今年6月全国の書店に並んだ1冊の手記
初版10万部は瞬く間に売れ大きな反響を引き起こしました
著者は少年A
18年前に起きた…
2人の幼い命を奪った当時14歳の加害者です
挑戦状に「殺人が愉快でたまらない」と記し自らを「酒鬼薔薇聖斗」と名乗った少年
少年の突然の出版に関係者は驚きを隠せません
(杉本医師)ホントにあぁばかなことしたな乱暴だったな。
とにもかくにも人を傷つけちゃうってのは許せないことですよね。
ホントに気の毒なことしましたよねあの被害者の方々には。
(野口弁護士)ホントに彼が書いたんだろうかとかね。
うん…まぁ確かに読んでみるとでも彼しか知り得ないような私が見てる範囲のことともある意味合致してるような彼がかかわって出来てるのは間違いない。
わが子を殺害された遺族
加害者の手記は再び苦しみをもたらしました
最初にホントに彼に殺されて今度またあの…汚されてしまったように思ってしまいますよね。
少年法の下プライバシーが守られ名前も姿も明らかにされることのなかった少年A
事件から18年
自らの言葉で語り始めた背景には何があったのでしょうか
静かな住宅街で幼い子供を狙った連続殺傷事件が起きたのは18年前のことです
当時14歳の少年が最初に命を奪ったのは10歳の少女
小学生の頃から猫を殺していた少年は人の壊れやすさを確かめたいと考え少女の頭をハンマーで強打したのです
「手を洗う場所を知りませんか?」と尋ねられ道案内をしたことで襲われました
少年はハンマーだけでなくナイフも試したいと考え同じ日わずか10分後に別の少女も襲います
当時9歳の少女は重傷を負いました
向かいから彼が来て肩ぶつかるように歩いて行って。
その瞬間は何も分かんなかったけど何かだんだんおなかが熱くなって来たから触ったら出血してて。
え〜っと右のほうに刺された傷とで手術で開けた傷がおへその上にあるのとあと手術の後に入ってた管の痕が3か所残ってます。
・今でも残って…?・
(女性)今でもはい。
小っさくはなって来てるけど。
2か月後
少年は当時11歳の土師淳くんを殺しました
近所に住み弟の同級生だった淳くん
少年は「亀を見に行こう」と近くにある小高い山に誘い出し首を絞めて殺害
その後遺体を切断し頭部を通っていた中学校の正門に放置しました
遺体の口に挟まれていたのは自筆の挑戦状
子供達を「汚い野菜」と呼び自らを「酒鬼薔薇聖斗」と名乗った少年
後の精神鑑定で殺人により性的快感を得る性的サディズムがあることが明らかになります
名前は匿名で発表されました
え〜被疑者は神戸市須磨区居住の中学3年生A少年男性14歳です。
この日を境に「少年A」という言葉は幼き殺人者の代名詞になりました
審判の結果関東医療少年院に送られた少年A
専門家による性的サディズムの治療と矯正教育を受けました
社会復帰したのは11年前のことです
294ページの手記は「名前を失くした日」という見出しで始まります
逮捕された時の心境や祖母を亡くした後の人の死への執着心猫の殺害による性的な興奮などが生々しい表現で記されています
淳くん殺害の残酷な描写はありませんが遺体を切断した後頭部を自宅に持ち帰った時の出来事や正門に置いた時の精神的な高揚感などが事細かに記されています
当時11歳の息子を亡くした土師守さん
今も週末は必ず息子の眠る墓を訪れています
乗り物が大好きだった淳くん
墓のある寺からは電車や船を一望することができます
亡き息子を思い少しずつ取り戻して来た日常
手記の出版に激しい憤りを感じました
まだ手元にもありませんし。
まぁ現在のところ読む予定はないです。
(記者)それはどういうお気持ちからですか?いやただ単に見たいと思わない。
やはり興味本位で読まれるものではないというふうに思ってますんで。
自分達の大切にしている…してた子供がまた汚されるっていう感じだと思いますねはい。
もしホントにこう加害男性が遺族被害者に対して悪いという気持ちが少しでもあるんでしたら今すぐ…もう出版中止回収すべきだと思ってます。
手記は既に2回増刷されました
出版社はどのような経緯で少年Aの手記を出したのでしょうか
少年Aと会う直接会う機会があったんですね。
ちょっとその経緯はお話しできないんですが会う機会があったと。
でその時に彼はそれまでに既に作ってあった原稿を見る機会があったと。
でそれを預かって検討した上で出すという結論を出したということですね。
彼なりに完成させた原稿を持っていたということです。
だからこちらから依頼して書かせたということではないです。
(記者)1人で来たんですか?ここへ。
でその経緯はちょっとお話しできないですね。
