カズオ・イシグロ 文学白熱教室 2015.07.17


世界40か国以上で著書が出版され高い評価を受けている作家です。
1989年に出版された長編小説「TheRemainsoftheDay」「日の名残り」で英文学の最高峰ブッカー賞を受賞。
この作品は映画化され絶大な評価を受けました。
数年に1作品という寡作ながら人間の本質に迫る本格的な作品で世界中から注目されています。
今年3月10年ぶりとなる長編小説……を発表。
欧米でブームが巻き起こりました。
そのカズオ・イシグロ氏が来日。
英文学を学ぶ学生たちを前に特別講義を行いました。
作家自身が語る「文学白熱教室」です。
(拍手)こんにちは皆さん。
集まってくれてありがとう。
まず初めに皆さんに聞きたい事がある。
なぜ小説を読みたいと思うのか。
そして我々はなぜ小説を書きたいと思うのか。
私たちの社会ではなぜかフィクションや小説は文明にとって重要だと認識されている。
だが私たちが暮らしているこの現代フィクションや小説の重要性が不確かなものになっている。
小説は本当に娯楽の一手段以上のものなのか。
社会にとって本当に重要なものなのか。
今日はこのような問いかけを皆さんと一緒に考えていきたいと思う。
でも私は専門家ではないからその答えは出せないだろう。
私は小説家だ。
膨大な時間をかけて事実じゃない話を作り上げている。
事実ではない話をたった一つ考えるのに何年も費やす事がある。
それをどう伝えるかどうしたら良くなるか考えながらだ。
なぜわざわざこんな事をするのか。
なぜ皆さんも事実ではない話を読みたいと思うのか。
なぜエッセーとか歴史の本じゃないのか。
なぜ科学の本じゃないのか。
歴史や科学の本には確かな事実が詰まっていて知識も得られるのに。
今日は私がどうして小説を書くようになったのか個人的な話をしたいと思う。
これは大学の講義ではないので読者として作家として皆さんと経験を分かち合いたいと思っている。
フィクションや小説を真剣に捉えている私たちだからこの問いについて一緒に考えていこう。
まず私が小説家になった経緯を話したい。
またその動機について話そう。
それにはまず少し私の生い立ちから分かってもらった方がいいと思うので話そう。
ご覧のとおり見た目は日本人だ。
だが振る舞いは欧米人のような振る舞いだと思うし英語で話をしている。
私は九州の長崎に生まれ今60歳だが5歳になるまで長崎で暮らしていた。
九州に住んでいた。
もちろん当時は日本語しか話さなかったし住んでいた家も畳とかそういったもののある典型的な日本家屋だった。
5歳の時に両親と一緒にイギリスへ引っ越した。
そしてイギリスで育ちイギリスの学校へ通った。
15歳になる時までずっと日本に帰るものだと思っていた。
それが両親の予定だったからだ。
だからイギリスに永住はしないと思いながら育ったのだ。
いつか日本に帰るのだと。
なので私が「日本」と呼ぶところのかけがえのない場所がいつも頭の中にあった。
それは記憶に基づいている。
私が幼い頃の記憶だ。
それにはイギリスで日本について読んだ事や両親に聞かされた事が混ざっている。
こうして私が「日本」と呼ぶ世界に思いを巡らして私は育った。
日本の現実からかけ離れていたと思う。
飛行機に乗っても行く事ができない。
気付いたのはそれだけじゃない。
年を重ねるにつれこの世界が薄らいでいく事に気が付いた。
記憶と共に「日本」という世界が薄らいでいったのだ。
私が小説家になろうと思った動機は当時小説にはあまり興味がなく音楽に興味を持っていた。
ロックだった。
だが突然23〜24歳の頃フィクションを書きだした。
私が頭で描いた「日本」を舞台にフィクションを書いた。
現実の日本をリサーチする気はさらさらなかった。
私はただこの秘密裏に残していた個人的でかけがえのない「日本」を紙に書き記したかったのだ。
それが小説家になろうと思った本当の動機だった。
小説に書く事が私の世界を安全に保存する方法だったからだ。
もちろん小説を書くわけだからいろいろなテーマや社会問題を盛り込んで問題提起する事もした。
だが根底にあった動機は薄らいでいく記憶を保存したいという思いだったのだ。
