ください。
先生役で出演してほしいと言われたのか。
1話だけ監督をしてくださいという依頼があったのか。
そして緑ボタンが劇中歌の製作を依頼された。
どれもありそうですよね。
メールが届いていますご紹介させていただきます。
茨城県の方からです。
50代の方です。
「ちゃんぽん食べたか」毎回感動しながら見ています。
ありがとうございます。
挫折の話なんですけどね。
出演者の方の服装や持ち物、町の様子、学校の先生など自分のその時代を思い出させるものばかりです。
その世界にどっぷりつかって見ているといまさらながら親の気持ちに感謝しなければ、と思うのです。
本当ですね、親のおかげですよね。
さださんのコンサートのステージトークに出てくるさださんのお友達について勝手なイメージを膨らませていましたが、そのお友達についてのイメージが今回はっきり確立したこともうれしかったです、といただきました。
ドラマですから、現実とはだいぶ違いますけれど、脚色してありますけどね。
70年安保を挟んだ高校生だったのでいちばんおもしろい時期に東京にいましたよね。
僕は國學院に通ったんですけれど高校は神宮球場の真ん前だったんです。
いちばん騒然としていた時期に明治公園なんて騒然としていましたから隣の青山高校が、高校生の学生運動のシンボルだったんです。
塀1つ隣で燃えましたからねボヤですけどね。
パンをくれるという話があったんです。
それで参加したりしてひどい目に遭いました。
催涙弾もくらったりしてパンも出なかったし。
さださんがドラマスタッフから何を依頼されたか。
視聴者の皆さんの答えを見てみましょう。
いちばん多かったのが先生役。
なるほどなるほど。
次に多かったのが劇中歌の制作ですね。
監督の評判が悪いですね。
僕にやらせると赤字になるからね。
確かに赤ボタンですね。
うまいね。
いい突っ込み。
視聴者の答えはこのようでしたけれどいかがですか。
実は劇中歌を作ったんです。
彼らがドラマの中で演奏したり歌ったりするのもその当時はやった歌を歌っても意味がないのでオリジナルソングを歌わせたいんだけれど、さださん以外にいないでしょう、作る人と言われていないねと言って。
当時を思い出してとか言われて。
あの当時ね、と。
イメージで2曲作って3曲頼まれたんですけれど実際にあの当時作った歌が1曲あったので「梁山泊」という歌があってそれを混ぜておいたんですけれどそれがボツになりました。
昔高校1年のときに、この歌を歌ってコンテストに出たんですよ。
大人っぽいですね。
それで落ちまして、四十何年ぶりにNHKで劇中歌を書いたら落ちまして。
よっぽどひどい曲なんですか?そう思うでしょう。
今、流れていますね。
イメージと違う。
これは菅田君が気に入ってやりたかったんですよね、と言ってくれたからだよね、と。
あれボツになっちゃったよと言ってさださんレコードに入れませんかと言われたのでじゃあレコーディングするよと言って。
「梁山泊」?レコーディングされて日の目を見ることになったんですか?新しいアルバムに入れました。
オーケストラでやったから大変。
費用がかかって。
いちいちお金がかかりますね。
同情するなら買ってくれ。
笑い声
そんな宣伝しないでください。
ある意味、日の目を見たんですね。
何十年もかかって。
40年以上かかってね。
そして劇中歌で作曲をしてくださってドラマで流れている曲もあります。
こちらの曲も聴いていただきましょう。
ドラマの中のシーンです。
加山雄三さんに憧れていました。
そのイメージで作りました。
本当だ。
そうでしょう?
