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 4千メートル級の山々が連なり、「アフリカの天井」と呼ばれるエチオピア北部の世界遺産「シミエン国立公園」。断崖絶壁で守られてきた貴重な自然環境が、周辺人口や家畜の増加で存続の危機にさらされている。

 公園の入り口にあたるデバーク村(標高約2600メートル)から、四輪駆動車で約2時間半。標高約3600メートルのチェネック地区に到着すると、高低差数百メートルの断崖絶壁が足元に広がった。吹き上げてくる風に、思わず足がすくむ。

 崖の上には広大な草原が広がっており、エチオピア周辺の高地だけに生息するとされるゲラダヒヒが草をはんでいた。彼らは夜は絶壁のくぼ地で眠り、朝になると崖をよじ登って崖の上の草を食べる。ガイドは「彼らは大昔にここに逃れてきた。切り立った崖が外敵から彼らを守ってきた」と説明する。

 そんな固有種たちの「楽園」が今、危機に直面している。原因は公園内の農牧地化だ。禁じられているにもかかわらず、公園内の草地に馬や羊を放牧したり、畑を作ったりする人たちがいる。ガイドはその度に注意するが「何度言っても聞いてくれない」。

 公園を管理するエチオピア野生動物保護機構によると、農牧地化は公園が世界自然遺産に登録された直後の1980年から90年代にかけて急速に進んだ。90年代前半まで続いたエリトリア独立戦争などの影響で、公園の周辺地域に多くの人が流入。公園内を生活の場とするようになった。

 同機構の推定によると、公園内で暮らす人の数は70年代の約10倍の数千人規模に増えた。放牧などで公園内の森の約8割が失われ、96年には世界遺産の価値が脅威にさらされていることを示す「危機遺産リスト」に登録された。同機構のアザナウ・カフェロさん(50)は「現状が改善されなければ、あと数十年のうちに、貴重な自然が消えてしまうだろう」と指摘する。

 一方、周辺住民たちは2千年以上前から、この地で放牧を営んできた。羊の放牧をしているアルベル・ミギルさん(65)は「世界遺産だと言って土地の利用を制限し始めたのは、後から来た白人や都会の役人たちだ」と不満を漏らす。

■復活のカギはコーヒー

 エチオピア政府は公園の保護対策として、観光業の育成に力を注ぐ。公園内で農牧する人たちを観光の仕事に誘導することで、自然破壊を食い止める狙いだ。

 公園の近郊の村に立ち寄ると、女性たちが民家の中で、コーヒーの準備をしていた。エチオピアで客人を迎える際に行われる伝統文化「コーヒー・セレモニー」だ。

 エチオピアはコーヒー発祥の地との説がある。長老が集落の歴史や文化について語るなか、女性たちが日本の茶道のように、鉄器を使って豆を煎り、抽出した濃厚なコーヒーを客人に振る舞っていく。女性の一人は「コーヒーの味だけでなく、私たちの伝統文化も味わえる。多くの外国人に来てほしい」。

 国際社会も支援に乗り出している。オーストリア開発機構は2003年から5年かけて、公園内にキャンプ場などの施設を建設。欧州を中心に認知度が高まり、00年には約2500人だった観光客が13年には約1万6千人に増えた。観光客がもたらす地域への収益も04年の約440万円から10年の約2千万円へと4倍以上に増え、地元住民が観光業に魅力を感じやすい環境が生まれつつある。