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◆◆◆◆慰安婦FAQ
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<◆太平洋・インド洋方面 目次
<第二次世界大戦


 【序】
 2ch.軍事板も本サイトも,基本的には慰安婦問題は興味の対象外.
 ときどき軍板に紛れ込む「お客様」向けに,本サイトでは,かなりの信頼度をもって事実とされることだけを記載する.
 また,諜報分野の中のプロパガンダ工作に相当する部分は,諜報FAQで扱う.
 訂正要求に関しても,かなりの信頼度をもって事実と考えられるソース以外は門前払いとする.本多勝一だの東中野だの岩波だの展転社だのは論外.
 議論したけりゃ,相手してくれる人を自分で探して,そちらでやるように.
 本サイトも,そしておそらくは軍事板も,慰安婦問題に関する議論は好まない.


 【link】

 なお,リンク先の記述を全て支持するとは限らないので念のため.
(他のどのページもそうだが,特にここでは念を押す)
 ここでは両論併記を基本方針とし,その方針に従ってリンクを拡充する予定.

「2ちゃん的韓国ニュース」◆(2012/05/02) 慰安婦の歴史を展示 「戦争と女性の人権博物館」開館…ソウル市

「2ちゃん的韓国ニュース」◆(2013/03/21) ニューヨークのホロコースト記念館に米国初の「慰安婦展示館」

「BLOGOS」◆(2013/05/20) 慰安婦って何? - 池田信夫

「BLOGOS」◆(2013/06/02) 自ら放った火が国際的に大炎上,それを社説で嘆いてみせる朝日新聞?もはやここまで,朝日を国会へ召喚せよ(木走正水)

「BLOGOS」◆(2013/08/01) 慰安婦像が米国に設置される理由

JOG:「従軍慰安婦」問題
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog107.html
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog106.html

「mumurブログ」:「従軍慰安婦を強制連行した決定的証拠」(笑)が見つかる

「Reuters」◆(2013/05/16) LIVE: U.S. senators are joined by victims of sexual assault in military to announce new legislation

「U-1速報」◆(2013/05/18) 「大阪おばちゃんが橋下発言を捏造翻訳して全世界に流布」 Facebookに日本の主張がねじ曲げられて伝わる

「U-1速報」◆(2013/05/18) 「親日広告を掲載したNY市が韓国系住民に公式謝罪する異常事態に」 二度と旭日旗を使用しないと韓国人団体に確約

「U-1速報」◆(2013/05/29) 「橋下会見を嘲笑する超絶的馬鹿野次が韓国記者の大きな話題に」 親韓派から汚物扱いされる韓国慰安婦の現実

「U-1速報」◆(2013/05/30) 「NYタイムズ記者が韓国慰安婦が詐欺師認定された事で錯乱状態に」 韓国を断固として擁護する反日欧米マスコミたち
 ソースは池田信夫

「U-1速報」◆(2013/06/06) 日本軍慰安婦口述集「聞こえますか?」英語版出版へ

「U-1速報」◆(2013/06/11) 「韓国側が完全無証拠でも対日賠償を請求可能だという見解を表明」 いかなる証拠がなくとも日本は慰安婦問題を謝罪するべき

「U-1速報」◆(2013/08/02) 「慰安婦像の維持費用は日本が負担する.日本側も既に同意済み」 グレンデール市の虚偽記述に東大阪市が激怒

「VOR」◆(2013/05/23) ロシア外務省代表:橋下氏の慰安婦関連発言は「シニカル」

「Y!ニュース」◆(2013/05/25) 日本が誇るべきこと,省みること,そして内外に伝えるべきこと(江川 紹子)

「アゴラ」◆(2013/05/28) 自称「慰安婦」の矛盾だらけの証言

朝目新聞」●(2009/01/20) 【慰安婦問題】 韓国議員「慰安婦の対日賠償請求権を死後,家族や民間団体に譲渡する制度」発議  (of 何でもありんす)
  ┃
  ┗「韓国は在韓米軍に慰安婦を提供していた!」 NYTが一面で報じるも,朝日新聞は黙殺  (of 厳選!韓国情報)

「朝目新聞」(2013/06/08)●朝日,慰安婦の年齢詐称に気付き,報道規制―在大阪記者が告発

「朝目新聞」(2013/07/22)●米カリフォルニアにまた「慰安婦像」 日系住民・日本国内の反対全く通じず

「アルファルファモザイク」◆(2013/05/25) 国連が慰安婦ヘイトスピーチ改善要求? 外務省「教育徹底を求められただけ」

「アルファルファモザイク」◆(2013/07/06) 18歳の時,登校途中で日本籍の警察官に拉致され,インドで従軍慰安婦にされた…92歳最高齢“元慰安婦”が訪日へ

「アルファルファモザイク」◆(2013/07/26) 「従軍慰安婦についての本,捏造」発言の維新議員,慰安婦問題を世界に広める発端となった吉見教授に訴えられる

「アルファルファモザイク」◆(2013/07/26) 米国 「慰安婦は世界中にあった.韓国人はロシア植民地の道から救った日本に感謝すべきだ」

「池田信夫 blog」◆(2012/08/17)慰安婦問題の「主犯」は福島瑞穂弁護士
 発信者の平均的信頼性を鑑み,要クロスチェック

【おーぷん】気になったニュース」◆(2014/03/15) 米公文書「慰安婦は売春婦、もしくはプロのキャンプ・フォロワーにすぎない」

「ガジェット通信」◆(2013/06/09) 元・従軍慰安婦を名乗る金福童氏について5

「黒マッチョ」◆(2013/05/15) 橋下市長 「安倍首相の言う『日韓基本条約で解決済み』は,慰安婦を傷つけてる.慰安婦の苦痛には配慮すべきだ」

「黒マッチョ」◆(2013/05/15) 橋下氏「もっと日本人は歴史を勉強すべきだ」 慰安婦発言の橋下氏が反論展開 政府は問題拡大警戒

「黒マッチョ」◆(2013/05/15) 「風俗発言,慰安婦容認…橋下氏の発言は国際社会に通用しない.政治家としての資質すら問われよう」

「黒マッチョ」◆(2013/05/15) 山内康一議員「慰安婦問題は議論したら負け.国際世論はイメージで動きます.文献や資料を引用した緻密な議論では動きません」

「黒マッチョ」◆(2013/05/29) 橋下代表 「西村氏の発言は韓国人に対する侮辱だ.政治家としては駄目だ」 議員辞職要求

「産経」◆(2013/04/04) 韓国 官民挙げ「慰安婦」工作 慰安婦問題で安倍晋三首相を狙い撃ち
(キャッシュ)

「人民網」◆(2012/07/16)韓国外交部 「慰安婦」の代わりに「性奴隷」の呼称を

「人民網」◇(2012/11/06)国連人権理 日本に慰安婦問題についての回答を要求

「人民網」◇(2012/11/13)日本NGO,「慰安婦」への謝罪・賠償を政府に呼びかけ

「人民網」◇(2013/07/29) 韓国人慰安婦の少女像,米カリフォルニアで完成 海外初

「人民網」◇(2013/07/29) 日本国籍の評論家を韓国が入国拒否 慰安婦強制連行を否定

「人民網」◇(2013/08/01) 米国の都市に初の慰安婦像設置

「中国・韓国・在日崩壊ニュース」◆(2014.09.04) 【これは酷い】福島みずほが慰安婦会議で と ん で も な い 暴言を吐いていた!!! まさに国賊だわ…

『帝国日本の戦時性暴力』
https://www.gcoe-intimacy.jp/images/library/File/working_paper/New%20WP/WP_NextGenerationResearch_110_INOMATA2012_exceptKINOSHITA.pdf

「日刊プチバッチ」:慰安婦募集

「ねたAtoZ」◆(2013/10/08) 民主党,昨年秋に元慰安婦に謝罪し金を払うことで合意しかけていたことが判明

「ネトウヨにゅーす」◆(2013/05/18) 韓国が西村発言に反応してこない理由が判明  韓国人「事実すぎて…」

「はぅわ!」◆(2013/03/08) 「慰安婦問題は朝日新聞による捏造だった」 維新・中山成彬氏,国会で当時の新聞報道を用いて解説

「まとめ安倍速報」◆(2014/09/16) これは酷い◇ 元朝日・窪田順生氏「それでも我々は『朝日新聞』を許さなければいけない。異なる思想を "暴力" で排除するということは、韓国と同じレベルに落ちてしまうこと」★2

「まとめたニュース」◆(2013/05/15) 【政治】橋下氏「慰安婦容認していない」と釈明 首相答弁を批判… 元慰安婦には「配慮は必要だが,傷つけているとは思っていない」

「まとめたニュース」◆(2013/05/15) 【民主党】大河原雅子「従軍慰安婦!従軍慰安婦!」 安倍「知らんがな」

「まとめたニュース」◆(2013/05/24) 韓国の自称元慰安婦「橋下に会いに来たけど橋下が嫌いだから会いたくない.無理」

『「慰安婦」物語 写真が語る真実』(山谷哲夫著,宝島社,,2013.10)


 【質問】
 日本軍の性病対策は?

 【回答】
 抗生物質はない時代だったので,原始的な治療法が主体.
 性病は軍隊にとって大敵だったので,定期検診や,風呂などでの患者隔離などの対策がとられたという.

 以下引用.

 〔略〕
 戦争末期,私の通っていた中学校は陸軍の兵舎になっていた.
 大勢の兵士の為に校庭の一角に作られていたのが風呂場である.
 建物は将校用と下士官兵の入るものとに別けられていた.
 2,3度覗いた事があるが,兵隊の入る建物の方は広い湯船が大小二つに分けられており,洗い桶にもはっきりと性病患者用の「文字」があったのを覚えている.

 淋病などは湯の温度が低いと伝染する恐れがあるし,淋菌が目に入ると失明する.
 集団疎開していた女児が温泉の浴場で淋病に感染し社会問題になった事もあった.

 軍の中に性病患者がどれ位の割合でいたのか知らないが,決して少なくはなかったのであろう.
 中でも数が多いのは淋病で,初期は痛みが酷く,歩く事が出来ない場合もあるという.

 世界の軍隊が恐れていたのは性病の蔓延だった.
 ドイツなどはその為に軍が直接慰安婦の管理に当っている.

 日本でも内地の遊郭の近所には必ず性病科の医院が有って,専門医が女性達の定期検診に当っていた.
 戦地ではそういう施設は無いからその役割は軍医が担う.
 軍の関わりはその為である.

