安全保障関連法案の合憲性をめぐり、朝日新聞は7月11日付朝刊1面で「憲法学者122人回答 『違憲』104人『合憲』2人」と見出しをつけ、独自に実施した憲法学者へのアンケートの結果を報じた。回答者の大半が安保法案について違憲か違憲の可能性があると答えたことを中心に伝える一方、「自衛隊の存在は憲法違反か」という問いに回答者の6割超の77人が違憲もしくは違憲の可能性があると答えたことを紙面版記事に載せていなかったことが、わかった。
朝日新聞は6月下旬、「憲法判例百選」(有斐閣)に執筆した憲法学者209人(故人を除く)にアンケートを実施し、122人から回答を得た。アンケートには選択式の質問が5つあり、(1)現在、国会で審議中の「存立危機事態」における集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案は、憲法違反にあたると考えますか、(2)この法案に先だって、集団的自衛権の行使を可能にする昨年7月1日の安倍内閣の閣議決定について、どのように考えますか、(3)1959年の砂川事件の最高裁判決が集団的自衛権行使を認めているかどうかについて、どのように考えますか、(4)現在の自衛隊の存在は憲法違反にあたると考えますか、(5)憲法9条の改正について、どのように考えますか、とたずねていた。
このうち、7月11日付朝刊1面で結果が報じられたのは(1)~(3)の3問だけだった。第1社会面でも大半のスペースを割いて詳報していたが、再び(1)と(3)の結果をグラフで表したほかは、記述回答の一部を紹介したていた。3問とも質問内容が密接に関連しており、(1)は「違憲」が104人、(2)は「妥当でない」が116人、(3)は「認めていない」が96人と、いずれも政府与党の政策や見解に批判的な意見が圧倒的に多いという結果になっていた。
他方、アンケートで質問していたの(4)と(5)の質問については、デジタル版記事に短く載せただけで、紙面版の1面・社会面には全く載せていなかった。その理由について、朝日新聞社は23日、日本報道検証機構の質問に対し、「紙幅の制約で、すべての回答を載せられないこともあります。デジタル版では掲載しています。アンケートの中心である安保関連法案について、憲法学者の方々の意見を適切に紹介できたと考えています」と回答した。
朝日新聞2015年7月11日付朝刊35面(第1社会面)。大きくスペースを割いて詳報していたが、自衛隊の合憲性など2つの質問の結果は載せていなかった。
紙面版記事から削られていた部分
自衛隊については「憲法違反」が50人、「憲法違反の可能性がある」が27人の一方で、「憲法違反にはあたらない」は28人、「憲法違反にあたらない可能性がある」は13人だった。憲法9条改正が「必要ない」は99人、「必要がある」は6人だった。朝日デジタル2015年7月11日「安保法案『違憲』104人、『合憲』2人 憲法学者ら」
朝日デジタル版には7月17日、実名回答者の記述回答全文が公開された。ただ、選択式回答を含めたアンケート結果をすべて公開したのは22日で、紙面で報じてから10日以上すぎていた(→朝日デジタル・安保法案 学者アンケート)。
このアンケート結果から実名回答者(85人)の選択肢回答を調べたところ、安保法案は「違憲」と答えたのは72人で、このうち自衛隊の存在を「違憲」と回答したのは42人、「違憲の可能性がある」は16人、「違憲にあたらない可能性がある」は6人、「違憲にあたらない」は8人だった。
自衛隊を「違憲にあたらない」と答えたのは19人だけで、このうち安保法案を「違憲」と答えたのは8人、「違憲の可能性がある」は8人、「違憲にあたらない」は2人、無回答1人だった。あくまで実名回答者だけだが、政府の立場と同じ自衛隊合憲説の学者に限ってみると、安保法案を「違憲にあたらない」と指摘したのは2人だけだが、明確に「違憲」と断じた学者も半分以下だったことがわかる。
他方、自衛隊を「違憲」と回答した42人のうち、9条改正について「必要がある」はゼロ、「必要がない」は39人、無回答は3人だった。自衛隊を「違憲」と指摘した学者の大半が、改憲は不要との見解を示したことがわかる。
憲法学者へのアンケートは朝日新聞以外にテレビ朝日と東京新聞も実施しているが、いずれも回答者の大半が安保法案を違憲またはその可能性があると答える結果となっている。自衛隊の合憲性について質問したのは朝日新聞だけだった。
朝日デジタル版で実名公開された記述回答の中には、「これまで憲法学者の意見など気にもかけてこなかったにもかかわらず、にわかにアンケート調査を行うようになったマス・メディアにもたいへん驚いております」(塚本俊之・香川大教授)といった指摘や、次のようにアンケートのあり方に疑問を示したものもあった。
井上武史・九州大学准教授の回答欄の「附記」
おそらく、貴社の立場からすれば、このアンケートは、憲法学者の中で安保法制の違憲論が圧倒的多数であることを実証する資料としての意味をもつのだと思います。しかし、言うまでもなく、学説の価値は多数決や学者の権威で決まるものではありません。私の思うところ、現在の議論は、圧倒的な差異をもった数字のみが独り歩きしており、合憲論と違憲論のそれぞれの見解の妥当性を検証しようとするものではありません。新聞が社会の公器であるとすれば、国民に対して判断材料を過不足なく提示することが求められるのではないでしょうか。また、そうでなければ、このようなアンケートを実施する意味はないものと考えます。朝日デジタル2015年7月17日
- (初稿:2015年7月23日 18:13)