NHK高校講座 日本史「室町幕府の創設」 2015.07.17


歴史に対する憧れと深い知識を持ったアイドルの養成所。
それが日本史研究の殿堂高橋歴史女学館である。
日本史の殿堂高橋歴史女学館へようこそ。
館長の高橋です。
前回はモンゴルが攻めてきて御家人たちは大変な思いをしましたね。
それに追い打ちをかけるように北条一族による専制政治が行われていました。
御家人たちせっかく自前で戦ったのにね。
なのに恩賞がもらえなかったなんてひどい話だよね。
命懸けで戦っても報われなくて怒りだしちゃいそう。
こみだったら怒りだしちゃうな。
そうですよねえ。
御家人たちもそれ以外の人たちの間でも不満が高まっていきました。
それが時代を変える原動力となっていく訳ですね。
それでは今回学ぶべき重要ポイントを見てみよう。
今回の時代は…天皇親政を復活させようとする…幕府の内側から北条氏の専制に反旗を翻した…彼らはどのようにして鎌倉幕府を倒したのでしょうか。
そして生まれた新しい室町幕府と後醍醐天皇はなぜ対立したのでしょうか。
今回押さえるべき「三つの要」は…室町幕府創設前後の内乱の時代を見ていきます。
今回の時代は…やっぱり鎌倉時代は終わってしまったんですね。
得宗専制政治への不満が大きくなったからですか?もちろんそれはとても大きな理由の一つです。
加えて鎌倉幕府の終わりごろにはこんな出来事があったんです。
両統迭立。
両統迭立といいます。
難しいですね。
この後嵯峨上皇こちらの方が後継者を指名せずに亡くなったために後深草上皇の流れをくみます持明院統と亀山上皇の流れをくむ大覚寺統この2つの皇統に分裂をしてしまったんですね。
ところでその幕府はですね…それが…そんな状況に不満を持った天皇がいたんです。
天皇中心の政治を取り戻そうとした。
それがこちらの方。
後醍醐天皇ですね。
しかも幕府の決定によりまして後醍醐天皇の皇子この3人ですね。
この皇子は誰ひとり皇太子に選ばれなかったんですよ。
それを一つのきっかけにして後醍醐天皇の倒幕への動きが始まりました。
それでは「三つの要」に沿って見ていこう。
その一。
1318年後醍醐天皇が即位すると政治の実権を朝廷に取り戻そうと動き始めました。
鎌倉幕府打倒を目指し朝廷の内外に呼びかけひそかに計画を練り始めたのです。
しかしこの企ては幕府に知られてしまいます。
後醍醐天皇は御所を抜け出し京都から逃亡しました。
向かった先は京都から20kmほど離れた笠置山。
ここに潜み倒幕に賛同する武士を募ったのです。
後醍醐天皇の味方についたのが河内国の武士楠木正成たちでした。
彼らもまた北条氏の圧制に苦しんでいたのです。
楠木正成らは僅か500騎を率いて赤坂城で挙兵します。
元弘の変です。
しかし幕府軍はその10倍以上。
1か月ほどの抵抗の後赤坂城は陥落します。
後醍醐天皇は捕らえられ隠岐に流されました。
楠木正成は姿をくらましました。
しかし倒幕への動きが衰えた訳ではありません。
1332年11月。
ほぼ1年ぶりに姿を現した楠木正成軍は河内和泉の守護を攻め落とし摂津の天王寺を占拠。
京へと攻め上ったのです。
そして後醍醐天皇も幽閉先の隠岐を脱出。
地元の武士に助けられ鳥取県の船上山で挙兵しました。
幕府軍は20倍の勢力でこれを攻撃します。
しかし後醍醐天皇を守る軍勢は粘り強い抵抗を続けました。
そこに現れたのが源氏直系で幕府の有力御家人足利高氏でした。
高氏が後醍醐天皇側につくと状況をうかがっていた武士たちも続々と加勢し一気に形勢は逆転。
京都鎌倉を攻め落としてしまいました。
こうしておよそ150年続いた鎌倉幕府は滅亡したのです。
後醍醐天皇は晴れて京都に戻り天皇が政治の実権を握る新しい政治を始めました。
建武の新政では土地の保証などあらゆる決済は後醍醐天皇自身の命令書綸旨で行う事としました。
権限を一気に天皇に集中させたため天皇一人ではこなしきれず行政は停滞。
