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第三章ダイジェストその4
翌日、準決勝第一試合、カイル対謎の仮面剣士サン・フェルデスの試合が始まろうとしていた。
事前の打ち合わせではまず斬りこむのはカイルのはずだったが、開始の合図とともに斬りこんだのはセランだった。
首筋を狙った遠慮容赦ない斬撃だったが、カイルは冷静に、予想していたかのように受ける。
どちらも伝説の一刀と言うに相応しい名剣同士がぶつかり合い、火花を散らす。
身体が勝手に動いたと言うセラン。
「……ああ、わかってるよ。俺も勝手に動いた。こうなるんじゃないかと思っていが……またあの時みたいになるぞ。今度は互いに命の保証は無いし、もうあんな思いはしたくない」
カイルの言葉にセランは軽くその時の傷が残っている胸付近を撫で、また斬りかかった。
◇◇◇
本気で斬りかかっているセランを観客席で見ていたリーゼは唇を震わせ、青ざめた顔で、セランが死にかけた一年前の二人の本気の戦いの事を思い出す。
セランは三日三晩生死の境を彷徨い、カイルはカイルで抜け殻のような放心状態になり、リーゼも当時は心臓が止まるのではないかというショックを受けたのだ。
またあんな思いはしたくない、乱入してでも試合を辞めさせようと席を立とうとした時、レイラが肩を押さえてこのままやらせてやってくれと、リーゼを止めた。
リーゼが涙ぐみながらレイラに訴えようとしたが、その顔を見て止まってしまう
おそらくセランも見たことないだろう、リーゼにとっていつも豪快で頼りになるレイラ、そんな彼女が泣きそうな顔をしているのだ。
この本気の戦いは誰よりもセランが望んでいると言うレイラの顔は、それは間違いなく、息子を想う母親の顔だった。
◇◇◇
一年前の事を、殺されかけ死の淵をさまよったセランがカイルに謝る。カイルの急所を狙っての斬りつけながらではあったが心からの謝罪だ。
当時のカイルは剣も魔法もメキメキと腕が上がていき、それが嬉しくてたまらなかったのだがそれでもセランには敵わず、模擬戦で一回も勝つことはできなかった。
そんなセランにどうしても勝ちたく、必死に修行し自分より強かったセランに手が届きかけろ無我夢中で戦い、我に返った時には、セランは血の海に沈んでいた。
奇跡的にセランは助かったが、それ以来強くなる事が努力する事が出来なくなった。セランに勝ちたいという行きつく先が死だと思うと怖くなったのだ。
「だからこそもう、あんな思いはもうしたくないんだがな」
自分の手で親友を殺しかけた今でもカイルの心に重くのしかかってきている。
一年前の事はセランも後悔していたのだ。
死にかけた事ではなく、それによって親友のやる気を奪ってしまった事をだ。
だからこそ、二度と無様な真似をさらさないようにとそれまで以上に修行した。
だが肝心のカイルがダメで、半年前にレイラに頼んで無理矢理戦ってみたが明らかに腰が引けており、結局時間切れになった。
セランは凶悪で不敵で、それでいてカイルの好きな笑顔を浮かべる。
これは何よりも自分の為だと、自分が吹っ切れたいから戦いたいのだとセランは言う。
だがカイルは大きくため息をつき舌打ちした後、吐き捨てるかのように言った。
「最低だな……俺にはどうしても叶えなければならない目的がある。更にこの後の決勝には師匠がいるんだ、消耗するような真似はできない。ここでお前と全力で戦っても何一つ利はない。それなのに……」
そこでカイルはセランによく似た不敵な笑みを浮かべる。
「それなのにお前と戦いたいだなんて……ほんと最低だな、俺は……」
この瞬間カイルの頭から世界を救うとか、メーラ教とか、ゴルダーやゼントスを討った負い目とか……そういった全ての悩みが吹き飛んだ。
セランの生死や自分の生死すらまったく関係ない、後で後悔することになったとしても構わない、ただただ全力で戦いそして勝ちたい、その思いで心が完全に支配された。
ここから先は言葉はいらなかった。
◇◇◇
この後の戦いは本当の死闘になった。
お互いに手の内は知り尽くしていると言っていいが、油断は絶対にできない。隠し技なり奥の手なり持っていてもおかしくないからだ。