 軍にとって性病は直接戦力に響く重要な問題だ.
 ここで注意して頂きたいのは,当時の医療水準である.
 今の医学を基に考えてはいけない.
 抗生物質の無い時代,淋病の特効薬は唯一サルファー剤であったが高価で量も少なく,もっと原始的な治療法が主体であった.
 治療中の兵隊などは役に立たない.

 性病は軍にとって大敵なのである.
 性病検査の模様も聞いた事がある.(抱腹絶倒モノだが,些か品位に欠けるので割愛する)
 感染している事が分かると
「貴様! 予防しなかったのか」
と衛生兵に2,3発殴られ,それで終りだったとか.
 その点はアッサリしていたらしい.

「国民年金の花柳な生活」,2007/06/29
※「おきらく軍事研究会」に転載されたもの

 棟田博氏の『陸軍よもやま物語』(光人社,1993.5)には,平時の陸軍における性病への対応が書いてありました.
 それによると,軍隊内で,負傷は3つにランク分けされていて
一等傷 公務における負傷
二等傷 通常の内科系疾病
三等傷 性病
ということで,性病に罹患すると悲惨な目に遭うみたいです.
 具体的には,
特務曹長にどやされる,
営倉入り(2〜3週),
出身の市町村長に連絡,
連隊週報に実名報道(相手方の娼妓の源氏名,遊廓名も),
休日にかぎってなぜか衛兵勤務
などなど.
 営内には「突撃一番」の自販機があって,地方にくらべると安価であったとか.
 また,遊廓近辺には憲兵がいることがあり,所持品検査をされた上,「突撃一番」がないと追い返されたりしたそうです.

hdk in FAQ BBS

「突撃一番」

 もっとも,日本軍の戦地の医療水準は低かったので,対策にも限度があっただろうことは,想像に難くない.


 【質問】
 当時の売春観は?

 【回答】
 それについては以下のような証言がある.

----------------
「で,徴兵検査はどうでした」
「わたしなんかはそれまで堅くしてたもんですから,
『検査に行くのに女を知らないのは恥だ』
とか,
『大人じゃねえか,女を知らねえなんてみっともねえ』
とか楽屋で言われたんです.
 芸人ばかりじゃない,職人だってなんだって,みんなそれが気風でしたよ.
 ですから,兵隊検査が近くなると,みんな遊びに行くんです.
 色気づいてきたし,金で済むことなんですから.
 そのころは1円でしたね.前座の2日分の給金で行ける.
 ですから,世帯を持っていないときは,赤線へ行ったほうが,安いし,手っ取り早いんです」

 普通は検査前まで堅くしていて,女遊びは検査後だろうと思っていたから,この点を林家正蔵師匠に伺ってみたら,
「いや,そうじゃないんです.
 わたしなんぞは横根を切って直ぐ検査でしたが,検査官に
『君は金鵄勲章をつけとるね』
と言われましたよ」
と説明してくださったから,私の思い違いか,山手と下町の気風の差か,そのどちらかなのだろう.

――山口正二著『聞書き五代目古今亭今輔』(青蛙房(せいあぼう),2003/7/5),p.70-71
----------------

〔古今亭今輔談〕「それにしても,赤線を無くしたッてことは,これは罪なことですよ.本当に悪いことです.
 あれはあったほうがいいんです.
 今,痴漢だなんて騒ぐのは,赤線がなくなったからです.
 ですから,女を保護するためにも,あれはなくちゃいけない.
 あれがなくなってから,うんと料金が高くなったんでしょう.
 ですから,可哀相ですよ,今の男は.真面目で気の弱い人ほど可哀相です.
 市川房枝なんてお婆さんは罪を作りましたねえ.
 オリンピックの前に,『公娼があるのは日本だけで,野蛮だ』とか言ったんでしょう.
 外国はみんな私娼なんですってね.
 昔のように,千束町だの,玉の井だけでも残しておけば良かったんです.
 それが風俗取り締まりで先にやられちゃった.
 群馬県なんかは,赤線てものは明治の時代になかったんです.
 誰かが廃娼運動をやったんですね.
 その代わり,高崎へ行っても,前橋へ行っても,どこへ行ったって,千束町みたいな所がありましたよ.
 ですから,公娼でなくったって,私娼は置かなきゃならないものなんです.
 今は検黴(けんばい)も何もないから危険だけど,昔は組合があって,衛星思想が発達してたから,梅毒になんかはならない.
 今のほうが余計に危ないんじゃないですか.ああいう病気は昔より増えてるんじゃないですかねえ.
 それにつけても,あのお婆さんは悪いお婆さんです.そうでしょう.だって……」

 日頃謹厳実直な今輔さんが,いつもの真面目な調子でこの話をする.
 一度だけではない.少なくとも3度聞いている.
 〔略〕

 この部分を『劇と新小説』誌に発表したとき,大田区に住む,作家の清水三郎氏から次のような文面の葉書を頂戴したから,これを転載しておく.
 赤線復活論は,世の常の男たちの意見を代表したものでしょう.
 (中略)
 あの問題につき,その当時たまたま市川房枝女史宅で対決したことがありますが,そのときの話で,
「売春は構わんと思うんですよ.
 ただ,それを国家で公認しているような制度が問題でしてね.
 まあ,その中間搾取制度の国家公認がね.
 こんなことをやってる国は日本だけなんで,これがあると国連加入資格に引っかかることなんです.
 私娼まで撤廃しろなんて言ってるわけではないんで,搾取がなく,個人の自由意思なら仕方ありませんねえ」

 このことを知らぬ人間が多く,ただ狭い視野や憤懣感情で言っていると思うのです.
 市川房枝女史も私娼まで撲滅せよと申した分からず屋でないことを余事乍(なが)ら弁明しておきます.
 右の通りであるが,今輔さんの言うことにも一面の真理があるように思う.

――山口正二著『聞書き五代目古今亭今輔』(青蛙房(せいあぼう),2003/7/5),p.70-73

>日頃謹厳実直な
人物の証言であるという部分に留意.
 つまり,当時の意識では罪悪でもなんでもなかったことが分かる.


 【質問】
 従軍慰安婦は何人いたのか?

 【回答】
 日本の学者は,日本大学の秦郁彦教授が2万人説,中央大学の吉見義明教授が5〜20万人説をとっている.
 一方,中国の蘇智良教授は中国人だけで20万人としているが,この数字は荒唐無稽.

 詳しくは,秦郁彦著『慰安婦と戦場の性』(新潮選書,1999.6)を参照されたし.


 【質問】
 従軍慰安婦の出身別構成は? 

 【回答】
 秦郁彦教授によれは,
約70%が日本人,
約20%が朝鮮半島出身者,
約10%が中国出身者.

 詳しくは,秦郁彦著『慰安婦と戦場の性』(新潮選書,1999.6)を参照されたし.


 【質問】
 慰安所で働いてた女性はかなりの高給取りだったそうですが,今の金額にするとどれくらい稼いでたの?

 【回答】
 300円/月程度.
 これは募集要項にある,初任給の値段.
 現代の貨幣価値だと130万円/月くらい.
(貨幣価値換算は,公務員の給料等を比較した係数4400を用いました)

 ちなみに文玉珠さんは1万5千円貯めて,5千円を送金したと証言してます.
 通帳を見ると,18年3月,通帳を作った時点で残高500円.
 終戦までの3〜4か月(20年5月まで)は看護婦をやってたそうなので,18年3月からの慰安婦としての実働を26か月とすると, 平均(15000-500)/26=557円/月(端数切り捨て)

軍事板
青文字:加筆改修部分

 しかし厳密な数字を出すとなると,軍票か日本円か,インフレ率がどうこうを勘案しないといけないから,簡単には判断しにくいな.
 タコ部屋や水商売が物品でピンハネするのは,昔から有る手だから無いとも断言しきれない.
 むしろ悪質な業者はいただろう.
 どっちにしろ日本軍は客にすぎないんだけどね.

モッティ in 軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 軍が女性に売春を強制したってホント?

 【回答】
 板違い.

 軍が直接売春婦を雇用した例はありません.
 戦地での風紀の乱れや性病蔓延などを防ぐために,日本や朝鮮などの売春業者が募集をかけて戦地までの便宜を図っただけ.
 日本でも赤線地帯から何人も行ってます.

軍事板

 〔略〕 日本軍が組織的に一般人を拉致して,強制的に売春婦にするという犯罪はいっさい無かったということだ.
 そういう証拠はいっさい出てきていないのだ.

 たまに韓国のニュースなどで,日本軍が梅毒検査など売春婦の健康管理をしたことを「証拠があった」などと書くものがあるが,拉致して強制的に売春婦とした証拠にはならない.
 ――――軍隊内の規律の乱れによる個別の犯罪と,日本軍全体として行っていない事は明確に分けなければならない.

 (2007年に)マイク・ホンダ氏が連れてきた3人の証言のうち,韓国人2人は当時16歳という年齢からみて,自ら売春に応募したとは思えない.売春組織に親に売られた女性であると思われる.

 当時,日本軍は,日本兵が性の処理の相手を現地調達しないように,プロの売春組織を引き連れて移動したが,戦闘中なので売春婦の命を守る必要があり,日本兵に病気が移らないようにとの配慮から,売春婦の健康の管理をしたが,売春婦の募集や運営はプロの売春組織が受け持っていた.

 マイク・ホンダ氏の連れてきた韓国人の場合,日本女性だと言えと売春組織が無理矢理彼女にウソをつかせて朝鮮語を使うと殴ったようだ.
 日本軍が殴ったというが,16歳なので売春組織の人間と軍人の区別がついていなかったようだ.

 実際に売春婦の応募をした人の証言もある.
 希望者殺到で強制連行などありえなかったそうだ.
 慰安婦とは,今風にいえば援助交際希望者であって,いずれも本人の自由意志である.
 自由意志どころか強烈な願望であったそうだ.

 朝鮮半島では,貧乏な朝鮮人の親が,娘に何の説明もしないまま,日本軍に随いて歩くプロの売春組織に売春婦として売り飛ばした場合もあったのだろう.

 自称“元慰安婦”の韓国人,李容洙,金君子の場合は,電気拷問を受けたとか日本軍が小さな刃物で体を少しずつ切りつけ,服を激しく破り,コンドームも使わず跳びかかってきたとか,言うことがかなり誇張されていて,全て事実かどうかは疑わしい.
 話を作っているように思う.
 日本の軍人が,16歳の少女に電気拷問などするだろうか? 小さな刃物で体を少しずつ切りつけるだろうか?
 100%そのまま信じることは難しい.
 〔略〕

≪ WEB 熱線 第836号 ≫2007/03/12_Mon

 秦郁彦教授も「日本軍によって強制連行された」という話を否定している.
 同氏にによれは,兵士による女性の誘拐や強姦は違法行為であり,発覚すれば罰せられた.
 また,業者が誘拐まがいのことをしないように日本軍は指導していた.
 なお,慰安婦は高額の給料をもらっていた.