拍手
加山雄三さんのイメージだったんですね。
憧れの加山さんですからね。
加山雄三さんと曲を作ったときの感動ね。
後にね。
それはもう作詞・さだまさし作曲・弾厚作。
ファンみたいですね。
大ファンですからね。
加山雄三さんを思い描きながら作ったんですね。
実際にさださんの高校生のころの写真です。
僕ギターを持っている。
前にいるのは西村だったかな。
左でこっちを向いているのは西川かな。
後ろにいるのが、彫刻家になったやつです。
さとみ公園ですね。
みんなでわいわい僕の部屋に泊まりに来たりしていたから土曜日に泊まりにきて日曜日休みじゃないですか。
僕はバイオリンに行きませんでしたから。
さぼっていたころですね。
みんなでさとみ公園に行こうと歩いて行きました。
さとみ公園に歩いていきました。
よく遊んでいましたね、歌を歌って。
今絶対にありえないですからね。
公園に行って歌うなんて。
何言っているのという感じですよね。
ちょっと変わったやつのようだけどこれが普通だったんですよね。
普通にみんなギターを持っていましたよね。
そうですね。
もっとも最近は縦に担いでいますけどね。
あのころはソフトケースもなくていいケースもありませんでした。
むき出しで持ち歩いていました。
お兄さんからもらったギターはね。
寄宿先のね。
知らないでしょうけどね。
いい雰囲気の写真ですね。
みんな今でも同い年ですよ。
当たり前じゃないですか。
変わっていたらびっくりしますよ。
そうだな確かにそうだ。
青春のワンシーンのようなお写真でした。
「ちゃんぽん食べたか」ですけれどいよいよ佳境に入ります。
あと3回ですからね。
さみしいもんですね。
全9回です。
ここから哀れですよ。
あしたからさらにあわれ。
無残になってきます。
あすは第7話です。
夜10時からの放送です。
NHKオンデマンドでも初回から見られます。
ぜひご覧ください。
さださんの歌が聴ける番組もございます。
「SONGS」です。
「SONGS」ですよ。
本物ですよ。
歌手ですからね、よろしくお願いします。
「風に立つライオン」フルオーケストラで歌っていただけるということです。
「精霊流し」もそうですよ。
他局のドラマの歌も歌っていただきます。
「SONGS」は7月25日夜11時30分からの放送です。
ぜひご覧ください。
ドラマはさださんのこちらの小説これは出していいんだ。
NHK出版だからね。
そこまで言わなくていいけど。
いやらしい。
買ってください、お願いします。
何を言っているんですか。
「ちゃんぽん食べたか」だけではなくてさださんは小説をたくさん出していらっしゃいます。
こちらです。
いちばん最初は「精霊流し」。
49歳のときに出版されたんですね。
49歳で初めて小説を書いたんです。
その当時さだまさしも飽和状態でね。
ヒット曲は何曲かあるけれどその曲でさだまさしを理解したような気持ちになっちゃったんですよ。
お前ちょっと1回戸籍を変えたら?と小学校の同級生が。
戸籍を変えて小説を書けよと。
そうしたら別の角度からお前の顔を見てくれる人がいるからそれで書くようになったんです。
珍しいですね。
小説って重いじゃないですか。
パソコンのワープロソフトが登場しなければ、永遠に書いていないですね。
僕は、手書きの原稿はいっぱいあるんですけれど書き損じが嫌いなんですよ。
400字詰めの原稿用紙に書き始めて消して脇に書くというのがいちばん嫌で最初から書き直すんですよ。
だから終わらない。
リズムが大切なんですね。
そうなんです。
ワープロソフトならどうしようと思ったときにコピペで脇に貼っておいてあとで変えられるじゃないですか。
この文面かっこいいんだけど気持ち悪いなとか。
そこを抜き出して貼っておくんです。
あとで見ると気持ち悪かった部分で小説のフレーズじゃなくて歌詞なんです。
歌詞だったら許せるんです。
小説の中に入ると気持ち悪いんです。
そういう悩みが最初はいっぱいありました。
「精霊流し」というヒット曲があったけれど小説になると全然違う感じですか。
そうですね。
「精霊流し」を書くきっかけがいちばん仲のいいいとこが二十歳で亡くなったんです。
それを思いながら、歌にしたものでね。
小説もいとこのことを書きました。
歌とはまた違う表現でね。
もちろんでも精霊流しというのは命のバトンタッチですからね長崎では。
