![P1080434[1]](/contents/228/495/915.mime4)
2006年5月
自死遺族としては日本で初めて顔も出して事情も公開して
会の立ち上げをした
それまでも会はあったが クローズの会だったからだ
そこから国の対策との闘いでした
蔑まれ罵られ きちがいといわれ、国に何度も足を運び・・・
だから 国の自死の担当者で知らない人はいないでしょう
たった一人で 叩かれ罵られ
排他的活動
いかがわしい活動
といわれてきました
遺族に知ってほしいと願い広報してきました
自死遺族に元気に生きて欲しいと願っての活動です
署名運動をして・・・自殺なんて気味が悪いから傍によるな
近づくな・・と 道路で罵られたり
自死という言葉を広げたときも
支援団体からの嫌がらせを受けて
新聞で支援者から叩かれたり・・・
それも 私が勝手にしてきたことです
から 仕方がないことですね
公開して会を開催したときの行政や民間団体の対応はひどいものでした
自死遺族とは知識のない人たち
自死者は低階層にみられる
文字も読めない人 文章も読めない人
もちろんネットなんてできるわけがない
貧乏人 ・・・・頭のおかしい人
遺族同士でつながってはいけない これは今でも言われている
自死への差別も 偏見も 活動をしてから 知りました
そして 賃貸物件の問題も・・・
それらを 厚労省をはじめとして警察庁まで要望書を提出し
改善を求めてきたのは 私たちです
余計なことだったのでしょうか
遺族はきちがいという扱いを受けていたら よかったのでしょうか
婚約破棄になる人もいたのです
就職も身辺調査される仕事では 就けませんでした
妻の自死が許されないと 夫の実家で葬儀を拒否
お墓にも入れないで 実家で葬儀をしお骨もひきとるケースもあります
自死があった家から物は買わないといわれたりすることもあります
死んだ人も精神疾患 遺族も精神疾患
今頃は 保健師が訪問して 精神科に行くように勧めていたと思います遺族全員に!
育英高校の遺族も
飲酒運転撲滅の運動をしてほしかった・・・と 心のどこかで私は思っています
(すみません)
その後の事故で死んだ人のうち 一人でも救われたかもしれないからです
しかし 遺族の生き方はそれぞれですから・・・
ひっそりと生きているのも その人だと思います
が
活動をしている遺族を活動をしていない遺族が…遺族でもいない人が
「このことは話すべきではない」 というのは
どうなのだろう
以前にも何度も書きましたが
非公開で自死遺族からの相談が届くので コメント欄はそのままにしているのです
遺族だと名乗れない遺族のためにコメント欄は残しています
それと
育英高校という名前は 10年間に数えるほどです出したのは・・・
講演も取材も1000件は超えていると思いますが
そのうちの10~20回でしょうか
ブログは数回?でしょうか
活動をしてこないほうがよかったのかと思ってしまいます
自死遺族の個人情報が流されても良かったのでしょうね
誰かがとめなければ 流されていたであろう情報
事前にとめたということは その後に遺族になった人たちはしらないことですものね
息子が死んでも 活動をしてこなければ
個人情報が流れ・・・・ひどいことになっていたと思うのですが
余計なことだったのかもしれませんね本当に・・・・
活動をするために 必死で57歳で独学でパソコンを覚え・・・ました
それまでは手書きでボールペンで要望書を作成していました
チラシも手書きです
全て私のお金で・・・・
活動のために 泣きながらマンションの掃除の仕事をし・・・
そんなことも 大きなお世話だったのでしょうね
たった一人で始めた活動です
今回の問題となった私のブログは 交通事故とだけ書いてあり
育英高校とは書いていませんでした
高校の名前が書いていなくても
交通事故とだけでも こんなにも叩かれなければならないものですか
育英高校の遺族は全員知っていますので
謝罪に行ったらいいのでしょうか
遺族の声ではなく 部外者の遺族や友人の声だけですが
遺族が本当にそんなにも傷ついているのでしょうか
育英の遺族は私のブログはみていないと思いますが…
自死遺族たちが なぜそんなに わたしを批判するのかわかりません
目障りですか・・・・私が
66歳 10年活動してきて
ようやく自死遺族が語れる社会ができてきたら
語れるように活動してきた 遺族を批判ですか・・・
残念です・・・
私が活動できなくなることが望みでしょうか
亡くなった人たちは これを見てどう思っているでしょうか
田中を批判してよくやった立派だと言っているのでしょうか
最初にコメントした人は
息子の仕事への批判もあったのですが
それも当然なのでしょうか
警察官は死ぬまで働いて当然ですか
公務員は市民のためにいのちをかけて当然でしょうか
育英高校の事故がなくても どこかで過重労働で・…(自死したとでもいういいかた)
という言い方はあまりにもひどくないですか
本人のせい家族のせい・・・それもひどくないですか
死んだ息子をなぜそこまで責められなければならないのでしょうか
事故の子供たちも大切な命でしょう
そうでしょうとも…もちろん
しかし
私にとっては私の息子のいのちが何よりもたいせつです
息子は「いいよ、俺が悪いんだから」といいそうです
息子がそう思っても
親の私はそうは思いません
死ぬくらいなら 仕事なんて無責任にやめたらよかったと思っています
事故の処理だって しなくてよかったんです・・死ぬくらいなら
投げ出してよかったんです 死ぬくらいなら・・・
それが 親の気持ちです
息子は休まず働き事故の処理をしました
責められることでしょうか
頑張って働いたのですが・・・
私が あの事故が…という後悔の気持ちがあるのがそんなにも責められることですか
自責の念はあって当然だと思うのですが
後悔のひとつであることは事実です
息子は後悔していないでしょう
でも 親の私は・・・・思ってしまうのです
思うことをやめろということですよね
なぜそんなにまで 責められなければならないのでしょうか
あれから10年
24時間365日休みなく 命がけで活動してきて
ようやく自死遺族が 生きやすくなったら
こんな仕打ちですか
66歳の体にムチ打って 全国で 自死への偏見の是正を訴え活動をして
遺族ではない人たちの応援も多くいただいて
手弁当で協力してくれる 専門家がいるのに
遺族から足を引っ張られるなんて・・・
今までも あったことですが
狭いですね・・・・・・・・・・・・・・・・
二度と育英高校のことはいいません・・とでもいえば満足でしょうか
私の気持ちはどうでもいいということ
事故の遺族の気持ちだけ・・・
周りの遺族の心情だけ
育英高校の遺族に会って 謝罪をしたらいいのでしょうか
こんなことを議論して 何が生まれるのですか
自死遺族の人で私の批判をしている方
どうぞ 仙台でしたら 藍の会が26日アエル「エルソーラ仙台」でありますので
お出で下さい
わかちあいとは別に時間を設けますから
ブログは全国の遺族もみています・・・
普段会えない遺族が 私のブログを読んでくださっています
私の活動や言動が嫌な遺族は
訪問しないでください
私よりも 人気ブログはたくさんありますから遺族の・・・

13年前の写真