2015年8月号

プロジェクトニッポン 佐賀県

「原っぱ」で街なかを再生 佐賀発、驚きの中心市街地活性化手法

西村浩(ワークヴィジョンズ代表取締役)

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佐賀市のある商店街の一角が、最近、にわかに賑わい始めた。きっかけは、コンテナを置いた“原っぱ”だ。コミュニティ形成からエリアの価値を高める、21世紀の新しい都市再生手法に迫った。

佐賀市の市街図を眺めると、驚くほど駐車場が多いことがわかる。駐車場は車を引き寄せるかもしれないが、人は惹きつけない。周囲が駐車場だらけの駅前商店街は、閑散としている。

しかし、一部だけ賑わっている通りがある。子どもたちの笑い声が響き、その子どもたちを見つめる母親たちが立ち話をする“原っぱ”があり、その向かい側には建築事務所を兼ねたコワーキングスペースがある。周辺には、饅頭屋、スポーツバー、ラーメン屋、NPOの事務所、プリントTシャツのショップなどもオープンしている。そこは、呉服元町の一角。ここで、官民連携による「21世紀型の都市計画」の社会実験が行われているのだ。

空き地を公園にせず、芝生の“原っぱ”に。芝生は地域の子どもたちや住人が貼った

空き地の価値を見つめなおす

仕掛け人は、設計事務所ワークヴィジョンズの代表を務める西村浩氏。佐賀出身の西村氏が故郷の街なか再生計画に携わることになったのは、ちょっとした偶然がきっかけだった。

「以前、佐賀新聞の取材を受けた時に、『子ども時代を過ごした佐賀駅前の商店街が寂しくなっている、なんとかしたい』とコメントをしたら、その記事を読んだ一般市民の方から突然、『自分も同じ想い、ぜひ話を聞いてほしい』と電話があったんです。それが縁で、行政の関係者も含めて2ヵ月に1回ぐらいのペースで議論をするようになりました。そうして1年ぐらい経った頃に、佐賀市から活性化事業の依頼を受けました」

西村 浩 ワークヴィジョンズ代表取締役

佐賀市からの話は具体的なものではなく、街中の賑わいを取り戻したいというアバウトなものだった。今振り返ればそれが良かったと振り返る。

「アプローチとして、『何か造って』ではなく『何とかしたい』という依頼が来たことは良い経験でしたね。人口が増加し、都市が拡大した20世紀はモノを作る時代でしたが、人口が減少している現在もいまだにモノで問題を解決しようという慣性力が働いている。でも、いま必要なのは土地が空いていることを認め、空き地の価値を高めること。それが21世紀の新しい地方都市の在り方だと考えました」

空き地に建物を建てることなく、空き地のままで価値を高める。建築家としてこれまでにないミッションに対して西村氏が出した答えが社会実験「わいわい!! コンテナ」プロジェクトだ。町中の空地を借り受け、芝生を張って“原っぱ”を作る。そこに、内部で時間を過ごせるようにリノベーションしたコンテナとオープンデッキを設置。コンテナには、300種類の雑誌と漫画、絵本を置いた。

原っぱにはコンテナを置き、300種類の雑誌と漫画、絵本を置いた

このアイデアは、どのように生まれたのだろうか?

「地方都市は空き地が駐車場になり続けているから、町中が殺伐として、安全も担保できず、人が来なくなるという悪循環に陥っています。そこで私は、空き地を公園にせず、芝生の“原っぱ”にしました。公園にすると行政の管理下に入ってしまい、規制が増えるからです。ただし、緑の芝生広場に加えてコンテナを使って図書館をつくって、子どもたちも楽しめるようにして、飲み屋と駐車場ばかりの商店街が少しでも明るい雰囲気になるように考えました。コンテナを置いたのは、不動産として建物を作ると一気にハードルが高くなるから。移動可能で、再利用できて、気軽に使えるものとして、コンテナを選びました」

このプロジェクトを始めるにあたり西村氏が意識したのは、住民を参加させること、そしてコストを極力抑えること。2010年11月、まずは住民、地元商店街、行政が連携して「佐賀市街なか再生会議」を結成。行政と市民がフラットな関係を作り、この会議で決めたことを行政が支援するという形で動き始めた。

コンテナは地元業者が作ったものを佐賀市にリースし、「コピー機を借りる感覚」でコンテナ図書館を運営できる仕組みにした。芝生もホームセンターで購入して、地域の子どもたちと住民が一緒に張った。