1982年発表のデビュー作…イギリスに暮らす日本人女性が戦後混乱期の長崎でかすかな希望を胸に懸命に生き抜いた若き日々を振り返る。
娘を自殺で失った喪失感にさいなまれる中新たな人生を求め犠牲にしたものに思いをはせ回想した物語です。
その舞台となったのは作家イシグロの「想像の中にだけある日本」でした。
では最初の問いに戻ろう。
「なぜ小説なのか?」。
小説というものはフィクションの世界とは自分のために存在する世界を保存できる一つの場所だと思う。
そこに感情や情景を詰め込む事ができる。
小説ならば自分の情緒的な日本というものをとどめる事ができる。
それが私の出発点となったのだ。
フィクションを書く事でこうして世界を創り出す事ができる。
自分の心や頭の中にある内なる世界を人が訪れる事ができるような具体的な世界を外に創る方法だ。
そうすれば私は安心できる。
もう心配しなくてもいい。
私の「日本」はそこに安全に保存される事になるからだ。
小説というものの中に。
はいどうぞ。
非常に個人的な世界を他人にも読めるようなものに書くというのは心配ではありませんでしたか?それとも人と分かち合いたいと思ったのでしょうか?とてもいい質問だね。
私の最初の2つの小説は「私の日本」が舞台だった。
でもそれは自伝的な小説ではなかった。
直接的にはね。
実際その舞台は私が生まれる前の日本だった。
第2次世界大戦直後の復興の時代が舞台だ。
もし実際の体験や個人的な出来事があるとすればそれは私よりむしろ両親が体験した事に近いと思う。
最初から私は自伝的小説を書く事に興味は持っていなかったので余計な心配は要らなかった。
むしろ自分が覚えている世界を創る事に重点を置いていた。
みんながどんな会話をしてどんな行動をとっていたのかその時の雰囲気などだ。
視覚的に感覚として覚えている子供の頃の記憶を描きたかった。
空の色や路面電車の音。
路面電車がレールの上を走る時にたてるコトコトと鳴る音だとか。
まるでオモチャのような。
色や感触や食べ物を覚えているのだ。
私が実際に体験した事よりも感覚的な事を保存したかったのだ。
質問かな?どうぞ。
もし今20代の自分に会えるとしたらどんな事を言いますか?もし会ったらいろんな事を言いたいね。
でもどうだろう…。
不思議な事に今の自分は20代の自分を称賛するだろう。
今だから分かる事だが。
今の書き方と当時は違う書き方をしている。
今の自分は作風をものすごく意識するようになったし今の自分の方が技術的に優れていると思うが若い作家としての若い自分をどこか羨ましいとも思う。
当時の自分にはわき上がるように想像を膨らませるパワーがあった。
年々失ってしまった子供時代とのつながりや記憶をまだ持っていたからだ。
初期の作品にはどこか特別な何かがある。
20代の作家にしかない独特の力だ。
年を重ねるにつれ若い作家を羨ましく感じるよ。
若い時を作家として過ごすその時間をね。
「私の日本」を舞台にした小説を2冊書き上げたあと…「私の日本」として強調したけど私の中で創られた日本だから。
小説を書いたあとフィクションを書く初期の目的は満たされた。
「私の日本」は安全なところにとどめる事ができた。
だが同時に気付いた事があった。
私の本はほとんど西欧社会で読まれ特にヨーロッパやアメリカで読まれていた。
読者は私の小説は特別な日本の話だと考える傾向にあった。
私は普遍的な人間の体験だと思って表現したんだが人はこう言うわけだ。
「あ〜日本ではそういう事なんだ」。
私が社会について何を書いても日本社会の事だと関連づけられてしまっていた。
「日本人の考え方」「日本人のマインド」と受け止められたのだ。
かなり前になるが当時1980年代はまだ日本という国や日本の文化は今のように世界に知られていなかった。
だから人々は日本を異国情緒あふれる不思議な文化の国だと考えていた。
これを私は問題だと感じ始めたのだ。
ちょっとうぬぼれた言い方をすると「他の小説家とは違うこれは自分の独特なスタイルだ」と思っていた事を人々は全て「日本の事」と受け止めた。
私は人間性や人間の経験に関する普遍的な真実についてつづる作家として認識されたいという欲求に駆られた。
