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第四章ダイジェストその4
リネコルの城壁からギリギリ見えない距離で、イルメラはカイルとシルドニアを降ろした。
グルードが利用されているのは解っている、それでもイルメラが会う訳にはいかない、それが掟だった。
「掟に縛られているのも大変だな」
カイルのそれは皮肉ではなく、本当の同情からの言葉だった。
だからこそイルメラは悔しかったが反論もしないしできず、グルードを頼んだとだけカイルに言う。
「任せてくれ」
カイルがきっぱりと言うと、イルメラは羽ばたき天高く去っていった。
どうやらグルードはこの辺り一帯で無差別に暴れているようで、火炎のブレスにより森は焼き払われた、運悪く居合わせた冒険者達が重傷を負っていた。
走り続けるカイルに、密林に隠れまだその姿は見えないが、時折グルードのものと思しき、地を揺るがすような咆哮が響いてくる。
更にはまるで自分の存在を誇示するかのように、上空に向けて火炎を吐いているようで、炎の筋がカイルにも見えた。
戦闘になった場合だが、どういう方法で行く? という肩車をしているシルドニアが聞いてくる。
「回復用の魔法薬は大目に用意してあるし、念のためあれ(・・)も用意してあるから大丈夫……だと思いたい」
ドラゴンには攻撃用の、魔法を籠めてある魔石は通用しないだろうから、直接攻撃しかない。
やがて密林が途切れ、遂にグルードの姿が見えた。
初めて見るグルードの外見はイルメラとほぼ同じだったが、印象がまるで違うようにカイルには感じられる。
知性を感じられたイルメラの目と違い、グルードの目は光が無く、そして身体全体から生気も感じられず、思い出したように動いて、いや動かされているかのようだった。
勿論ただそこにいるだけで凄まじい存在感なのだが、他のドラゴンと接したカイルにとっては何か寂しいものすら感じさせ、生物の頂点に立つドラゴンとは思えなかった。
「……操っているメーラ教徒を探すぞ」
カイルがグルードの視界に入らないように、周りを探そうとしたが、それはあっけなく見つかった。
隠れようというつもりが無いのか、一応樹に影にいるがグルードが見える位置に堂々とその男はいた。
初老の男で、向こうもカイルをみつけると満面の笑みを浮かべ、寄ってくる。
一見人畜無害の、好々爺と言っていい笑顔だが、先ほどのターグと違う意味でカイルの背筋に嫌なものが走る笑みだった。
その印象はかつてガルガン帝国の帝都ルオスで会った、メーラ教徒のバーレルにそっくりだった。
ロクファールと名乗ったメーラ教徒は、涙さえ流しカイルに出会えた事を感謝し、間に合って本当に良かった、と祈りを天に捧げている。
「間に合って良かった? どういう意味だ? お前たちの目的は何で、何のためにグルードを、ドラゴンを操っている!」
カイルが剣を抜き、喉元に突きつけるが、ロクファールは恐怖を一切感じさせない笑顔のままだ。
ロクファールはこれは全てカイル様を英雄にする為で、聖下の御指示でやっている事だと心からの笑顔で言い、その底知れぬ善意に、カイルは得体の知れない恐怖を感じた。
「何故だ……何が目的でその聖下は俺を英雄にしようとしている! 俺に拘る理由は何だ、答えろ!」
カイルは突きつけた剣を少し押すと、喉元に僅かに食い込み、一筋の血が流れるがロクファールはまったく動揺もせず笑顔のままで、すべては聖下のお導きだと言うだけだ。
例えこの場で自分が死んでもドラゴンの催眠は解けないと、何故そこまで出来るのかというくらいに己を捨てているロクファール、そしてメーラ教徒にカイルは戦慄に近い物を覚える。
ロクファールは純真な子供のように目を輝かせてカイルに、さあどうぞとグルードのほうを
会話が成り立たない、いや会話をしているはずなのに、意思疎通が出来ていないと改めてカイルは感じる。
黙って話を聞いていたシルドニアがこれ以上は無駄だと止める。
ご武運を、とロクファールはニコニコと笑いながらカイルを送り出した。
◇◇◇
