産経ニュース

【疑惑の濁流】怪文書から始まったプロボクシング界の泥仕合 JBC事務局長解雇訴訟はついに最終ラウンドへ

【疑惑の濁流】怪文書から始まったプロボクシング界の泥仕合 JBC事務局長解雇訴訟はついに最終ラウンドへ

「早く復帰して貢献したい」と語る安河内剛氏

 国内のプロボクシングを統括する「日本ボクシングコミッション」(JBC、東京都文京区)の元事務局長解雇をめぐる裁判が泥沼化している。1、2審は「解雇権の乱用」として、JBCに、元事務局長を元の立場のままで復帰させるよう命じたが、JBCが不服として最高裁に上告し、裁判は最終ラウンドにまでもつれ込んだ。現場トップの事務局長はプロボクシング運営に欠かせないが、“怪文書”から端を発した騒動に、関係者からは「始まりは内ゲバ。早く収拾しなければ選手がかわいそう」との声が上がる。

分裂騒動…業界混乱

 JBCに解雇無効を求め訴えているのは安河内剛氏(54)。平成2年からJBCで働き始め、国際部長などを歴任、18年から現場トップにあたる事務局長に就任した。

 問題の発端は平成23年4月18日。安河内氏に関する“怪文書”がJBCの各事務所や全国のボクシングジムに送られた。当然、差出人は不明だ。

 怪文書には、安河内氏が(1)JBC内部で不正経理を行って、個人的に流用している(2)関係のある女性を不正に職員として登用した(3)私利私欲にボクシングを利用している(4)部下への過度なパワハラが繰り返されていた-などとする内容が記されていた。

 その後、5月にJBCが調査委員会を設けて、内容を調査したが、6月28日には「一部、部下への接し方に行き過ぎがあった」としつつも、怪文書の内容が事実に反すると結論づけた。

 ただ、この間、怪文書はボクシング関係者に行き渡り、業界は混迷した。

 同月23日には、一部のJBC理事や関係者がJBCに代わり、国内のプロボクシングを統括する「新コミッション」を設立する意向があると会見。分裂回避の条件として、安河内氏の排除を突きつけている。これを受けて一部メディアは「JBC分裂も」などと報じた。

 また、JBCは調査委員会による結果報告と同時に、安河内氏を事務局長からの降格と減給処分とすることを決定、7月からはボクシングとは関係のない関連会社への配置転換を命じた。

分裂回避の処分と認定

 安河内氏の配転先は新宿の雑居ビルの管理業務だった。ただ、すでに管理業務担当の社員は足りており、安河内氏は「会社に出ても何もすることがない。私は存在しない人間と扱われていた」と振り返る。仕事はほぼ与えられず、狭い部屋で机に向かっているだけの日々が続いたという。

 翌24年5月、JBCに対し、降格処分無効を主張して東京地裁に提訴した安河内氏。しかし、提訴後も異例の展開をたどった。

 JBC側は提訴後の6月、「(分裂騒動とは別に)安河内氏が新団体設立を画策するなど、JBCを混乱させた」などとして、懲戒解雇処分としたのだ。裁判は、「降格無効」から「降格・解雇無効」と様相を変えた。

 昨年11月の地裁判決はこうしたJBCの動きに対し厳しい内容となった。地裁は安河内氏降格の経緯について、「怪文書の指摘にあるような不適切行為に客観性はなく、安河内氏の不祥事とはいえない」と指摘。「理事や関係者が新団体設立を表明したことに対し、JBC側が分裂を回避するために安河内氏を排除した」と認定した。

 解雇についても、「安河内氏が別組織を設立しようとした事実は認められない」などと、JBC側の主張をことごとく退けた。解雇は無効で、安河内氏を事務局長に戻すよう命じたのだ。

 また、安河内氏の代理人は、怪文書の出所について「内部によるものとの考えのもと、判決を言い渡している」と指摘している。

 JBC側は不服として東京高裁に控訴したものの、今年6月の判決は、1審を全面的に支持してJBC側の主張を再び退けた。

業界の特殊性が影響か

 それではなぜ、JBCが安河内氏に厳しい処分を下したのか。そこには安河内氏のキャラクター、業界の特殊性が影響している。

 JBC関係者によると、安河内氏は事務局長時代、大きな話題となった亀田兄弟の世界戦を手がけるなど、「良くも悪くも目立つ存在」だった。

 また、パワハラ疑惑の一部について、「行き過ぎた接し方があった」とされたが、「部下に対して厳しく接し、結果をもとめる面があった」という。JBCの財政立て直しにも着手している。「JBCから事業の外部委託を受けていたボクシング関係者がいたが、安河内氏は無駄を省くためにその委託を打ち切ったことがあった」と明かすJBC関係者もいる。「安河内氏を良く思わない人物がいてもおかしくない」環境で、多くの関係者も怪文書を“内部犯行”とみているという。

 また、安河内氏の降格について裁判所は「JBCの分裂回避が目的」と認定している。ここには微妙なバランスの元にある国内のプロボクシング事情が見え隠れする。

 全体の運営を統括するのはJBCだが、試合運営そのものに関わるレフェリーやジャッジ、リングアナウンサーらが所属する「JBC試合役員会」、ジムの統括組織である「日本プロボクシング協会」の三者の協力関係で業界は動いている。

 JBC関係者は「三者のどれが欠けても、プロボクシングは成り立たない」と指摘。「新団体設立表明には、試合役員会の有力者が絡んでいた。そうした動きの中で安河内氏排除を求められ、JBCは断りきれなかったのではないか」と話す。

 現在、国内では多くの世界チャンピオンを抱えるなど、業界は盛り上がっているようにもみえる。ただ、関係者からは「年々、興業を取り巻く環境は厳しくなっており、プロで生計を立てることは難しくなっている。運営側の混乱が続くようでは、選手がかわいそうだ」との声もあがる。

 安河内氏は「ボクシング界の混乱を招いたという点では、反省すべき部分があり、私の不徳の致すところだと感じている。早く復帰して貢献したい」と語る。

 一方のJBCは「係争中の事案であり、コメントできない」との立場を保っている。

©2015 The Sankei Shimbun & SANKEI DIGITAL All rights reserved.