岩渕)きょうは、お笑い芸人の又吉直樹さんの受賞で話題となっている、芥川賞についてです。担当は、名越章浩(なごしあきひろ)解説委員です。
先週の木曜日、ちょうど1週間前に受賞が決まりましたが、週が明けても、ニュースで取り上げられていますね。
名越)はい、今回の注目度の高さは、異例です。
私も記者会見の会場にいましたが、芥川賞・直木賞であれほど多くの報道関係者が集まったのは、今まで見たことがありません。
(VTR)
受賞したのは、直木賞も含め、ごらんの3人です。
左から、「流」という作品で直木賞を受賞した東山彰良さん、真ん中が、「火花」で芥川賞を受賞した又吉直樹さん、そして、右が、「スクラップ・アンド・ビルド」で芥川賞を受賞した羽田圭介さんです。
どんなところが高く評価されたのでしょうか。
見ていくと、今までに無い可能性を感じることができます。
岩渕)芥川賞の受賞作、私は又吉さんの本を買ったばかりで、まだ読んでいません。どんな作品なのですか?
名越)今回の受賞作「火花」は、生き残るための競争が熾烈な若手お笑い芸人の世界が舞台です。主人公は、売れない芸人。4歳年上の天才肌の先輩芸人を尊敬し、弟子になるという設定です。
しかし、この先輩芸人は、笑いとは何かを徹底的に追求しますが、生き方が不器用で人間関係もうまくいきません。
一方、主人公は自虐的な性格ながら、売れるチャンスに巡り会います。
岩渕)選考会では、どんなところが評価されたのでしょうか?
名越)文章の1行1行に込められた熱意や、表現力の豊かさです。
小説は、まるで漫才を見ているかのような、会話調で表現されている箇所が多く、読みやすい文章になっています。
岩渕)例えば、どんなところ?
名越)前後の文章がないと、少し世界観が伝わりにくいのですが、例えば、小説の中の会話で、主人公が、先輩に買ってもらったペットボトルのお茶を飲む場面。
「美味いか?」と先輩が言うと、主人公は、「はい。タイムマシーンが発明されたら、真っ先にこのお茶を持って千利休に会いに行きます」と冗談を交えて答えます。すると先輩は「どうせ横から秀吉がしゃしゃり出てきて飲みよるやろ」と返します。こうした軽妙なやりとりが、ごく普通の会話として、小説の随所に出てきます。
選考委員の1人は、「(お笑い芸人は)原始的な言葉の重要さを扱っている職業なんだなという発見をした」と評価。つまり、作家も言葉を大切にしているけれど、又吉さんは、それとは少し違う世界を持っていて、それを小説に持ち込んだという意味での発見があったのだと思います。
選考委員を代表して記者会見した、作家の山田詠美さんは「この小説を仕上げるまでに又吉さんが経験してきた、いろいろな人生体験や焦燥感などの、その人生的なコストが作品の1行1行にきちっとこめられている」と評価していました。
岩渕)人生的なコストって、難しい表現ですが、又吉さんのこれまでの人生の積み重ねが言葉になっているということですか?
名越)そうだと思います。又吉さんの場合は、それが特に濃厚だったのではないでしょうか。
岩渕)それはどうしてですか?
名越)又吉さんと、小説の出会いから紐解くと分かってきます。
又吉さんが太宰治を尊敬している話は、もう有名ですよね。
岩渕)何かきっかけがあったのですか?
名越)はい、又吉さんの性格が、太宰治作品との巡り会いに深く関わっています。
実は、又吉さん、子どもの頃から、自分が周りと「ズレている」と感じていたと言います。
岩渕)ズレている?
名越)本人いわく、「子どものころから自意識みたいなのが空回りしていて、例えば、ドッジボールの輪には入らず、グラウンドの端っこで、とにかく全力で走り、それが自分では一番かっこよくて、一番楽しいと思っていた」らしいのです。
そういうズレが根底にあり、自分が長く感じてきた周囲との違和感にどう向き合うのかを模索していたら、太宰治の作品と出会ったというのです。
岩渕)太宰治のどの作品だったのですか?
名越)代表作の「人間失格」です。
自己表現が苦手で人のことが理解できない男性が、「人間失格」の主人公ですが、又吉さんは、この男性と自分を重ねて、みんな同じなんだ、という気持ちになって、心が軽くなったそうです。
それから読書が大好きになり、今までに読んだ本の数は2000冊を超えています。
岩渕)共感できる作品に出会うとうれしくなります。受賞作の「火花」にも、その要素が入っているのですか?
名越)はい。この「火花」は、お笑い芸人の世界を舞台にはしていますが、実はお笑いのステージはほとんど描かれていません。
競争社会を活きる若者の率直な思いや苦悩が描かれています。
そして、少しのチャンスを手にする者もいれば、理想を追求するあまり、世間に溶け込めないでいる者もいる。
まるで私たちが生きている世界も同じで、「火花」は、現代の若者の青春小説であると同時に、今の社会を鋭く描写した作品でもあると言えると思います。
岩渕)芥川賞は、もう1作受賞しましたが、この作品はどうですか?
名越)受賞作は、羽田圭介さんの「スクラップ・アンド・ビルド」です。
祖父の介護をする、無職の28歳の青年が主人公です。
なかなか仕事が見つからない青年。一方、祖父は、仲の悪い娘の家で暮らし、孫に介護をしてもらう居心地の悪さから「死にたい」という言葉を口癖のように言います。
ただ、介護という重いテーマですが、実は、この小説には笑いとユーモアがあるのです。
岩渕)どんなところがユーモアなのですか?
名越)主人公が、素直すぎて、天然ボケの思い込みで物語が展開するところです。
例えば、祖父の「死にたい」という口癖を真に受けて、これを「魂の叫び」と表現して、どうやったら安らかに死ねるかを考え始めるのです。
ばかばかしくも、主人公は真剣なところが、何とも滑稽です。
それでいて、最後は、感動すら覚えるという、不思議な魅力が詰まった作品です。
選考委員の作家の山田詠美さんは「介護が介護でなくなる瞬間があり、とても愉快。生まれてくる想像力がとても魅力的。新しい形のホームドラマを作りあげたという意見がありました」と評価していました。
岩渕)又吉さんと羽田さん。この表現力を、次の作品にも活かしてほしいと思いますね。
名越)芥川賞は、純文学のこれからを担う作家に贈られる賞ですので、低迷する出版業界の救世主としての期待もかかっています。
国内の出版物の売り上げは、平成8年をピークに、減少する傾向が続いています。
2人の斬新な作品は、今まで活字から離れていた人を、書店に足を運ばせるきっかけになりますので、継続的に、期待に応える作品を出していってほしいと思います。