グルードがいるのは遮蔽物もなく丁度リネコルの城壁からギリギリ見れるくらいの距離で、それでいて直ぐには介入されないまさに絶好の位置と言えた。
全てはロクファールの、メーラ教のお膳立てでカイルはグルードと対峙した。
だが全部乗せられる訳にはいかない。カイルの目的はグルードを世界樹に連れ戻すことで、ここで討つ事ではない。
「聞けグルード! お前は操られているんだ! 正気に戻れ!」
カイルは力の限り大声で叫ぶが焦点があっていない、グルードの濁った目に変化は無かった。
「どうにか目を覚まさせる方法ってないのか?」
カイルは一つ舌打した後シルドニアに策は無いか尋ね、シルドニアが一か八かだが、と耳打ちする。
本当に一か八かだが、時間が無かった。
グルードは既に人を襲っているのだ、このままではリネコルから本格的な討伐が入る。
カイル用に弱めてあるというグルードでは遠からず討たれるだろう。
やれやれとシルドニアの応援を受けながら、カイルは自分に強化魔法をかけグルードに近づいていく。
「……行くぞ!」
剣を抜いたカイルが突進すると、流石に反応したようにグルードも動き出し戦いが始まる。
ただグルードの動きは生体反応のようなもので、本来のドラゴンの速さからしてみれば緩慢もいいところだ。
動きそのものも単調で、どこか操り人形めいた不自然さも感じられる。
火炎も吐かず、無造作に爪を振るい、牙を繰り出す……勿論並の人間どころか一流の冒険者でも脅威ではあるが、今のカイルなら対応できる動きだ。
「……操られるってのこういうことか」
こんな状況だと言うのに、カイルはグルードに同情してしまっていた。
グルードの爪をかわした後、カイルはは背中に飛び乗り、そのまま首を駆け昇った。
そこまで大胆な行動をしていると言うのに、グルードの反応はやはり鈍く、カイルはそのまま大きく跳躍する。
そして落下の勢いも利用して、グルードの頭部に剣を全力で叩き込んだ。
もしカイルに殺意があればこの時点で勝負はついている。
例えドラゴンの防御力を持ってしても、剣のシルドニアとカイルの斬撃が合わされば斬れないわけではないし、頭を斬りつければほぼ一撃必殺となるだろう。
だがカイルの目的はあくまでグルードを連れ帰る事、だから剣の柄部分で思い切り殴りつけたのだ。
「目を……覚ませえっ!!」
頭に凄まじい衝撃を受けたグルードが、ほぼ悲鳴であったが初めて声を出した。
これがシルドニアの策……と言えるかどうか解らないが、グルードを正気に戻す方法で、頭部に衝撃を与え意識を呼び覚ます……要するに殴って正気に戻すだった。
「とりあえずは一撃いれたが……」
渾身の一撃を入れた後、カイルは距離をとり様子を見る。
苦痛の呻きを上げているグルードだったが、ここで初めて目の前のカイルを認識したかのように、睨み付ける。
グルードの空虚だった目にも意思が戻ったかのように光が戻り、感情も見て取れた。
だがそれは怒りの感情だった、攻撃してきた不遜な人間を、憎悪をこめて睨み付ける。
グルードの息が荒くなり、その牙の隙間から時折炎が零れ出る。
どうやら意識を僅かに戻したようだが、同時に闘争本能も目を覚ましたようだ。
「まあ……当然だよなあ」
その凄まじいまでの怒気をまともに受け、カイルが思わず半歩下がってしまう。
どんな相手だろうと戦いの最中に、無意識に後退したことなど記憶にないカイルだったが、グルードの迫力に押されたかのようだった。
グルードが天に向け怒りの咆哮を放つ。
先ほどまでの、ただ自らの存在を宣伝するためにやらされていたものとは違う、純粋である意味美しいとも言える咆哮。
カイルも全身の毛が逆立つかのような感覚に襲われる。
自らの声で己を取り戻したのか、光を取り戻した目のグルードにカイルが叫ぶ。
「聞けっグルード! 俺達はゼウルスから……!」
意識は取り戻しても感情に、怒りに支配されているグルードは黙れと叫び、大きく口を開きドラゴンの最大の武器、火炎の吐息を放った。
まともにくらえば鉄をも溶かすだろう業火をカイルは正面からくらう。
ドラゴンから比べれば遥かに脆弱な人間に、自分の渾身の火炎を受けてあてたのだ、グルードはカイルを焼き尽くしたと確信した。
