この春北陸地方につながった新幹線。
かつて日本全国を高速鉄道で結ぼうと動いた一人の政治家がいました。
(拍手)43年前田中角栄が描いた手書きの路線図です。
首都圏から日本海側へ列島を横断する構想。
北陸新幹線もその一つでした。
高度経済成長時代に登場した田中角栄。
後の日本政治に大きな影響を及ぼす事になります。
「シリーズ戦後70年ニッポンの肖像」。
今月のテーマは「政治」です。
今夜は高度成長期以降の政治の歩みを見つめます。
今国と地方の借金が1,000兆円を超え財政再建を迫られる日本。
かつて政治の力で全国に豊かさを行き渡らせようとした時代がありました。
庶民宰相と呼ばれ地方にも道路や鉄道網の建設を進めた田中角栄。
公共事業によって全国に豊かさを分配するシステムを確立します。
田中は分配の政治によって自らの権力基盤を固めていきます。
しかしその後政治は混迷の時代へ。
経済にも陰りが見え始め改革が迫られます。
その時政治が直面したのは田中が築き上げたシステムでした。
豊かさの分配によって社会をけん引した日本政治。
その先で待っていた変革の時代を見つめます。
(2人)こんばんは。
今夜は高度経済成長期以降の日本政治の模索を見つめていきます。
ちょうどこの時期に登場したのがこの人。
田中角栄です。
今太閤コンピューター付きブルドーザー一方で闇将軍など実に多くの呼ばれ方をしましたよね。
そうですよね。
こちらはNHKが戦後70年を機に行った世論調査の結果です。
戦後を象徴する人物について尋ねたところ実は田中角栄が経済人や文化人ほかの政治家などを抑え1位になりました。
誰もが豊かさを実感できるようにと邁進した田中角栄ですがそれはその後の日本政治にも大きな影響を与える事になります。
その政治とは一体どのようなものだったんでしょうか。
新潟県魚沼市。
かつての田中角栄の選挙区です。
この豪雪地帯こそが田中の政治の原点でした。
(拍手)おはようございます!雪深い地方にも政治の力で豊かさを届ける。
この信念が田中を動かしていきます。
田中はそれまで都市部に集中していた予算を公共事業によって地方へと分配していく政策を打ち出しました。
1972年に発表した「日本列島改造論」。
都市と地方を道路や鉄道で結び各地に工場を建設する事で国土の均衡ある発展を目指すという構想でした。
当時通産大臣だった田中。
若手官僚ら10人を大臣室に集め具体策を語っていました。
その様子を録音した音声が残されていました。
打ち出された計画は前例のないものでした。
高速道路網は当時の総延長およそ710キロから1万キロへと拡大。
新幹線網は730キロから9,000キロ以上へと延ばしていくというものでした。
この会議に参加していた一人元通産官僚で作家の堺屋太一さんです。
列島改造論を官僚たちが支持した背景には田中が着々と進めてきた財源の裏付けがありました。
政治家としてまだ無名の時代から作り上げてきた30本を超える議員立法。
半数近くが道路や鉄道建設河川改修など国土開発の財源に関するものでした。
その一つがガソリンに税金を課し道路建設の特定財源とする法律です。
ガソリン税として徴収される道路の特定財源は自動車の普及とともに急増し列島改造を推し進める原動力となっていきました。
元総理大臣秘書官の小長啓一さんです。
田中の構想力は総理大臣になる前から際立っていたと言います。
田中が政治の拠点とした東京・目白の邸宅です。
ここには全国から公共事業の誘致を求める人たちが集まりそれが権力の基盤固めにつながっていきます。
田中が自民党の幹事長だった時代の映像です。
陳情に訪れる支持者や業界団体の関係者たち。
多い日には一日200人以上次々と陳情を聞き取ります。
みんな大事なお客様。
あちらをさばきこちらをさばきスケジュールは分刻み。
その後総裁選挙に立候補した田中。
ライバル福田赳夫との激しい戦いは角福戦争と呼ばれました。
田中が権力の頂点に上り詰めたこの戦いの裏では巨額のカネが動いたとされています。
この時期企業や業界団体は自民党の有力な支持基盤となり党への献金額を急増させています。
田中政権時代には179億円に達しました。
田中派の議員たちを取材したノンフィクション作家の保阪正康さん。
田中の手法が後の自民党政治に大きな影響を与えたと指摘します。
総理大臣に就任した翌年田中は新たな分配政策を打ち出します。
福祉元年と呼ばれる社会保障の充実です。
当時革新政党の勢力拡大を警戒した田中は70歳以上の医療費を無料化。
更に年金の給付水準を引き上げ財源については税収増で賄うとしました。
その後政治とカネの問題を巡り2年余りで退陣した田中。
一方高度成長を背景に築き上げた分配のシステムは後の政治に引き継がれていきました。
