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第8話:逆恨み
8/24 一部訂正
空を仰ぎ見れば星が瞬いていた。当然この世界の星座など分かるはずもない。そもそも星座というものがあるかも分からない。ただ、空に浮かぶ2つの月は綺麗だ。青みがかった月と赤みがかった月の2つ。
背後から、またなーという声が投げかけられた。振り向き、笑顔で手を振って、俺は酒場を後にする。
結局、狩猟ギルドでの件の後、俺は狩人さん達に酒場へ連行され、酒を振る舞われた。
俺が鎧男を注意した事へのお礼らしい。あの男、割り込みの常習だったらしく、散々迷惑を被っていたのだとか。アレ以外にも同じ事をする奴もいて、それがことごとく異邦人――つまりプレイヤーだったのだそうだ。
当然、プレイヤーに対する反感は募っていき、しかしプレイヤーの持ち込む獲物は結構な量だったことで、ギルド側は苦い思いをしながらも黙認していたとか。
が、事態はよくなるどころか悪化。いい加減に我慢の限界が近づいていたのは、ギルド職員さんの言葉からもよく分かった。そんな時に俺が行動したことが、彼らには随分と嬉しかったらしい。
正直なところ、俺は彼らの感謝を素直に受け入れるのが心苦しかった。この程度の事で酒を奢るほどに感謝してくれる。逆に言えばそこまで酷かった、ということに申し訳なさばかりが膨らんでいったのだ。
ここまでプレイヤーが傍若無人になるのなら、運営の方から何か行動があってもいいんじゃないかとも思った。注意書きを無視して、理性と良識のない人間としてプレイしているプレイヤーに対して、警告の1つでも送れば少しは改善されそうなのに。
しかし運営はこの件で動いている様子はない。それとも、何かが水面下で進行中なのか。しょせん一介のプレイヤーである俺には、運営の思惑など分からないので考えても意味がないのだが。
結果として住人達の溜飲を下げることもできたのでそれはそれでいいとして。狩人さん達に拉致られてお礼を言われ、酒を奢られ、狩猟に関する様々なアドバイスも教えてもらえて。今日は随分な恩恵を受けることになってしまった。この恩は色々な形で住人達、NPCに返すことにしよう。
「さて、と……」
俺はゆっくりと歩き始める。特に目的地はない。いや、正確にはあるのだが、条件に当てはまるならばどこでもいい。具体的に言うならば、人の目につかない路地裏とかが好ましい。
マップを確認しながら、そして時々【気配察知】を使いながら、条件に合いそうな路地裏を探す。やがて手頃な場所を見つけたのでそこへ踏み入った。人はおらず、明かりもなくて通りの街灯の光が差し込む程度。L字の路地を曲がり、少し歩いたところで俺は足を止めて振り向いた。慌てたように近づいてくる金属音。そして曲がり角から姿を見せる人影。
「よう、何の用だ?」
俺を尾行してきていた人物に、そう問いかける。俺が酒場に連行されてからずっと、その外で待っていた人物だ。
大剣を背負った全身鎧の男。狩猟ギルドで列に横入りしたあのプレイヤーだった。
狭い路地に鎧男の荒れた息が響く。そして鎧男が大剣を抜いた。
「……短絡的だな、闇討ちなんて」
「うるせぇっ! なめくさった真似しやがって……ブッ殺してやる!」
注意の際に挑発を混ぜたせいか、かなり頭に血が上っている様子だ。通り魔は今にも俺に斬りかかってきそうだが……
「本当に、いいのか?」
一応、聞いてやる。
「んだよ? 命乞いなんて聞かねぇぜ? てめぇは俺を怒らせた!」
「そうじゃない……PK――つまり、人殺しになる覚悟があるのか、って聞いてるんだ」
「はぁ? 殺人……? なにわけの分からねぇこと言ってんだ?」
