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ゲート・オブ・アミティリシア・オンライン 作者:翠玉鼬
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第18話:コスプレ屋

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 フラグなんて無かった。
 駅馬車は何のトラブルもなくツヴァンドに着いてしまった。いや、しまったなんて言っちゃ駄目か。何事もなく無事に着いたのならそれが一番なのだから。
 駅馬車の旅は割と快適だった。街道がある程度整備されていたからだろう、乗り心地は悪くなかった。以前乗ったことがあるルーク達の馬車よりも上だった。あれは輸送用の幌馬車ベースなので、比べるのも酷なんだが。
 ツヴァンドの街並みはアインファストとあまり変わらない。ただ、街の規模としてはアインファストより小さいようだ。入る前の外観だけで判断すれば、3分の2くらいの印象だ。
 さて、時刻は夕方。レイアスに紹介してもらった店に行くにはまだ問題ない時間だろう。渡されていた地図を頼りに通りを歩く。住人達もプレイヤーもそこそこいて、アインファストほどじゃないが賑やかだ。街並みはそう変わらない。同じ国の街だからだろうか。
 店にはそう時間を掛けずに到着した。結構規模が大きいな。レイアスの工房の何倍もある。色々とやっているという話だから、規模もそれに合わせてるんだろう。
 扉を開けて中に入った。
「いらっしゃいませー!」
 女性の声が元気よく迎えてくれた。が、それよりも俺の目はある一点に釘付けになっていた。
 それは店の中央に鎮座していた。それは剣だった。俺はそれを知っている。
 それは、剣と言うにはあまりにも以下略――そう、某黒の剣士が振るう大剣だった。
 そしてその隣にある物にも同様に目を奪われた。その大剣とセットと言っても過言ではない漆黒の全身金属鎧。頭部は狼のような形状をしている。
 な、何でこんな物がこんな所に……
「あはは、やっぱりビックリしますかー」
 出迎えてくれた声が今度は近くで聞こえた。いつの間にやら店員さんが傍に来ていたようだ。
 ウェーブのかかった長い金髪に紅い瞳。えーと、箒は持ってないけど、服装は某弾幕シューティングの魔法使い……?
「あの、何ですかここ……?」
 用事があって訪ねてきたというのに、思わず聞いてしまう。店員は可愛らしく小首を傾げた後、はっきりと言った。
「ここは武具販売店『コスプレ屋』です」

 
「話は聞いているよフィスト氏」
 紹介状を店員に手渡した後、奥から1人の男がやって来た。中肉中背で髪は黒。長髪を首の後ろで束ねている優男だ。
「初めまして。吾輩はこの店、コスプレ屋の店長をやっているシザーという。そしてこちらが吾輩の公私にわたるパートナーである――」
「スティッチです。よろしくね、フィスト君」
 よく見ると2人の左手薬指には同じデザインの指輪が嵌まっていた。公私にわたる、ってことはリアルでも夫婦か恋人なんだろうか……いや、羨ましくないぞリア充なんて……っ
「初めまして、フィストだ」
 お互いに挨拶を済ませたところで、俺は再度問うた。
「で、この店は何なんだ?」
「見ての通りの武具店だ。ただ、多分にリアルを持ち込んでいるがね」
 あっさりとシザーは答えた。しかし……店の名前といい、品揃えといい、どう見てもコスプレ衣装専門店にしか見えないんだが。しかもリアルを持ち込んでるってどういう事だ? ゲーム世界に二次元を持ち込んだの間違いじゃないのか?
「実は吾輩達、リアルではコスプレ用具専門店を営んでおってな」
 って、そういう意味のリアルかよ!?
「夫婦揃ってβテスト権を得てこのゲームを始めたのだが、目に映る武器や防具、衣装に感銘を受けたのだ。コスプレ衣装と言ってもリアルでは色々と限界がある。しかしこの世界では質に拘ることができる! 本物すら作ることができる!」
「実際にものが斬れる刀剣類! 金属を使った本物のプレートメイル! リアルに存在しない未知の素材!」
「アニメや漫画、ゲームに出てきたあんな武器やこんな衣装!」
「それをイベント会場内限定ではなく、堂々と着て表を歩ける素晴らしい環境!」
「それらを目にして、ただ冒険だけに時間を費やせようか!?」
「無理! そんなこと絶対無理!」
「ならば作ろうではないか! 我らの心が赴くままに!」
「神様も言ってます! 汝の成したいように成すがよいって!」
 うわぁ、一気にテンション上がったよこの夫婦。しかも何だこのテンポ。打ち合わせでもしてたかのような淀みない掛け合いで最後にポーズまで決めてドヤ顔か……それからスティッチ、それは確かに神様だけど邪神様だ……
 あぁ、レイアスが口ごもった理由がしっかりと理解できた。
 改めて、俺は店内を見渡してみる。さっきの剣と鎧以外にもあるわあるわ。
 金の鳥のような模様と紅い宝玉が填め込まれた青色の盾。某魔法少女が振るっていた戦斧。某召喚勇者が持ってた神剣であるはずの棍。星座をモチーフにした戦士達が纏っていた鎧……他にも見たことあるような衣装や武具が目白押しだ。節操がないな!