つまり…え〜いきなりここに来たわけではないですから。
ある人を介してということですがそれちょっと詳細はお話しできないです。
ある人物を介して今年3月にAと出版社は出会いました
手記を出すまでの期間はわずか3か月
遺族や被害者に事前に連絡することはありませんでした
ご遺族の方への配慮とかっていうのは当然編集上いろいろしてはいるんですがそれは遺族の方の立場からいえばこちらの勝手なことだと思いますので「だからいいんだ」ということではなくてですねこのある意味では非常にこう…こういう少年犯罪を考える上で意味のあるものがですねあるところでご遺族のご許可かどうかっていうだけではなくてですねこれはやっぱり世に届けなきゃいけないっていう形で決断したということですね。
長年少年事件の被害者と加害者の双方を取材して来た奥野さん
手記の社会的意義に疑問を唱えます
あの事件って何だったんだっていうことは何もないわけですね。
でその一方であの…ナメクジを解剖する話とか猫を解剖…殺す話がですね延々と続くっていうですね。
「何だ?この本は」って…思うわけですよね。
世の中のためにとかですね被害者のためにっていう発想じゃなくって自分の都合のいいように書きたかっただけではないかとしか思えないわけですよね。
淳くんの墓がある兵庫県明石市
手記が遺族にもたらす精神的な苦痛を考慮し速やかに対策を取りました
犯罪被害者支援の条例に基づき市内の書店に配慮を呼び掛けたのです
明石市内では14の書店全てが自主的な判断で販売をやめ図書館も本の購入を見送りました
しかし市長は自治体の対応には限界があると感じています
今回の犯罪被害者の人権というテーマについてはやはりまだまだ法整備が日本はこれからだなとあらためて今回痛感します。
ホントに明石は被害者ご遺族の声を受けて条例で二次被害の防止をですね規定していたからこそ一定の対応も可能になった面があります。
でこれは本来いち自治体ではなくて国でですねしっかり取り組んでおくべきテーマがまだできていないのかなと思います。
やはり国がですねしっかりと本腰を入れて二次被害の防止には取り組むべき時期が来てると思います。
「全国犯罪被害者の会」の岡村弁護士は出版の自由ありきの風潮に苦言を呈します
(岡村弁護士)言論の自由というのは民主主義を守るために必要だといわれるわけでしょ。
民主主義以前にね国民の幸せ幸福を求める権利があるわけなんですよ。
それを侵害することは出版の自由といったってできないはず。
きれいなことを言ってると思いますけど「売ってもうけたい」ということだと思いますね。
うん本心は。
岡村弁護士も殺人事件で妻を亡くしています
被害者の苦しみに終わりはありません
被害者にとってはね被害を受けた時の状況あの時に自分も一緒に死にたいと思った感じ絶対になくなりません。
なくなりません。
恐らく土師さんご家族はね子供を守ってやれなかったというね…。
自責の念当時から強かったと思う。
これは今もなくなりませんうん。
なくなるもんじゃないですねう〜ん…。
幼い子供を狙った連続殺人
少年Aは関東の医療少年院に送られ犯行の背景にあった性的サディズムの治療と矯正教育を受けました
母親との関係も要因に挙げられていたため女性の精神科医が母親役となり疑似家族による育て直しが行われます
15歳から21歳までの6年半社会から隔絶された少年院で対人関係などを学びました
少年Aの育て直しに取り組んだ杉本医師
手記を読みある一面を強く思い出しました
あぁばかなことしたな乱暴だったな…っていうことですよね。
物を書くと書くというのは他と違って強力な力を持ってる。
ところが彼はまた不器用だからのめり込み過ぎた。
そこをねちゃんとまず詩を書いてみるとか小説書いてみるとか何か新人賞に投稿してみるとかそれでダメだったら「あ〜まだダメだな」なんて言ってやり直すとかそういう柔らかさがちょっとないよね。
ある意味不器用っていうのかね。
(記者)少年院時代からそういうところは…?あっそれは…あの…僕らはそういうかなりそういうところに注目しましてですね。
医療少年院を出たA
一人暮らしをしながら仕事を転々としていたことが手記につづられています
短期のアルバイトや建設会社溶接工…
職場での対人関係に悩む中ペーパークラフトなどの創作活動にのめり込んで行きます
文章を書き始めたのはおよそ3年前のことでした
その理由をこう記しています
「この本を書く以外に罪を背負って生きられる居場所を僕はとうとう見つけることができませんでした。
自分の言葉で自分の想いを語りたい」
「僕にはこの本を書く以外にもう自分の生を掴み取る手段がありませんでした。