「ジャーナリストや旅行作家や外国特派員として日本の事だけを書いているんじゃないのだ」と。
そしてこういう事になるのは読者の読み方にも限界があるからだと思った。
そこではっきりと決断した。
舞台が日本ではない小説を書こうと。
読者はどう思うだろうか?受け入れてもらえるのか?それとも反発するだろうか?読者は私が日本についてよく知っていると思ったからこそ私に特別な役割を授けたのだろうか?もし私がその役割を放棄したら興味を持たなくなるかもしれない。
そういう恐れもあった。
だが私の決心は固かった。
普遍的な事を描く作家として認識されたかったのだ。
そして書いた3冊目が「日の名残り」だ。
それはいかにもイギリスらしい舞台で展開する。
だが物語は2冊目「浮世の画家」とほぼ同じだ。
その舞台は第2次世界大戦後の日本だった。
物語の流れはほぼ同じで設定をイギリスに移しただけなのだ。
それがかなりうまくいって私の代表作となった。
賞も受賞し私が世界的に知られるきっかけにもなった。
アンソニー・ホプキンスやエマ・トンプソンなどが出演して映画にもなった。
イギリスのとある地方にある荘厳な貴族の館。
そこで執事を務める主人公は完璧な仕事ぶりを常に心掛けていました。
執事としてのあるべき姿理想を追い求めていたのです。
しかし戦争を機に屋敷をめぐる情勢がすっかり変わってしまいます。
外に出てみれば彼の価値観は既に時代遅れのものになっていました。
それでも主人公は感情を押し殺して主に盲目的に仕える事をよしとし仕事に没頭する事で自らの尊厳も守り続けようとします。
私はある意味うまくいったと思った。
私の物語はもっと広い範囲に当てはまるとみんなに気付いてもらえた。
また私はある事を発見した。
物語の舞台は動かせるのだと。
舞台設定は物語の中で重要な部分じゃない。
これに気付いたあと舞台設定を探すのが難題になった。
あまりに自由になってしまったからだ。
このところこれにかなり悩まされている。
舞台設定をためらい場所を決めるのに長い時間を費やしてしまう。
物語をいろいろな舞台へ世界中のさまざまな場所さまざまな時代へ移せると分かってしまったからだ。
ジャンルだって変えられるだろう。
SFにも中世の怪奇小説にも推理小説にだって仕立てられる。
そこで私が心掛けているのはそのアイデアを簡潔に2つ3つのセンテンスの文章にまとめる事。
もしまとめられないならそのアイデアはいまひとつという事の証拠だ。
あるいはまだ熟してない。
それでも私は思いついたアイデアを2つか3つ長くても4つの文章でまとめようとする。
ノートに書きとめたアイデアを見返してその短い文章だけでアイデアの発展性や湧き上がってくる感情があるかどうか確かめる。
短い文章に私を悩ましたり刺激したりするような世界が広がっているのかどうか確かめる。
あらすじ以上のものがないと駄目なのだ。
「これなら物語を創り上げられる」と思えるようなものじゃないと。
往々にしてアイデアというものは時代や場所が決まっているわけじゃない。
抽象的で「何とかの話である」ぐらいから始まる。
私の3冊目の本はこんなふうにまとめられる。
「完璧な執事になりたがっている男の話で私生活やその他の事を犠牲にしてまで完全無欠な執事になりたいと願っている」。
これがアイデアだ。
舞台は日本に設定する事も可能だし4世紀前の設定でもいい。
現代でもいいし未来の話にしてSFかファンタジー小説にしてもいい。
こうしてアイデアをどんな舞台にも動かせると知ったおかげで困った事になった。
まるで高級なレストランへ行ってメニューを見て何を選んでいいのか分からない状況と同じなのだ。
だから私はいつも選択を迷っている状態にある。
舞台の選択肢がありすぎてだ。
少なくともこれがここ20年間大きな負担となっている。
いいと思えるアイデアが浮かんで書く意欲は湧いているのに舞台をどこに設定すればいいのか決められない。
では最初の問いに立ち返ろう。
「なぜ小説なのか?」。
ルポルタージュやエッセーと比べて何が小説を特別にしているのだろう。
まさに今話した事の中にヒントがあるのではないか。
小説の価値というのは表面にあるとは限らない。