だがカイルはその炎を突き破り、姿を現すと瞬時にしてグルードの間合い、炎を吐き出している頭の真下まで来る。
カイルは今度はその場で垂直に飛び上がり、グルードの顎めがけ全身で体当たりをするかのような斬り上げ、正確にはまた剣の柄部分の叩き上げと言うべきかもしれない攻撃をする。
口を開いて火炎を吹いていたグルードは強制的に、勢いよく口を塞がれる。
爆発のような衝撃に牙が数本砕け、吹いていた火炎も鼻から逆流し、更に舌も挟んだようで、グルードは痛みでのたうちまわる。
思わぬ大ダメージを受けたグルードだが、カイルも無論ただではすんでいたかった。
元々耐火の性能の高いカイルのドラゴンレザーの鎧だが、グルードの火炎は耐火能力を上回っており、全身に火傷を負っている。
グルードがのたうっている間に、急ぎ治癒の魔法薬を飲むが、あくまで応急処置にしかならない。
更に攻撃を畳みかけるべくつめ寄ったが、ここでカイルはミスを犯す。
それまでの動きからグルードの動きは大体見切れていたつもりだったが、それに知恵が加わったドラゴンはカイルの予想を上回っていた。
グルードは思い切り腕を振り、翼による突風を巻き起こす。
凄まじい撃風を浴び、カイルは反射的にその風に耐えたのがこれは失敗だった。
むしろ素直に吹き飛ばされていたほうが距離をとれてよかったのだが、カイルは踏ん張った為身体が強張り、風によりほんの一瞬目をそらしたのだが、その一瞬でグルードの巨体が消えていた。
シルドニアの上だと言う警告にカイルが見上げると、視界いっぱいに広がるグルードの足の裏だった。
巨体を利用した押し潰し、単純だがこれ以上の無い必殺の攻撃だった。
◇◇◇
辺りに地震と間違うかのような地響きが起こる。
確実に踏み潰したとグルードは確信しながら、そっと足を上げるが、そこには何もなくまさか逃がしたかと周りを見て探そうとした瞬間
「こっちだあ!!」
突然耳の側で聞こえてくる絶叫にグルードは振り向きかけるが今度は横からの、人間で言うなら頬の部分への剣の柄での攻撃だった。
潰したはずの相手からの予想外の攻撃に、グルードは面食らう。
両手で振りかぶった、カイルの全力攻撃が横っ面に叩き込まれて、グルードは悶絶しかけるほどの痛みと衝撃を受けまたものたうち回る。
「久し……ぶりだ、この感覚……もう飲みたくはなかったんだが……結局頼ってしまったか」
視界が赤く染まり、五感が冴えわたり身体中に力みなぎる感覚、そして軽度の興奮状態。
荒い息のカイルの目は、名前の由来の通り赤く染まっていた。
それはブラッドアイと言われる薬で、服用すれば身体能力があがり、目や耳が鋭くなり痛覚も鈍くなるという確実に戦闘能力をあげてくれる。
その代償として身体にダメージを与える劇薬で、流石に飲んですぐに命がどうこうと言うものではないが、確実に命を蝕み死に近づく禁断の劇薬だ。
突風により目をつぶってしまった瞬間に反射的に飲んだのだが、その判断は正しくおかげでグルードの押し潰しを本当にギリギリのところで回避できたのだ。
そしてグルードが潰したと思い油断したところに、跳躍してまた頭部へ叩き込んだのだ。
頭部への三連撃による痛みで、暗示が解けたのか、グルードの意識はかなりはっりとしていた。
これなら話は通じるかと、カイルが再度叫ぶが、完全に激怒しているグルードはカイルの言葉に耳を貸さなかった。
幸い口を負傷したようで火炎は吹いてこないが、その分その巨体から見あわない連続攻撃にカイルは防戦一方になる。
攻撃を避続けるカイルにグルードは苛立ったかのように叫ぶ。
連続攻撃を躱しながら、カイルは反撃のチャンスを伺っていたが、運はグルードに味方したかのようだ。
回避の最中にカイルはある物を、先ほどの攻撃で砕いたグルードの牙の破片を踏んでしまい足を滑らせてしまう。
「しまっ……!?」
その隙を逃すはずもなくグルードは鉤爪を、全力の攻撃を繰り出し、カイルはまともに受けてしまった。
剣を盾がわりにして更に自ら後ろに飛んで、出来る限りダメージを減らしたが、いかに完璧に防御しようともドラゴンの本気の一撃だ、まるでゴミ屑のように吹き飛ばされ、地面の上を二転三転しようやく止まったかと思うと、じわりと血が地面に滲み始め全く動かなくなるカイル。
