2015年07月20日

少女セクト 玄鉄絢 レビュー・感想 瀟洒でペダンチックであっけらかん、新時代の到来を告げた麒麟児

 私がオタクとして人に自慢できることはあまりないが、そのうちの一つが『アカイイト』を発売直後にプレイしていたことであり、他の一つがこの『少女セクト』をリアルタイムで読んでいたことだ。私はあの時代の生き証人であり、あの熱狂のまっただ中にいたんだ。えっへん。この二作品は自分の青春時代を象徴する作品だ、と胸を張って言える。
 私は普段から普遍性やら普遍的価値と口癖のように言っているが、『少女セクト』の評価についてはどうしても同時代性や思い出補正について語らざるを得ない。この作品をドラマの力強さや、エピソードの印象深さ、登場人物の存在感、人物相関の面白さの観点で見ると、偉大な先人『マリア様がみてる』やほぼ同期の『アカイイト』の後塵を拝するだろう。私は基本的に脚本至上主義者であり、テキスト至上主義者であり、キャラクター至上主義者だ(ノベルゲームの感想を読めば分かると思うが)。しかし、そんな自分でも、当時掃きだめのようだった百合漫画業界に襲来したこの作品の洒脱なスタンスには目を奪われた。線が細かくて洗練された画、服から髪から小物にまでこだわったファッション性、デジタルの美しい塗り、がっつりと官能が描かれていてかつ綺麗な性描写、そして何より、作品全体を通じたポリモアリーでからっとした空気感に対して強烈に惹きつけられた。
 『少女セクト』が登場したときのまぶしさは、当時の百合業界のひどさを知らないとよく分からないかもしれない。ざっくりと説明すると「百合は背徳的で禁断でないと! 報われなくて迫害されるからこそ燃え上がる!」「たとえ女同士でも愛を貫く姿が美しい!」「思春期特有の淡くて一過性の思いが百合! 美しい思い出の中にだけ存在する!」「性別や性愛に囚われない精神的な繋がりだけが百合! 性行為までいっちゃったらただのレズ! 男女の恋愛と変わらない!」「“女”を好きになるのはレズ! “あなた”を好きになるのが百合!」というクソみたいな様式美が界隈全体にはびこっていた(「今も割と残ってる」だって? ははっ笑えないな)。まず様式美ありきである。脚本の面白さや絵の綺麗さなんてのは二の次で、何より上述したような百合の美学が求められていた。だから数少ない創作物は「イモ臭い・辛気臭い・小便臭い」の三拍子揃っているものがごろごろしていた。悲しいかな、私が専攻していた漫画やエロゲといったサブカルチャーは特にこの傾向が強くて、作品の質の平均も恐ろしく低かったのだ。今の若い子に言っても信じてもらえないかもしれないが、今読んだら噴飯ものの駄作、森永みるくおばさんの『くちびる ためいき さくらいろ』が名作として持ち上げられていたんだぜ? これだけで当時の飢餓感というか人材不足感が分かってもらえると思う。
 『少女セクト』には高尚なサブテキストは存在しない。劇中で登場人物が声高にポリティカルでダイバースリーなメッセージを発したりすることはない。しかし、作品全体を貫くトーンと登場人物たちの将来像によって、「気ままに恋愛して楽しくエッチしちゃってもいいんだ! 必ずしもモノガマスな愛のためだけに人生を捧げなくてもいいんだ! 深刻に思い詰めたり、迫害されて自殺や無理心中をしたりしなくてもいいんだ! 死ななくていいんだ! 社会人になってもずぼらでハッピー・ゴー・ラッキーに人生を楽しんでもいいんだ!」と高らかに謳っているのだ。少なくとも、2005年当時の自分にはそう伝わった。紙面からにじみ出る「そうは問屋が卸さねぇ! これが私らの人生だ! 私らは正しい、私らは闘うぞ、私らは自由だ、見ねぇ!」という、ツイステッド・シスターの歌のごとき自己肯定感。あれに何か救われた気分になった人は私以外にもいると思う。
 また、ビジュアルがこれほど洗練された漫画の登場は、小便臭くてクソポエミーな百合漫画に辟易していた自分は嬉しくてたまらなかった。当時は目で見て楽しいという百合漫画自体がさっぱりなかったからね。そこに紙面のどこを見ても楽しい画集のような作品が、えっちな描写まで引っさげて発表されたものだから、私の中では盆と正月に蜂の巣を突いたような騒ぎが起こっていたよ。ビジュアルについては、当時の水準を考えるとミッシングリンクレベルの飛躍だと思う。私はこの漫画の登場が、百合漫画が求められるものが「様式美」から「クオリティ」に変わる端境になったと、信者のひいき目で捉えている。
 この作品は発表当時の革新性、作品全体で表現されているライフスタイルや価値観というひとくちでは言い表せないものが評価のキモということもあって、私が他にべた褒めしている『アカイイト』や『咲-Saki-』といった作品とはかなり毛色が異なる。しかし、それでも自分にとっては特別な存在の漫画だ。自分の青春の一部であり、血肉の一部なのだ。