「歴史書」を時代を変えていいとしたらおかしな事になる。
歴史家がそんな事をしたら許されないだろう。
でも小説では可能だ。
つまりこれは物語の意図するものは表面の細かい部分にはそう結び付いていないという事を意味する。
小説の価値はもっと深いところにある。
創造したアイデアの奥深いところにあるのだ。
だからアイデアをいろいろな舞台に設定して考えてみる。
どこに設定するのが一番うまくいくのかと。
ここか別の場所か。
どの設定ならアイデアに命が吹き込まれて生き生きとするのか。
前列の男性どうぞ。
小説を完成させるまでの時間のうちどのくらいロケーションハンティングつまり舞台設定の下調べに費やしているのか教えて下さい。
書き始める前に行うんですか?それとも書いている途中で行いますか?まさにそこが問題なんだ。
私はロケハンに時間を費やしすぎる。
私は書き始める前にロケハンをして舞台設定を決めようとする。
それがいいからね。
経済的で理にかなっている。
僕だけの問題かもしれないが…。
実は「わたしを離さないで」は2回書き損じているんだ。
ロケハンが終わって舞台設定はもう決まったと書き始めたがどうもうまくいかない。
筆が進まなかった。
「舞台設定が悪いんじゃないか」と思った。
「わたしを離さないで」では舞台設定は3回目でやっと決まったんだ。
SF小説にしようとね。
何らかの理由で若者たちがある意味老人のように命に限りがあるという設定の物語が書きたかったからだ。
外界から隔絶された寄宿舎に暮らす子供たち。
そこでは異常なほど厳格な暮らしが守られています。
外へ出る事は禁じられ異様なまでの健康診断など厳しく管理されています。
やがて過酷な運命の日がやって来ます。
彼らは臓器提供をするためにだけ育てられたクローンだったからです。
ごく限られた長さの命を生きるという独特の世界観の中で読み手に命とは何か問いかける物語です。
小説で使った手法は「奇妙ななじみのない設定の中に物語を置いて際立たせる」というものだ。
そして読んでいくうちにこう考えだす。
「この状況は自分たちが置かれている状況とよく似ている。
主人公が語っているのは自分たち人間の事だ。
富める者も貧しき者も才能があろうがなかろうが誰しも寿命がある」。
小説「わたしを離さないで」では歴史上の問題とは違うが臓器提供や科学研究の倫理的な問題が含まれている。
更に遺伝子実験の問題も。
書き始めた時に中心に据えていなかった一連の問題が避けようもなく噴き出してくる。
小説を書く時は問題の層がいくつもあるという事を認識する必要があり私もそれを自覚している。
ある程度それらの問題に対しても責任を持たなければならないと思う。
作品の目的のために何かを取り上げる時は付随する問題に対して真摯にあたる必要があると思う。
それを「小説の仕掛け」として使うのだから。
常に責任を意識してもいるが心の奥底にはどこか罪悪感も残っている。
ではもう一度最初の問いに戻る。
「フィクションとは何なのか」。
フィクションでできる事は異なる世界を創り出す事だ。
これが小説に価値がある理由の一つだと思う。
私たちは異なる世界に入り込む事で思い起こす。
実生活の中で生まれている多くの事は想像から生まれたものなのだと。
多くの文明の利器はまず想像されてそして実際に創り出された。
私たちは心のどこかに異なる世界に行ってみたいという願望がありその世界は自分が知っている現実とは異なっていてもいいのだという事に気付いている。
こんな効果的な事ができるのはフィクションだけだ。
小説と同じように映画でもできる。
演劇もそうだ。
つまり一般的な意味のフィクションだ。
私たちはどこかで「異なる世界を必要としそこへ行きたい」という強い欲求がある。
このような世界はノンフィクションやルポルタージュでは生み出す事はできない。
それでは次に「物語を記憶を通じて語る」というテーマに入りたいと思う。
これは物語を語るうえでフィクションで使われる一つの手法でテレビドラマや映画とは全く違うものだ。
紙の上でしか描く事ができない。
読者も小説を読まないとこれを体験できない。
だから私は小説を読むべきだと言えるのだ。