人間で最高レベルの魔法剣士であるカイルだが、根本的な生命としての位階が違うドラゴンの一撃の前には無力で、それがドラゴンと人間の差だった。
シルドニアが絶叫するが反応は無い。
グルードが荒い息でカイルを、不遜で愚かな人間を睨みつけ、やっと溜飲がさがったようだ。
そしてここで頭が冷えたのかグルードは、ようやく自分の現状を考え始め、周りを見る。
不遜な人間の仲間らしい、無力そうな人間の少女もいるが、それは最早どうでもいい。
何よりもおぼろげながら思い出すのは自分を操り、好き勝手に使っていた人間で、この近くにいるはずだ、とまた怒りに燃えグルードが横を向いたその時
「――ひっかかったな?」
先ほどの横っ面にくらった時と同じような声が聞こえてくる。
その声にグルードが初めての感情、恐怖を感じながら振り向くと、ほとんど鼻先まで跳躍してきたカイルがいた。
死んだものと完全に注意を払っていなかったカイルのその姿は間違いなく満身創痍のありさまで、顔は血にまみれた凄惨な姿だが、その顔は不敵に笑っていて、今度は眉間部分にカイルは真正面から剣の柄を叩き込んだ。
「油断大敵だぜ!」
その一撃でとうとう足が身体を支えることが出来なくなって、腹の底に響くかのような地響きをたてグルードは地に伏した。
操られていた時とは別の意味で虚ろになった目で、グルードはカイルを睨む。
それはグルードが、ドラゴンが今まで経験したことのない感覚。
脳が、意識そのものも揺らされる中グルードの視界はうねるかのよう左右上下していて、胸の部分からこみ上げてくるような感覚は初めて体験する吐き気でもあった。
頭部への四回目の、執拗とも言えるカイルの頭への集中攻撃にグルードは完全に朦朧状態になっていた。
そのグルードの傍らにカイルは立つ。
「大分効いてきたみたいだな……目が覚めたばかりで悪いが……今度は本当に寝ろ!」
止めとばかりに、カイルはもう一度グルードの頭に剣を叩き込んだ。
遂にグル―ドの目が白目となり、意識を失った。
すかさずカイルは近くに寄り確認すると泡を吹いているが、一応息はしているし、細かくだが痙攣をしているので、確かに気絶しているのを確認するとようやく力を抜いた。
同時にリネコルの城壁からも、微かに歓声が上がったようにも聞こえてきたが、今のカイルにそっちにまで注意を払う余裕は無かった。
「疲れた……」
カイルは酸欠寸前の魚のよう荒い息をして、剣を杖代わりにしてそれでも膝をつかないようなんとか立っていた。
自分でも解るがあちこちを骨折し、内臓もかなり痛めている。動くどころか、意識を保つのも、生きているのも不思議なくらいの状態だ。
実際痛覚が鈍くなるブラッドアイがなければ、今頃全身の苦痛で意識を失っていただろう。
カイルは震える手で回復用の魔法薬を取り出し何とか飲もうとするが、それすら満足にできずに落としそうになる。
その落としそうになった魔法薬を走ってきたシルドニアが、手に取りカイルに飲ませた。
ゼウルスとの約束でグルードを死なせる訳にはいかなかったので、説得が無理である以上取り押さえるには気絶させるしかなかった。
そこで人間相手に気絶させる方法として、延髄や後頭部に衝撃を与えるというものがあるが、それをドラゴン相手にやったのだ。
暗示を解くための頭への攻撃からそのまま気絶させるための攻撃に移行し、ひたすらグルードの頭部を攻撃して脳震盪を起こさせて気絶させる、それが作戦と言えるかどうかわからないがカイルは実行した。
流石に刃ではないとはいえカイルの渾身の一撃だ、人間はおろか並の魔獣でも致命傷になっただろうが、そこら辺は並外れたドラゴンの生命力に期待するしかなかったがとにかく頭を強打したのだ。
だが三度目までは不意打ちもあった為何とかなったが、その後はグルードも完全に警戒しており、現に攻撃は爪や尻尾のみで一切頭をカイルに近づけようとはしなかった。
時間をかければ、それだけ頭部のダメージも回復していく、だからこそカイルは賭けに出た。