 詳しくは,秦郁彦著『慰安婦と戦場の性』(新潮選書,1999.6)を参照されたし.

 この問題の元凶,朝日新聞も,2007年の社説では,

 どのようにして慰安婦を集め,戦地に送り,管理したのか.その実態は地域や時代によって異なる.
 しかし,全体としては,植民地や占領地の女性たちが意思に反して連れて行かれ,日本軍の将兵の相手をさせられたことは間違いない.
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

……と,かつて「軍が連行した」というキャンペーンを派手にやっていたのに比べると,大きく後退している.
 「連れて行った」のは誰なのかという肝心の問題を曖昧にしたまま,
「そんなことは枝葉だから,とにかく謝れ」
という主張に変わっている.

 こういう説教よりも,かつて自分たちが書いた記事が事実にもとづいていたのかどうかを検証するのが先だろう.

軍事板?

「軍による強制はあった」
とする証言もあるそうだが,その信憑性は疑問視されており,また,
「なかった」
とする側の証言や,強制を否定する米陸軍調査報告書もあるという.

 以下,引用.

 慰安婦問題について書いてきた私の記事を読んで,ということで投書をいただきました.
 関東軍の軍人だったという方からです.
 産経新聞東京本社気付けで,ワシントンの私あてに転送されてきました.

 書簡は便箋5枚にペンでの手書き,きちんと明確な記述でした.
 内容はご自分の満洲時代の体験と観察から述べる限り,日本軍が現地の女性を強制的にさらって,売春をさせることなど,まったくなかった,という趣旨です.

 東京都下にお住まいの上野力さんという方です.
 上野さんのお手紙の記述のいくつかの部分を以下に紹介します.
 上野さんにワシントンからお電話をして,お手紙の一部を公表することの許可をいただいたうえです.
 紹介部分は原文のままです.
 現在の規準では避けるべきという表現や用語もあるかも知れません.
 明らかに公開が不適切な言葉は伏字にしました.

「私は大正7年生まれ,昭和14年兵,乙幹の下士官,5年兵,東京外大卒行,関東軍軍人でした」

「日本軍人が無知な○○女性をだまして,慰安婦にしたのではない.
 帝国軍人が工場,学校へ行き,○○人女性を強制拉致したら,必ず大暴動になっただろう.
 (そんな強制徴用をしたら)聖戦完遂不可能になった」

「慰安所は牡丹江にありました.
 経営者○○人,客は下士官兵,ときに開拓団少年.
 私服憲兵の巡視あり.
 旧市街の満洲人××屋は下士官兵の立ち入り禁止」

「私の経験したこと.
 昭和18年某月某日に登楼.
 慰安婦ではない自称16歳女性,
 軍曹の私に対して,まじめな顔をして
『兵隊さん,司令部へ行って,慰安婦の許可をもらってきて下さい.そうしたら,あなたはわたしの最初の処女客,タダでサービスするわよ』
と言うので,私は
『キミは女中であって,慰安婦でない.慰安所の女中だが,処女のまま結婚すべきだ』
と言うと,
『わたしはおカネがほしい,慰安婦になりたいです.16歳だから18歳だと言って,許可をもらってください』
と言いました」
「私は
『ぼくは軍曹だから司令部へ行き,頼んでもダメだ.処女のまま結婚するべきだ』
といさめると,
『処女であるより,慰安婦になって,おカネがほしい.お父さんに農地を買ってあげるための孝行です』
と言う.
『ダメだ.その考えはまちがっている.18になっても慰安婦になってはならない』
と訓戒しました.そしたら
『兵隊さん,わたしの気持ち知らない,もういいです』
と言って,去ってしまった」

「昭和19年,満洲某地で登楼したとき,敵娼(あいかた)の慰安婦はこう言った.
『兵隊さん,わたし○○人にだまされた.軍隊の工場で被服を作る仕事をすると言われて来たら,慰安所だった.客を取れと言うので,断ると,<お前には莫大な前渡金をお前の父に渡してある,それを返せばすぐ帰宅させる>と言う』
 これが実情だ」
 〔略〕

「古森義久イザ!」,2007/03/19/13:07

 慰安婦問題についての貴重な証言を受け取りました.
 陸士,陸大卒,歩兵連隊中隊長,南方総軍参謀,大本営参謀などを歴任した高橋正二氏の発言です.
 戦後は明治薬科大学理事長などを務めた高橋氏は93歳ですが,健在で,つい数日前にも世田谷郷土大学で一時間以上の講演をされています.

 その高橋氏から「いわゆる従軍慰安婦について」というレポートを共通の知人を介して拝受しました.
 高橋氏ご本人がその内容を私のブログで紹介してもよいと言われたので,その要点を以下に記します.

「戦争間,従軍記者,従軍報道班,従軍作家,従軍看護婦等は存在しましたが,いわゆる『従軍慰安婦』なるものは絶対にありませんでした.
 ましてや『強制連行』云々は絶無であったことを強調しておきます.

 いわゆる『従軍慰安婦』なる造語も戦後,出現したものであり,戦時中,現地に『慰安婦』が存在したことは事実であります.
 その理由は現地住民を犯さないこと,性病を防ぐこと,それに防諜の立場からであり,いわゆる慰安婦は公娼制度の延長線であり,それぞれ民間人との契約によるものでありました.

 平時において,これらの事柄は警察が取り締っておりましたが,戦時中の現地においては軍が前述の理由で取り締り,かつ慰安婦を保護していたのであります」
 〔略〕

「古森義久イザ!」,2007/04/17 13:42

「民間が慰安婦集め」 米軍調査「日本軍は利益得ず」

 【ワシントン=古森義久】戦時の日本軍の慰安婦に関して,日本側の民間業者が慰安婦候補とした女性家族にまず現金を支払って彼女らを取得していたことを示す米陸軍の調査報告書があることがわかった.
 報告書は,この業者が朝鮮で商業利益を目的に慰安婦の徴募に直接あたっていたことを示し,現在の米側の一部の「日本軍が女性を組織的に強制徴用していた」という主張とは異なる当時の実態を明らかにしている.

 報告書は米国陸軍の戦争情報局心理戦争班により第二次大戦中の1944年9月に作成された.
 「前線地区での日本軍売春宿」と題され,同年8月にビルマ(現ミャンマー)北部のウェインマウ付近で米軍に拘束された日本人の慰安所経営者(当時41歳)の尋問結果が主に記録されている.
 この経営者は,日本人の妻(同38歳)と朝鮮女性の慰安婦20人とともに米軍に捕まった.
 この慰安婦の尋問結果をまとめた報告書は別に存在し,日米両国の研究者などの間で参照されてきたが,経営者だけについての報告書は公開の場で論じられることが少なかった.

 報告書によると,経営者は朝鮮のソウルで妻とともに食堂を開き,ある程度の利益を得ていたが,景気が悪くなり,新たに収入を得る機会の追求としてソウルの日本軍司令部に慰安婦を朝鮮からビルマに連れていくことの許可を求めた.
 この種の提案は朝鮮在住のほかの日本人ビジネスマンたちにも軍から伝えられていたという.
 同経営者の慰安婦集めについては「彼は22人の朝鮮女性に対し個々の性格,外見,年齢による区分で1人あたり300円から1000円の金をまずその家族たちに支払い,取得した.
 22人の女性は年齢19歳から31歳までで,経営者の占有する資産となった.
 日本軍は(この取得から)利益は得ていない.
 ソウルの日本軍司令部は同経営者に対し,(ビルマまでの)ほかの日本軍各司令部あてに輸送,配給,医療手当などの必要な援助を与えることを認めた書簡を与えた」
と記している.

 このように報告書では,この慰安婦採用の過程については日本軍が「許可」あるいは「提案」したとされ,経営者の女性集めはすべての個々人に現金をまず渡していることが明記され,「日本軍が女性たちを組織的に強制徴用して性的奴隷化した」というような米国議会の決議案の解釈や表現とはまったく異なる事情を伝えている.

 報告書によると,この日本人経営者は妻や22人の朝鮮女性とともに1942年7月10日に釜山を船でたち,台湾,シンガポール経由で同8月20日にビルマの首都ラングーン(現ヤンゴン)に到着した.
 女性たちはその後,北部のミッチナ(当時の日本側の呼称はミイトキーナ)地区の日本軍歩兵114連隊用の慰安所に送られたという.

産経新聞,2007/5/12

 〔略〕
 〔上記新聞記事にて言及されている〕文書の原文の冒頭部分を紹介しておきます.
A JAPANESE ARMY BROTHEL IN THE FORWARD AREA.

Note: The following is derived from interrogation at C.S.D.I.C.(I) of M.739, and from O.W.I. Interrogation at Ledo Base Stockade of 20 Korean “comfort girls”,

Report dated 21 Sept. 1944.

M.739, his wife and sister-in-law had made some money as restaurant keepers in Keijo, Korea, but their trade declining they looked for an opportunity to make more money and applied to Army H.Q. in Keijo for permission to take “comfort girls” from Korea to Burma. According to P.W. the suggestion originated from Army
H.Q. and was passed to a number of similar Japanese “business men” in Korea.

M.739 purchased 22 Korean girls, paying their families from 300 to 1,000 according to the personality , looks and age of the girl. These 22 girls were of ages from 19?31. They became the sole property of P.W. and the Army made no profits from them. H.Q. Korea Army gave him a letter addressed to all military H.Q. of the Japanese Army, requesting them to furnish any assistance he might require, transport, rations, medical attention, etc.

Leaving his sister-in-law to carry on the restaurant, M.739 and his wife, with their 22 girls, embarked at Fusan on 10 July 1942 in a group of 703 girls, all Korean, and some 90 Japanese men and women, all of them of the same base sort as himself.

They sailed on a 4,000 ton passenger ship in a convoy of 7 ships. Free passage Tickets were provided by Army H.Q., but P.W. paid for all meals during the voyages.

They called at Formosa, where 22 other girls bound for Singapore were taken on board, and at Singapore where they transferred to another ship, arriving at Rangoon on 20 Aug 1942.

At Rangoon they were divided into groups of 20?30 girls in each and dispersed to various parts of Burma, each group being attached to various regiments, units or formations, so that each had its own brothel (s).