二人とも遠慮容赦のない全力で必殺の一撃を繰り出し続けていき、それらを皮一枚でかわしたり、間一髪で受けたりとギリギリの攻防が続いていき、両者ともに少なからず傷を負い始める。
しかし激戦でありながら演武のように、美しいとさえ感じられる二人のある意味息の合った攻防に、いつしか歓声をあげていた観客も息を呑んで見守るように引き込まれていった。
だがいつまでも続くと思われたその均衡も段々崩れ始めていく。
押し始めたのはセランで、カイルは少しずつ、しかし確実に押され始めていた。
(やっぱり剣の腕はセランが一枚上手か)
そもそも剣の才能、戦いのセンスというべきものがセランの方が上で、しかもまったく努力を惜しんでいない。
対してカイルは肉体的には一年間剣の訓練をさぼっており、ここしばらくの必死の訓練で多少ましになったもののその差は歴然で、セランと何とか互角に近い戦いが出来ている時点で上出来すぎるのだ。
そして時間が味方するのもセランだ。
今のカイルは試合前に自分にかけた【ヘイスト】や【ストレングス】といった補助魔法により身体能力をあげているが、魔法には効果時間がありいずれは切れる。
魔法を使いどうにか互角なのだ、効果時間が切れればカイルの戦闘力は低下するし、それを新たに掛け直す隙をセランが与えるとは思えない。
もはやカイルに残された手段は、時間があるうちに一か八かの捨て身の特攻、それしかない――
(……何て結論出せるわけないがな!)
破れかぶれでは絶対に勝てないのはカイルが一番よく分かっている。
そして何とか活路を見出すために過去の戦歴から使えそうな、戦術を模索していく。
だがそうしている間にもカイルの身体に傷は増えていき、そしてとうとうカイルにかかっていた補助魔法の効果が切れた。
身体に重石でも乗せられたかのようにカイルの動きが鈍ると、瞬時にセランは斬りかかる。
カイルは何とか重い斬撃を受けるが、セランは剣同士を絡みつかせるかのように巻き上げ、思い切り跳ね上げた。
既に腕を負傷していたカイルは耐えきれず剣を弾き飛ばされ、後ろによろめきく。
ここが決め所と、セランが一気に斬りこんだ。
ここででカイルはどう凌ぐか、反撃するかを幾通りも考える。
県は手元になく、素手では受けられない。魔法では魔力を変換する時間が足りない――そう考えた瞬間脳に電撃が走ったかのようになる。
魔法で迎撃するには変換する時間がない。ならば変換しなければ? そう思った時にはすでに身体が動いていた。
セランはカイルが左腕をこちらに手のひらを向けるように突き出したのを見たがそれにかまわなかった。
無詠唱の魔法か何かかと思ったが、どちらにしろ最後の抵抗に過ぎない、多少ダメージを受けようともここで終わらせるつもりなのだ。
だがカイルの手のひらに青白く光る光球が見えた瞬間セランの背筋にぞくりと寒気が走った。あれはまずい、と。
それはカイルから発せられた純粋な魔力、『力』そのものだった。
その光球が放たれ、セランに届いた瞬間、闘技場全体を揺るがすかのような大爆発が起こった。
やがて爆発の余韻もおさまり、試合場で立っていたのはカイルだった
自ら放った光球が爆発した際、突き出していたカイルの左腕も被害を受け、見るも無残と言っていい有様になっていたがなんとか自分の足で立っている。
だが至近距離で、しかも胴体部分で受けたセランはもっと深刻だろう。
カイルが急ぎ近づくと、セランはあおむけに倒れ吐血し、内臓もそうとう傷ついているようだ。
だがかろうじてではあるが生きており、カイルは心から安堵する。
倒れたままのセランが負けを認めるが、早速次はいつ戦う? とカイルに聞いてくる
戦いが終わった以上二人の間に遺恨だとかは一切なく、後に引きずる事もない。
ただ戦う理由があるだけだ。
「いくらなんでも気が早すぎるだろ……こんなのがそう何度あっても困る。次は最低数年は先だぞ」
カイルも呆れるが再戦自体は否定しない。
セランが何とか立とうとするが身体が言う事を聞かない。
そんなセランにカイルは手を差し伸べセランも素直にその手を掴む。
次は勝つ、次も勝つ、二人はそう言い軽く笑いあいながら退場していった。
