取るに足らない雑談だ。
友達は味噌汁の入ったお椀を口につけ、僕の言葉に耳を傾ける準備をする。
「色々あるやろうけど、安く買い叩く対象が人間。つまり搾取で経営を成り立たせていることちゃうんか」
「模範解答。で、そんなもので成り立たせているもんは失敗すべきっちゅう話やな」
僕の丼にも乗せようとしてくれたが、手を振って「いや、いい」という意思を示した。
「更に歪なんは、経営としては失敗やのに、事業としては失敗してへんのよ」
友達もそれに負けじと、紅生姜をボリボリと音を立てながら食べる。
「何でやと思う?」
「何で?……まあ、経営の正しさが、事業の成否とは関係ないってことちゃうん?」
「もうちょい狙い撃ちした答えでもええんやけど。まあ、そういうこっちゃ。やったら、事業の成否を何より優先するっちゅうやり方は、企業としては正義なわけや」
「それは……どうなん?」
「やから、歪やっちゅとんねん。経営として歪やのに、歪やない経営を重んじた企業より上になるという事実が」
「まあ、僕もそう思うけど。事業的に成功している以上、経営に成功していると言うしかないやろ」
僕は手元にあったポットを掴むと、空になった友人の湯飲みへとお茶を注ぎながらそれを聞いた。
「そうや。つまり経営として歪やのに、事実上は認められとんねん」
「認められているって……やったらこんな風に『ブラックやブラックや』と騒がれてへんやろ」
友達は沈黙すると、牛飯をかきこむ。僕も牛丼に手をつけ始め、友達が次を答えるのを待つ。
僕自身に答えを言わせたいのだ。
「あっ……分かったわ」
友達は、租借していた牛飯をゴクリと飲み込むと、箸で丼をチンと鳴らした。
僕はその答えをまだ言葉にしていなかったが、友達は答え合わせをするまでもなく、理解して話を進めた。
「ま、アレやな。まとめとしましては、ブラック企業が歪なんは、人間そのものが歪やからっちゅうことで」
「その無理やりな纏め方やめい」
牛丼を食べ終えて店を後にする。すっかり真夜中になっていた。
友達は「甘いものが欲しい」とコンビニに寄ることを提案し、僕もそれに追従する。
友達がスイーツを選ぶのを待ちながら、僕は雑誌コーナーで立ち読みをしていた。
ふと、そんなことを考えている間に、友達の買い物は終わっていたようだ。
「え、何が?」
「古今東西、社会的弱者の搾取で成り立ってきた歴史があるわけやん。ええか悪いかでいえば、間違いなく悪いけど。日本かて、他国から搾取してたし、してるやん。その恩恵を享受しておいて、何で今さら糾弾するんやろ」
僕が答えようとすると、それを静止するため、袋を持っていない方の手を僕の前に突き出した。
「……あ~、言わんでいい。それ、たぶん言葉にすると結構キツいやつやわ。直視したない」
友達はとっさに他の話題に変えるため、その合図と言わんばかりにコンビニで買ったエクレアを僕に渡す。
「コンビニみたいに便利なものの弊害が取り沙汰される反面、人を殺す車は今でも道路を走って、人を依存させるスマホが普及して。みんな、どう自分の中で必要なものとそうじゃないものの線引きしてるんやろなあ」
僕は友達から受け取った、エクレアの包装紙の開封に苦戦しながら答える。
「ノーベルはニトロの運搬とか、ダイナマイトが戦争で使われてたくさんの人を死なせてしもうた。でも、それはニトロやダイナマイトが悪いわけでも、ノーベルが悪いわけでもあらへん。まあ、彼に責任がないとは言わへんけど、要は『人による』、『ケースバイケース』っちゅうことや」
見かねた友達は、僕の持っていたエクレアを奪い取ると、無理やり開けて再び僕に渡した。
クリームがとび出ないよう頬張りながら、僕は微笑を浮かべる。
「便利な言葉やな~。今どき学生でも使うの躊躇うで。そんな月並みなん」
「ええんやて、月並みで。間違ってはないんや。便利なのがあれば、使ってしまうんは人間の性や」
僕の笑みに友達も追随し、酒も入っていないのに高いテンションで天に両手を突き出し、変なポーズで声を張り上げる。
「せやな。ワシらみたいな一般ピーポーはそれでええんや。何もかんも企業が悪い! 政治が悪いんや! 敵は企業と政治や!」
「ははは、当面はな。つうか、真夜中やから静かにせい」