「古森義久イザ!」,2007/05/14 22:59

米軍も慰安婦を「雇用」とみていたーー米陸軍文書から

 慰安婦問題での続報です.
 詳細は産経新聞5月18日付朝刊の私の記事に載っています.
 慰安婦は日本の民間業者と女性たちの間の「契約」に基づく「雇用」であるーーという認識が米陸軍の調査報告書にありました.英語の原文を書いておきましょう.

Every "comfort girl" was employed on the following contract conditions.

 カギは「employed」と「contract」という言葉です.
 「雇われていた」「雇用されていた」 そして「契約」に基づいて,というわけです.
 そのあとに「契約条件」の説明として以下のような記述があります.

She received 50% of her own gross takings, and was provided with free passage, free food and free medical treatment.

 ここには「強制徴用」とか「奴隷化」という言葉はまったく出てきません.
 この文書は日米双方の一部研究者たちの間では以前から知られてきたそうですが,ほとんど無視されてきました.
 〔略〕

 以下は産経新聞記事の紹介です.
慰安婦「契約の下で雇用」 米陸軍報告書,大戦時に作成

 【ワシントン=古森義久】日本軍の慰安婦に関して戦時中に調査に当たった米国陸軍の報告書に女性たちは民間業者に「一定の契約条件の下に雇用されていた」と明記されていることが判明した.
 同報告書は「日本軍による女性の組織的な強制徴用」という現在の米側一部の非難とはまったく異なる当時の認識を明示した.

 「前線地区での日本軍売春宿」と題された同報告書は,米陸軍戦争情報局心理戦争班により第二次大戦中の1944年9月に作成され,米軍の「南東アジア翻訳尋問センター」の同年11月付の尋問報告に盛りこまれていた.
 73年に解禁され,近年も日米の一部研究者の間で知られてきた.

 当時の朝鮮のソウルで金銭と引き換えに徴募され,ビルマ北部のミッチナ(当時の日本側呼称ミイトキーナ)地区の「キョウエイ」という名の慰安所で日本軍将兵に性を提供していた旧朝鮮人女性20人と同慰安所経営者の41歳の日本人男性が米軍の捕虜となった.
 同報告書はこの男性の尋問を主に作成されたという.
 同報告書は「すべての『慰安婦』は以下のような契約条件の下に雇用されていた」と明記し,女性たちが基本的には商業ベースで「契約」に基づき,「雇われて」いたという認識を示している.

 同報告書はその契約条件について次のように記していた.
「個々の慰安婦はその総売り上げの50%を受け取り,無料の移動,食糧,医療を与えられた.移動と医療は軍から供与され,食糧は慰安所経営者が軍の支援を得て,購入していた」
「経営者たちは衣類,日常必需品,さらにはぜいたく品を法外な値段で慰安婦たちに売りつけ,利益をあげていた」
「慰安婦の女性がその家族に支払われた金額を利子付きで返済できるようになれば,朝鮮への無料の帰還の便宜を与えられ,自由の身になったとみなされることになっていた.だが戦争の状況のために,このグループの女性はだれも帰国を許されなかった」
「この日本人が経営した慰安所では女性1人の2カ月の総売り上げは最大1500円,最小300円程度だった.個々の女性は経営者に毎月,最低150円は払わねばならなかった」

 以上のように,この報告書は慰安婦の「雇用」や「契約条件」を明記するとともに,慰安婦だった女性は一定の借金を返せば,自由の身になれるという仕組みも存在したことを記し,「軍の強制徴用」とか「性的奴隷化」とは異なる認識を当時の米軍当局が有していたことを証している.

「古森義久イザ!」,2007/05/18/23:21

 『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』に概要が紹介された資料も皆,
「日本の政府や軍が女性を組織的に強制徴用して慰安婦にしたという文書上の証拠はない」
という趣旨の政府の言明どおりのものばかりだという.
 以下引用.

――――――
その資料の一部を以下に紹介しましょう.

 〔警察庁関係(旧内務省関係)公表資料〕
 
▽昭和13年1月に山形県知事が陸軍大臣,内務大臣あてに送った文書
 「募集業者について銃後の民心,とくに応召兵士の家の婦女子の精神に悪影響を及ぼし,婦女の身売防止の精神にも反するとして,募集を断念させる説得を行ったと報告している」

▽昭和13年1月に高知県知事が内務大臣などに送った文書
 「軍の威信にかかわる言辞を弄する募集業者の活動は禁止し,渡航希望者にも証明書を出さないことにすると報告している」

▽昭和13年2月に内務省警保局長が各庁府県長官あてに送った文書
 「この通牒は募集者の言動を遺憾として,慰安婦となる者は内地ですでに『醜業婦』である者で,かつ21歳以上でなければならないこと,渡航のために本人が警察に出頭することと親権者の承諾をとることを義務づけている.婦女の募集周旋にあたって,軍の諒解または軍と連絡があるかのように言う者は取り締るべきだとしている」

〔防衛庁関係(旧軍関係)公表資料〕
 
▽昭和13年3月に陸軍省副官が北支那方面軍および中支派遣軍参謀長に送った文書
 「支那事変地における慰安所の従業婦等の募集に任ずる者の人選を適切にし,軍の威信保持上並びに社会問題上,遺漏なき様,配慮されたいとの通牒」

▽昭和17年5月に北支派遣軍の軍法会議が下した判決文
 「娼妓の廃業に要する金銭のため収賄した陸軍主計中尉に対する軍法会議判決文」

▽昭和17年5月の父島要塞司令部参謀部陣中日誌
 「東部軍参謀部は洲崎から26名,吉原から15名の女子を業者が準備し,15日ごろ輸送の予定であるが,人員数差し支えないかと問い合わせの電報」

 同種の文書は他に数百点もリストアップされています.
 ここで一貫しているのは慰安婦の女性は「募集」されていた,という記述や説明です.
 また慰安婦の「廃業」もあったこと,前線の慰安婦としては,吉原などですでに職業的売春に従事していた女性たちが多数,働いていたこと,などが明記されているわけです.
 これら文書からは,アメリカ下院の決議案がうたうような「日本軍により性的奴隷」とか,軍や政府による組織的強制徴用という実態はどこにも浮かんでいません.

――――――「古森義久ブログ」,2007/07/23 11:01

by 井原西鶴(うそ)

 以下は塚本幸一(女性下着メーカー「ワコール」の創業者)氏の講話です.
 別頁に「タイで終戦となった」とあるので,タイでの出来事と思われます.

――――――
 私たちの仲間でも,戦争が終わってから
「将来の日本というものは,もう自分たちにとっては,希望も未来もない」
と思った青年達が多くて,戦争に生き残った者がかなり自殺をしました.
 私たちの連隊でも,八月の十八日ぐらいでしたか,敗戦が通知されて,それから約一ヶ月間,毎晩毎晩,あちらこちらで,手榴弾の音が「ダーン」と.自爆です.自殺するわけですね.
 昔の日本の武士というのは
「われわれ武人は何のかんばせあって,再び故郷にかえらん」
という,そういった恥とか,気骨を持っていました.
 そうしたものをわれわれもまた受け継いでいたのです.それが自殺をしていく一つの考えになったわけです.

 そこで,当時,光機関という諜報機関出身の北辺邦雄という連隊長,これが,太っ腹の人で「こら,いかん」ということになったのです.
「この若者達を殺したらいかん.それには,百の説法するより,女だ」
というわけで,連隊の中に,いわゆる慰安婦を連れて来ました.
 そして,わら,むしろかこいで「ピー屋」という遊郭を作ったのです.「やれーっ」というわけです.
 長い間,戦争で何もかも殺伐となっていたのが,そのむしろ囲いで女を抱いたとたんに,生きることを考えましたね.
 それほどせっぱつまった,ギリギリのところを,ちょうど二十三,四歳で経験してきたということです.

――――――『松下政経塾講話録』(松下政経塾編,PHP文庫,1985年7月15日),P66-67から引用

 今だったら「あの上場企業社長が慰安婦を抱いていた!」なんて見出しでマスメディアが大騒ぎするでしょうねえ・・・

ラッキーマン in 「軍事板常見問題 mixi支隊」

 でもって,仮に慰安婦が「強制」だったのなら,なんで終戦と共に逃げ出していなかったんでしょうねえ?

 なお,最近では拉致問題に際し,この「強制連行」なる作り話を持ち出して,「日本も過去に拉致を行っているから云々」などと,問題を相殺しようとする言動が,北韓のみならず,一部の日本人の中にさえあるので要注意.
 詳しくは拉致問題FAQページを参照されたし.

当時の募集ポスター
比較的高給であることが分かる


 【質問】
 吉田清治証言とは?

 【回答】
 日本軍が済州島で女性を慰安婦として強制連行したという主旨の証言.
 秦郁彦らの調査で虚偽だと立証されているという.

 以下引用.

 〔略〕
 吉田氏〔元日本軍憲兵・吉田清治〕は同書〔『私の戦争犯罪・朝鮮人強制連行』〕の中で,自分が済州島で日本軍兵士とともに地元の若い女性たち数百人を「慰安婦狩り」として無理やりに連行したという体験を述べていた.
 この「吉田証言」は朝日新聞などによっても大きく報道されたが,その後,歴史家の秦郁彦氏らの調査などで 虚構だったことが立証された.
 〔略〕

産経新聞,2007/4/13


 【質問】
 インドネシアにおけるオランダ人女性のケースについては?

 【回答】
 オランダ人のジャン・ラフ・オハーンと他のオランダ人女性たちの場合は,本当に日本の軍人に▼(個人的に)▲レイプされたようで,こういうことは軍規の乱れた軍の内部では実際に起こったのだと思う.

 インドネシアでは,イギリス軍が美しいオランダ人女性の捕虜たちを,毎晩レイプしていたという日本兵の証言がある.
 アチェで,現地の女性をレイプした日本兵が,アチェ人に斧で頭をたたき割られたのを見たという日本兵の証言もある.

 ▼どこにでも個別の犯罪は起こり得る.
 戦争になるといつも,女性が勝者の餌食となってレイプされている.
 イタリアでは,トルコ軍がイタリア女性をレイプしたそうだ.
 ベトナムでは韓国軍がベトナム人女性をレイプして,大勢の韓国人ハーフの赤ん坊が産まれたそうだ.
 恐ろしい思い出があるので,今でもベトナム人は韓国人が大嫌いなのだそうだ.
 沖縄では,アメリカ兵が沖縄女性をレイプしたり殺害したりした.

