日本経済新聞社がフィナンシャル・タイムズ(FT)を英国のピアソンから8億4,400万ポンドで買収します。

フィナンシャル・タイムズは世界の経済紙の中で最も信頼されている高品質な新聞で、最近の業績も好調です。

サブスクライバー数は72万人(紙+オンライン)で、このうちデジタル・サブスクライバーは50.4万人、つまり全体の70%に達しています。

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因みにライバルのウォールストリート・ジャーナルは印刷部数240万部、デジタル・サブスクライバー数は90万人です。

FTグループの業績は、安定的に推移しています。下のグラフはデータ販売部門を除く数字です。

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フィナンシャル・タイムズは2002年からデジタル・サブスクリプションを開始しており、これまでにいろいろな課金戦略を試してきました。ネット記事への課金という点では、あらゆるメディアで最も成功しているうちの一社と言えます。日経新聞はFTのデジタル戦略のノウハウを今後の戦略で参考にすることが出来ると思います。

FTの読者は良い情報を得られるなら、お金に糸目をつけません。このこともデジタル・サブスクリプションへのアグレッシブな移行が成功した理由かもしれません。

フィナンシャル・タイムズの読者は世界中の裕福層で、広告媒体としては極めて魅力的です。

フィナンシャル・タイムズは1888年に創刊され、1893年からピンクの新聞用紙を使用しています。これはピンクに着色しているのではなく、漂白剤の量を減らすことでコストを節約するというのが当初の目的でした。言い換えれば、真っ白の紙面にするのはコストがかかり過ぎるというわけです。

ピアソンがフィナンシャル・タイムズを傘下に収めたのは1957年です。

今回のFT売却はフィナンシャル・タイムズが1989年から所有している自社ビル、One Southwark Brigeおよびピアソンが保有しているThe Economist Groupの50%は含んでいません。

現在のラインナップはエディターがライオネル・バーバー、アシスタント・エディターがかつて東京支局長を務めたこともあるジリアン・テット、外交コメンテーターがギデオン・ラックマン、経済コメンテーターがマーティン・ウルフなどとなっています。

僕的にはジリアン・テットの書いたものは読むに値するけど、ギデオン・ラックマンとマーティン・ウルフは英国的バイアスがかかり過ぎていて彼らの書いたものを鵜呑みにすると時々大間違い(例:ギリシャ問題)すると思います。

日経とFTには、編集上の大きな共通点があります。それは「ページ・ブレイクなし」という方針です。ページ・ブレイクとは、第一面の記事が、話の途中で後ろのページに飛ぶことを指します。このように記事が分断されると読みにくいし、あちこちめくらないといけないので、読む方としては忙しくなってしまいます。日経もFTも、そのようなレイアウトを採用してないので、読みやすいです。

その反面、「ページ・ブレイクなし」の方針だと深掘りした長尺記事を第一面に持ってくることが出来ません。つまり喰い足りない、上っ面だけを報じる記事にならざるを得ないのです。

FTの場合、そういう制約の中で簡潔な中にも味わいや含蓄のある記事の書き方が殆んど芸術の域にまで高められています。残念ながらそのような味わいは日経新聞にはありません。

最近、紙の新聞ではなくネット上で記事が読まれるケースが増えているので、このページ・ブレイクをめぐる編集方針は、だんだん記事の書き方への影響力を薄めている気がします。しかし深掘りする記事では、やっぱりFTはウォールストリート・ジャーナルやニューヨーク・タイムズには勝てません。

最近は紙の記事以外にもFT blogなどで記者の手持ちのネタのアウトレットが増えているので、個々の記者の個性に合わせた長尺記事やタイムリーな記事が日の目を見る機会は増えているようにも感じます。このへんにも日経はFTから学ぶべきものが多いのではないでしょうか? 換言すれは、日経はもっと記者の「稼働率」をUPすることができるのです。

日本経済新聞側のアドバイザーはロスチャイルド・グループ、ピアソン側のアドバイザーはエバーコア、ゴールドマンサックス、JPモルガン・カザノブでした。

アメリカで取引されているピアソンのADRは+1.27%で推移しています。



PS:今回の買収はフィナンシャル・タイムズの営業利益の約35倍のマルチプルです。これを「高い買い物をした!」と批判する声があるけれど、僕はそうは思いません。なぜならフィナンシャル・タイムズはdamaged goodsではないからです。業績が漂流中のニューヨーク・タイムズなどと同列に論じることは出来ないのです。今回、FTを手放すピアソンは教育市場部門が不振で、リストラを迫られています。FTを手放すと決めたのは、そのため。FTのようなピカピカの資産は、相手が売って呉れる値段で、四の五の言わず、買うしかないです。

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