 まぁ、いいか……趣味は趣味だ。俺が口を出すことじゃないし。腕が立ってちゃんとした防具を作ってくれるなら文句があろうはずもない。
「ごめんください」
 気を取り直して本題を切り出そうとしたところで店に入ってくる人がいた。
 厳密には人ではなかった。長く美しい金髪に整った顔立ち、そして長くとがった耳の女性……エルフだとっ!?
 そうだった。この世界、エルフやドワーフといった亜人が存在するんだった。アインファストでは全く見かけなかったからすっかり忘れてた。
 プレイヤーのキャラクターとしては人間以外を選択することができないので、このエルフ女性はNPCということになる。へぇ、住人もプレイヤーの店に顔を出すんだな。
「いらっしゃい、お待ちしてましたー。注文の品、できてますよー」
 スティッチがカウンターへと移動する。そして足元から出した物はレザーアーマーだ。金の縁取りが入った蒼い――って待て! 女性エルフにそのデザインの鎧だとっ!?
「若干アレンジを入れているが、気付いたかね?」
「気付かないわけがないだろう」
 革鎧は腹も覆うタイプだったので差違がある。これが胸甲で、服が丈の短い緑のワンピースでレイピア提げてたら完璧だったのに。残念ながら彼女の服は白色で、しかも下はズボンだ。提げている武器も小剣だし。まぁ顔立ちが違うので瓜二つにはなり得ないわけだが、やっぱり狙ってあのデザインにしたのか。
「どうだね、楽しいだろう?」
「楽しんでるのはあんた達だろう?」
「当然だとも。だが、客に満足してもらうというのが前提条件にして絶対条件だ。彼女は納得してあれを注文し、我々は作り上げた。何も問題はない」
 いや、確かにそうなのかもしれないけどさ……
「ところでフィスト氏にお薦めな装備があるのだが」
「普通のでいい……」
 いや、実のところ、このゲーム内での装備ってコスプレと大差ないんだけどな……

 
「さて、本題に移ろうか」
 店の奥の作業場に案内され、ようやく今回の来訪目的の話になった。
「まず、その皮を見せてもらおう」
 俺は取り出したロックリザードの皮を作業台に乗せて広げた。おぉ、とシザーの口から驚嘆の声が漏れる。
「これは見事な……君が仕留めたと聞いたが?」
「ああ、俺が仕留めて、俺が剥ぎ取った」
「ほう……ドロップではないのか?」
「俺が修得してるスキルの効果だ」
 そう言うと、ふむ、とシザーが考え込む。
「ということは、最近の騒ぎはそのスキルが関係しているのかもしれんな」
「騒ぎ?」
 何だ、【解体】について何かあったのか?
「いや、なに。以前からもあったのだが、フィールドで妙なものが見つかるようでな。大量の血の跡、動物の内臓、バラバラになったパーツ等々だ。一部ではイベントの前触れではないかと掲示板で騒がれているのだが、心当たりがあるかね?」
 イベントの可能性自体は否定できない。ただ、イベントではないと仮定するならば……
「俺と同じスキルを持ったプレイヤーによる痕跡の可能性があるな」
 ちゃんと後始末をしてないのだろう……だとしたら、住人の線は消えるな。それがどういう事を引き起こすのか、狩りで生計を立てている彼らが分からないはずはないし。肉食系の獣を引き寄せてしまうんだよな、あれ。
「そのスキルに関する情報公開は?」
「俺は何もしてないな。ちょっと待て」
 公式サイトにアクセスし、掲示板内検索でキーワードを『解体』に設定……スレッド名該当なし、スレッド内検索だといくつか掛かるけど、スキルへの言及はないな。
「いまだに未公開みたいだな」
「公開しないのかね?」
「教えるのはいいんだが、住人達に迷惑が掛かる可能性があって、踏み出せないんだよ」
 利益の独占をしたいわけじゃない。メリットもデメリットもあるわけだし、修得するかどうかはプレイヤーの自由だ。でも修得の条件がネックなんだよなぁ。
「住人?」
「あぁ、NPCのこと。俺達はこの世界じゃ異邦人だろ? だったら、元からこの世界に住んでるNPCは住人じゃないか」
「なるほど。しかしどうしてスキル修得でNPCに迷惑が?」
 あー、どうするかな。シザーには教えてもいいか。さっきのエルフさんとのやり取りを思い出すに、住人達とトラブルを起こすような人じゃなさそうだし。その辺はリアルでも店をやってるんだ、問題ないだろう。