「この世界には法律がちゃんとあってな、例えばお前がNPCを殴ったりして怪我させたら、傷害罪が成立して処罰を受ける対象になるんだよ。相手を殺せば当然殺人罪だ」
「何言ってやがる……プレイヤーは死んでも復活するだろが」
鎧男が鼻で笑う。確かにプレイヤーには、絶対的な死は訪れない。HPが0になれば気絶し、その後何の措置も取られなければ死亡して、街に転送されるだけだ。ただ、一度死ぬという事実が消えるわけではない。実際のところ、PK達が法律で処罰を受けたという話は今のところ聞かないのだが……こいつは無知そうなので、何とでも言える。法を犯せば処罰を受けるという点においては全く嘘も言っていないし。
「復活するんであって、一度殺したって事実は消えんことくらい、話の流れで察せよ。お前の幼稚な理屈が通用する保証なんてどこにもないだろ。現に、屋台をブッ壊したプレイヤーがこの間、器物損壊の罪で警備兵に逮捕されてるって事実があるんだ。その後どうなったか知らんが……お前、俺を殺して身をもって知るか? 自分がその後、警備兵に捕まった後でどんな酷い目に遭うかを」
鎧男は動かない。いや、動けないのか。PKというゲーム上の行為を殺人だと断じられて怯んでいる様子だ。
さて。実のところ、俺はこいつを見逃す気は無い。というのが、今後、難癖を付けてきそうだからだ。PK行為に対する反撃で相手を死亡させてもペナルティがないというのならこのまま戦闘に移ってもやむなしと思っているが、その保障がないので、ガチの殺し合いは勘弁したい。だから、
「ただ、PvPの場合は、相手を殺しても罪には問われないらしいがな」
と誘導してやる。決闘の結果による死亡は殺人罪にならないというのは、刑法の本で確認済だ。
PvPには決着をつける方法がいくつかある。要するに勝利条件の選択だ。一撃を与えれば勝ちとか、HPを半分以下にした方が勝ちとか様々だ。レベル差の調整さえできる。HPを0にすることを勝利条件にしてもいいし、相手を殺すまでのデスマッチも可能だ。
「どうしてもやりたいっていうなら――」
言い終わるよりも早く、
『ブルートからPvPの申請があります
条件:デスマッチ
制限:なし
挑戦を受けますか?』
とメッセージが流れた。何とも素直というか、考え無しなことだ……こいつ、リアルだと絶対未成年だろうな。ここまで短絡的な成人が存在すると思いたくない。
断る理由はない、というか誘導したのは自分なので挑戦を受ける。相手の頭上にHPのバーが浮かんだ。
数字が表示され、カウントが始まる。鎧男――ブルートが大剣を構えた。
俺も腰のナイフに手を掛ける。ただしまだ抜かない。相手の意識をナイフに向けるための誘導だ。ブルートは、そんなナイフで何ができるとこちらを侮っていることだろう。
カウントゼロ。同時にブルートが動いた。大剣を右肩に担ぐようにして、左肩をこちらに向けて、一度の踏み込みで弾丸の如く飛び出してきた。確か【両手剣】のアーツ【チャージ&スラッシュ】だったか。一気に間合いを詰めたショルダータックルで相手を吹き飛ばし、浮いたところで大剣を上段から真っ直ぐ振り下ろして相手を両断するアーツだ。記憶が確かなら、このアーツはレベル20で修得できるものだったはずだ。結構レベル高かったんだなこいつ。
が、スキルレベルが戦闘力の決定的な差ではない。戦闘力はスキルのレベル、アーツのレベル、プレイヤースキル等々の様々な要素が絡み合うのだ――と掲示板で見た。単純にスキルのレベルだけなら俺は10を越えたくらいでブルートには及ばないが、やりようはある。
だから俺は前方へと跳んだ。そして突っ込んでくるブルートに対し、両足を出した。
「ぶぎょっ!?」