それは所謂肉を切らせて骨を断つ戦法で、カイルもダメージを、それも一撃で戦闘不能になったかのように見せるほどのダメージをわざと受けた。
そうなればグルードの、自分への警戒は無くなり必ず隙をみせるはずだからだ。
後気を付けることは死なないようにするだけで、そしてカイルは賭けに勝った。
そのカイルの元に自分の立場が解っているのか解っていないのか、ロクファールが満面の笑顔でお見事ですと、カイルに向ってきた。
カイルがロクファールを睨み付ける。
聞きたいことは山ほどある、例えメーラ教徒でも、尋問に慣れているミナギの力を借りれば必ず何かしら聞き出せるはずだ。
とりあえず拘束でもしようと考えていたが、それはできなくなる。
上機嫌のロクファールだったが、自分の身体を不思議そうに見下ろし、何故こんなものが? と胸から生えている腕を見ていた。
その手には生への未練を残しているかのように蠢く心臓が握られており、ロクファールは何が起こったか解らないと言う顔で、己の心臓をみている。
ロクファールの背後に転移して現れたターグが背中から、心臓を握りつぶすとロクファールは、体を一度大きく痙攣した後動かなくなった。
「……最後に現れて、手柄を横からかっさらうとは、魔族も随分とせこい真似をするんだな」
これはカイルが現在言える精一杯の強がりと嫌味だ。
カイルの身体はまさに満身創痍で、もう一戦出来る訳でもない。
ですがこの人間を殺すつもりは無かったのでしょう、それはゼウルスさんに不義理では? とターグは悪びれもせずに言い、カイルは舌打ちする。
確かにロクファールのやった事を考えてみれば、ドラゴンからは死しかない。
メーラ教としてその背景に何があるかは関係ないし、形や思惑はどうであれターグはグルードの為に行動したのだ。
ゼウルスからしてみればカイル達を評価するとしたら同時にターグも評価せざるを得ない。
「……セランから命からがら逃げてきたと言うのに、あまり偉そうに言わない方がいいぞ?」
そう言い切るカイルに、ターグは不思議そうな顔になる。
「セランがお前に負けるはずないだろ? そしてあいつが自分から見逃すことも無い。それなのにお前がここにいると言う事は逃げてきた……そういうことだ」
何を言っているんだ、と不思議そうな顔になるカイルにターグは凄い信頼関係ですね、と感心した顔になる。
まあ今日の所はこれで……と去ろうとするターグにカイルはこれだけは聞いておかねばと叫んだ。
「待て! お前に一つだけ聞きたいことがある。お前のその報告相手だが……黒翼の、そして角無しの魔族か?」
これを聞いたのはカイルの直感でもあったが、なぜか確信もあった。
何故人族のあなたが? と、明らかに戸惑ったターグの様子に、カイルは自分の勘が当たった事を確信する。
カイルの脳裏に浮かぶのは死闘を繰り広げ、なんとかほぼ相討ちに持ち込んだ魔王、正確にはこれから二年半後に即位し、人族を滅ぼそうとする新魔王。
思いがけず掴めた手掛かりに、カイルが目を見開き更に問い詰めようとするが、ターグはこれ以上は話せないと一歩引き、その胡散臭い笑顔を残し姿がふっと掻き消えた。
「ようやく掴んだ手がかりだ。奴とはまた会わなければな」
魔族ともなればまた会うのは難しいだろうが、上手くいけば『大侵攻』そのものを止められるかもしれないからだ。
「……ところで気絶させたはいいけどグルードを、どうやって世界樹まで連れて行こう?」
カイルとシルドニアは横たわっているグルードを見て腕を組んで考えてしまう。
結局意識が無いからノーカウントだ、とごり押しして世界樹の近くまでイルメラに運んでもらうことには成功したのだった。
◇◇◇
リーゼは世界樹の前でユーリガと別れの挨拶をする。
だがお互いの為にもこれ以上深入りするなと拒絶するユーリガだったが、セランの難しく考えすぎるな何時もの能天気な言葉に力が抜けたようになる二人。
最後にユーリガは少しだけ笑い、食事は悪くなかったと、リーゼの名を呼んだ後、魔族領へと戻っていった。
名前を呼ばれ料理も褒められたリーゼは上機嫌になり、セランにからかわれるのであった。
◇◇◇
ゼウルスはグルードを連れ戻してくれたカイルに礼を言い、何か褒美を与えたいと言う。