表情や声からもすごい迫力といいますかエネルギーを感じますよね。
前回に続き戦後政治にお詳しい2人にお話を伺います。
よろしくお願いします。
(2人)よろしくお願いします。
田中という政治家どうご覧になってますか?田中の強烈な問題は彼新潟出身でしょう。
ね?東京や大阪や神奈川や名古屋要するに太平洋側みんな栄えてる。
日本海側は全然寂れてる。
こういう差別の構造をなくさなきゃいけない。
そこで彼がやってるのは均衡ある国土の発展と。
要するに全国に道路を造る全国に飛行場を造る全国に新幹線やる。
これが後の列島改造になる。
今では田中政治は全て悪かったのように言われますがそれは全く違うのであってこの時にやっぱり私は池田佐藤の中ではまだまだはっきりしてなかった日本の政治の基本形を田中角栄はきれいに押し出して過疎と過密の同時解消といいそしてそれから彼のすごかったところはこれはいろんな人が言ってますけども大抵こういう事をやってほしいといういわゆる陳情ですね。
これ陳情持っていくと多くの政治家がいい顔して「分かった分かったやっておく」と言ってしかしやったためしがない。
田中角栄という人はその時に必ず要するに3つぐらいの事を分けて言ってくれたと。
まず第1は「これはやれる」と。
第2は「今年は無理だが来年やろう」と。
3つ目は「考え直せ」というね。
これをはっきり言ってもらったら官僚はあるいは陳情した人は次の道が出来る訳ですよ。
これがね彼が決断と実行と言ってるまさに決断の部分ですよね。
こんな事…どうですか?決断と実行でね田中角栄が僕に言った。
「断る事は早く断れ。
実行する事は遅れてもいい」と。
こうですね?そうですね。
普通の政治家は土木とかそういうものに要するに目を向けないんですよ。
これはね政治としては非常に下品な事だと思ってる訳。
彼はこれこそが政治だと思ってるから本当にそこへ行って建設省の連中なんかと一緒に要するに橋頭保組んでるから一緒に。
でもその一方でですね田中といいますと政治手法には批判もありますよね。
中選挙区制は一つの選挙区で5人あるいは3人だけど当選すると自民党が権力を…政権を維持するためには2人ないし3人を当選させなきゃいけない。
この2人ないし3人は政策に違いはないんだよね。
しかも一番激しい戦争になるこの3人が。
でも政策に違いなくて激しい戦争になると何やるかカネをいかに使うか。
だから必然的に田中角栄的金権選挙に中選挙区制という制度はなるんですよ。
田中角栄という人はですねお金に対する扱いが本当にやっぱりほかの人とは違ったと思います。
彼はお金をストックにして取って置くという考えがないから。
お金は常にフローで回す訳です。
どんどんどんどん回していく。
要するにその経路をず〜っと彼としては非常に太く強く作るもんですから自分の派閥じゃないとこまでどんどん流れていく訳です。
そうすればいざっていう時に助けてくれるというこういう構造になっているというのは間違いないです。
さあそのあとなんですけれども社会も変わってですね政治は激動の季節を迎えます。
田中の辞任のあともその影響を受けた政権が続いていきますがそこで起きたのがリクルート事件や東京佐川急便事件など政治とカネを巡る問題。
国民の間からは政治改革を求める機運が一気に噴出しました。
その結果誕生したのが非自民による細川連立政権。
これによって55年体制は終えんを迎える事になりました。
この細川政権で導入されたのがカネのかからない選挙を目指すための小選挙区制や政党助成金制度などでした。
一方でこの時期経済も大きく変化していました。
バブルの崩壊に続き山一証券そして北海道拓殖銀行の破綻などが相次ぎ政治も経済危機への対応を迫られます。
しかしここで政治がとったのは過去最大規模の経済対策を打ち分配にあたる歳出を広げていく手法借金を急拡大させましたが景気は上向く事なく有効な手だてを見いだせずにいました。
田中を継いだのは竹下登で竹下登は田中流の政治やってきた。
これがところがリクルート事件で辞めざるをえなかった。
竹下の秘書がリクルートからカネを受け取ってる事が分かって辞めざるをえなくなった。
辞めたんだけど代わりになる首相が日本にいない。
経済は疲弊してるし分配はしていくって事で借金が…。
つまり今まではそんな事を考えずに要するにパイの分配さえ考えてりゃよかった。
しかしもうパイも危ないぞと。
それからどうも政治も要するに利益を配分するだけではないぞっていう事が来てたんだけどそれに対応する制度も人も育ってなかったのでそこまで惰性で続いていくんです。
さあこうした中21世紀を迎えていく訳ですけれども登場したのが従来の政治からの決別を訴えたこの人でした。
頑張れ小泉〜!