これで思い切りますよっていう覚悟の行事なんです。
だから華やかににぎやかにやるんですよ。
意外とにぎやかだと聞きますね。
意外なんてものじゃないですよ。
耳栓がないと歩けないですよ。
観光客は驚きますよ。
こちらではロケット花火っていうんですかね。
あれは今ね街なかで禁止されているんですかね。
まだ安全ですよ。
昔はびゅんびゅん飛んでいました。
いまだに僕らは爆竹を指先でバラバラと投げますよ。
終わったあと焦げて指先が真っ黒です。
本当「解夏」を僕は先に書きたかったんです。
自伝的なものがいいって。
慌てて「解夏」を翌年すぐに出しました。
どうやって書いているんですか。
僕はせっかちなんで1つのことで煮詰まるのは嫌なんです。
だから別の話を書くんですよ。
いっぺんに8本ぐらい書いているんですよ。
今でも。
今でも?同時進行ですか。
ちょっとずつ並行して書いているんです。
あるとき1本がびゅんと走るときがあってそれに一気に集中していくんです。
みんなそうですよ。
「眉山」と「茨の木」というのは1冊にするつもりだったんですけど「眉山」だけ走っちゃったんで「茨の木」が置き去りにされちゃったんですよ。
それから4年たっていますね。
「かすてぃら」もNHKでドラマにしていただきました。
長崎ロケなかったですね、今回は。
菅田君が言っていました。
長崎に行きたかったんです。
長崎でちゃんぽん食べてないんですって。
行っていないですよって。
全部「かすてぃら」の引用ですからね。
菅田さんはそのあと鶴瓶さんの「家族に乾杯」で行ってましたね。
ちゃんぽん食べていましたね。
今まさに8作進行中ですか。
おもしろいことやっているんですがなかなか進まなくてそれよりも締め切りが迫ってきちゃっているからやりたいのが進まないんです。
コンサートをやりながらじゃないですか。
芸能人ってゴーストライターがいるからね。
それはよくないんですよね。
私はゴーストライターいませんからね。
コンサートが終わって、1秒でも締め切りがあるものはすぐに書きますね。
本当は好きなんですね。
そうとしか思えない。
構想が若いころはあったんでしょうね。
若いころいっぱいありましたね。
小説を書き始めて楽だなと思ったのは自分が持っているテーマを全部、歌にしなくてもいいんだなって。
病気で視力を徐々に失っていく青年が、失ったあとどうやって生きていくんだと決心するような歌なんて書けないじゃないですかでも「解夏」っていう小説にはなるんですよ。
無理やり歌のケースに入れていたものを小説という新しいケースに入れて感動したものをこれは歌でいけるな小説にできるって。
箱を分けるようになったんです。
歌作りも小説も早くなりました。
これは歌だなこれは小説だな、と思うから。
今まで小説のテーマでも歌にしなきゃいけないって悩んでいたけれど、楽になりました。
アウトプットすると楽なんですね。
映像にしていただいて幸せですよ。
NHKの番組はドラマだけではなくて「今夜も生でさだまさし」もございます。
これがね眠い。
スタジオのセットを用意させていただきました。
あちらにまいりましょう。
絵を完成させていただかないとね。
分かりました。
そうやっていつも書くんですよね。
いつも書くんです。
これが大事なんです。
NHKの人はね、これが言えないんだって。
だから僕が言うの。
これで完成ですね。
受信料お願いします、という啓蒙番組ですから。
お昼も。
ありがとうございます。
画伯の絵ですよ。
意地っ張りですよ、われわれの世代ですから。
スカイツリーと東京タワーが同じ高さですから。
小針画伯ですね。
NHKこんなにでかいんだよ。
気を遣っていますね。
うまそうなちゃんぽんですよね。
スタジオにいらしてるんですよね。
拍手
ありがとうございます。
これで3時間ぐらい?小針⇒全部で、3時間45分ぐらい。
ふだんは7時間ぐらいかけるときがありますよ。
だって、お城の石垣とか細かくやっていますからね。
さださんの名前があったりね。
本当だ、清水さんもあるんじゃない?伊藤さんも。
どこかにありますよ。
あとで書きます。
あとで書くんだ。
案外いいかげんですから。
「スタジオパークからこんにちは」でお昼も生でさだまさし。
すごいスリーショットですね。
脇に女性がいるというのは珍しいですね。
汚いのが3人だから。
このスリーショットでお伝えできるというのはね。
いわゆる「生さだ」ですね。
