唯一の生き残り「語り継がれるマグロに」葛西臨海水族館の飼育係が苦悩の日々語る
クロマグロの大量死が問題となった葛西臨海水族園(東京都江戸川区)で、大水槽に新たにクロマグロ77匹が投入されてから21日で1か月。今は73匹が元気に泳ぎ、日本の水族館で唯一、見られるという「マグロ群泳」の展示は活気を取り戻した。大量死が発生した当時、飼育展示係の班長として現場を仕切った雨宮健太郎さん(41)は「当時は毎晩のようにマグロが全滅する夢を見た」と苦悩の日々を振り返った。(江畑 康二郎)
昨年12月1日の時点で同園の水槽内には、クロマグロの他に同じサバ科のスマ、ハガツオが計165匹いた。クロマグロの大量死は、12月下旬以降に起きたが、予兆は11月からあったという。
11月6日にスマ31匹を投入したところ、上下に不自然な遊泳をしたり、急にスピードアップするなど異常な行動をしながら死んでいった。雨宮さんは「搬入時に傷ついた魚が変な動きをして死ぬことは以前もあったので、異常さに気づけず申し訳なかった」と悔やむ。
12月に入っても、状況は変わらず「おかしいと思った」。近くで改修工事を行っていたため「音が原因か」と考えたが工事を中止した期間も死亡が続いた。照明、エサ、水質などもチェックしたが異常は見つからず、クロマグロまで死に始めた。
最速80キロで泳ぐともいわれるクロマグロ。「ドーン」と水槽のアクリル板に激突する大きな音が館内に響いたことも。雨宮さん率いる班員10人で、「どんな小さなことでも」話し合い、原因を探った。普段は行わない、泊まり込みで水槽を見守った。
雨宮さんは、子供の頃からマグロが大好きだった。小学校の作文には「遠洋マグロ漁船の乗組員になりたい」と夢をつづった。米国の大学で海洋学を学び、99年に同園へ。マグロなどを収集する調査係に配属された。「初めて目の当たりにした大きなクロマグロに興奮した」。豪快に泳ぐイメージが強いが、少し網に引っかかって泳げなくなるだけで死んでしまうマグロの繊細さに心打たれた。
ほれ込んだマグロが目の前で衝突し、エラから血を流しながら水槽の底に沈んでいく。それを自らの手で解剖のため切り刻む。研究機関にサンプルとして送るため、硬い頭蓋骨を割り、脳まで取り出した。死体は普段、園内の飼料として活用するが、当時は量が多すぎたため生ゴミとして処分せざるを得なかった。「とても耐えられませんでした。毎日のようにマグロが全滅する夢でうなされた」
打てる手はすべて打ったが、現実は「悪夢」に近づいていった。1月20日にマグロは3匹となり、3月24日、容量2200トンの大水槽内にたった1匹だけとなった。
大量死の死因が特定されない中、新たにクロマグロを投入することについては、班内で意見が分かれ激しい議論が交わされたという。先月21日に新たなクロマグロを投入、1か月たった今、水槽内は平穏を取り戻したように見えるが、雨宮さんは「ここから始まるという期待と不安がある」と依然、手放しで喜べない。
同園の新プロジェクト「移動水族館」に携わるため、4月、7年間務めた飼育展示係から異動となった雨宮さん。開園以来25年、最大の危機をともに戦い、唯一生き残った1匹のクロマグロを優しく見つめ言った。「語り継がれるようなマグロになるかもしれない。頑張ってほしい」