 俺はスキル名と修得条件、スキル効果とそれによるデメリットを一通りシザーに話した。
「解体をできる住人の所へプレイヤーが押し寄せる可能性を危惧しているのだな。確かに躊躇するのは分かる。実際、どれだけのプレイヤーがそのスキルを欲しがるか分からぬしな。デメリット面で嫌がる者も多かろうが……と、話が逸れたな」
 咳払いし、シザーは視線をロックリザードの皮へと戻した。
 まぁ【解体】についてはもう少し様子見だ。修得条件だけ伏せて、先にスキル情報を公開して反応を見るのもいいしな。この辺はスウェインに聞いてみるか。この手のゲームにおける情報公開の是非について俺は詳しくないし。
「で、フィスト氏。君の希望はレザーアーマーとガントレット用の下地をこのロックリザードの皮で作りたいということでいいかね?」
「ああ、そのつもりだ。何か問題があるか?」
「うむ。アーマーはともかく、ガントレット用の下地としては、そのまま使うのに向いておらん」
 シザーは皮の背中部分を指して言った。
「ロックリザードの皮は見てのとおりデコボコだ。この上から更に金属部品を取り付けると、当然隙間が生じてしまい、強度に難が出る。ならば凹凸の少ない箇所を使えばいいと考えても、下地としては皮が薄い。ガントレットの下地に使う革は、防御力の向上もそうだが緩衝材としての役割も持つのだ。となると、表面はともかく下地はこれをそのまま使わぬ方がよい」
 なるほど、頑丈であればいいってもんじゃないんだな。確かに肌触りも重要か。
「だから、ガントレットに関しては、緩衝材として別の革も同時に使おう。その上に薄手部分を重ね、更に金属パーツを取り付けるという具合だ。どうかね?」
「どうかね、と言われても、武具製作に関しては俺は素人だ。シザーの言ったことも理に適ってると思う。それで頼むよ」
 餅は餅屋、防具は防具屋だ。シザーがそう判断したのなら、従うべきだろう。そもそも口出しできるほどの知識が俺にはないしな。
「レザーアーマーの方はロックリザード本来の防御力を活かす方向でよいだろう。が、革が薄手なのは変わらんし裏地の肌触りも今ひとつだ。故にこれも、他の革を下地に入れようと思う。それから……それ以外の防具はどうするね?」
「それ以外?」
「今の君の防具は、胴体を守るレザーアーマーと、額を守る鉢金、前腕を保護するガントレットだけだ。その他の部位の防御をどうするかと聞いている」
 言われてみたら、今までずっと軽装でやってきたんだった。上腕や肩、腿の防御は後回しにしてたんだよな。基本は回避だし【魔力撃】込みのガントレットで大抵の攻撃は防御できてたから。でもこれからを考えるなら必要か。
「ロックリザードの皮を使うなら、腿や上腕、肩に関しては十分足りる。そちらも合わせて作るが」
「ああ、それで頼む」
 申し出を俺は受けることにした。うーん、一気に装備が充実していくなぁ。あ、そうだ。
「ついでなんだが靴の方も新調したいんだけど、ロックリザードは向かないよな?」
「サラリーマンが履くような革靴ならそれで問題ないが、そういうのを求めているのではないのだろう?」
「ああ。ブーツ的な方だな。あと鉄板を仕込んでほしいんだ。蹴りの強化目的だな」
「ほう……フィスト氏もなかなか楽しい発想をするな。よかろう、そちらも適当なものを見繕おうではないか」
 シザーの目が楽しそうだ。隣のスティッチも同様に。
「そういえばフィスト君はハンター系なのよね。それじゃあ、マントなんかもどう? 格闘の邪魔にならないデザインで、森で隠れたりするのに有効なカモフラージュ付けたりとか。当然、野宿とかにも対応可能にするよ」
「あ、いいな。隠行も使えるけど、そういうのを併用したら効果が上がる気もするし」
「決まりー。じゃあそれも受注ってことで。ところで鎧のデザインとかの希望はある? 原作資料があればなお良し、だけど」
「いや、デザインはこっちの世界に馴染むやつで頼む。二次元デザイン流用禁止な」
 うん、やっぱりコスプレだとか言われるのは避けたい。
「はい、りょうかーい。それじゃあさっそく採寸しよっか」
 喜々とした表情で、スティッチはメジャーを取り出した。
 
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