過剰な情報量、小洒落た台詞回し
 『少女セクト』の他の特徴として、かしましい台詞回しと無駄な情報量の多さが挙げられる。こんなトークをする百合漫画は当時全くといっていいほど無かった。

「また内藤ちゃんは!!
 口を開けば次から次へと
 釘の曲がったパチンコみたいに
 屁理屈だけはいくらでも湧いて出るん
 だから だいたいね安い勝負
 だと思ってこんなのでお茶を
 濁そうだなんて物事に取り組む
 姿勢に真摯さが足りないのよ
 どうせ子供の頃 一休さんの真似して
 大人を散々困らせてたクチでしょう
 捻くれた物言いも大概にしなさいよ!!」
「鷹城先輩こそ
 相手の出方を伺ってからでなきゃ
 行動しない典型的な日和見主義者
 じゃないですか 今だって
 私の勝ちを認めるつもりなんか
 端っからなかったんでしょう
 それを私みたいな常識人捕まえて
 やれパチンコ台だ一休さんだと
 先輩のことだからチャチな合成写真
 でもでっちあげる気だったんでしょ!?」

(第1羽)


 おー、エロゲーかラノベにでも出てきそうな掛け合いだ! あたしらスマートです、ウィットには自信がありますってオーラが漂ってるぜ。

「紅緒ちゃん?」
「私のこと好き?」
「…うん」
「じゃあ その気持ちを8バイト以内で簡潔に表現して?」
「え…8バイト? 8バイト8バイト… えと…
 『結・婚・し・て』」
「じゃ 結婚してあげる」

(第1羽)


 このノロケ、要するに「私のこと好き?」「好き」「結婚して」「いいよ」としか言っていないのに、この大仰で持って回った感じは一体何なんだ!? 何が「簡潔に表現して」だよオラッ! この会話自体が全くもって簡潔じゃあないだろうか! そしてなぜわざわざバイト単位を持ち出すんだ、普通に文字数で言えや!

「君っ! 美術部に入りなさい!
 今ならもれなく一単位サービス中!」
「刀刃会! ぜひ刀刃会へ!
 鉄塊を斬れなかったらお代はいらないから!」
「馬に興味ある!? 競乗馬研は小柄な子大歓迎よ!!」
「あなた忍耐力あるわ!
 サンデーアングラークラブに入れば多摩川の鑑札三年分あげちゃう!」
「じゃあ内偵室は(偽装)食券30枚! 教頭印入りとっておき!」

(第4羽)


 女子の部活動として容易にイメージされる吹奏楽部やソフトボール部や剣道部を外して、あえて上記のラインナップ! この衒学趣味的で情報過多な感じがザ・玄鉄絢! って感じだ。あんた『マリみて』以上に士郎正宗の影響をおもっくそ受けているだろ!(サイバーパンクや絵柄の影響がより強いのは前作『『DANDY:LION』だけど)