10年。
10年になりますか、もう。
いちばん最初はお正月ですよね。
そうですね、お正月に始まったんですけれど。
スタジオパークで「生さだ」っていうと思い出すのは2011年4月9日ですね。
震災が起きた直後に「生さだ」のスタッフが今こそやるべきじゃないかって言ってくれて緊急特番をやったんです。
ここから。
ちょうどこの位置で。
。
あのとき僕らはぺしゃんこで歌い手は役に立たないと落ち込んでいたんだけれど4月9日にここで被災地は電源が喪失していますから届かないんだけれど頑張れ日本、でやったんですけれどあれから自分の心が動きましたね。
何かしなきゃってそれから指揮者の佐渡裕さんも見てくださっていて彼は電話をくれてヨーロッパに行っていますからあの震災のあと日本人を見つけると日本は大丈夫かって声をかけてくれってそれに感動したんです。
すごい懐かしいですね4月9日放送。
その中でもさださんが印象的だったシーンがあります。
震災から1か月もたっていない2011年4月9日の放送からご覧ください。
気仙沼の橋上中学の卒業生の男の子のね答辞がニュースで流されたんです。
僕は彼の1人の被災者として人間としての叫びを聞いたときにね何、甘ったれたこと俺は考えていたんだろうと自分が恥ずかしくなってこのままではいかんと。
よし、俺にできることはちょっとでもあったら一生懸命やろうと、そのときにね前向きにさせてもらった。
これはもうたまらない映像だったんですがね…。
自然の猛威の前には人間の力はあまりにも無力で私たちから大切なものを容赦なく奪っていきました。
しかし、苦境に遭っても天を恨まず、運命に耐え助け合って生きていくことがこれからの私たちの使命です。
苦境に遭っても天を恨まずっていうこのことばは今でも胸に残っていますね。
被災した中学生がこんなことを言っているのに何を俺たちは甘ったれたことを言っているんだろうなって。
自分の背筋が伸びましたね。
その後、彼にも会うことができたんですけれどかじわらゆうた君っていうんですけれどすごくすばらしい男の子だったんです。
未来の日本はお前に任せたと言ってきました。
本当にそういう子がいてくれるということ。
親御さんの力なんでしょうね。
僕はそれで突き動かされて休みのときはできるだけ被災地に行こうと決めて、通うようになりました。
あちこちにね。
苦しいときに出会うとね、親類みたいになってしまうのよね。
テレビカメラはすごく難しくてついて行くと本音を言えないんですよ。
身構えちゃいますからね。
だからね、耳障りのいいことしか言ってくれないんでね。
皆さんのおかげですとか本当は言いたいことがもっといっぱいあって。
言っても放送してくれないんだよね。
テレビというメディアの遠慮というかね本音が出過ぎるとよくない。
日本は援助があって僕は現場に行くとそれを全部聞くじゃないですか。
よけいにいらいらしてきてね。
一向にいまだに復興どころか復旧も進んでいない場所もありますからもっともっと、応援していかなきゃいけないと思います。
ちゃんとしているところはちゃんとしていますから危険なところはね放射能災害は別にして。
みんな頑張ってるから遊びに来て現場を見て応援してほしいと思います。
この番組を通して被災地に行っていろんな話を聞くことも増えましたか?増えましたね。
災害国ですから北九州水害があると義援金を持っていくと日田の人が自分が義援金を出すから行くと今度は那智勝浦の人が義援金を出すから今度は仙台に行ってメッセンジャーみたいなことをやっていました。
番組の中でさだまさしさんもおっしゃっていましたがテレビでは言えないこともあるけれどなるべく生でねって。
はがきで言ってくれって僕が読む分にはね。
言ってしまえば終わりですからね。
意見には個人差がありましてって出てきますけれど。
こういうのがね。
これを免罪符のように出すんですよ。
責任はさだまさしがもちますって。
NHKに文句言わないでって。
俺が言っているんだから俺を責めてくれって言ってるんです。
そのきっかけがはがきなんですね。
メールとかファックスは今思ったことを書いてくるじゃないですか。
その温度しか伝わらないんです。
笑って話してね。
5回ぐらい笑ったあとにはがきはまとまるんです。
悲しいことはふた巻きぐらいしないとまとまらないんです。
はがきは絶妙のスペースなんですよ。
平等だし。