この体験は小説という形だからこそ得られるもので他の形では得られないからだ。
こうして私はこの手法を用い始めた。
筋書きに固執して時系列に話を展開する事よりも語り手の内なる考えや関係性を追って書きだした。
ジャーナリストなら信頼できない事は最悪だ。
だがフィクションでは信頼できない事で面白い事が起きる。
例えば人間は何か思い出す時その記憶はゆがめられている。
不愉快な事はすり替えている。
自分を少し誇張したりもする。
フィクションで記憶を取り入れる事によって「なぜ人は信頼できないんだろう?」という疑問がわき上がる。
「どういう時に信頼できないのだろうか?」。
「何かを隠そうとする理由は何なのか?」。
「逃げ出そうとする理由は何なのか?」。
「なぜ物事を変えたいと思うのか?」。
私は「信頼できない」事は小説家にとって非常に力強いツールだと思った。
私が言う「信頼できない」とは私たちの現実の世界で起きている事だ。
人は真剣な話重要な話をする時実は信頼できないのだ。
10代になればあるいは大人になればなおさら我々はある種の達人になっている。
私たちに語りかけている人は信頼できる語り手じゃないと分かっている。
例えば学生時代の友人にばったり出会って君はこう言う。
「やあ元気にやっているか?離婚したって聞いたよ」。
「あぁ。
でも離婚してよかった。
これ以上最良な方法はなかったよ。
前より自由になったし人生も上向きになってきた」と友人が答えたとしよう。
よほどのバカ者じゃないかぎり「あぁよかった。
大丈夫なんだな」と思う人はいないだろう。
それは「方便」だと分かっているからだ。
人は本心を明かさず少し飾って話す事が多い。
そんな事から私たちは社会で生きているだけで物事を読み取る達人にもなっているのだ。
だからフィクションを書いている時信頼できない語り手や信頼できない物語の進行役を用いると読者は「読み取る」スキルを使う事になる。
現実の世界で自分を取り巻く世界や人に対して使うように。
私が非常に興味を持っているのは人が自分自身にうそをつく才能だ。
他人にうそをつくつもりがなくても本当ではない事を言ってしまう。
そのような「信頼できない」状態はフィクションを書くにあたって非常に有効でフィクションにぴたりとはまる手法だと思う。
はいどうぞ。
物語を伝える形式は物語のテーマによって変えるんですか?もちろんある程度はそうだね。
1人の登場人物の記憶を通じて語るという手法に私は引きつけられている。
取りつかれていると言ってもいい。
それは私のテーマにぴたりとよく当てはまるからだ。
特に興味を持っているのは人はどのように自分と向き合うのか。
どのように自分の人生を評価するのか。
どのように不愉快な事を避けるのかという事。
最近更に興味を持ったのは社会全体がどのように自分たちを欺くのか。
あるいは意図的に忘れようとしているのか。
それとも記憶にとどめたままにするのか。
急に忘れた事を思い出したりもする。
それは社会の政治的な目的にかなうからなのだ。
はいそちらの方どうぞ。
はい。
記憶の本質的な曖昧さに向き合う事と過去の歴史的な社会的な罪に対して責任を負う事についてどのようにお考えでしょうか?それに対する簡潔な答えはないだろう。
答えは見つからないかもしれない。
過去にしでかした過ちにいつ向き合うのがいいと言うのは難しい。
個々のケースは理解可能だ。
もしそれが凶悪な事だったり明らかに犯罪だったりしたら話は違ってくる。
だがほとんどの人は長い人生を歩みある年齢に行き着くと「後悔が何一つない」という事はありえない。
ある程度年を重ねればしてきた事の全てに満足している人はほんの一握りだろう。
人はいつも罪の意識を持っていたりもっとこうすればよかったと思っているはずだ。
だから私は同情も共感もする。
「それを振り返りたくない。
振り返らなくても別にいいだろ?」と言う自分たちに。
「自分にできる事はもうない。
このままにしておこう」と。
これは人間臭い事だ。
社会においてもいつ思い出すべきでいつ忘れるべきなのかと知るのは非常に難しい。
もし過去に恐ろしい事件が起きてそれが「正義」という観点からすれば忘れてはいけない過去の出来事として葬り去るのは間違っているとしよう。