(拍手)国民の支持を背景に田中派の流れをくむ橋本龍太郎を破ったのが小泉純一郎でした。
派閥からの推薦を受け付けず民間から大臣を起用するなど従来にはないやり方で政権をスタートさせます。
当時国と地方の債務残高が600兆円を超える中小泉がまず取り組んだのが…中でも田中政治の象徴だった道路でした。
小泉は日本道路公団の民営化を打ち出します。
毎年決まって投じられていた3,000億円の国費の投入をやめるとともに採算の見込みがない高速道路の建設見直しを宣言しました。
小泉内閣で経済財政政策の司令塔となった竹中平蔵さんです。
長年小泉と盟友関係を築いてきた…小泉政治の原点には反田中の思いがあったと言います。
1970年田中角栄のライバルだった福田赳夫の秘書として政治の世界に入った小泉。
金権政治を批判し角福戦争を繰り広げた福田がカネと数の力を前に田中に敗れ去る姿を間近で見ていました。
道路公団の民営化には自民党内から反発の声が上がります。
道路族と呼ばれる議員たちでした。
当時党の道路調査会長だった古賀誠さん。
それまで自民党が担ってきた役割は重いと訴え小泉に対峙しました。
この時期に行われた世論調査では道路公団の民営化を評価するとした人は7割以上。
小泉は国民の支持を背景に民営化を決定しました。
結果として田中政治の象徴だった道路への投資額はおよそ3割削減。
公共事業費でも全体で2兆円以上削りました。
その一方で必要な道路については国が直接建設に関与する仕組みも新たに作られ玉虫色の決着ともいわれました。
自分でそう言ってね納得してるんです。
分配政策の見直しを進める小泉。
もう一つのターゲットが社会保障でした。
毎年1兆円ずつ増加し歳出全体の3/3近くを占めるまでになっていました。
小泉は医療費の患者負担の割合を引き上げるなど見直しを進めます。
これに反対したのが自民党を支持してきた業界団体です。
(司会)日本医師会会長…。
会員数15万人以上。
自民党に毎年およそ3億円の政治献金をしていた日本医師会も懸念を抱いていました。
更にそれまでの自民党の政治システムを大きく壊す事になったのが2005年の郵政選挙でした。
小泉は郵政民営化法案が否決されると衆議院を解散します。
万歳!万歳!法案に反対した人は公認せず刺客と呼ばれた対立候補を次々と送り込み選挙で大勝しました。
こうした中で弱体化したのが自民党政治の象徴だった派閥です。
かつて数の力を背景に絶大な影響力を誇った田中派。
その流れをくむ派閥の事務所です。
官僚や業界団体が頻繁に出入りしていた事務所も会合を開く時以外ほとんど使われなくなりました。
小泉政権の時派閥の会長だった津島雄二さんです。
長年引き継がれてきた自民党政治が崩れていくと感じていました。
(拍手)5年5か月の長期政権となった小泉内閣。
旧来の自民党政治を壊した一方で後に改革のひずみも問われる事になりました。
小泉改革の意味合いをお二人はどういうふうに受け止めていらっしゃいますか?今までね一度も言わなかったオフレコの話をしましょうか。
実は小泉さんが総裁選挙に出ようか出まいか迷っている時中川秀直さん秀直さんが僕に「田原さんどう?」って言うからね僕は冗談半分で「う〜ん…」と言ってね。
「もし小泉さんが田中派経世会と真っ向からけんかする。
本気でやるなら支持してもいいと思うな」と冗談で言った。
「ちょっと待って」って下からね小泉さん連れて上がってきたの。
「目の前で言ってくれ」って言うからね。
「あんたが本気でねけんかしたら暗殺されるかもしれないけど」。
そしたらまたここがすごいの。
「暗殺されてもやる!」と言い切った訳。
お〜っ。
けんかすると。
この次が僕は小泉っていうのはね言葉の天才だと思ったの。
田中派経世会とけんかして潰すって言ったってね一般には通用しませんよ。
ところが総裁選挙になったら「自民党をぶっ潰す」と言った。
あ〜はいはい。
田中派がもう全ての自民党の中の決定の文法から自民党の中の人事から果ては要するに閣僚人事まで全部牛耳ってた訳ですから。
これを切るという事でまず最初の組閣の時に徹底的に経世会を干したんですね。