新政に期待した人々の間に…せっかく新しい政治が始まったのにどうして不満が出てきたんですか?後醍醐天皇は公家中心の政治を行おうとしたために武士たちへの恩賞が少なく公家を重んじたんですね。
そこで反発が生まれました。
また政治が停滞して都の人たちも混乱していたんでしょうね。
当時京都の後醍醐天皇の御所に近い…向井地君それ見せてもらえるかな?はい。
こういう立て札です。
半分ぐらい読んでみましょうか。
はい。
これは…当時の政治の混乱ぶりを皮肉を込めて書いたものなんです。
夜討ちあるいは強盗が横行しても政治はどうする事もできなかったという事ですよ。
天皇の命令書綸旨といいますがそういう重要なものですら偽物が出回ったという。
ほとんど無法地帯ですね。
こうして建武の新政は混乱に陥り人々の不満は次なる展開を生み出します。
ここで「要」その二。
建武の新政が始まってから僅か2年後後醍醐天皇は配下の武士に足利尊氏を討伐するよう追討命令を下しました。
尊氏が後醍醐天皇の命に背き独断で武士たちに恩賞を与えたためです。
これを受けて尊氏は鎌倉で挙兵し京都に攻め上ります。
後醍醐天皇は楠木正成に尊氏の討伐を命じました。
尊氏軍は一旦は京都を占拠したものの敗退。
ところが九州へ向かって逃げる尊氏に勝ったはずの朝廷軍の武士たちまでもがついていくのです。
そして…尊氏は持明院統の光明天皇を即位させ建武式目を発表。
当面の政治方針を打ち出しました。
そして…一方後醍醐天皇は奈良の吉野に逃亡。
依然天皇の地位にあると主張し吉野に南朝を開きました。
ここに京都の北朝と吉野の南朝が生まれ以後およそ60年もの間対立する事になりました。
この時代を南北朝時代といいます。
う〜ん。
せっかく室町幕府が出来たのにまた戦いですか?そうなんですよね。
なかなか安定した政権というのは生まれないんですね。
しかも60年近くも争いが続いたってどうしてそんなに長く続いたんですか?それにはいろんな理由が複雑に絡み合っているんですがそもそも室町幕府の将軍だった足利尊氏は弟の直義と権力を二分していたんです。
尊氏が要するに軍事担当ですね。
直義が行政・司法を担当していました。
しかしこの2人お互いなかなか譲らずに度々争うんですよ。
その時にそれぞれが南朝と北朝の存在を後ろ盾にして戦った訳ですね。
一度は…へえ。
南朝と北朝を尊氏たちが利用したという事ですか?そのとおりなんですね。
しかも彼らだけじゃないんです。
当時は全国の有力な武士たちが同じように内乱を度々起こしたんです。
実際には京都の北朝これが優勢だった訳ですけれども武士たちの対立が起こると南朝にも利用価値があるという訳で2つの朝廷が存在した訳ですよ。
(3人)へえ〜。
更にこのころは農民たちも含めて各地で内乱が続く時代でした。
さあそんな時代室町幕府はどうやって全国を統治していったんでしょうか。
「三つの要」その三。
室町幕府は不安定な情勢を抑えるため幕府から各地に守護を派遣しました。
鎌倉時代には軍事・警察権を与えられただけだった守護。
室町時代はそれに加えて荘園の年貢の半分を兵粮米として調達する半済の権利が認められました。
そして更に荘園領主から年貢の徴収を守護が請け負う守護請も行われるようになりました。
このように強大な権限を持ち地方を統治する守護を守護大名とも呼びます。
守護大名の中でも将軍を補佐する三管領。
京都の侍所の長官を務める四職。
彼らが中心となって将軍を支えました。
室町幕府は有力な守護大名たちによる連立政権として形を整えていきました。
1368年足利義満が11歳で室町幕府の三代将軍に就任しました。
義満は室町に花の御所と呼ばれる邸宅を建てここに幕府を移します。
そして1392年義満の呼びかけにより…ここで南朝の天皇が北朝の天皇に皇位を譲るという形で南北朝が合一されたのです。
60年近く続いた南北朝の内乱は終止符を打ちました。
義満は11歳で将軍。
今なら小学生ですよね。
私たちよりずっと小さかったなんて信じられない。