 また,これはタブーであまり日本人は口にしないのだが,支那では戦争の時,朝鮮半島出身の日本人が,いつも真っ先に現地女性をレイプしたそうだ.
 戦後GHQは,路地裏で,また産院で,日本女性を襲ってレイプしたり殺害したりした.
 ――――満洲でも,日本軍は現地女性を拉致してレイプしたそうだ.
 見ていた日本人の子供の証言もある.
 ▼軍規が乱れると人は個別に罪を犯すのだ.

 またソ連は,突然日ソ不可侵条約を破って満洲に攻め込んで来たとき,子供たちの目の前で母親を大勢で犯したそうだ.
 多くの日本女性がソ連軍人にレイプされたり殺されたりしたのだ.
 いくら日本女性が顔に墨を塗って,髪を剃ってボウズ頭にしても,ロシア人に捕まってレイプされたそうだ.

≪ WEB 熱線 第836号 ≫2007/03/12_Mon

 ただし,証言者の一人,ジャン・ラフ・オハーンについては不審点もあるという.
 以下引用.

対日非難は蒸し返し…オランダ女性の事例 末端将兵の行為すでに厳刑

 【ワシントン=古森義久】米国議会の一部やニューヨーク・タイムズが「慰安婦」非難で日本軍の強制徴用の最大例として強調するオランダ人女性のケースは実際には日本軍上層部の方針に逆らった末端の将兵が勝手に連行し,その違法行為が発覚してすぐ日本軍自身により停止されていた事実が明らかとなった.
 しかもこの違法の性的徴用の責任者たちは,戦後の軍事裁判で死刑を含む厳刑に処されており,今回の日本非難はすでに責任のとられた案件の蒸し返しとなっている.

 8日付のニューヨーク・タイムズは日本の慰安婦問題を安倍晋三首相がそのすべてを否定したかのような表現でまた報じたが,そのなかでオランダ人の元慰安婦だったというジャン・ラフ・オハーンさん(84)の
「インドネシアの抑留所にいた1944年,日本軍の将校に連行され,慰安所で性行為を強要された」
という証言をとくに強調した.
 同紙はオハーンさんの2月15日の米下院外交委員会公聴会での証言を引用しており,
「日本政府からの公式の謝罪が最重要」
と述べたとして,日本軍が組織的に総数20万人もの女性を強制徴用したという糾弾の最大の根拠としている.

 ところが慰安婦問題に詳しい日米関係筋などによると,オハーンさんは戦後すぐにオランダ当局がインドネシアで開いた軍法会議で裁いた「スマラン慰安所事件」の有力証人で,その証言などにより,上層部の方針に違反してオランダ女性を連行して,慰安所に入れた日本軍の将校と軍属計11人が48年3月に有罪を宣告され,死刑や懲役20年という厳罰を受けた.
 オハーンさんは同公聴会で日本側が責任をとることを求めたが,責任者は60年近く前にすでに罰せられたわけだ.

 日本政府には批判的な立場から慰安婦問題を研究した吉見義明氏も,著書「従軍慰安婦」のなかでオランダ政府の報告書などを根拠にスマラン慰安所事件の詳細を記述している.
 同記述では,オハーンさんらオランダ女性を連行したのはジャワの日本軍の南方軍幹部候補生隊の一部将校で,
(1)軍司令部は慰安所では自由意思の者だけ雇うようはっきり指示していたが,同将校たちはその指示を無視した
(2)連行された女性の父のオランダ人が,日本軍上層部に強制的な連行と売春の事実を報告したところ,すぐにその訴えが認められ,現地の第16軍司令部はスマラン慰安所を即時,閉鎖させた
(3)同慰安所が存在したのは2カ月だった
(4)主犯格とされた将校は戦後,日本に帰っていたが,オランダ側の追及を知り,軍法会議の終了前に自殺した−などという点が明記されている.

「ステージ発風」,2007/03/10/23:23付に転載


 【質問】
 スマラン慰安所事件は軍人個人の犯罪?

 【回答】
 主導したといわれるのは能崎清次中将(当時は少将).
 これほどの階級の人らが行っていたのに,兵の個人的なものとするのは,少し無理があるでしょう.
 おまけに,日本軍によって処罰されておらず,逆に昇進〔1945年3月,第152師団長に就任〕までしていますし・・・
 何となく,牟田口などを連想しますが.

ヨッチ in FAQ BBS
青文字:加筆改修部分

 ただし,事件を起こしたのが「幹部候補生隊」なる,大尉から中将までの人員で構成された部隊である以上,関係者の階級が高いのは必然という見方も,低い確率ながらできるでしょう.
 また,処分がなかったことについては,単なる事なかれ主義である可能性も,僅かながら残っているでしょう.
 旧軍の事勿れ主義体質については,今更言うまでもないでしょう.


 【珍説】
■従軍慰安婦問題:上海・慰安所売春,勧誘手口全容を初公表−−戸塚悦朗・龍谷大教授 [2005/2/2 毎日新聞](リンク切れ)

 地裁判決によると,30年から上海で海軍軍人を客に売春業を営んだ業者らは,32年1月の上海事変で駐屯軍人が増加したのに目を付け,「海軍指定慰安所」を計画.
 長崎市などに在住の女性や娘を持つ親に,「兵隊相手の食堂」「仕出屋の女中奉公」などと勧誘し,同年3〜5月,女性15人を長崎港から上海行き船に乗せ,慰安所で売春をさせた.

 戸塚教授は
「慰安婦問題については『当時は公娼制度があり合法』とする主張があるが,判決が示す実態は甘言をろうした拉致だ」
と指摘している.

◇吉見義明・中央大教授(日本近現代史)の話

 慰安所には,特に朝鮮,台湾から仕事内容を隠し,貧しい女性を送った例が多い.
 今回の判決文は,慰安所制度が当初から違法行為を前提に成り立っていたことを示しており,法的責任を認めない日本政府の姿勢に一石を投じるだろう.

 【事実】

――――――
■慰安婦問題,新たな"資料"公表! [カレーとご飯の神隠し]

 ・・・軍は,何も関与してないじゃん.

騙して売春させた業者を逮捕,有罪判決

悪徳業者を取り締まっていた証拠に

政府による強制連行説破綻

・・・もしかして,狙ってやってますか?
――――――


                      ____    、ミ川川川彡
                    /:::::::::::::::::::::::::""'''-ミ       彡
                   //, -‐―、:::::::::::::::::::::三  ギ  吉  三
            ___    巛/    \::::::::::::::::三.  ャ  見  三
        _-=三三三ミミ、.//!       l、:::::::::::::三  グ  は  三
     ==三= ̄      《|ll|ニヽ l∠三,,`\\::三  で       三
        /              |||"''》 ''"└┴‐` `ヽ三   言  ひ  三
         !             | /          三   っ  ょ  三
       |‐-、:::、∠三"`    | ヽ=     U   三.  て   っ  三
       |"''》 ''"└┴`       | ゝ―-        三  る  と  三
       | /           ヽ ""        ,. 三   の   し  三
        | ヽ=   、    U    lヽ、___,,,...-‐''"  三   か  て  三
.        | ゝ―-'′          |  |::::::::::::_,,,...-‐'"三  !?    三
          ヽ ""        ,.    | | ̄ ̄ ̄      彡      ミ
        ヽ、___,,,...-‐''"  ,,..-'''~             彡川川川ミ
          厂|  厂‐'''~      〇
        | ̄\| /


>戸塚教授:「甘言をろうした拉致だ」

 「騙して売春させる」「借金のカタに売り飛ばす」ってのは,現代でもあり得る事態なわけで,売春産業自体の抱え込む問題です.
 軍が関与した証拠ではない以上,それ以上の意味を持ちませんね・・・これ.

>吉見教授:「慰安所制度が当初から違法行為を前提に成り立っていたことを示しており」

 当時の売春産業が全て誘拐によって成り立っていたとでも?
 吉見教授の主張は「慰安所制度」のみならず,「売春制度」全体に対する問い掛けに等しいことを,教授自身は気付いているのでしょうか?

>吉見教授:「法的責任を認めない日本政府の姿勢に一石を投じるだろう」

 当時の日本政府は『違法業者の責任』を認め,これを摘発しましたがなにか?
 政府が違法業者を取り締まっていたということは,政府は「誘拐は違法」だと認識していたわけです.
 法的責任は違法業者にあります.
 責任の所在を取り違えないで下さい.

<以下,コメント欄>

 〔略〕
 この教授の主張する証拠の内容ってどこかで聞いたことがあると思ったら,朝鮮新報が既に去年の10月に同じ主張してました・・・
http://210.145.168.243/sinboj/j-2004/05/0405j1023-00002.htm(リンク切れ)

(たしかrx178氏のブログ
http://chosonnews.txt-nifty.com/han/
で挙げられていて,知ったんだと思いましたけど.)
(2005年02月04日 20時27分42秒)

Eule

「週刊オブイェクト」,2005年02月03日


 【質問】
 河野談話は,軍が強制的に売春婦をやらせた事実を認めたものじゃないの?

 【回答】
  〔略〕
 その経緯については,当時の官房長官であった加藤紘一,河野洋平の両氏,そして内閣官房副長官として歴代内閣を支えた石原信雄氏の証言をもとに,櫻井よしこさんが文藝春秋(1997年4月号)に詳細にまとめられています.
 そのなかで石原氏は,こう証言されています.
「私共は資料があるといえばどこにでも飛んでいって調査しました.
 各省庁に資料提出を求め,その他にも国立国会図書館,アメリカの公文書館,様々な研究機関も,八方手を尽くしました.
 警察関係の各所にも求めました.
 けれども,韓国側が気にしている強制的に徴用したというのが,文書ではどうしてもないわけですよ.」
「当時,彼女たちの名誉が回復されるという事で強制性を認めたんです.」
(櫻井「強制性はいわば善意で認めたのですか?」)
「そうです.両国関係に配慮してそうしたわけです.」

DEADRISINGer@パパ in mixi

 参議院予算委員会でも,当時の内閣外政審議室長平林博氏が
「軍による強制性を標す資料は一切発見されなかった」
と答えており,河野談話は訂正されている.
 河野談話は証言の裏付けを行わないうちに発表されてしまったと,国会答弁で言明済み.
 河野談話は裏付け調査無しとハッキリと明言されています.

140-参-予算委員会-8号 平成09年03月12日

○小山孝雄君 お配りしております資料をごらんいただきたいと思いますが,この
「朝鮮人強制連行」という見出しが入って,写真が入って,その下の段の真ん中辺に「警察官や役人が土足で家に上がり,寝ている男を家から連れ出すこともありました.
 抵抗する者は木刀でなぐりつけ,泣きさけびながらトラックに追いすがる妻子を上からけりつけたともいわれます.」
と,わずかこのページの中でこれだけのことが書かれております.
 外政審議室にお尋ねいたしますが,つぶさに政府資料等々,平成四年,五年当時,お調べいただいたようでございますが,こういうことが日常茶飯行われていたんでしょうか.