要するにそれまでは田中派の政治が変わらなかった。
変わんない政治変わんない政治に国民が飽きちゃった訳ね。
もう飽きちゃって問題点いっぱい出てきた。
そこでスパ〜ンと思い切って変えたんですね。
そうですね。
小泉さんが現実にはやっぱり90年代のそのいくつかの政治の果実を明らかに使った。
一つはそれは間違いなく小選挙区制です。
小選挙区制で総裁の言う事しかこれからの連中は聞かないと。
だから要するに派閥というのは本当に…。
これまでもだんだん弱ってたけどこれを完全に無視できた。
かなり変わる事は変わったという事はあるようなんですが。
これまでの分配政治を変えてしかもその分配のパイは大きくならないんだから。
大きくならないんだったら削るしかないという。
だからこの再配分見たら要するにマイナスのそういう政治になっていく訳ですよ。
削るという事を思い切ってやった訳。
だからこれを「痛みを伴う構造改革」ってやつね。
(御厨)そう言いましたよね。
そのかわりだから格差が大きくなった。
ね?それからまあ言ってみりゃ貧困層が増えてきた。
こういう問題があります。
だから後から小泉さんを批判する人はあれは新自由主義の政治だと。
(御厨)…と言いますね。
新自由主義の政治は弱い人間に対して要するに足りないと。
冷たいと。
さてその後の時代ですがこちらをご覧下さい。
小泉さんのあと自民党政権は安倍さん福田さん麻生さんと1年ごとに総理大臣が交代する事になります。
そこで起きたのが政権交代。
民主党政権の発足です。
(拍手)民主党政権が打ち出したのは低成長時代に合わせた新たな分配政策でした。
マニフェストに掲げたのは限られた予算を組み替え子ども手当や高校授業料の実質無償化などを実現させる事でした。
鳩山政権の官房副長官だった松井孝治さんです。
人への投資を重視した分配政策こそが次の時代の政治の在り方だと考えていたといいます。
新たな分配を実現するため課題となったのは財源をどう確保するかでした。
その象徴となった場所があります。
群馬県長野原町で建設されていた八ッ場ダムです。
今5年後の完成を目指し本体工事が進んでいます。
民主党が打ち出したこのダムの建設中止は大きな壁に直面します。
地元住民らが民主党政権の方針に激しく反発したのです。
高度成長期に各地で計画された巨大ダムの建設。
なぜ住民たちはダムの建設を受け入れるに至ったのか。
それに関わっていたのが田中角栄でした。
田中は地元住民を納得させるための仕組みを作っていました。
多くの水を利用する下流の自治体が地元住民の生活再建費を負担するというものでした。
それを定めた…田中政権の時代に成立しました。
当初は各地で起きていたダム建設の反対運動。
この法律の制定後次第に下火になっていきました。
八ッ場ダム反対運動の中心メンバーだった竹田博栄さんです。
生活再建策として地元に学校や集会所などが造られる事で住民はダムに期待するようにもなったと言います。
下流の自治体は地元住民の生活再建費に加えばく大なダム建設費も負担してきました。
400億円以上を支払ってきた東京都は激しく反発します。
民主党が分配政策の財源につながるとみていた八ッ場ダム。
しかしその建設を止める事はできませんでした。
新たな分配とともに民主党が打ち出していたのが生活者の負担の軽減策です。
その一つがガソリン税などの暫定税率の廃止でした。
暫定税率は田中政権の時に道路特定財源として始まった仕組みです。
民主党は野党時代から暫定税率は家計を圧迫しているとして廃止を訴えてきました。
しかし民主党政権は初めての予算編成で2兆円もの財源不足に直面します。
当時財務大臣だった藤井裕久さんです。
この時2兆5,000億円あった暫定税率による財源に頼るしかなかったと明かします。
マニフェストに掲げた公約の多くを断念した民主党。
低成長時代の新たな分配の模索は3年余りで挫折しました。
日本の政治が新しい政治モデルを生み出せないのはなぜなんでしょうかね?あのねちょっと理屈っぽい事言いますとアメリカにもヨーロッパにも二大政党があって片っぽは保守なんです。
片っぽはリベラルなんですよ。