豚の鳴き声のような声を出し、カウンターで放ったドロップキックを顔面に食らったブルートが倒れる。何のことはない。俺はブルートの顔の前に両足を配置しただけで、ブルートが勝手に俺の足に顔から突っ込んだに過ぎない。アーツ発動中は無敵というわけではないのだから、真っ直ぐ突っ込んでくるだけのアーツなら容易にカウンターを合わせられるのだ。途中でキャンセルできないアーツの弱点である。
「どうした、もう終わりか?」
「てめ、ざっけんじゃ――!?」
挑発すると、ブルートは即座に起き上がり、大剣を横薙ぎに振った。当然、大剣は『路地の壁』に当たって止まる。この狭い路地で大剣を横薙ぎに振れるわけがない。某黒の剣士なら壁ごと叩き斬るかもしれないが、こいつがそこまで超人的な剣士のわけがない。
「地の利も理解できないのか、お前? 何で俺がここにお前を誘い込んだと思ってる?」
人目を避けるためというのが第一だが、それ以上に戦いを有利に進めるためだ。大剣を自由に振るえない狭い場所。【暗視】がない限り、暗くてまともに物が見えない空間。真っ向から立ち向かえる保障がないのだから、これくらいの策を講じるのは当然だ。
言いながらこちらから間合いを詰めて【魔力撃】を発動。ブルートの顔面に容赦なく拳を叩き込む。続けて大剣を支えていた右手を蹴り上げると、大剣があっさりと手から離れ、石畳に落ちて派手な音を立てた。
当然ブルートはそれを拾おうとするが、それを許すつもりはない。顎を蹴り上げてのけぞったところに、更に顔面への回し蹴りを叩き込んだ。
ブルートはそのままの勢いでうつ伏せに倒れた。HPのゲージはまだ6割は残っている。さすが全身金属鎧。頑丈さだけは確かなようだ。が、それならそれで手はある。
呻きながらも立ち上がろうとするブルートの背中に俺は跳び乗った。そして右肩にまたがって、右手首を掴む。
「せー、のっ!」
手首を掴んだまま、俺は一気に後ろへと身体を反らした。続けて鈍い音と、ブルートの悲鳴が路地に響き渡る。システムによって痛覚軽減されていても、痛いものは痛いらしい。いくら強固な鎧を着ていようが、身体の方、関節の強度が増すわけではないのだ。
一度離れてのたうち回るブルートを観察する。もはや戦意は失せているが、容赦をする気は無い。【魔力撃】を今度は足で使用し、ブルートの左膝を思いっきり踏み砕いた。続けて右足首も踏み折って、俺はブルートの大剣を拾い上げる。
このゲームでは、戦闘中に他プレイヤーやNPC、果ては敵が持っていた武器を拾うこと、使用することが可能になっている。ただ、そのまま持ち逃げすることはできない仕様だ。
そしてGAOにおいて、武器スキルはあくまでその武器の使用に補正をかけるものであり、武器使用の前提条件ではない。つまり、俺はこの剣を使ってブルートを攻撃することができる。
重たいので引きずりながら、俺はブルートの頭の方へと移動した。そして適度な間合いを取って大剣を持ち上げる。気分はスイカ割りだ。顔の見えないブルートから、明らかに恐怖の混じった声が漏れた。
「や、やめろぉぉっ! 悪かった! 俺が悪かったっ! だからこれ以上は勘弁してくれっ!」
「そりゃ無理だ。決闘の中断はシステム上不可能だ。何より、お前が選んだのはデスマッチだ。つまり、どっちかが死ななきゃ永久に終わらないんだから――なっ」
言い終えると同時に大剣を振り下ろした。バランスを崩して狙いが逸れ、大剣の刃はその重量でもってブルートの左肘を通り抜け、石畳で跳ねた。左腕が斬り離され、【部位欠損】のバッドステータスが発生する。システム上、血が流れることはない。切断された腕も、内部まで精巧にはなっていないので奇妙な光景だ。
同時に俺は大剣を取り落としてしまった。石畳にぶつかった反動を俺の筋力値じゃ押さえ込めなかったのだ。
痺れた手を何度かブラブラさせ、もう一度大剣を持ち上げる。今度は命中させないとな。