○政府委員(平林博君) 内閣外政審議室長の平林でございます.
 今の強制連行につきましてでございますが,私の方で調査いたしましたのはいわゆる従軍慰安婦の関係でございますが,従軍慰安婦に関する限りは強制連行を直接示すような政府資料というものは発見されませんでした.
 その他,先生の今御指摘の問題,朝鮮人の強制労働等につきましては我々が行った調査の対象外でございますので,答弁は関係省庁にゆだねたいと思います.
(中略)

○小山孝雄君 お隣の韓国でも今年度,この三月から新学期が始まっているようでございますけれども,歴史教科書に,あそこは国定教科書でありますから一つであります,
 慰安婦の問題について記述が入ったと,こう聞いておりますが,外務省は手に入れていらっしゃいますか.

○政府委員(加藤良三君) 九七年三月から使用される韓国の中学校それから高校用の国定歴史教科書,いわゆる従軍慰安婦に関しまして,これは日本語の翻訳でございますけれども,次のような記述があると承知いたしております.
 まず,中学校の教科書でございますが,
「女性までも挺身隊という名でひいていかれ,日本軍の慰,安婦として犠牲にもなった.」.
 次は高等学校の教科書でございますが,
「女性たちまで挺身隊という名でひいていかれ,日本軍の慰安婦として犠牲にもなった.」.
 以上でございます.

○小山孝雄君 私が調べて皆様に配付したのと同じでございますけれども,ここではもうまさに挺身隊というのと慰安婦とイコールに受け取られるわけであります.
 外政審議室にお尋ねしますが,そういう制度でありましたか,調査した結果.

○政府委員(平林博君) 慰安婦と女子挺身隊とは全く異なるものでございます.
 女子挺身隊の方は日本の制度として存在しましたが,慰安婦というものは政府ないし軍の制度として存在したということでは,法令に基づく制度ということでございますが,ないのではないかと理解しております.
 韓国の教科書に今外務省から紹介しましたような記述がございまして,そういう記述にあったような例があるいは当時あったかもしれませんが,今申し上げましたように,女子挺身隊と慰安婦が混同され,これが一般化された形で読む人に受け取られるということがないようにというふうに考えたいと思います.

○小山孝雄君 今御答弁ありましたように全く別のものでありまして,こういったことが混同して韓国の少国民に教えられるということは,これは問題だと思います.外務大臣,この訂正方を申し入れいたしますか.

○政府委員(加藤良三君) 韓国との関係におきましては,今御指摘のような問題もあるわけでございますが,これを全体として未来志向の関係に持っていくという点をも踏まえまして,いろいろな分野において非常に緊密な対話というものが行われている状況にございます.そのような視点を踏まえて,御指摘の問題につきましても,我が方の考え方というものは韓国の方にも周知させるように努力しているつもりでございます.

○小山孝雄君 努力しているつもりって,この問題について訂正を申し入れしないんですか.

○政府委員(加藤良三君) 従軍慰安婦問題に関する我が国の調査結果とか認識というものについては韓国側に外交ルートを通じて通報してきているということでございまして,このような対話というものを今後も引き続き行ってまいりたいと考えております.

○小山孝雄君 外務省組織令第二十四条三項には何と書いてありますか.

○政府委員(加藤良三君) まことに申しわけございません.ちょっと組織令を手元に持っておりません.

○小山孝雄君 「外国の教育資料等における日本に関する事項の調査及び是正に関すること.」と,こう明記されております.間違いないですか.

○政府委員(加藤良三君) 今読み上げていただきましたところ,確認はできませんけれども,そのようなことかと存じます.

○小山孝雄君 外務大臣,海外広報課の事務として明記されております.訂正まで入っておりますから,きっちりと申し入れをするようにお願いを申し上げます.いかがですか.

○国務大臣(池田行彦君) 私どもといたしましても,海外のそういう教科書等に関する情報等につきまして収集に努めておりまして,また我が国といたしましてそういった記述が正しいものになるようにいろいろな場で話し合いをしている次第でございまして,そういったところで今後とも適切に対応してまいりたいと思います.

○小山孝雄君 ちゃんとした法令にもこうやってあるわけですから,訂正まで,収集するだけじゃだめですよ.
 それに基づいて,かつてはちよんまげを結った,そして日本刀を腰に差した侍が家電の山に埋もれて生活しているような,そんな記述もあったわけでありますから,きっちりとこの組織令の業務を守って訂正申し入れまでしていただきたいと思います.
 もう一度お答えください.

○国務大臣(池田行彦君) 先ほど御答弁申し上げましたとおり,私どもとして果たすべき役割を適切に果たしてまいりたい,こう考える次第でございます.

○小山孝雄君 重ねて要請しておきます.
 そこで,先ほど外政審議室長から答弁もございましたが,もう一度お尋ねをいたします.
 一月三十日の本委員会で,片山委員の質問に対しまして,政府のこれまでの慰安婦問題に関する調査では慰安婦の強制連行はなかったという答弁をされましたけれども,もう一度外政審議室に確認をいたします.

○政府委員(平林博君) お答え申し上げてきておりますのは,政府の発見した資料の中に軍や官憲による慰安婦の強制連行を直接示すような記述は見出せなかった,こういうことでございまして,その点は確認させていただきます.

○小山孝雄君 そうしますと,ジャーナリストの櫻井よしこさんに社団法人神奈川人権センターというところから抗議がありまして,櫻井さんが,強制連行の事実はなかった,また慰安婦として働いていた人たちに対する同性としての同情の念を本当にあらわしながら,事実はなかったということを私は思いますということを言論活動で申されたら,そこに神奈川人権センターが抗議を申し入れて二つの講演会が中止されたという事実が報じられております.
 人権センターがそういう申し入れをするとはいかがなものかと思いますが,これはまさしく人権に関する問題だ,言論封圧だと私は思いますが,これは人権問題でありますので法務大臣に所感をお尋ねいたします.

○国務大臣(松浦功君) お答えを申し上げます.
 事実関係がどういうことであったか私どもにも十分確認されておりませんので,十分調査をいたします.
 その上で,人権擁護という観点から措置すべき問題があるとすれば,当然のこととして法務省として活動することにいたします.

(中略)

○小山孝雄君 さきに戻りまして,再び外務省にお尋ねいたします.
 韓国の教科書の訂正の申し入れの問題,韓国政府がまとめました従軍慰安婦実態調査中間報告の中にはっきりと,
「このような女性動員の趣旨は基本的に慰安婦調達とは性格を異にするものと思料される.」
「女子勤労挺身隊と慰安婦は基本的に関係がなく,また,国民学生勤労挺身隊も慰安婦とは無関係である.」
と,このように記述されております.
 そういうことで,韓国政府の認めるところでもありますので,教科書に正しくお書きいただくように訂正の申し入れをなさっていただきますよう再度お尋ねをいたします.

○国務大臣(池田行彦君) 今,委員御指摘の韓国側の調査というのは一九九二年七月の調査報告書だと思いますが,この報告書はかなり長いものでございまして,いろいろなことが書いてございます.こういうふうに見られるとか,こういうふうに推定されるとか,そういう記述があちらこちらあるわけでございます.
 ただ,そういった中で,勤労挺身隊と慰安婦の関係につきましては,これは「無関係である.」ということを記述しております.しかし,その「無関係である.」というところに続きまして,「但し,都市や日本の工場で韓国女性を詐術的方法や人狩りの手法または工場管理者の協力で慰安婦にひつばられていったケースがあったものと見られる.」という記述もあるところでございます.
 また,その後に続けて,
「またこの中にもともと女子勤労挺身隊員や国民学校挺身隊員であった人が含まれていた可能性はある.」
ということでございますが,こういったふうな記述というものが韓国側の報告書の内容になっている.
 いずれにいたしましても,そういったことも踏まえまして,先ほど御答弁申し上げましたように,適切に対応してまいりたい,こう考える次第でございます.

○小山孝雄君 ケースがあったとかあるいは可能性があるということとそうだというのとは別でありますので,その点も十分踏まえて韓国政府と折衝を願いたいと思うわけでございます.
 次に進みますが,外政審議室にお尋ねいたします.
 先ほど慰安婦の強制連行はなかった,政府の資料から見出せなかったということを御答弁になりましたけれども,どうしてそういうことを平成五年八月四日の調査結果を報告するときに記入しなかったんでしょうか,
 あるいは発表しなかったんでしょうか.
 それどころか,報告書には「業者らが或いは甘言を弄し,或いは畏怖させる等の形で本人たちの意向に反して集めるケースが数多く,更に,官憲等が直接これに加担する等のケースもみられた.」と,ここまで書いております.それはなぜですか.

○政府委員(平林博君) 平成五年八月の調査結果におきましては,個々の出典とか参考にした文献,証言等を個別に言及しておりません.
 実態として,今まで申し上げましたように,政府の発見した資料の中には強制連行を直接示す記述は見当たらなかったのでございますが,その他各種の証言集における記述でございますとか韓国における証言聴取とか,その他種々総合的にやった調査の結果に基づきまして全体として判断した結果,一定の強制性を認めた上であのような文言になったということでございます.

○小山孝雄君 全体としてというのでは本当によろしくない.
 例えば,午前中,本委員会に入る前に科技庁長官から東海村の動燃の事業所での爆発事故の経緯説明がありましたけれども,こうしたことは一つ一つ真相を常に明らかにして進んでいくということが大事だと思います.
 再び外政審議室長にお尋ねしますが,政府の報告書の中で,調査資料の中で強制連行があったと判断したもとの資料は何でしょうか.

○政府委員(平林博君) 政府の発見しました資料の中からは軍ないし官憲による強制連行の記述,そういうものはございませんでした.
 今申し上げておりますのは,ほかの証言,資料等も含めまして総合的に強制的な要素があったということを申し上げている次第でございます.

○小山孝雄君 ここに報告書の写しを持っております.私がここに持っておりますので,どれがどれで,どれが公開されて,どれが非公開なのか,明らかにしてください.

○政府委員(平林博君) 今,先生のお持ちの資料の中には,日本の関係省庁,それから国立国会図書館,アメリカの国立公文書館等のほかに,関係者からの聞き取り先,あるいは参考としたその他の国の内外の文書及び出版物が並べられておると思うんですが,このうち公開していないものは関係者からの聞き取りだけでございまして,その他はすべて公開をしている次第でございます.