保守とは何かというと自由競争なんですよ。
つまり小さな政府。
リベラルとは何かというと大きな政府。
どんどん分配して社会保障を積み上げる。
日本は自民党が保守でしょ。
保守のくせに自民党はやってる事はリベラル。
福祉を…田中政治ですよ。
分配。
どんどん福祉を積み上げてどんどんそういうものやってで大きな政府なんですよ。
ところが民主党というのはよりリベラルだから。
結局ね予算を減らす事ができなかった。
要するに日本の欠陥はおかしいとこは外国は保守とリベラルが交互にやってんだけど日本にはそういう意味の保守がないんですよ。
一番の問われている事は低成長の時代に政治というのは何を目指すべきなのか。
やっぱりもうとにかく倍々ゲームのようにパイは増えませんからそのパイを切っていく時のね切り方っていうのは実はパイが増えてく時の配分を変えてってここにもっとつけるというのとは違うねものすごく緻密な作業とそれからものすごく切られる方に対してはものすごい説得が必要なんですよ。
だからその緻密な論理とこれ以上ないぐらいの丁寧な説得っていう事をですね今後は考えた政党が勝ちます。
今や成長はないと。
で資本主義はもう終わりだという意見もある。
僕はアベノミクスというのはこれに対するチャレンジだと思ってる。
アベノミクスはいいや成長するんだと。
僕はねそのチャレンジという意味ではねアベノミクスを買ってんですよ実は。
成功するかどうか分かんないけど。
これはね壮大なチャレンジですよ。
戦後70年の日本の政治を要所要所ですが見てきましたけれどそこから何が学び取れるっていうふうに思われますでしょうか。
私はやっぱり岸さんからの関係で言うとやっぱり岸さんのDNAを持っている安倍さん。
安倍さんはとにかくこの自民党政治の中では極めて不利な国家的な価値であるとかそういう事を憲法改正である事を言い続けてきた。
いっぺんはやって失敗した。
今度はですねこのカムバックした彼が今考えているのはかなり戦略的に考えていて少しずつ自民党の中で変わってきちゃって利益政治からイデオロギーの政治へというふうにまだはいってないけどもどうもそこのところを変えようとしてるのが安倍さんでそれは恐らく岸さん以来のあれが復活してるんだと思いますよね。
小泉政治でねつまり反主流派非主流派なくなった。
今安倍政治にも反主流派非主流派ないから。
例えば安倍さんが集団的自衛権の行使をやろうと。
従来ならばね自民党の中で「反対!」って出てくんですよ。
自民党の中で大論争が起きるんですよ。
…起きない。
これはやっぱりねあまりその従来の自民党とは体質が変わっちゃったなと思う。
本当は今こそ野党がもっとしっかりしなきゃ。
いや〜本当に難しい時代に入っていくだけに本当に政治が大事だし私たち一人一人もね問われてるっていう事ですね。
そうですね。
お二人どうもありがとうございました。
2015/07/19(日) 21:00〜21:50
NHK総合1・神戸
NHKスペシャル 戦後70年 ニッポンの肖像 −政治の模索−「第2回」[字]
NHKのアンケートで「戦後を象徴する人物」第1位となった田中角栄。当時の貴重な映像や録音をひも解きながら、高度経済成長期以降の政治の潮流を見つめる。
詳細情報
番組内容
1970年代「日本列島改造論」を掲げ、政治の表舞台に現れた田中角栄。道路や鉄道網などの公共事業によって、全国に富を分配するシステムを確立し、権力を手にしていく。しかしその後、日本は低成長時代へ。政治は田中が生みだしたシステムからの変革を模索していく。NHKのアンケート調査で「戦後を最も象徴する人物」の第1位となった田中角栄。当時の映像や録音をひも解きながら、高度経済成長期以降の政治の潮流を見つめる
出演者
【ゲスト】田原総一朗,東京大学名誉教授…御厨貴,【キャスター】三宅民夫,首藤奈知子,【語り】守本奈実
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 政治・国会
ニュース/報道 – 報道特番
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