取材に出向いた奈良県で、個人邸宅の庭に古墳があると聞いた。古墳は公のものだと思っていたが、ここでは家主が所有、管理しているという。家に居ながらにして古代の歴史ロマンを満喫できるのはうらやましい――と思いきや、実は個人所有はさほど珍しくないらしい。古代史と密着した暮らしぶりを訪ねてみた。
奈良県斑鳩町にある邸宅の庭に古墳はあった。直径約30メートル、高さは7メートルほどの「春日古墳」。小山のような墳墓には、本格的な夏を前に緑が生い茂っている。
「江戸時代から敷地内で管理している」と話すのは、所有者の安田泰一さん(74)。明治時代には上で祭事をしたり、眺めやすくするため家の柱の間隔を広げたりと「日々の生活に溶け込んでいた」。こんもりとした円墳の南面には鳥居が建てられ、地域の信仰対象にもなってきた。
◇ ◇ ◇
管理は容易ではない。数種類の樹から落ちる大量の葉の掃除に常に追われ、崩れ落ちそうな部分はブロックなどで補強する必要がある。「年を取り、手入れが負担になってきた」と漏らす安田さん。それでも「長年受け継がれてきた大切なもの。生きている限り守りたい」と話す。
小学生の頃に習った古墳。考古学では一般的に「およそ3世紀から8世紀初めごろに造られた墳丘を持つ墓」を指し、被葬者は皇族から地域の有力者まで幅広い。定義に諸説があり正確な数は分からないが、自治体が指定する「周知の埋蔵文化財包蔵地」のうち「古墳・横穴」は全国約16万カ所、うち計約4万7千カ所が関西2府4県にある。
古墳の個人所有は一般的なのか。大阪府立近つ飛鳥博物館(河南町)の白石太一郎館長が「ほとんどが個人所有。史跡に指定されるのは規模の大きなごく一部です」と教えてくれた。
一口に「古墳」といっても所有や管理の主体は様々。天皇や皇族の墓は宮内庁が「陵墓」として管理、それ以外は歴史的な重要度に応じ国や自治体が「史跡」に指定する。史跡は文化財保護法に基づき開発に厳しい規制がかかるため、自治体などが買い上げることが多い。文化庁のデータベースで検索すると、関西に「古墳」と名の付く国指定史跡は107カ所あった。
開発などを契機に調査が入ったものの史跡とならない場合は、所有者が届け出の上、取り壊すことも可能だ。斑鳩町教育委員会の平田政彦課長補佐は「公や個人によってきちんと管理されるのは、ごく少数の幸運な例」と話す。
実際、100基ほどあったとされる堺市の百舌鳥(もず)古墳群も、戦後の宅地開発などで44基に。堺市世界文化遺産推進室の担当者は「家も食料も足りない時代に多くが壊され、土壁にされたり畑にされたりした」と話す。
◇ ◇ ◇
そんな中、百舌鳥古墳群で8番目の大きさを誇る「いたすけ古墳」は、1955年ごろに市民らによる保存運動が盛り上がり、国の史跡に。白石館長は「古墳は守るべきもの、という機運が全国的に高まる大きなきっかけになった」と振り返る。近年は世界遺産登録に向けた運動が盛んだが、いまでも44基中5基は陵墓、史跡のいずれでもない。
大阪府内でも庭に古墳がある人を見つけた。
東大阪市で歯科を開業している山崎行庸さん(40)だ。自宅庭にあるのは「大藪古墳」で、49年に調査した。石室が残るほか、鉄製品や馬具などの副葬品も出土したため納屋に展示している。10年ほど前からは近所の小学生などの見学を受け入れ、庭には見学用の通り道も作った。
「景観を保つため定期的に庭師を呼ぶなど、正直手入れにはお金がかかる」と山崎さん。しかし「被葬者は地域の豪族で、お歯黒をしていた人もいた珍しい古墳。祖父がここで開業したのも何かの縁だろう」と感じているという。
敷地内の管理は大変な手間のようだ。だが豊かな歴史文化をもつ関西で、まさに我が事として古墳を守り伝える所有者からは、過去の遺産と共生し、生かそうという強い決意を感じた。
(大阪社会部 西城彰子)
古墳
日本経済新聞社は16日、2015年6月の「日本経済新聞」朝刊販売部数(日本ABC協会公査)と7月1日時点の「電子版」会員数を公表しました。日本経済新聞では半年ごとに最新の部数、会員数をお知らせしています。
日本経済新聞・電子版購読数合計 | 316万9211 |
---|---|
日本経済新聞朝刊販売部数 | 273万9027 |
電子版有料会員数 | 43万0184 |
うち新聞と併読除く電子版単体 | 23万3006 |
無料登録会員を含む電子版会員数 | 275万2400 |