ついたかどうかも分からないじゃない。
あの番組を見るときの気迫が違うらしいですよ。
読まれると思って。
手に取った取った、読まないのかよ!って。
スリルとサスペンス。
読まれないはがきがたくさんあるわけじゃないですか。
全部とってあるんです。
ボツのはがきも。
そのはがきの供養もされたそうですね。
中野区のお寺にお願いをしてお焚
(た)きあげをお願いしたんです。
これで10年分です。
すごい。
一日で終わるつもりだった。
でもね、2、3時間かけてどうだろう、4か月分ぐらい。
それでも4か月分。
ご住職、いまだにね地味に1人でお焚き上げやってくれているの。
お天気がいいと洗濯物にほこりがつくといけないので雨の日を選んでやってくれているの。
そうすると法衣がぬれるじゃないですか。
雨具を買ったと言っていましたよ。
振りそで用の雨具を着てやってくださっているんです。
申し訳ありませんでした。
来年からは、1年ごとにやろうかと。
10年分は大変ですからね。
このあとスタッフと焼き肉を食べに行きました。
打ち上げのたびにもう1回やろうって。
はがきを大事にしているんですね。
はがきが命です。
スタジオパークで4月9日に放送した。
そのときの画伯の絵です。
桜の絵、何かお気づきになりませんか?ある絵が隠されています。
実は東北地方の地図なんです。
枝のように見えますけれど。
ちょっと強調しますとねこういうふうに画伯が東北3県を絵の中に取り込んでくれていたんです。
一生懸命、画伯もこういう配慮をしてくれるんです。
「生さだ」をご覧の際にはぜひとも見てください。
次の「生さだ」は8月30日です。
これでNHKの放送局全部制覇です。
完全制覇。
さらにもう1つ番組がございます。
これはあしたですね。
「生さだ」と同じ10周年を迎えていますね。
出るんですけれど、こちらは予算が全然違いますね。
さらにさらにもう1つあります。
相変わらず東北支援を頑張ってやっています。
8月11日武道館もぜひ応援してください。
最後に視聴者の皆さんからの質問メッセージに答えていただきます。
大分県の方です。
「ちゃんぽん食べたか」毎回家族で楽しみに拝見しています。
おもしろくって切ないさださんの青春。
惨めですよ。
人生にはむだなことが1つもないと言いますが夢や目標を失っている現代の若者たちにエールを送るとしたら何ですか?そうね。
惜しまないでやってみたらどうかね、ということを伝えたいです。
出し惜しみするよね。
僕らは、失うものがなかったから僕らの世代は。
だめもと。
人生だめもと。
これでいってみましょう。
メッセージです。
静岡県の方です。
「ちゃんぽん食べたか」「生さだ」楽しく見ています。
アルバム「風の軌跡」聴きました。
「問題作〜意見には個人差があります〜」最高です。
ありがとうございます。
意見には個人差がありますから、楽しみに聴いてください。
わが家では「ちゃんぽん食べたか」を見たあととうちゃんが必ず歌う歌があります。
何だろう?さだまさしさんのかかしの途中に「ちゃんぽん食べたか」というフレーズを入れて歌うんです。
いいなそれ。
疑問系じゃないんですけどね。
食べたか〜!って叫ぶんだけどね。
宮崎県の方です。
去年亡くなった母方の祖母がさだまさしさんのファンでした。
波乱万丈な人生を生きた祖母つらかったときにさださんの歌を聴いて号泣したこともあったそうです。
最後は大好きなテレビも音しか聴くことができませんでした。
楽しみにしていました、ということです。
きょうはどうもありがとうございました。
2015/07/17(金) 13:15〜14:00
NHK総合1・神戸
スタジオパークからこんにちは さだまさし[字][双]
小説家さだまさし誕生秘話 “生さだ”裏話も ゲスト:さだまさし 司会:伊藤雄彦アナ、清水ミチコ
詳細情報
番組内容
双方向データ放送番組。テレビのリモコンを使って、ゲストに関するクイズやアンケートに挑戦!気になるゲストの生トークにあなたも参加しませんか?テレビをネットにつなぐとさらに楽しめます。
出演者
【出演】さだまさし,【司会】清水ミチコ,伊藤雄彦
ジャンル :
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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