だがこの事を深く考え始めるとこの問いそのものが難しいと分かる。
フランスを例にとろう。
第2次世界大戦中その時代に戻ってみよう。
フランスは第2次世界大戦中ほとんどの期間ナチス・ドイツに占領されていた。
往々にしてフランス人の多くがナチス・ドイツの協力者となりナチスを助けていた。
フランスのどの村でも誰かがレジスタンスをナチス・ドイツに売っていた。
ナチス・ドイツの圧力は大した事なかったはずなのにフランス系ユダヤ人を強制収容所へ送り込んだ。
そして戦争が終わった。
フランスはこれらの記憶つい最近起きた出来事の記憶をどうするべきか決断する必要があった。
しかもこの記憶は社会の奥深くに刻み込まれていた。
どの町でもどの村でもどこの誰がナチス・ドイツに協力していたのか知っていた。
誰がレジスタンスに身を投じて敵に売られたのか知っていた。
ド・ゴール大統領は意図的な決断をした。
社会の連帯を守るために。
社会を崩壊させないために。
「この国が再び強くなるまでのしばらくの間国民全員が勇敢なレジスタンスだったという物語を信じよう。
全員が戦ったのだ。
全員がナチス・ドイツに立ち向かったのだ。
その後に連合軍によって解放されて最後まで勇敢に戦ったと信じよう」。
今でもフランス人の多くはそう信じている。
私は理解できる。
そんなうそをつき続けるのは恥辱だとする一方でそんなうそがなければ国家が崩壊するという最悪な事態になりかねない危機的な状況だったと。
非常に複雑な問題だ。
これに対して一般論で答えようとは思わない。
それが社会に対する事でも個人に対する事でも。
これは社会と個人が直面する永遠の課題だと思う。
いつ忘れていつまで忘れるのか。
いつ勇気を持って暗い記憶を明るい場所へ引きずり出すのか。
それでは次に「メタファー」比喩について話したい。
比喩の事は皆さんも知っていると思う。
狭い意味での比喩について話したいのではない。
いわゆる直喩は皆さんも会話や文章の中で使うから知っているね。
私は作家として小説全体を支配するような大きなメタファー隠喩に引かれる。
私はよく小さなアイデアをノートに書き込みそしてどれが力強いか見比べる。
それがアイデアが力強いかどうか決める私なりの方法なのだ。
自問する事だ。
「これは本当に何か重要な事の力強い比喩になりえるのかどうか。
この物語はとてつもなく大きな比喩になるのだろうか」と。
私の最新作「忘れられた巨人」。
まだ読んでいない人もいるだろうから全体の筋立てを明かしたくないが少しだけ話そう。
舞台は大昔のイギリスに設定してある。
奇妙な事に人々は年齢と関係なく出来事を忘れていく。
子供も若者も昨日の出来事や1時間前の出来事すら思い出せないのだ。
ただただ思い出せない。
記憶が消えてしまっている。
これが社会問題となっていた。
徐々にその理由が分かってくる。
それはドラゴン竜のせいなのだ。
竜は近くの山の上に住んでいてその竜の吐く息が記憶を失わせるのだと。
これが人々の間で対立を生む。
かけがえのない記憶を取り戻すために竜を殺そうとする人々が一方にいる。
他方で竜を守ろうとする人々もいる。
なぜなら竜を生かしておけば嫌な記憶暗い記憶を忘れたままでいられるからだ。
実際この社会が内戦状態に陥らないのは竜の吐く息のおかげかもしれない。
一世代前に起きた恐ろしい出来事の記憶は普通の記憶やいい記憶と共に忘れられている。
だがかけがえのない記憶を取り戻したがっている人がいる。
老夫婦がこう言うのだ。
「私たちは深く愛し合っているがもしこの大切な記憶を失ったら愛情までも失われてしまうのではないか?失いたくないから記憶を取り戻したい」と。
こういう物語だ。
私はこの問題に非常に興味を持っている。
日本やアメリカやイギリスにも当てはまる。
紛争があったルワンダや南アフリカにも。
南アフリカにはアパルトヘイトの記憶がある。
分裂した旧ユーゴスラビアにも当てはまる。
多くの社会に葬り去られた記憶があるのだ。
これは非常に難しい問題だ。
いつ思い出していつ忘れた方がいいのかと。
この問題は個人の人間関係にも当てはまる。