肩を貸して歩く二人、関係は解らないが何かしらの子細があると感じ取ったのだろう、数万の観客は席を立ち拍手で送った。
◇◇◇
控室に戻ったカイルはリーゼに泣きながら胸ぐらをつかまれ揺さぶられる。
いくら当人同士が望んだとはいえ、幼馴染が死ぬかもしれない本気の闘いを見せつけられたのだ、悲しいしそれ以上に怒りもあった
「いや、俺にも、色々、事情が……! き、傷に響く!」
カイルはウルザの方に助けを求めるかのような視線を向けるが彼女も同感だと言わんばかりの目で睨んでいる。
そしてその目が赤く充血しているのを見て、彼女にも心配をかけたと解ると抵抗を諦めた。
やがてリーゼが座り込んで大泣きをしてしまい、ウルザが慰めるようとするがつられて少し涙ぐむと、顔を赤くしたカイルは謝り倒した。
しばらくしてリーゼとウルザの二人がようやく落ち着いた頃、準決勝第二試合を圧勝で終わらせたレイラがやってきた。
レイラは息子に声をかけすっきりしたかと声をかけると、セランは少し照れくさそうに笑い、レイラも母親の顔で微笑んだ。
そしてレイラがカイルとセランに軽く笑いながら優しい声でよくやったと褒める。
これまで剣の事に関しては叱咤や怒声しか聞いた事がなかったので、初めて褒められたようなもので何やらくすぐったい気分に二人はなる。
だがこれで決勝で戦うことになったとレイラに言われ、カイルは急に現実に戻された。
しかし今のカイルに試合前までの悩みや悲壮感に近かった負の感情は無く、簡単に言えばすっきりしたとでも言うのだろうか、悩みが吹き飛んだ気分だった。
何よりもレイラに対する苦手意識も薄れている気がする。
「……明日楽しみにしてるぜ、師匠」
不敵にカイルが笑い、驚いたレイラだったがこちらも生意気な、と同じように不敵に笑う。
皆機嫌が良かった、ただ一人を除いて。
シルドニアがカイルを見ながら先ほど使った魔力をうちだす魔法の事を考え、難しい顔をしていた。
◇◇◇
翌日、決勝戦の朝闘技場は早朝から人であふれていた。
決勝に向けカイルは控室にて一人集中を高めていた。
精神状態は非常に落ち着きつつ同時にやってやろうという気持ちになっている。
その時、控室にコンラートがやってくる。
そしてメーラ教を知っているかと尋ねてきた。
コンラートの口から出たその名にカイルは衝撃を受けたが、何とかそれを隠しいかにも初耳と言った感じで聞き返す。
「名前ぐらいなら……メーラ教がどうかしましたか?」
するとメーラ教がカイルのことを調べていた形跡があり、決して関わるなと強く念を押した。
この間から私に何か言おうとしていたのは……忠告し助けるためだったと気付き何故かと聞き返す。
するとコンラート動揺したかのようになり、カイルの母セライアに昔世話になったとしどろもどろに言う。
「……初恋か何かですか?」
かなり無礼な事を言っているなと思ったが、聞かずにはいられなかった。
コンラートは顔を真っ赤にし図星だったとわかり、カイルは頭を下げ心から礼を言った。
そんなカイルにたいして鼻をならした後、コンラートは足早に立ち去って行った。
「大丈夫ですよ……関わるなってのはもう無理ですが、一応手はうってますので」
◇◇◇
貴族達専用の席で間もなく始まる決勝戦を席に着いたバーレルは上機嫌で見ていた。
カイルの予想以上の活躍が嬉しく、早めにあの耳長女を始末せねば……そんな事を考えていると軽く身体に衝撃が来る。
どうやらよそ見をして歩いていて、バーレルにぶつかったらしく貴族の若い女性が謝ってきた。
その時持っていた杯からほんの少しだけバーレルの服にかかってしまったようで、慌ててハンカチで拭いている。
いや、これぐらい……と、表向きの顔であるカイリス神官長らしい温和な対応をしようとした――しかし口が上手く動かない。
席を立とうとしても、力が入らず椅子から崩れ落ちそうにもなる。
しかし自然な動作で、あくまで汚れをとるという動作でその女はバーレルを座り直させる。
それでは失礼をいたしました、と最早表情を動かすこともできなくなったバーレルに、スカートの裾を掴み、優雅に挨拶をして立ち去るミナギ。