「では、今から二年半後に起こる大侵攻の際に、人族に味方してもらえませんか?」
だが、そのカイルが最も望んでいるドラゴン全体の支援はにべもなく断られる。
その代わりとして、ゼウルスの最後の脱皮した皮を貰えることになった。
カイルのドラゴンレザーの鎧は、現在お金を出して手に入れられるものとしては最高峰だが、ゼウルスの皮ともなればまさにいくら金をだそうが買えないものだ。
これを加工して防具を作れば恐らく歴史上類を見ないほどの鎧となるだろう。
グルードの攻撃で死にかけたばかりのカイルにとってはまさに喉から手が出るほど欲しいものだ。
ただ加工の方法を後々考えるしかない。
そしてゼウルスが改めて中立を宣言したため、今回はこれで納得するしかないようだった。
最後にシルドニアが何故人族と魔族とドラゴンを共に行動させたかを尋ねる。
ゼウルスは遠い目をして、人族と魔族、そしてドラゴンが共に生きる世界を夢見たと言う。
まさに夢物語だと首を横に振るが、ゼウルスにそんな夢をみさせるのならば、その現在の魔王に妾も会ってみたいと、シルドニアも遠い目をしながら言った。
◇◇◇
イルメラにダークエルフの集落にまで送ってもらい、カイル達はエリナと合流した。
心配していたエリナに泣かれてしまったカイルだったが、全て上手く解決したことを知ると手を叩いて喜んでくれたものだ。
ドラゴンの脅威が去ったこと、密猟を行っていたメーラ教徒が殲滅された報告を受けて、ダークエルフ達も安堵していたが、終わったのなら直ぐに立ち去れと言うのがありありと解り、見送りにはパセラネとロアスしか来なかった。
エリナがパセラネに深々と頭を下げ礼を言う。
パセラネの方は、どこか必死さも感じられる口調で戻ってこないかと言うが、エリナは首を横に振る。
でも、ここが故郷なのは変わりませんし忘れないと、エリナが満面の笑顔で言うと、パセラネも少し笑い今度はカイルに向き直るり、エリナのことを頼むと言った。
エリナがカイルを見るときに、少しだけ頬が赤くなっていることをパセラネは見逃してはいない。
色々と弱っていたところに、タイミングよく助けたからかも知れないが、その真意が何を意味するかはパセラネも解っている。
「ああ、俺に出来る限り力になる」
だが、カイルはその真意に気付くことは無く、あくまで友人、仲間として力強く請け負った。
◇◇◇
カイル達をリネコルのすぐ側まで運び、帰還したイルメラがドラゴンの姿に戻っているゼウルスの元に来て報告する。
ゼウルスが今回のことはどう出会ったと聞く。それにはある期待があった。
ゼウルスはイルメラの事を高く評価しており、いずれはグルードがこの地のドラゴンの長となった時、補佐する立場になってもらいたい、そう思っている。
だがイルメラは真面目と言うか固いと言うか、融通の利かないところがあり、そしてイルメラに限ったことではないが人族を見下している。
ゼウルス自身はかつての古代魔法王国ザーレスや魔法王シルドニアのこともあり人族に、人間に一目置いているのだが、
少しは良い方向に変化があれば、そう思い監視と言う名目で同行させたのだ。
イルメラは少し考えた後、多少ではあるが学んだことがあると言った。
それはなんだと身を乗り出すかのように ゼウルスが聞く。
掟も解釈次第では、とりようがいくらでもある、と真面目な顔でイルメラが言うと、そういう学び方か? とゼウルスが心配げな声を出す。
掟に盲目的に従うというのに疑問を持ってはいたが、掟の抜け道を探すようになって良いのかという感じだ。
この変化が良かったのかどうかは解らないが、確実に何かは変わった。とりあえずはそう思うことにするゼウルスだった。
◇◇◇
「結局今回は、踊らされた気分だな」
グルードとの戦いから数日後、カイルはリネコルにある宿屋の一室で愚痴るかのように呟いていた。
現在この場にはミナギとカイルしかおらず、リーゼ達は街へ買い物やらに出かけており、エリナは母親の元で看病をしているはずだ。
カイルが出かけていなのはミナギにはこの数日間で調べた様々なことを報告に来てもらっているというのもあるが、何より出かけたくても出かけられないのだ。