僕は今頃になって生きることを愛してしまいました」
遺族の方々や被害者の方がねどういう気持ちになられるのか。
彼はその辺りをホントに十分には理解してなかったんじゃないかと思うんですね。
少年の付添人として事件直後からAの姿を見ていた野口弁護士
出版の軽率さを指摘する一方である成長も感じ取りました
(野口弁護士の声)事件当時の彼は自分は死刑になるつもりだったわけですね。
で少年院に行くっていうことが分かると自分はもう死刑になりたいのに少年院行くくらいなら死んだほうがましなんだということを言っててそれは必ずしも虚勢というよりも私達は本音だと思ったんですけどね。
生きる意欲を全く持っていない。
彼の成長した面っていうのもやっぱりあの見ておかなくちゃいけないと思うんです。
で大きく分けて2つあるんですけども1つは彼がその生きようとする気持ちを持ってるってことですね今ね。
生きようとしてることとそれから単にこう1人で生きて行くんじゃなくて社会の中で生きて行こう社会と結び付きを持って行こうっていうそういう姿勢ですよね。
実はAは社会に出てから命日に合わせて遺族に手紙を送っていました
事件の真相やAの近況を知ることは親の務めだと考え目を通して来た土師さん
弁護士を通して受け取った手紙は10通になります
内容を明かすことはありませんでしたがAの変化を静かに見つめて来ました
今年届いたAの手紙には罪に向き合い始めていると感じ取れる内容が書かれていました
手記が出たのはそのわずか3週間後のことです
この5月…今年の5月に来た手紙についてはもうこれ以上はもう終わりかなということでここらへんぐらい区切りに…1つの区切りにしようかなっていうふうに思っていたんですけども今回の出版であの…。
完全にそういう私達の思ってた気持ちが踏みにじられてしまったいうふうに思ってますうん。
(記者)彼自身が社会に出た後非常に苦しんだその中で自分が生きて行くためには書くということしか選択肢がなかったということで言われたとしてどうですか?いや書くのは個人のことなんで勝手だと思いますよ。
書くのと出版するのは意味が違います。
自分のことをきちんとまとめる考えをまとめるっていうことで書くのは別にそれは別に否定しないですけど。
それを公に出すっていうこととは全く意味が別物ですから。
医療少年院でAの育て直しをした院長
出版への批判が沸き起こる今だからこそあえて伝えたい思いがあります
(杉本医師)「君に伝えたいこと。
事件から18年君は32歳になった。
医療少年院長だった私は完全な老人になった。
だが伝えたいことがある。
始めのころ『早く吊るしてもらって全て終わらせてほしい』と叫ぶようにしていた君が今『僕は生きることを愛してしまいました』と表現している。
君の言う『病気』の呪縛から解放されつつあるからこそできたことで孤独の中よく頑張ったと私は評価したい」と。
「しかし君はご遺族が乗っていた梯子を蹴り飛ばしてしまった」
「自分が苦しんでいるからといって他人に苦痛を与えることは許されることではない」
「いま目の前にある自分のしたいことしなければならないことこれを長いあいだ積み上げることの中から答えが発酵して来るものではないだろうか」
理不尽に奪われた幼い命
再び傷つけられた尊厳
償いの在り方が問われています
勉強ももめ事も話し合って答えを探す
・ミーティング始めま〜す!・・は〜い!・
独自の授業が注目されるある学校の一年に密着しました
2015/07/20(月) 00:55〜01:25
読売テレビ1
NNNドキュメント「“元少年A”へ 〜神戸児童連続殺傷事件 手記はなぜ〜」[字]
今年6月、神戸児童連続殺傷事件の加害者が手記を出版した。わが子を殺害された遺族は、突然の出版に大きな衝撃を受けた。手記がもたらした精神的被害の現実を伝える。
詳細情報
番組内容
今年6月、書店に並んだ「絶歌」。著者は“元少年A”。1997年に起きた「神戸児童連続殺傷事件」の加害者だ。10年前に少年院を退院し、社会復帰した。出版社は、少年事件の再発防止が目的だとコメントしたが、わが子を殺害された遺族は、突然の出版に大きな衝撃を受け怒りに震えた。番組では、遺族、少年院関係者、Aを知る人物、など様々な立場の意見を通して、犯罪被害者の置かれる現実や償いのあり方について考える。
出演者
【ナレーター】
藤田千代美
制作
ytv
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
ステレオ
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