○小山孝雄君 参考とした国内外の文書は全部公開でしょうか.

○政府委員(平林博君) 原則として今おっしゃったとおりでございますが,韓国の太平洋戦争犠牲者遺族会というのがございますが,ここの資料だけは内部資料だということで渡されておりますので,これは例外的に非公開ということになっております.

○小山孝雄君 そうしますと,我が日本国の各行政機関,それから国立国会図書館,国立公文書館,そして米国国立公文書館から出たものは全部公開されている.
 そこには強制連行を直接示す資料はなかったということが確認された.
 そうすると,残りは関係者からの聞き取り調査です.
 すなわち,元従軍慰安婦を中心とした関係者からの聞き取り調査は明らかにされていない.
 それから,参考文献の中に太平洋戦争犠牲者遺族会等韓国の遺族会がまとめた元慰安婦の証言集,これが非公開ということですね.

○政府委員(平林博君) そのとおりでございます.

○小山孝雄君 その証言集の裏づけはとっておりますか.

○政府委員(平林博君) お答え申し上げます.
 個々の証言を裏づける調査を行ったかという御趣旨でございましたら,それは行っておりません.
 個々の方々,これは元従軍慰安婦もおりますし,元慰安婦もおりますし,それから軍人さんたちのあれもございますが,それの証言を得た上で個々の裏づけ調査をしたということはございません.

JSF in mixi


 【珍説】
元慰安婦の宋神道さんの裁判で,東京高裁は2000年11月30日,強制的に売春婦をやらされた事実を認めた.

「控訴人らは,その意思に反して慰安所経営者との従軍慰安婦の雇用契約を締結することを強いられ,隷属的雇用関係の下で,慰安所経営者と旧日本軍の管理の下で,日常的に長期にわたり旧日本軍人に対する強制的売春を強いられていたものであると認められるから,当時の公娼制度を前提として考慮しても,慰安所経営者と旧日本軍人の個々の行為の中には,控訴人らの従軍慰安行為の強制につき不法行為を構成する場合もなくはなかったと推認される.」

判決文の全文は以下の通り.
http://www.zephyr.dti.ne.jp/~kj8899/zainichi_hanketsu_kou.html

SODA in mixi
(軍事学的考察上の必要性に鑑み,
引用権の範囲内で引用しています)

 【事実】
 その判決文から抜粋.

1 従軍慰安婦の設置運営は,戦地での旧日本軍兵士管理の一環として行われたものであって,慰安所における慰安行為ないし売春行為に旧日本軍の公権的監督が日常的に及んでいたとまでは認められず,旧日本軍と慰安所経営者との間には慰安所を軍が専属的かつ継続的に利用する専属的営業利用契約に相当するいわゆる下請的継続的契約関係があったと推測される.

 ぜんぜん違うように見えるけど?

 そもそも「控訴棄却」な判決に何が言いたいんだか.

Cpt.hige in mixi

「強制的に売春をやらせた」のが「業者」であって「軍」ではないって事でしょう.

あぶ4 in mixi

 他にも戦後に裁判に持ち込まれた事例は何度かあるのですが,全く立証されず,「強制的に売春婦をやらせた」事実は認められませんでした.文玉珠や金学順の証言では「親に売り飛ばされて売春宿に入った」とありますし.

JSF in mixi

宋 神道(ソン シンド)さん

−−引用開始−−
 数え16歳のとき,母親によって結婚をさせられるが,式の日の夜に逃げ出し,家を出る.
 「戦地に行って御国のために働けばひとりでも生きていける」と騙され,中国中部の武昌へ.
 「世界館」という慰安所で兵隊の「慰安」を強要された.
−−引用終了−−

 宋さんを騙した(儲かると言って,売春行為に勧誘した)のが,日本軍なのか,現地の売春業者なのかどちらなのでしょうか?

 その見解について,在日韓国人三世のブログも紹介します.

−−引用開始−−
 読んでみて思ったが,大事な部分がすっぱり抜け落ちている.
 「誰に」騙され,「誰に」強要されたのか,そここそが従軍慰安婦問題の最大の論点だったはずである.
 なぜ「日本軍によって」と書かなかったのだろうか.
 書かなければ嘘ではない,というのは残念ながら真実だが,その代わりに印象操作というレッテルを貼られる.

 この従軍慰安婦問題というのは,旧日本軍による慰安行為の強要や,連行による慰安婦の確保があった確たる証拠がなく進んできた.
 資料がない,証拠がない,証言のみがあるという状況だ.
 証言は裏づけが無ければ説得力を持たない.
 なんとなく可哀想というイメージを利用され,従軍慰安婦という言葉だけが一人歩きしてきたのだ.
 それは強制連行と同じロジックである.

 当時の,60年以上も前の時代背景を考えると,まだ娘を売るということが行われていた時代である.
 売春が合法であった時代である.
 慰安という商売をすることで何とか生計を立てるしか無かった女性もいただろう.
 それらは現代の常識や法律で裁かれるべきではない.

 論点は日本軍による強制性があったか否かである.
 お金を出して女性を買っていたのであればそれは合法的行為であり,当時の戦争犯罪ですらないし,現代に訴訟を起こされる謂れのない行為である.
 無論,慰安婦は生活のための仕事であり,本心ではやりたくなかった女性もいただろう.
 しかしそれはその時代時代の悲劇のひとつであり,国家に責任を擦り付けるべきことではない.
−−引用終了−−

 〔略〕 参考までに他の意見のサイトも紹介します
http://www.ii-park.net/~imzapanese/rekisi/ianfu.htm
 簡潔に要約します.
・当時,強制的に徴用されたのは「女子挺身隊」
・ただし「女子挺身隊」は売春ではなく,工場で労働
・日本軍対象の売春は「日本軍」ではなく「民間業者」が行った
・売春婦は「民間業者」に金のため身を売った(親に売られた),もしくは「民間業者」に騙された
・「日本軍」が強制的に売春婦を集めた事実はない
・「朝日新聞」は「従軍慰安婦」の捏造大キャンペーンを行った

nokan2000-民間防衛 in mixi


 【質問】
 従軍慰安婦問題が教科書に載ることについて,日本の教育現場ではどのような弊害が起きているのか?

 【回答】
 安直な,誤解を与えるような説明が蔓延り,かえって真実を歪めている点で問題がある模様.
 以下引用.

 〔略〕
 この〔従軍慰安婦の〕部分を教師は如何教えたのだろうか.
 慰安婦の「お仕事」は高校で教えられる様な内容ではない.

 その点,慰安婦が強制連行されて一箇所に監禁され,性的暴行を受けたと加害者と被害者を対比して説明する方が簡単で明快である.
 手抜き授業には適している.

 しかし,本当に歴史を学ぶ為には戦前の公娼制度や廓についても知らなくてはならない.
 更には女衒や前借金による人身売買についても学ぶ必要がある.

 その上で日本軍と「慰安婦」の関係を調べ,何故そういうものが出来たのか,世界各国の軍隊は性をどの様に扱って来たかという事まで勉強して,はじめて一つの単位になる筈だ.

 そんな勉強をしている暇があったらもっと他の事を学べと言いたい所だが,行きがかり上そうなる.

 本来は娘を売るほど疲弊した農村の実態や娼妓一人ひとりの生い立ち,環境は如何だったか.時代背景は如何だったか.娼妓に身を落とした女性を通じて社会を見るのが授業というものである.

 私の若い頃は未だ赤線のある時代だったが,彼女達の身の上を知って深く同情し,私は一度も赤線に足を向けなかった.
 授業をする以上,そこまでやらなければ慰安婦など記述する必要はない.

 私がこの問題に関心を持つ様になったのは昨年2月だ.朝日新聞が特集で慰安婦問題を取り上げ,「慰安婦」が性的暴行を受けたと解説しているのを読んだからである.
 恐らく若い記者だろうが当時の公娼制度すら頭に無いのだ.
 素人娘を相手に何処かの大学の運動部員が乱暴したというイメージしか湧かないのであろう.

『第2次大戦当時,日本軍に連行され集団で性暴行にあい,強制的な堕胎,電気拷問などの蛮行を受けた被害者はブッシュ大統領でもなく米国国民でもない,韓国や中国などアジアの女性20万人だ』
 これは朝鮮日報の記事だが,韓国の「慰安婦」に対する認識はこの様なものである.
 これと同じ認識を日本の記者が持っているのだから驚く.

 ところがその被害者である筈の女性の一人は日本の敗戦で解放された時,家が2,3軒買えるほどの貯金を持っていたのである.
 彼女達は少なくとも「商品」であった.
 商品に電気拷問をかける理由がない.
 〔略〕

「国民年金の花柳な生活」,2007/06/29
※「おきらく軍事研究会」に転載されたもの

 「いい国作ろう,鎌倉幕府」のようなものである.

 それにしても,「正しい歴史認識を」を主張している連中が,上述のような弊害について何も指摘しないのは,実に不思議でなりませんな.


 【質問】
 「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」とは?

 【回答】
 表向き(非現実的な)反戦平和を掲げる市民団体の一つ.
 しかし,不審を持たれても仕方ないような内実を内包している模様.

 公式サイトでは,会の主旨は以下のように述べられている.

http://www.space-yui.com/seisaku.html
 平和・憲法  暴力,戦争,軍隊につながるすべてに反対し,平和憲法を守り抜く.
 国際交流を積極的に進め,市民の「安全保障」を創り出す.
----------------

 そして同じく公式サイトでは,その責任者について

http://www.space-yui.com/koudoseimei01-9.htm
共同代表 高里鈴代,糸数慶子

と紹介されている.
 この人たちはいったいどんな人物なのか?

(1) 高里鈴代の巻

 以下のサイトによれば,慰安婦問題に熱心な人である模様.

(a)
http://www.space-yui.com/purofiru.htm
著 書  
『沖縄のおんなたち 女性の人権と基地・軍隊』(明石書店 1996)
そのほかに,那覇女性史『なは・女のあしあと』に「強制従軍『慰安婦』」
戦後の「特飲街の形成」
「基地と売買春」など執筆
論文多数

1997年「土井たか子人権賞」受賞
(b)
http://www.jlp.net/news/980615b.html
 高里鈴代氏は,「調査の結果,沖縄には百三十カ所以上の慰安所があったことが分かった.一九四四年三月に日本の最南端の領土を守る防衛部隊が編成され,その中心になった部隊が,中国から慰安婦を連れて沖縄にやってきた.だから,沖縄の慰安所も,全体の政策とつながって設置された.そして沖縄はなんの断絶もなく,日本軍のつくった慰安所から,米軍が強姦を始め,そして米軍が使用する売春宿がつくられていく場所となった.今回のこの取り組みは,慢性病のように続いている沖縄の状況ともつながっていくことが大事だと思う」と,報告と問題提起を行った.