「私はね 柴 思信様に服従している私が好きなの
 ま 一種のナルシストね
 自分が不美人でないことは承知しているつもりよ」

(第7羽)


 「自分が不美人ではないことは承知している」! くぅ~、単に「容姿には自信がある」と言いたいがために、わざわざ気取った卑下の言葉を出してから否定するもったいぶりよう! ゾクゾクするね! 「不美人」なんて表現をあえて使っている作品は私の観測範囲では見たことがないぞ。

 私は『少女セクト』のこういったテイストが大好きだったよ。
 このサブカルチックというかジュブナイルというか、こましゃくれて全能感に充ち満ちた感じ。一言で言えば、オタクくさい感じ。あれが当時大学一年生というオタクとして全盛期だった自分にはこれ以上ないクリーンヒットだったんだよ。ようやっと百合作品が私の領分までやって来やがった! 時代が俺に追いついた! と喝采したね。あの「もうババ臭くて辛気臭い旧時代の遺物で我慢しなくていいんだ!」いう胸の空くような感慨、当時の不毛っぷりを知っている人ならいくらか共感してもらえると思う。

みんな大好ききーちゃん
 みなさんは『少女セクト』キャラの中で誰が一番好きだろうか。私は思信のお付き第一号であるきーちゃんこと諏訪部麒麟が特に好きだ。この人は自分が人一倍子どもっぽくて嫉妬深くてナルシストであることを自覚していて、そんな自分を俯瞰視点で眺めて泰然と振る舞っているようなふしがある。あの背伸びして斜に構えた感じ、一周回ってさらに子どもっぽいようなところが実に人間くさくて大好きだ。この作品のキャラクターは(かなり好意的な言葉を使えば)ふわふわしていて掴みどころがない人が多いが、そんな中でもきーちゃんは強烈な異彩を放っているし、この人の青臭さや変に悟ったような感じに古傷がうずいた人も多いだろうなと思う。
 あと、きーちゃんの名言率はなかなか凄い。
『少女セクト』きーちゃんこと諏訪部麒麟名言集
 その他には、小市民なようで意外にしたたかなまーやもけっこう好きだ。単行本で描き下ろされたエクストラチャプターでもきーちゃんと柴を手玉に取ってるし、最後まで思信のところに押しかけていってちゃっかり桃子に粉かけてるし。

まとめ
 繰り返しになってしまうが、この作品は温故知新として後から電子書籍でさくっと読んだ人と、連載を追いかけて、単行本の発売日に本屋へ駆け込んで、豪華な装丁と分厚さに圧倒されつつレジに向かい、家にとんぼ返りして(私は大学の図書館の個人自習室で読んだけど)、刷りたてのインクの匂いを嗅ぎながらうやうやしくページをまくった人とでは評価がかなり変わると思う。単行本の作りや当時の空気感まで含めての『少女セクト』なのだ。少女セクト! それにつけてもしっくりくるタイトルだ。
 また、あれから10年弱が経ち、この作品と同様に女性同士の性愛について楽観的で肯定的に描いてくれる作品はいろいろ登場してきたが(本当に嬉しい限りだ)、装丁まで含めたトータルのビジュアルセンスでこれに比肩する漫画はまだまだ出ていないと思う。これほど自分の本棚に収まっているのを見て誇らしい気分になるエロ漫画はそうそうない。私の『少女セクト』『少女セクト2』は、今日においても百合作品棚のもっともよいポジションを抑えているぞ。

余談
 『少女セクト』以前の作品では、逢魔刻壱のエロ漫画の『ダメ人間じゃん』というエピソードが、同様にポリアモリーで肩肘の張っていない感じが好きだったな。絵は当時でも古臭かったけど。
 「不美人」は、この記事を書いている途中に読んでいた『タイタンの妖女』(浅倉久志訳)でたまたま見つけた。何だか運命を感じる。

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