【萬物相】延辺を訪れた習近平主席

【萬物相】延辺を訪れた習近平主席

 中華人民共和国の初代首相を務めた故・周恩来氏は1962年、延辺朝鮮族自治州のある農家を訪ねた。周氏は朝鮮族が非常にゆったりとしたズボンをはいているのを見て「なぜそのようなズボンをはいているのか」と尋ねた。すると農民は「わが民族の風習ですが、足を曲げて座るときに便利だからです」と説明した。周氏は農家を出た後、現地の共産党関係者に「朝鮮族には衣服用の生地を2尺ずつ配給しなさい」と指示した。周氏は中学時代に安重根(アン・ジュングン)を取り扱った演劇を演出した経験があり、また抗日運動では朝鮮人活動家たちとも交流していたため、延辺に対してはとりわけ多くの愛情を抱いていた。

 次世代の指導者となったトウ小平氏は1983年、延辺と白頭山(中国名・長白山)を視察した。トウ氏は吉林省の共産党関係者に観光客の行動を妨害しないよう特別に配慮し、また車で随行する担当者に対しては質素に慎んで行動するよう指示した。トウ氏は車で山道を進む際に登山客と鉢合わせしたが、自分たちが車を止めて相手を先に行かせた。登山客は車を止めたのがトウ氏だということを知ると、一緒に記念写真を撮らせてほしいと申し出た。するとトウ氏は快くそれに応じ、ポーズを取るサービスまで行った。後にトウ氏は白頭山の気象台に「延辺は農業が主な産業となっているので、住民に正確な気象情報を提供しなさい」と指示した。

 トウ氏の後継者となった江沢民氏と胡錦濤氏も何度かこの地を訪れている。中国の指導者たちが延辺を重視した理由はもちろん、北朝鮮やロシアに近いという点もあるが、それとは別に歴史的な事情もあった。日本の圧政から逃れるため満州にやって来た朝鮮人たちは、この地で土地を耕し食べていけるようにしただけでなく、学校を建てて子どもたちを教育し、中国人と力を合わせて日本と戦った。中国に住む55の少数民族の中で、漢族と共に抗日戦争を繰り広げた民族は朝鮮人以外にない。

 朝鮮族は今も民族の言葉と文化を守ることに力を入れている。延吉市内に行くと、どの建物にも漢字の読み方がハングルで表記されている。例えば「延吉市国家税務局」「中国建設銀行」などもそうだ。中国で大学、放送局、新聞社などを独自に持つ少数民族も朝鮮族だけだ。ところがかつて200万人以上いたといわれる朝鮮族は、若い世代が中国の別の大都市や韓国などに行ってしまったため、今では78万人にまで減少したという。

 習近平国家主席は先日、就任以来初めて延辺を訪問し、現地で米農家に立ち寄り、今も残るかまどまで興味深く見て回ったという。韓服(韓国の伝統衣装)を着た住民たちは太鼓などの楽器を演奏して習主席を歓迎し、また習主席も笑顔で手を振りながらそれに応えた。延辺は5年前、北朝鮮の故・金正日(キム・ジョンイル)総書記が列車で通り過ぎた際「中国の経済発展方式と経験を研究する」と語った場所だ。習主席の延辺訪問は、三つの国が国境を接するこの地域の発展を前倒しし、北朝鮮に対して「変化と協力」を呼び掛ける意図もあったようだ。その無言のメッセージが豆満江の向こうにいる朝鮮労働党の金正恩(キム・ジョンウン)第1書記にも届くよう、ぜひとも願いたいものだ。

池海範(チ・ヘボム)東北アジア研究所所長
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