1kgの定義、原器から「原子の数」へ

アボガドロ定数の精度向上、2018年に再定義

2015.07.22
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
このシリコン球は何個の原子からできているのだろう?その答えからキログラムの新しい定義が決まるかもしれない。(PHOTOGRAPH BY JULIAN STRATENSCHULTE, DPA/CORBIS)
[画像のクリックで拡大表示]

 フランスのセーブルにある国際度量衡局(BIPM)には、直径・高さともに約39mmの円柱状の金属塊が厳重に保管されている。100年以上にわたり全世界の質量の基準になっている「国際キログラム原器」だ。

 キログラム原器は白金とイリジウムの合金でできている。国際単位系の基本単位を定義するために現在も使われている唯一の人工基準器だ。国際単位系は基礎物理定数による再定義が進んでいる。例えばメートルの場合、もともと合金製のメートル原器で定義されていたが、1983年に、299,792,458分の1秒間に光が真空中を進む距離として再定義されている。

 世界各国の科学者たちは、キログラムについても時代遅れの定義をやめ、基礎物理定数によって再定義し、ほかの国際単位系とバランスを取ろうとしている。キログラムの新しい定義としてはいくつかの案が出ているが、有力なのはアボガドロ定数に基づく定義だ。宇宙に存在する星の数より多いこの数字が、原子の世界と目に見える世界との架け橋になる。
 

揺らぐ基準

 国際キログラム原器が誕生したのは1889年のこと。国際度量衡総会(CGPM)の指示で作られた円柱状の分銅で、3重になった釣り鐘形のガラス容器の中で、埃や湿気、人の指紋などの外界の影響を受けないよう保管されてきた。キログラム原器を容器から取り出すには、異なる鍵を持つ3人の管理人が集まる必要がある。

 国際キログラム原器の複製は40個あり、世界各地に配布されている。複製は定期校正のためこれまで3回だけ持ち寄られ、国際キログラム原器と比較された。比較の際には、国際キログラム原器と複製をアルコールとエーテルで拭い、蒸気で洗浄するが、1992年の定期校正で国際キログラム原器が複製と比べて軽いことが明らかになり、科学者たちを当惑させた。

 なぜそうなったかは分かっていない。質量の測定は双方の比較なので、国際キログラム原器が軽くなったのか、世界各国の複製が重くなったのか判断できないのだ。おそらく、実験室内の温度計から漏れ出した水銀などが徐々に蓄積したのだろう。これに関してある研究者は、紫外線で分銅を掃除する方法を標準として定めるべきだと提案している。

 キログラムの再定義法を研究している米国国立標準技術研究所のスティーブン・シュラミンガー氏は、「キログラム原器に触るのは怖いですね。原子をいくつか削り落としてしまう可能性がありますから」と打ち明ける。

キログラム原器とは決別へ

 国際キログラム原器と複製の重さの差は約50マイクログラムと非常に小さい。砂1粒ほどの重さだ。しかし、わずかな違いが重大な問題を引き起こしかねない医学や工学などの精密分野では、いかなる不安定性も容認できない。

 キログラム原器の不安定さは、質量だけの問題ではない。質量の基本単位は、基本単位の組み合わせによって定義される力や圧力やエネルギーの単位にも関わってくるからだ。キログラムが揺らいでいては、日常生活でおなじみのワットやボルトといった単位も不安定になる。

 2011年、国際度量衡総会の55人の代表は、基礎物理定数に基づいてキログラムを再定義することに満場一致で合意した。改定の目標は2018年だ。現在研究が進められているアボガドロ定数に基づく再定義が、キログラム原器にとって代わるかもしれない。

 アボガドロ定数とは、ある物質1モル(モルは物質量の単位)に含まれる原子や分子の数のことで、質量数12の炭素12グラムに含まれる炭素原子の数として定義される 。その値は約6.02×10の23乗であることが分かっている。

 これはどのくらい大きい数なのか?1978年の『Journal of Chemical Education』では、「アボガドロ定数と同じ数のマシュマロをアメリカ全土に均一に敷き詰めていくと、その厚さは約1000メートルになる」と説明されている。

 化学者たちは、アボガドロ定数を利用して原子レベルの測定値をグラムに変換し、その関係からキログラムを再定義しようとしている。それにはまず、アボガドロ定数を高い精度で決定する必要がある。

アボガドロ定数を数える

 アボガドロ定数を決定するには、個々の原子が理想的な大きさの空間を占めている「完全結晶」が必要だ。

 それに適している物質がシリコン。研究チームはシリコン(ケイ素) 結晶を作製し、質量1キログラムのシリコン球になるよう研磨してそこに含まれる原子の数を数えた。ガムボールマシンにぎっしり詰まった球体のガムを数えるように、シリコン球の大きさを測定し、そこに原子がいくつ入るか計算したのだ。

 このほど『Journal of Physical and Chemical Reference Data』誌に測定結果が発表され、アボガドロ定数は6.02214082×10の23乗(つまり602,214,082,000,000,000,000,000)とされた。その精度は0.000000018で、これまでで最も高精度の測定値だ。

 数年後には、国際キログラム原器もその役目を終えるだろう。その後は世界にただ一つの貴重なペーパーウェイトにでもなるのかもしれない。(参考記事:「なぜ「うるう秒」ではトラブルが起きやすいのか」

文=Maya Wei-Haas/訳=三枝小夜子

  • このエントリーをはてなブックマークに追加