「たっ、頼むよぉ……ゆっ、許して……許してくださいぃ……」
右腕と両足の【骨折】に加え、【部位欠損】まで発生して完全なダルマ状態。抵抗などしようもない。涙声でブルートが訴えてくる。が、取り合うつもりはない。さっきも言ったが、どちらかが死なないとPvPは終わらないのだから。当然、自殺する気は毛頭ない。
「お前から挑んできたのに勝手な話だな。せいぜい死んだ後で悔やめ。それから……もし今後、お前がNPCに対して傲慢な態度を取ったり、不当な扱いをしてるところを見かけたら……分かってるだろうな?」
その言葉を最後に、二度目の斬撃を繰り出す。今度は狙いどおり、ブルートの頭部に命中。2つに断ち割られたことでHPは一気に0になり、ブルートの身体と斬り離された左腕、そして彼の大剣が砕けて消える。
『You Win!』の文字が流れ、PvPモードが終了した。普通なら相手はこの場に残るのだが、今回はデスマッチ。ブルートの姿はどこにもない。
今後、ブルートがどう動くかは分からないが、これだけやれば下手な考えは起こさないだろう。起こさない、といいなぁ……ああは言ったが、もしまた馬鹿をやってそれを俺の方から止めようということになれば、最悪PKするしかなくなってしまうのだ。
今日は、疲れた。何というか気分的に。人を殺すというのは滅入る。デスマッチというルールに則った戦闘の結果でもこうなのだから、PKなんてした日にはどうなるのか。
今回みたいな喧嘩の延長じゃなく、理由あっての殺し合いならまた気持ちも違うのかもしれないが、今からそんなこと考えると深みにはまってしまいそうだ。とっとと風呂に入って寝てしまおう。
一応表の通りまで出てからログアウトした。
ログイン16回目。
『フィスト、ちょっといいか?』
ログインするなりルークからフレンドチャットが飛んできた。
フレンドチャットは、フレンド登録した人と、目の前にいなくても1対1で会話が可能になるシステムだ。要は携帯電話。いきなり来たからビックリしたが、それを出さないように答える。
『どうしたルーク、何かあったか?』
『いや、昨日の狩猟ギルドでの件、うまくやったなと思ってな』
『……見てたのか?』
『ああ。ついでに、酒場で狩人達と仲良くしてるところまでな』
『……お前はストーカーか?』
見ていたなら助けてほしかった。知名度的な意味で、俺よりルークがやった方がマシだったはずなのに。
『まぁ、それはいいんだ。それよりも……フィスト、公式のトップを見てくれ』
『何かあったのか?』
『あった、か……既に始まっていた、の方が正しいな』
『は?』
言っている意味が分からず、自分で確認することにした。メニューから公式サイトにアクセスする。
そこにはこう記されていた。『賞金首システム稼働開始しました』
は……?
実装予定、じゃなくて、稼働開始しました? つまり、もう実装されて動いてるってことか? 事前の予告は何もなかったはずだぞ? 普通はシステム実装の予告をして、メンテナンス後に開始とかじゃないのか? それがないってことは、サービス開始時点で既に実装されていたのか?
そしてシステム概要を把握する前に、目に入ったものがある。『賞金首リスト一覧』というアイコンだ。何気にクリックしてみると、西部劇等に出てくる手配書に似たレイアウトが表示された。顔写真、名前、罪状、そして賞金額。基本的なところを押さえており、かなりの人数が掲載されている。
だが、問題はそこではない。
一部の名前の下に、括弧書きで加えられた文字……
『(異邦人)』
プレイヤーが、賞金首にされていた。
+注意+
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