例えばうまくいっている結婚生活でも忘れた方がいいという記憶がある。
だが時々長い間記憶を隠しておくとある時問題となって現れる。
だから実際思い出した方がいい時もあるのだ。
このような物語このようなアイデアはそれ自体が何かの大きなメタファーとなる。
「日の名残り」は私にとっても面白いケースだった。
一石二鳥だったからね。
イギリスの執事のイメージは世界的に確立されていると思う。
イギリスの執事に会った事がない人でも厳格で礼儀正しいという典型的なイメージを持っている。
私はこれを2つのメタファー隠喩に使えると思った。
完璧な2つのメタファーになった。
一つはある程度誰もが持つ感情を表す事の恐れだ。
愛や友情人との関係の中で感情をあらわにして傷つく事を恐れている。
職業人に徹して感情を封じ込めた方が傷つかず安全な時がある。
その意味で執事は感情の抑圧や恐れの比喩にぴったりだ。
同時に別の意味でも執事は完璧な隠喩になると思った。
政治権力に対する私たちの関係の隠喩にだ。
私たちの多くは大統領でもなければ有力な政治家でもない。
大企業のCEOでもない。
私を含めた多くの人々はただ自分の仕事をするだけだ。
ただ仕事をして雇い主に雇用先の企業に国家に大義に貢献するだけだ。
そしてその貢献が役立つ事を願う。
自分の仕事を全うして自分のプライドや尊厳を保っている。
でもそれが上のレベルで活用されているのかどうかは分からない。
私たちはただ上にいる人たちが役立ててくれる事を願っている。
だが小さな世界に住む私たちは自分たちの貢献が役立っているのかが見えない。
そのような意味で道徳的にも政治的にも私たちも執事であると伝えているのだ。
これも大きな隠喩の例だね。
物語全体がメタファー隠喩としてうまく働いたと私は手応えを感じている。
私が好むメタファーは読者がそれが比喩だと気付かないレベルのものだ。
物語に夢中になって物語の行き先ばかりに気を取られてその背景を冷静に分析したりしないですむような。
そして本を閉じた時にあるいは思い返した時に気付くかもしれない。
人生に直接関係する何かの隠喩だったからこの物語に夢中になったのだと。
そのようなメタファー隠喩が力強く威力を発揮する。
どうぞ。
フィクションは基本的にうそだという話に興味を持ちました。
同時に普遍的に当てはまる事実を書くだけの作家としては認識されたくないと話されましたね。
小説家の仕事は事実を伝える事なのでしょうか?それともうそを伝える事なのでしょうか?実は意識して「うそ」という言葉は使わなかった。
「うそ」とは意図的に相手を惑わせるものだ。
それに私は意図的に読者を惑わす内容のフィクションは好きじゃない。
それがプロパガンダだったりただの感傷的な内容だったりしたとしても。
人生を実際より楽だと思わせるような内容は好きじゃない。
だから「うそ」は嫌いだ。
確かに私は「事実じゃない話を創り上げる」と言った。
事実じゃない話は…もちろんどんな事か分かるね?創られたものだ。
そこで最初の問いの核心に触れる事になるが私たちが小説に価値があると思うのはそれに何らかの重要な真実が含まれているからだ。
少なくとも私たちが価値あると思う小説はそうだ。
完成度が非常に高い小説や詩にはそのような形でしか表せない何らかの真実が含まれている。
そこでこの問いがある。
真実とは何か。
それは一体どんな真実なのか。
それは月並みな事実ではない。
「いついつにドイツがフランスに侵攻した」といったような事実の事ではない。
では真実とは何だろう?これが小説に価値がある理由だ。
長い歴史を通じて人間は洞窟の中でもたき火を囲んでさまざまな物語を語ってきた。
悲惨な戦争のさなかでも人々は互いに物語を伝え合ってきた。
それはある種の真実を伝える手段だったからだ。
真剣に読者たりえたい小説家たりえたいならば常に自らに問いかけなければならない。
「この物語に重要な真実は含まれているのか?」。
その真実とは…。
私は哲学者ではないから正確な答えは持っていない。
ただ真実とは人間として感じるものだと思う。
たとえその小説が現実とは違う事象を語っていたとしてもね。
語られる体験や伝わってくる感情を私たちは真実だと認識する。
