。タルタルソース……マヨネーズがない。いや待て、マヨネーズは作れるはずってレシピ知らん! 普段は店で買ってるんだから仕方ないだろうっ!? 一般的独身男は自家製マヨネーズなんて作らんよ!
「どうしたんだい?」
迷っていると女将さんが声を掛けてきた。
「いえ、実は、作る予定だった料理に使う調味料がないことを失念してまして……」
「こいつを油で揚げるんだろう? どんな味付けならいいかねぇ」
腕など組んで一緒に考え込む。
「少し酸味のあるソースがよさそうだけど、時間が掛かるのは無理そうだしね」
ルーク達の方を見て女将さんが苦笑い。そうなんだよなぁ……トマトを煮詰めればトマトソースは作れそうなんだが時間がなぁ……畜生あいつら期待に目を輝かせやがって。餌を待つ雛鳥か!
困った時の検索頼み! ログイン中もリアルのネットに繋げるのは本当に有り難い。マヨネーズのレシピさーん。出てきて下さいな……っと出た! よし、これなら何とかなる! タマネギタマネギ……それから卵を茹でて……
「あ、女将さん。ピクルスと油を少し分けてもらえます?」
「はいよ。何だか楽しそうだねぇ」
「いや、必死ですよ。せっかく作るからには、美味しいって言ってもらいたいじゃないですか」
自分だけが食べるならどうとでもなるが、他人の評価は気になるところだ。不安しかないぞ……いや、少しだけ期待もあるし、ワクワクしてる自分もいるな……いやいや、今は料理に集中集中。
結果だけ言うと、ロックリザードのフライは好評だった。
試食を頼んだ女将さんも美味いと言ってくれたし、ルーク達の反応も上々。自身の舌でも満足いく出来だった。素晴らしいな、ロックリザードの肉。今回の評価は確実に肉のお陰だろう。俺の腕? 10レベルに満たない【調理】で、俺の腕だなんて血迷っても言えないよ。
ただ、タルタルソースについては個人的に不満があったのでまた作ろうと思う。その前にマヨネーズだけどな。
おかわりを、などと言い出したので、一度だけ了承した。あと、他の客が興味を示していたので、そちらの分も作った。
それも結構な速さで無くなり、更にルーク達が申し訳なさそうにおかわりを要求してきたが、さすがにそれは断った。俺自身、まだロックリザードは味わい尽くしてないのだ。そうそう肉の放出はできない。こうなると分かっていれば、ギルドに売る肉をもう少し手元に置いておくんだったな。材料調達してきたら作ってやる、と言っておいたので、その気があれば狩りに行くだろう。
他の客にも好評だったので、女将さんにフライとタルタルソースのレシピを伝授しておいた。こちらも材料持ち込みが前提の隠しメニューにするそうだ。ロックリザードの肉ってアインファストだとともかく、この辺りだと入手が難しいみたいだし仕方ない。
「で、どうしてお前達、まだこの辺りで燻ってるんだ?」
一息ついた後で【シルバーブレード】の近況をルークに聞くことにする。
「一応、ツヴァンド周辺の状況を確認してたんだ。でもそろそろドラードへ移動するつもりだよ」
「βの頃と比べてどうだ?」
「特に変化はない。獣や魔物の分布も変化なさそうだし」
βテスターはここまでは来ることができていたらしいし、本当の意味で未知の領域はこの先だしな。まぁ俺はこの辺りは初見だし、ゆっくりと散策することにするさ。
「でもフィストは早いとこドラードへ行きたいんじゃないか?」
「何でだ?」
「だってあそこ、港町だからさ」
素っ気なく言うルーク。しかし俺にとってそれは重要な意味を持っていた。
街の名前は知っていた。でも、どんな所かは知らなかった。港……つまり、海。海ということは……海産物っ!