毒針で刺し立ち去る一連の行動は三十秒にも満たず、本当に自然だったため、周りの誰の記憶にも残らなかった。
こうしてバーレルの死は試合が終わるまで誰にも気づかれる事は無かった。
◇◇◇
向かい合うカイルとレイラ。
心配だった苦手意識も無くなって、精神的気負いはない最高の精神状態でカイルは向かい合えていた。
レイラはダリウスの時と同じように振りかぶり、迎え撃つ体勢となる。
この構えはレイラが強敵と認めた相手にだけする構えで、カイルは開始の合図と同時に迷わず斬りかかった。
読みあいの上手いレイラのペースにはまる前に一気に攻め込み、そして絶対の破壊力をもつレイラの振り下ろしをカイルは真正面から受けた。
「おおおおおおっ!!」
その凄まじい衝撃と破壊力に、カイルの全身が悲鳴を上げる。
足首まで地面にめり込み、奥歯が砕けるのではないかと言うぐらい噛み締め踏ん張る。
そして耐えきった。
レイラの攻撃を真正面から受けるなど、正気の沙汰ではないがカイルには確信があった、今の自分なら耐えきれると。
そしてそれぐらいできなければレイラに勝てないとも。
これにはレイラも本当に驚きの顔になる。
この振り下ろしはレイラにとって一撃必殺であり、避けられたり、捌かれたりは何度かあるが、真正面から受けきられたのは初めてなのだ。
「いくぞっ!」
そして師に全力をぶつけるべくカイルは攻撃に転じようとした。
そこでレイラは思い出したかのようにセライアの妊娠を告げる。
「ごぶっ!?」
突如母親の懐妊を知らされカイルは吹き出した。
一瞬にして最悪の精神状態になり、動揺しまくったカイルにレイラは、やはりどこかセランに似た底意地の悪い笑みを浮かべ剣を向ける。
「あ……しま……」
それきりカイルの意識は途絶えた。
こうして決勝戦は今までの試合と違い、実にあっさりと決着がついた。
◇◇◇
カイルが意識を取り戻したのは翌日の事だった。
優勝したレイラは、その後の表彰式にでることなく試合直後に姿をくらまし、準優勝のカイルも意識がなかったので、最後の最後でなんとも尻つぼみな閉幕となったらしい。
だがカイルにとってはそこら辺はどうでもよかった。
「最悪だ……」
目を覚ました直後に頭を抱えるカイルに、リーゼ達は困惑していた。
レイラが言っていたのは嘘ではないだろうが、前の人生では弟や妹が出来た覚えは無い。
(俺がリマーゼからいなくなったからか? ……二人っきりになったから新婚気分にでも戻って……)
そこまで考えて頭を振って切り替え、これ以上そのことを考えないようにした。
◇◇◇
この後カイルはジルグス国とガルガン帝国の会議に同席することになったのだが、さすがに気が重かった。
カイルが優勝できなかったことで、ガルガン帝国はジルグス国に堂々と補償を求める口実が出来た事になり、どのような無理難題をせまるかわからない。
事前に言われていた通り、カイルが責任を取らされると言う事はないだろうが、ジルグス国の心証が悪くなったのは間違いなかった。
「この度はご期待に添えず本当に申し訳ありませんでした」
キルレンとオーギスにあった直後に謝罪をするカイル。
キルレンもオーギスも少なくとも表面上はカイルを攻めている様子は無く、むしろ苦労を労っているし、どうも帝国の様子がおかしいと言う。
そしてエルドランドとマイザーがやってきた。キルレンから話を切り出そうとしたところで遮るかのようにエルドランドが話し始め、カランでの一件はジルグス側に一切責任を問わない事にしたとはっきりと宣言した。
更にエルドランドはカイルを見てにこやかに武術祭での健闘を褒め称える。
その後もエルドランドとマイザーは、まるでキルレン達に話を挟ませないかのように一方的にしゃべり続け、カイルだけでなく、キルレンやオーギス、そしてジルグス国を持ち上げ続けた。
そして終始にこやかな態度のまま一方的にこの会議を終わらせた。
◇◇◇
会議が終わった後、キルレンもオーギスが腑に落ちないといった感じで首を傾げている。
鵜呑みにするわけにもいかず、何か裏があるのは間違いないがとりあえずカイルの役目は終わったと、二人は改めて礼を言った。
「いえ、お役に立てて何よりです」
カイルもいまいち納得できなかったが、とりあえず最低限の役目は果たせたと言っていいだろう