子どもが集まることでコミュニティが生まれ、地域が少しずつ活気づいていく

コミュニティがビジネスを生む

佐賀市の中心市街地の地図。赤は駐車場、黄は空家、青は空き店舗。地域が危機的状況だったことがわかる

11年6月に始まったこの社会実験は、8ヵ月で延べ1万5000人を集めた。特に昼から夕方にかけて人通りが途絶えていた商店街に、子どもたちが遊びに来るようになった。

この結果に手応えを得て、12年6月に「わいわい!!コンテナ2」がスタート。今度はコンテナを3基設置し、読書コンテナのほか、くつろげるように床にマットを敷いた「交流コンテナ」、希望者がワークショップなどを自由に開ける「チャレンジコンテナ」を作った。

このコンテナ2がオープンすると、自然発生的にコミュニティができ始める。

「近くの英会話学校の講師が、子どもたちと一緒に英語で遊ぶというプログラムを無料でやりはじめてくれたのです。学校にしてみれば営業活動の一環なのかもしれませんが、無料で英会話が習えるとなれば親も子どもたちも集まるので、大変賑わっています。交流コンテナでは、キーボードを置いたことがきっかけになって市民の方々が集まり、コーラスグループもできました。コミュニティは作ると脆い。いかに自然にコミュニティが生まれる環境を作るのかが大切です」

「わいわい!!コンテナ2」では3基のコンテナを置き、希望者がワークショップなどを自由に開ける環境を整えた

コミュニティができると、そこに商売も生まれる。オープンから3年が経った現在、以前の寂れた雰囲気は一変した。冒頭に記した呉服元町の一角が、その場所だ。この変化こそ、西村氏がコンテナ1を作った時から狙っていたものである。

「町の変化は住民も感じています。その情報が伝わると、エリアの価値が高まる。建築・都市・地域再生プロデューサーの清水義次さんが『敷地に価値なし、エリアに価値あり』と言っているように、街なかの再生は人が集まる環境を作り、エリアの価値を高めることから始まるのです。

その際に、一気に広い地域を活性化することはできません。狭い地域だからこそ、小さな変化も目に見える。一部の地域に注力できない行政の力を借りず、民間の力で狭い地域に賑わいを作り、変化が表れればその効果は周辺に波及します」

もともとシャッター街だった通り(左)が、社会実験を始めて3年間で、にぎわいのある通りに生まれ変わった(右)

最終目標は街なか居住者の増加

呉服元町に進出したプリントTシャツ店。「人が集まるところに市がたつ」と西村氏は言う

この変化の波は確実に広がっている。今年2月21日から1ヵ月間、シャッターを閉めたままの商店街の店舗を、希望者に期間限定で貸し出す「街なかオープンシャッタープロジェクト」を実施するにあたり、出店希望者を募集したところ集まった応募は42件。不動産オーナー側の都合もあり、実際にシャッターを開けた物件は11件で、そこに入居した店舗数は21件だったが、期間中は商店街が一気に華やかになった。このイベントがきっかけで、実際に店舗を借りてオープンしたお店もある。

今春、コンテナの近くにオープンした「COTOCO215」は、ワークヴィジョンズが設計・プロデュースした。コワーキングスペースや貸しイベント場として提供。人が集まり、新事業を生み出す共創の場として育てていく

西村氏はこの小さな変化を、「街なか居住」につなげることを目標に掲げている。

「これまでの中心市街地活性策は、いかに数多くのイベントを企画し、商店街の売上を回復させるかに重点を置いていました。しかし、イベントで一時的に街が盛り上がっても、そもそも住民やコミュニティが存在しないのですから、持続的な効果は生まれません。

まずは安全、安心な拠点を作ることで回遊性の向上、時間消費を生み、街なか居住のニーズを高めることが大切。その結果として商店街の再生が可能になります。そのためには、小さな成功体験を積み上げ、できたことを行政と市民が共有し、変化を実感しながら、いかにして一緒に前に進んでいくか。長い時間がかかりますが、これが21世紀型の都市計画だと思います」

呉服元町の一角で生まれた活気がどこまで広がるのか。佐賀市の原っぱから始まった社会実験の経過を、全国の地方自治体が注目している。

商店街店舗を希望者に期間限定で貸す「街なかオープンシャッタープロジェクト」は、希望者が殺到した

西村 浩(にしむら・ひろし)
ワークヴィジョンズ代表取締役

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