すごいね。
すご〜い。
内乱が終わった背景には義満の才覚に加えて室町幕府の体制が安定してきたという事もあるんでしょうね。
政治が安定してよかったですね。
政治が安定しますとね文化が発展するんですね。
という事で次回は室町文化を取り上げます。
室町文化楽しみだね。
我が女学館の特別講師楠木先生です。
(一同)よろしくお願いします。
今日は一揆という事について勉強していこうと思います。
中世後期は一揆の時代だというふうに言われます。
ではここで問題です。
こういうものを見た時空欄に入る言葉は何だと思いますか?
(込山)は〜い!「一揆を起こす」。
思った。
(楠木)ほかの候補ありますか?
(3人)え…?「一揆を戦う」とか?何だろう。
私の役の立場で言うと「一揆を収める」。
役から言ってね。
「収めよ」とか言うから。
(楠木)一般には「一揆を起こす」というイメージが強いと思うんですが実は正解は…
(3人)え〜。
えっ?「一揆を結ぶ」?初めて聞きました。
ねっ。
初めてですね本当に。
そうですか。
一揆という言葉は本来は「揆を一にする」「揆を一つにする」という意味でつまり団結する事あるいは団結した集団の事を指す言葉なんです。
(3人)へえ〜。
(楠木)つまり一揆というのは本来は起こすのではなくて結ぶものなんです。
(生徒一同)へえ〜。
中世後期は実は…例えば地方の有力武士である国人たちは守護大名に対抗したり協力して百姓を支配したりするために国人一揆という同盟を結びます。
一揆は共通の目的を実現するために行われますから当然その結び付きは固くないといけませんよね。
そのために行う作法が一味神水というものです。
(3人)一味神水?何かみんなで固めの杯みたいなそういう…。
そうですねそのとおりですね。
はい。
まずこの一揆に参加するメンバーが神社などに集合します。
そして団結を誓い「もし背けば神罰仏罰が当たっても構わない」という起請文を書き全員それに署名します。
一般にはこれ2通作るんですけれども2通のうち1通は神社に納めましてもう一通は焼いてその灰を水に浮かべてみんなで回し飲みをします。
ほう〜。
かなり厳しい結束を感じますねそれは。
これで一揆は神と一体化して一味同心という状態になります。
(3人)へえ〜すごい。
こうして結ばれた一揆ですね。
目的を実現するためには実力行使をする事もありますよね。
ですからそこから転じて一揆を起こすという言い方も出てきたんだと思います。
なるほど。
面白いね。
初めて聞きましたね。
初めて聞きました。
先生ありがとうございました。
(一同)ありがとうございました。
2015/07/17(金) 14:00〜14:20
NHKEテレ1大阪
NHK高校講座 日本史「室町幕府の創設」[字]

日本の今は、誰が、どのように作り上げたのか? 日本史研究の殿堂、高橋歴史女学館がその謎に迫る。出演:高橋英樹・AKB48(向井地美音、土保瑞希、込山榛香)

詳細情報
番組内容
今回の舞台は鎌倉時代末期から室町時代。天皇親政を目指す後醍醐天皇と、鎌倉幕府に不満を持つ御家人を代表する足利尊氏の登場によって、室町幕府が創設される。しかしこの後南北朝の内乱が約60年続く。新しい政権が誕生しても内乱が続いたのはなぜだったのか? 南北朝時代は三代将軍足利義満の時代にようやく終わる。幕府はどのようにして政権を確立していったのだろうか? 室町幕府誕生前後の時代を見つめる。
出演者
【司会】高橋英樹,【出演】土保瑞希,向井地美音,込山榛香,【講師】中学・高等学校教諭…楠木武,【語り】杉村理加

ジャンル :
趣味/教育 – 中学生・高校生
趣味/教育 – 大学生・受験
趣味/教育 – 生涯教育・資格

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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