そして小説では時にとても重大な心情や気持ちを伝えられる。
だが事実にだけ基づいた本やノンフィクションでは伝えきれないものだ。
ここで最も重要な点は小説は特定の状況で感じる気持ちを伝えられるという事だ。
歴史書やジャーナリズムでは状況を伝える事はできる。
例えばある時代のある場所で人々は飢えに苦しんでいたとしよう。
だがその苦しみ飢饉のせいで愛する者や子供を失った苦しみは伝えられない。
「ある時代のある町のある場所で人々は飢えに苦しみ死んだ」という事実だけでは人間は不十分だと感じるのだ。
私たちはどう感じたのかを伝えてほしいのだ。
どうしてか分からないがそれが人間の本能なのだと思う。
それが真実というものだ。
本当に感じられるのか。
その状況にいるかのように感じられるのか。
さもなければ真実ではないのか。
これを常に自問する必要がある。
事実だけを述べたノンフィクションでは物足りないと思うから小説という形がとられるのだ。
さて刺激的な対話を持てたからまとめは必要ないようだね。
皆さんがすばらしい聞き手だった事に感謝したい。
皆さんから鋭い洞察力と思慮深い質問や意見をもらってこれほど助けられるとは思いも寄らなかった。
心から感謝している。
最後に少しだけ言わせてもらいたい。
「なぜ小説なのか?」「なぜ小説を読むのか?」「なぜ他のじゃなくて小説を書くのか?」という問いかけに戻る。
明確な答えはないがなぜ小説に価値があるのかという理由を幅広く論じたね。
仕事が忙しかった一日の終わりに読む娯楽以上の価値がある。
個人的な事になるが長年執筆活動をして気付いた事がある。
自分が小説を書くうえで重要な事は心情を伝える事なのだと。
知的な意見を伝えたいわけでも何かについて議論したいわけでもない。
偶然にそうなってしまったらそれはそれでいい。
基本的に私はとてつもなく大きくとてつもなく重要な事に対する思いを伝えたいと思っている。
尊敬する作家の作品に対してもこの点を大切にしている。
映画や音楽やどんな形の芸術に対してもだ。
自分たちの体験に対して人間としての感情を分かち合う事は非常に重要な事なのだと思う。
人間は社会で経済活動するだけでは不十分なのだ。
心情を分かち合う必要がある。
私が小説を書く時はこう言おうとしているのだ。
「私はこのように感じた。
それを書いて君に見せている。
君も同じように感じるのか。
私がここで表現しようとしている事を少しは理解してくれるのか。
思いが伝わるのか。
私はこう感じたんだ」と。
私も他の作家の小説を読む時このようなわけで作品に感謝しながら読んでいる。
「自分がその心情を理解できるように表現してくれてありがとう」と。
私は小説のこの点を最も大切にしている。
この世界を生きていく人間として心を分かち合う事を。
(拍手)ありがとう。
(拍手)2015/07/17(金) 23:00〜23:55
NHKEテレ1大阪
カズオ・イシグロ 文学白熱教室[二][字]

英タイムズ紙で「1945年以降の最も重要な英文学者50人」に選ばれた、ベストセラー作家カズオ・イシグロが白熱教室に登場。自作をひも解きながら、文学の真髄に迫る。

詳細情報
番組内容
1989年に「日の名残り」で、イギリス最高の文学賞であるブッカー賞を受賞。2005年の「わたしを離さないで」は舞台や映画になり、今年発売の最新作「忘れられた巨人」は各国でベストセラーとなっている。実際にあったかのようなリアリズムに徹しながら、日常の小さな隙間から不条理な世界を描き人間の本質に迫る独特の作品世界を構築している。自身の発想法や小説の意味などが語られる、ベストセラー作家ならではの白熱教室
出演者
【出演】小説家…カズオ・イシグロ

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
趣味/教育 – その他

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
英語
サンプリングレート : 48kHz

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