和名『眼球日誌』。国際補助語エスペラント、文学、芸術、人類、政治、社会などについて
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承認欲求の強い人妻
  自動車保険の更新が電話でも可能なのは周知のことだろう。今日、鯨は電話で自動車保険の更新業務をしていた。この業務を遂行するにあたって時々起こりうる事象というのが、夫が契約者で、その代理人であるところの妻が電話口に出て更新手続きをするケースだ。夫婦ならいいかと保険代理店が更新手続きを進めるとそこでアウトである。発覚すると間違いなく業務停止命令を食らう。
 今日もそういうケースがあった。まず契約者である夫の携帯電話に架電する。するとその数分後に自宅にいる妻から架電があった。もちろん妻が保険の更新をしようというのである。そこで鯨は断る。
「電話で継続手続きをできるのは契約者様本人だけとなっております」
そこで妻が言うのである。
「それはおかしくないですか。前に鯨さんではない別の方にもそう言われたんです。それっておかしくないですよね」
これは困った。何に困ったかと言うと「おかしいですよね」との問いにそのまま正直に「いいえ、おかしくないです」と言ってもいきりかけている相手を怒らせるだけ。そして「はい、おかしいですよね」と言ってもコンプライアンスに違反することを教唆するだけ、になる。そこで鯨は
「10月より保険会社が合併しまして、以前よりも電話更新の手続きが厳格化されました。もし奥様と更新手続きを進めてしまいますと、代理店は業務停止となってしまいます」
と正直に言ってみた。
しかし相手もさる者だ。
「えー。前に車両入替したときは私が電話でやりましたよ。それなのに更新のときはダメなんですか。おかしいですよね」
おかしくないです。
「それに、自宅から電話しているんですよ。なのに、私じゃだめなんですか。それっておかしいですよね」
そういう論法で来たか。
「たとえ自宅から架けられた電話であっても、契約者本人様としか更新手続きをできないことになっているんです」
それに対し、妻はこう言ってのけた。
「どうやったら電話越しで本人と分かるんですか。分からないですよね。でも電話番号は登録されているんでしょ。その方が確実じゃないですか。ほら、お宅の言っていることはおかしいですよね」
論点が少しだけずれていたし、「男の声と女の声は聞き間違えないだろう」と言いたかったけれど、言ってもしょうがないから言わなかった。なぜなら、ここで鯨はあることに気づいたからだ。それは、この妻は誰かに肯定されたがっているということだ。それは「おかしいですよね」という彼女の同意を求める口癖から、その批判めいた口ぶりから、そして夫が"忙しくて"自分の自動車の更新についての電話にでも出られない状況から、そう推測した。この妻は夫に承認されたがっている。自分の存在を肯定されたがっている。でもその欲求は満たされない。夫との会話がないから。夫とすれ違いの生活を送っているから。はたまた別の理由で。だからたまたま電話にで出た格好の生け贄として鯨を選んだのだ、彼女に屈服し、彼女を承認する、ぬいぐるみじゃない、生身の人間として。なので鯨は
「ごもっともです」
と言った。彼女をほんの一瞬ではあるが承認したのだ。そうじゃないと話が進まないからだ。そして間髪いれずに言うべきことを言った。
「他の代理店の話です。夫が契約者だったけれど、その代理店は妻と保険の更新手続きをしました。後日、夫から電話がかかってきて『保険証券が送られてきたけれど、契約した覚えがない。どういうことなんだ』というトラブルが起こりました。もちろん夫婦間で合意が為されていることと思います。しかし全ての夫婦がそうだと限りません。そのため代理店は足並みを揃えて、電話で更新手続きをするのは契約者本人だけ、ということになったんです」
この言葉を聞いて妻は
「ふふん」
となんとか引き下がってくれた。もちろん論理で組み伏せたのではない。彼女の承認欲求を瞬間的に満たすことによって、かたくなだった心を揉みほぐしただけだ。
 今度は、彼女は誰に己の欲求をぶつけるのだろうか。そして誰によって己が承認されることを欲するのだろうか。夫のいない暗い寝室で。冷えた夕食の並ぶ食卓で。
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