(c)
http://yeoseong.korea-htr.com/jyoseihoutei/seimei.htm
日本の植民地主義の歴史責任を明らかにし,戦後賠償に基づく日朝関係の正常化を求めるアピール

 アジアの近現代史は,帝国日本の国家暴力によって,アジアの人々の生命や生活が破壊され,個人の尊厳が踏みにじられた時代でしたが,日本政府はその歴史的責任を隠蔽し続けてきました.その国家暴力がいかにおぞましいものであったかは,1990年代にカムアウトした日本軍性奴隷制の被害女性たちによって明らかにされました.心身に刻みつけられたトラウマ記憶を証言する被害女性たちの訴えにもかかわらず,日本政府はその告発を依然として無視し続けており,その意味で国家暴力は継続しています.

 また,あの悪名高い「女性国際戦犯法廷」の関係者の一人でもあるという.
http://www.interq.or.jp/world/mado/himitu/kougi2.txt


 信憑性不明だが,上記リンク中に名前が出てくるバウネットは,朝鮮総連との繋がりがあるとの指摘も.
http://www.nomusan.com/~essay/essay_16_chuche10.html
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019559&tid=kldabaafaa5ffe9aldbj&sid=552019559&mid=1118

(2) 糸数慶子の巻

 こっちの人は元参院議員なんだけど,御本人のサイトやブログによれば,こちらもなぜか慰安婦問題にやたら熱心.
 以下引用.

(a)
2006年度 糸数けいこの国会活動報告

3月29日 (水)
7度目の提出―「慰安婦問題解決促進」法案
 3月29日,民主・共産・社民の3党と無所属議員(発議者=岡崎トミ子・円より子・千葉景子・和田ひろ子・喜名昌吉〈以上民主〉・吉川春子〈共産〉・福島瑞穂〈社民〉・糸数慶子〈無所属〉議員)が参議院に「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」を共同で提出しました.

(b)
うみないび

反ヤスクニで大結集−日本全国,韓国,台湾から

 8月11〜15日,沖縄の反靖国の団体,韓国,台湾の皆さん,日本の平和遺族会の団体などが「平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動」を行いました.

 そしてやっぱり,北韓(北朝鮮)との関係も取り沙汰されていたりする.
 しかもこちらは,高里に比べれば確度の高い傍証つき.

 以下引用.

季報・随想集

 〔略〕
 〔2007年沖縄県知事選において,〕一方,糸数陣営は人選のもたつきと,中道勢力と左翼の主導権争いが終盤まで続いた.
 しかも糸数氏は,経済より「普天間基地を含む米軍基地県外撤去」というイデオロギーを前面に押し出した事が敗因となった.
 その中で選対本部長で,社大党党首の島袋宗康氏が注目を引いた.
 彼が全国チュチェ思想普及会の役員で熱烈な北朝鮮シンパである事は県内外でつとに知られている.
 彼らの選挙ポスターに「沖縄差別撤廃」というものがあったが,昭和47年の沖縄返還時,このような勢力が県内を跋扈し,経済を大混乱させた事を彷彿させられた.
 〔略〕

 なんだかどちらも,平和運動とは程遠いことをやっているような.

 いくら過去の日本の行いを叱責しても,それが反戦平和に繋がるとはとても思えないし.
 そればかりか,慰安婦の強制性はほぼ否定されているわけで,にも関わらずそれを執拗に連呼するということは,不審がられて当然のような気がする.

 ところが,こんな人たちの書いていることを,疑いもせずに引用している人がいる.
 小林よしのりという漫画家.
 『SAPIO』2005/4/27号,p.64欄外において,

----------------
 このページの引用文献は,「沖縄・米兵による女性への性犯罪」(基地・軍隊を許さない行動する女たちの会)です.ここに挙げたのは強姦事件だけ.
----------------

と書き,戦後,沖縄で起きたとされる米軍による強姦事件を,同じページで列挙している.
 あれほど慰安婦問題では,「軍の強制はあった」派を罵っていた小林が,その「軍の強制はあった」派の言葉を米軍に関してだけは鵜呑みにしているのだから驚きです.
 「反米のためならなんでもアリ」という姿勢は感心しませんね.

 強姦事件があっただろうことは否定しませんが,慰安婦問題ですでに明らかなように,この手の人たちというのは,論を事実より優先させる傾向があり(猪瀬直樹)ますから,『沖縄・米兵による女性への性犯罪』においても誇張や捏造による水増しを疑うのが当然でしょうに.
 もし仮に
「鵜呑みにはしていない」
とでもあれば,クロス・チェックに使った,客観的と考えられる文献も併記すべきですし,そもそも,客観的と考えられる文献から引用すれば済む話ですね.

糸数慶子画像(webアーカイブから引用)


 【珍説】
■元日本軍慰安婦・金福童さんの実名記録が発見 [1/11 朝鮮日報]

 今回発見された軍属名簿は,1947年9月に作成されたもので,「第16軍司令部同直轄部隊朝鮮人留守名簿第4課南方班」と書かれている.
 この記録によれば,1945年8月31日,当時19歳だった金さんが南方軍第10陸軍病院の軍属の中で最も低い職級にあたる「傭人」として採用されたとされている.

 金さんは97年の「証言集」で「15歳で連れて行かれ中国の広東,マレーシア,インドネシア,シンガポールで日本軍の慰安婦として生活した」と明らかにしている.

 カン研究員は
「戦争が終わった時点で朝鮮人女性を看護婦として雇ったことは,日本軍の慰安婦制度を隠蔽,または最後まで朝鮮の女性労動力を収奪しようとした日帝の意図と解釈することができる」
と主張した.

 【事実】

                      ____    、ミ川川川彡
                    /:::::::::::::::::::::::::""'''-ミ       彡
                   //, -‐―、:::::::::::::::::::::三  ギ  そ  三
            ___    巛/    \::::::::::::::::三.  ャ  れ  三
        _-=三三三ミミ、.//!       l、:::::::::::::三  グ  は  三
     ==三= ̄      《|ll|ニヽ l∠三,,`\\::三  で       三
        /              |||"''》 ''"└┴‐` `ヽ三   言  ひ  三
         !             | /          三   っ  ょ  三
       |‐-、:::、∠三"`    | ヽ=     U   三.  て   っ  三
       |"''》 ''"└┴`       | ゝ―-        三  る  と  三
       | /           ヽ ""        ,. 三   の   し  三
        | ヽ=   、    U    lヽ、___,,,...-‐''"  三   か  て  三
.        | ゝ―-'′          |  |::::::::::::_,,,...-‐'"三  !?    三
          ヽ ""        ,.    | | ̄ ̄ ̄      彡      ミ
        ヽ、___,,,...-‐''"  ,,..-'''~             彡川川川ミ
          厂|  厂‐'''~      〇
        | ̄\| /


 つまりこの記録は
「看護婦として雇った」
という記録でしかないわけですが・・・
 何故,これが「従軍慰安婦を雇った」証拠になるんですか? (´・ω・`)

<以下,コメント欄>

 戦争終わってから名簿作るって,「給料払うよ」という意思の表れなんですから…….
 戦後の混乱で闇に葬ることだって可能だったのに.
(2005年01月11日 22時59分42秒)

普段は軍板ROM

 もし書類が本物だったとしても,民間委託だった慰安婦をわざわざ軍属と偽る理由は一つもなく,つまり,「金某」なる自称売春婦の経歴が真っ赤な偽物と言う証拠になるだけでは?
(2005年01月12日 17時20分44秒)

バカの手先(以下略)

 「15歳で連れて行かれ」慰安婦にされた人が,「19歳」の時に「看護婦として雇」われたという記録が,「日本軍の慰安婦制度を否認する日本右翼の主張を反駁し,日本政府の責任と賠償の義務を問う重要な根拠になる」???
 ごめんなさい.朝鮮日報の記事の意味が全くわかりませんorz

 第一,被害女性の証言と問題の記録が「一致」している部分は,本籍地と生年月日だけのようなんですが.
(2005年01月12日 17時47分59秒)

matsu

「週刊オブイェクト」,2005年01月11日


 【質問】
 「慰安婦像」建設が阻止された事例はあるのか?

 【回答】
 豪州ストラスフィールド Strathfield 市において,建設が棚上げになった事例ならある.

 同国では韓国系と中国系の移民コミュニティが,旧日本軍に強制動員されたとする従軍慰安婦の被害を象徴する「慰安婦少女像」の建設を推進しており[1],また,ストラスフィールド市のオク・サンドゥ副市長が「慰安婦少女像」の建設を主導している.[1]
 同氏は,「日本の安倍晋三首相が歴史を歪曲しようとしているため,日本の歴史認識を正す意味がある」との立場である.[1]

 しかし2014.4.1のストラスフィールド市議会の公聴会の結果,
「この問題は市で判断できる問題ではないので州や連邦の大臣に意見を求めます」
との視聴判断により,棚上げになったという.[2][3]

 この公聴会の際,「Japan Community Network」代表・山岡鉄秀(文中敬称略,他も同じ)によれば,
・オーストラリアの国是である「多文化主義の尊重」を掲げて論陣を張った.
 「慰安婦問題をことさらにクローズアップし,特定の国家を非難するような活動は,オーストラリアの国是である"多文化主義の尊重"に反する」と批判した.
・彼らの「活動方針」からも,彼らの真の目的は,反日・反安倍であり,慰安婦像はその政治的道具に過ぎないことが明白であり,その点を指摘した.
ことで,韓国系移民に対する日系移民の数的劣勢を覆した旨主張している[2]が,現地メディアの報道からはその主張の真贋は確認できない.[3][4][5]

 しかしその一方で,山岡鉄秀に対して極めて批判的なブログでも,上記主張に関しては,事実の指摘に基づく反論はできていない.[6]

 【参考ページ】
[1]http://news.searchina.net/id/1528695
[2]http://ironna.jp/article/961
[3]http://www.dailytelegraph.com.au/newslocal/inner-west/strathfield-mayor-says-controversial-comfort-women-statue-might-go-away-if-we-leave-it/story-fngr8h4f-1227254826352
[4]http://www.sbs.com.au/news/article/2014/04/01/japanese-opposition-comfort-women-statue-sydney
[5]http://www.smh.com.au/nsw/tensions-rise-over-sexual-servitude-statue-plan-20140402-35z1n.html
[6]http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20150312/1426315244


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