魚とか貝とか塩とか海藻とかの海の幸。それがこの先にあるというのか……行きたい、是非とも行きたい! しかしツヴァンド周辺にだってまだ食べてない物があるし、アインファストの湿地だってまだ行けてないし……ぬぅ……っ
「俺達はドラード周辺でしばらく活動する。でもフィストがアインファストやツヴァンド周辺の食材を制覇する頃にはもっと先に行ってるだろうな」
「だろうな。攻略組は大変だ……っと、そうだスウェイン。相談したいことがあったんだ。解体スキルのことでな」
「この間のメールで概要は把握した。それ以降、何か問題があったか?」
「あぁ。でもその前に報告だ。プレイヤーによる解体でも、他プレイヤーの修得条件は満たせた」
「ほう……」
スウェインが目を細める。
「その上で、だ。解体スキルの情報を公開する事についてどう思う?」
俺の懸念は住人達へ迷惑が掛かることだけだ。それがないなら公開することに否はない。ただ俺個人がこの手のゲームに疎いので、そういう情報公開をどのくらい積極的にしていけばいいのかが分からなかったのだ。
「フィストが以前危惧していた、スキル持ち住人への押しかけは緩和されるだろうな。それに、あれから考えてみたのだが……解体スキルを修得したがる者がそれ程多く出るのだろうか、ということもある」
どういうことだ? プレイヤーとしてなら、実入りが増えるのは大歓迎じゃないだろうか。
「これが、解体用ナイフ一刺しで実行できるスキルなら、誰もが欲しがるだろう。が、実際は、全部手作業だ。解体に時間が掛かるということは、スキルアップのための戦闘に割く時間が減るということでもある」
まぁ、そうだろうな。実際俺も【解体】を始めてから戦闘系スキルの上昇は緩やかだ。レベル上昇による補正も入ってるんだろうけど。
「そして、問題はその手作業だ。一体何人のプレイヤーが血と脂と臓物にまみれてでも実入りを優先するか。しかも解体を得てしまったら、自動ドロップが無効になるという。実入り面では大きいが、それ以外の部分がかなりのデメリットにも映るのだ」
シザーもそんな感じのこと言ってたな。あー……考えてみれば当然か。俺自身が解体作業に忌避感がなかったから気にも留めなかったが、普通はそうなんだよな。なんだ、深く考える必要もなかったのか……
「てことは、他の修得者も、それが理由で公表してないのかもしれないな」
最初から、修得したがる奴はいないだろうと判断しているのかもしれない。
「他の修得者? プレイヤーでフィスト以外に解体を修得している者がいるのか?」
「いや、そう推察できる情報がある、ってだけ」
シザーから聞いた話をスウェインに話して聞かせる。状況から見て、まずプレイヤーの仕業だと思うんだが。
「こっちの方では騒ぎになってたりしないか?」
「掲示板で血や内臓の話があったのは確認していたが、なるほど、解体の結果による副産物というなら納得できるな。解体の結果による痕跡にも倫理コードは働かないということか」
「目撃者はご愁傷様なんだけどな。でも、そうか。それなら解体については情報公開しておこう。で、その時の受け皿は俺がやる」
まずはスキルの詳細を掲示板で公開。その上で反応を見て、希望者には俺が実演して見せよう。
「いいのかい? 一気に押し寄せてくる可能性もあるよ?」
シリアが念を押すように尋ねてくる。まぁ、そうなったら何とかするさ。
「情報を公開した時点で、それが俺以外にも教えてもらえるものだってのは気付くだろ」
俺にそれを教えた誰かがいる、ってことくらい分かるだろう。そこまで考えが至れば、誰になら教えてもらえるかの予想はつくはずだ。選択肢はそう多くない。
でも、スウェインの予想が正しければ、希望者自体は少ないはずだ。それに、修得条件を満たしたからって、そのまま修得しなきゃいけないわけじゃないしな。
「とりあえず、どのスレに書き込めばいい?」
「んー、スキル総合スレでいいんじゃないかな。あと、さっきの痕跡関係は雑談スレだったから、スキル総合に詳細報告して、雑談へはそっちへのリンク張ればいいと思うよ」
「ん、じゃあウェナの言うとおり、やってみるか」
公式掲示板を立ち上げて書き込みをする。ううむ、緊張するな。
「ところで、この手の情報ってやっぱり基本的には公開しなきゃいけない風潮なのか?」
作業をしながら聞いてみる。情報の独占とか、忌み嫌われないだろうかという意味だ。
「攻略や情報共有の掲示板での情報交換は頻繁に行われている。どこにどういった動物が出るか、どの魔物にどんな特殊能力があるか。そういう当たり障りのない情報は積極的に出してもいいだろう。誰も損をしないからな」
「でも、スキルやアーツ、魔法の情報はそんなに多くないよ。既存のスキルなんかの検証系では情報の持ち寄りもあるけど、隠しスキルは秘匿されたままってことは珍しくないし。だってそれだけで有利に働くんだもん。解体も本来はそういう情報だし」
「特殊な素材の得られる場所等も、秘匿されやすい情報だな。独占したいと思うのは人のサガだろう。事実、我々にしても、公開していない情報というのはあるしな」
ふむ……あんまり難しく考えず、自分が黙っていたい情報は黙ってればいいのか。とはいえ、あんまりそういう情報を俺が得ることはなさそうだけどな。攻略最前線を突っ走っているわけじゃないし。いや、今回の【解体】はその手の情報なんだろうけど、そう頻繁にあることじゃないだろう。
「ま、臨機応変にいけばいいのか」
よし、書き込み終了。後は反応を待つとして、
「さて、それじゃあ……ツヴァンド周辺の獲物の情報、一通り教えてもらえるか? 特に食えるやつ優先で」
俺にとっての最重要情報は、それ以外にはないのだ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。