そして来る時の馬車内での胃の痛くなる会話が再開されそうになると、またも仮病で逃げ出すカイルだった。
◇◇◇
マイザーは先ほどの会談でわざとらしかったんじゃないかと苦笑するが、あれくらいでいいとエルドランドは真面目な顔で言った。
帝国がカランの補償を取り下げたのは、それよりも大きいメーラ教が絡んできたからだ。
多種族国家であり、人間以外の人族を重く用いる事が多いガルガン帝国にとってメーラ教は決して相容れず、取り締まってきたが、それに反発するかのように抵抗してきてその被害は甚大と言っていい。
本腰をいれて戦うとなると国外の協力が、最低でも黙認が必須となる為、今回はこちらか折れる、引くという形にして恩を売っておいた方がいいとなったのだ。
そして、メーラ教の指導者聖下がカイルに興味を持っているらしいとの事なので、泳がせて様子を見ることになったのだ。
エルドランドはマイザーと共にメーラ教への対策を練り始めた。
◇◇◇
その日の夜、カイルは三日前と同じように寝ないで、今もっとも会いたくて、それでいて会いたくない人物を待っていた。
夜も更けたころ三日前と同じように、音もなくミナギが現れた。
「や、やあ……」
多少引きつった笑顔でカイルが挨拶すると、ミナギも微笑み返す。
だがこれが所謂営業用の笑顔であることはカイルにもよく解っていた。
淡々と、感情のこもっていない声でミナギは暗殺が成功したことを説明する。
そして、バーレルの私室から手に入れた、メーラ教に関係していそうな手紙があり、どうやら暗号を使って連絡を取り合っていたようだと報告する。
そして報告が全て終わった後、優勝すると決まっていたんじゃなかったのか、と震える声でミナギがカイルに言った。
「あ、ごめん、それ嘘だった。どっちにしろ優勝するから嘘も方便と思って……よし、わかった。話し合おう」
何時の間に手にした短刀がカイルの首筋に傷つけないぎりぎりで当てられている。
借金が増えたと嘆くミナギに全額補償すると言うカイルだったが、それは流石にプライドが許さないらしい。
そこでカイルは継続的に護衛をしてほしいとミナギに正式に依頼をする。
護衛は専門じゃないと難色を示すミナギに、迎撃でもいい、こちらもある程度の腕は立ち、四六時中張り付く必要もないと更に説得をする。
暗殺稼業までしてる私にそこまでこだわるなんて何を考えているのかしら? と疑問に思うが毒気を抜かれたのも事実で、ミナギは大きくため息をついた。
仲間じゃなくて一時的な雇用関係、それなら受けてもいいとミナギは折れる事になる。
「決まりだ。よろしく頼むな、ミナギ」
カイルは心からの笑顔で握手の手を伸ばす。
とりあえず解読をしてくると、ミナギはその手を取ることなく、また静かに、闇に溶け込むかのように消えていった。
「……ま、これで戦力は強化できたな」
実際メーラ教と事を構えるのにミナギの力は欠かせないし、ソウガの件で目の届く範囲にいてほしいと言うのもあったので、引き続き雇えたのは幸運だろう。
そして差しだしていた右手をじっと見てあの時の、セランと戦っていた時の事を思い出す。
無我夢中で使ったあの力が危ういものであることは経験的にも、直感的にも解っている。
それでも強くなるのならば避けては通れない。
「……もっと強くならなきゃな」
窓から覗く月に向けて、カイルはそう呟いた。
時は少し遡り、武術祭決勝が行われた日の夜、帝都ルオスからほど近い、街道から外れた山中で一人野営をしているレイラ。
彼女の傍らに置いてあるのは遠距離会話を可能にするカード型の魔道具で、月が天高く登ったころほのかに光りはじめる。
レイラはカードを手に取り、会話を始めた。
会話の内容はカイルとの戦いが試しであり、レイラはカイルが大した奴ではないと相手――聖下に訴えるものだった
だがその訴えは聞き届けられず、無理やり何かを納得させられたかのように会話を終える。
あんな真似までして速攻で勝ったと言うのに……とメーラ教徒しか持たない聖印をもちため息をつくレイラだった。

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