随分と不機嫌そうね『竜殺し』さん? とミナギがからかうように言うが、カイルは本当に不機嫌そうだった。
最後に『竜殺し』をやってのけたのはもうも何百年も前だが今も英雄譚として残っており、カイルは同じようになるだろう。
街はカイルの噂で持ちきりで、もし一歩でも外に出れば、たちまち人だかりになるだろうとミナギは言う
冒険者からの評判もうってかわって上々となっているようだ。
肝心のドラゴンの遺骸は新たにやってきたドラゴンが回収して、それにカイルがついて行った件も、初めは大騒ぎになったがとりあえずは落ち着いているようだった。
これれは全てカイルの都合の良い様になっており、メーラ教が絡んでいるのは明白だった。
それが気に入らないのだ。
そしてもう一つ、エリナの母ルクテラは病などではなく、メーラ教徒に病気に見せかけた毒を盛られていたと報告を受ける。
「そうか……」
嫌な方向で予感が当たったカイルは顔を曇らせる。
カイルが知る限りルクテラが生死に関わる病になったと言うことは無いので、念のために調べてもらったのだ。
そんな事をする理由について考えるが、一つある事が思い浮かぶ。
ルクテラが病気になれば自然とエリナは金策をしなければならなくなる。
そのタイミングで金に糸目をつけず、案内人を探している者が表れれば何は無くとも飛びつくはずだ。
(まさかな……)
メーラ教の自作自演とも言えるドラゴン退治、今回の件にエリナは必要不可欠だ。
エリナがいなければ今回は世界樹の元に行けなかったか、時間がかかったろうし、パセラネと、ダークエルフと交渉もできなかった。
だがそれが目的だとするならば、あまりにも迂遠すぎる。
確かに自然な形でカイルに接触してきたし、エリナ自身も誘導されているとは気付かず、メーラ教の関与を疑う事は無かった。
グルードに関してもそうで、あのタイミングでグルードの元に行くなど、カイル自身でも予想していなかった。
だがロクファールは聖下の言った通りだったとさも当然のように言った。
(ただの偶然か? 結果的に上手くいっているが運の要素が強すぎる、もしくは……)
その聖下が事前に起こる事を知っているなら辻褄が合うんだけど、と同じ疑問を持ったのだろう、ミナギが不審な声を出す。
「そうだ……な」
メーラ教の、聖下の指示はまるでカイルの行動を、これから起こることを事前に知っていなければ辻褄が合わない事が多い。
これから起こる事を知っている、普通ならそんなバカなと笑い飛ばす事だが、カイルは絶対に笑う事は出来ない。
「やっぱりその聖下か……会う必要があるな」
ミナギが危険だ、と心配そうな声を出すが、いずれは会わなければならない相手のようだとカイルは心に誓う。
そしてもう一つ気になるのはあのターグと言う魔族のことだ。
ユーリガの言う事を信じるなら、魔王が動向を把握していない魔族と言う事になる
何より大事なのはターグは、大侵攻を起こす全ての元凶ともいうべき次の魔王、カイルがほぼ相討ちで倒したあの魔王に繋がっている可能性が高い。
初めて掴んだ手がかりで、諦めていた事前に魔王を、正確には次期魔王を大侵攻を起こす前に討つと言う全てを覆すことが出来る方法に、微かながら可能性が出てきたのだ。
だがこのまま人族領にいては新たな情報が入ってくる可能性はほとんどないだろう。
「将来的には行く必要があるかもな……魔族領に」
それは無茶でしょう、とカイルの呟きに、ミナギが正気を疑う声を出す。
あなたは何を求めているの? とミナギが真面目な顔と声で問い詰めるかのようにカイルに言う。
英雄になるのが目的では無く、目的の為に英雄になろうとしているのは解っているが、ミナギの目から見てカイルのその行動はあまりにも異常なのだ
しかし確固たる意志を持ち、明確な目的の為に行動してるのも解る。
だから聞きたいのだ、カイルが何を求めているのかを。
しばらく考えた後、カイルも真面目な顔で答える。
「……幸せな老後かな?」
ミナギはカイルの頭を一発、思いっきり引っぱたいた。

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