夏本番を迎えた隅田川です。
川面をわたる風が気持よさそうですね。
皆思い思いの時間を過ごしています。
隅田川は古くから人々にとって憩いの場所でした。
海開きならぬ川開きってご存じですか?江戸時代に始まった行事です。
現在もその名残として行われているのが…。
江戸っ子たちの粋な遊び方は現代にもしっかりと受け継がれているんですね。
さてこれからご紹介する一枚も隅田川の夏の情景を描いたちょっと粋な作品です。
作者は浮世絵の風景画に革命を起こした…。
彼の晩年の傑作と言われるのが…。
斬新な視点と鮮やかな色彩で描き上げた江戸の町。
季節の移ろいとささやかな暮らしのひとコマ。
そのなかでひと際奇抜な構図で描かれているのが今日の一枚なのですが…。
亀が一匹ぶら下がっている。
ただそれだけ…。
いったいなぜ?その美術館の最寄り駅は原宿です。
駅から表参道方面へ歩くこと5分。
太田記念美術館は1万4,000点ものコレクションを誇る世界有数の浮世絵専門の美術館です。
では今日の一枚を。
縦36センチ横25センチの浮世絵です。
画面右上に大きく描かれた一匹の亀。
その向こうには川に浮かぶ2艘の船と…。
遠くそびえる富士山。
当時の万年橋は富士の山がきれいに望める名所でした。
となると焦げ茶色のこの部分はつまりこの絵は橋の上でしゃがみ込み欄干の間から覗いた風景なのです。
遠くの西の空は夕焼けに染まっています。
その茜色の鮮やかさ。
手前に連なるのは丹沢山系の山々です。
隅田川の対岸には生い茂る木々の中にたち並ぶ家々。
江戸から富士山のある駿府までを見渡す実に奥行きの深い構図です。
涼しげな風が吹いています。
川面を彩るみごとな青の技についてはのちほど。
吊るされた亀もどこか気持よさそうな顔をしています。
広重が切り取った江戸の夏黄昏時の風景。
でも気になるのはいちばん手前に描かれたこの枠。
いったい何?ただの万年橋を描けば丸い橋になるわけですけれどもそれをどこだと謎解きみたいにして…。
そのおもしろさっていうのを風景画の中に加えたという意味ですよね。
広重の究極の風景画の提案と考えていいんじゃないでしょうかね。
では当時の江戸の庶民たちは広重の絵をどんなふうに見ていたのでしょうか。
ちょいと長屋を訪ねてみると…。
あっ大工さんのあの2人。
東海道五拾三次『日本橋朝之景』に仕組まれた広重の巧妙な仕掛けに感心しきりだった八っつあんと熊さん。
最近は少し浮かない気分らしいのですが…。
熊さんよ大工の仕事に見切りをつけて思い切って商売変えしないかい?もう飽きたろう。
転職?いったい何の商売に?魚売りで…。
魚売り?フンッ柄にもねえ。
だってよほら広重の描いた日本橋の魚売り。
ありゃずいぶん楽しそうに働いてたじゃねえかよ。
なんとも明るい職場っつう感じでよ。
騙されちゃいけねえよ。
こういうときこそ焦らず悠然と構えなきゃ。
亀のようにな。
あれ熊さんいつの間に亀なんて飼い始めたんだい?見習おうと思ってさ。
見てみな。
着実に一歩一歩歩むさま。
全然焦っちゃいないだろ。
粋だね。
これからの江戸っ子はこうじゃなきゃ。
いや奇遇だね。
実はおいらも今日絵双紙屋で買ってきたんだよ。
ほら広重の新作だ。
名所江戸百景『深川万年橋』。
ほらここにでっかく亀が描かれてるだろ。
どれどれ?お〜こいつはいい亀だ。
甲羅のツヤもいいやね。
ところで八っつあんよこいつはどこの風景だい?さっきも言ったろ深川の万年橋だよ。
えっどこが?おいらこのあたりで生まれたけどこんな風景見たことねえぞ。
だいたいよなんで亀が吊るされちゃってるわけ?そう言われてみりゃ確かに他にもおかしなところがあるな。
そうなぜ亀は吊るされているのか…。
そもそも亀と橋にはどんな関係があるのか…。
名所を描いているはずなのにわからないことだらけなのです。
しかも謎多きこの絵には広重の緻密で絶妙なテクニックが駆使されていたのです。
摺りあげてみれば…。
ゴッホをはじめドガロートレックなど西洋絵画の多くの巨匠たちを魅了した名所江戸百景。
とりわけこの一枚には革新的な仕掛けが施されていたのです。
それが広重の浮世絵革命。
画面いちばん手前に描かれているこれは何なのか…。
江東区清澄は今も随所に下町風情が残る町です。
その一角に万年橋はあります。
ちょうど隅田川と小名木川が合流するあたり。
広重は橋の上から西の方向つまり隅田川に向かって広がる風景を切り取ったのです。
現在はビルがたち並び富士山を望むことはできませんが…。
およそ160年前にはこんな風景が広がっていたのです。
ではなぜ広重はこんな奇抜な構図にしたのでしょうか。
広重は当初は武者絵や美人画を多く描いていました。
大きな転機となったのが37歳のときに刊行された『東海道五拾三次』。
江戸日本橋から始まり京都の三条までの旅路を叙情的に描きあげました。
当時江戸で巻き起こっていた旅行ブームも手伝って空前の大ベストセラ−となったのです。
よし!おうおう熊さん!どこ行くんだい?ああちょっと河岸まで魚を仕入れにな。
えっ!?あんなに嫌がってたのにいつの間に魚売りに鞍替えしたってんだい?いよいよおいらも大きな転機を迎えようかなってな!ちょちょちょっと待ってくれ!俺も魚売りになる!一躍人気浮世絵師の座にのぼり詰めた広重はその後も次々と作品を発表していきます。
ところが還暦を迎えたとき突如頭を丸めてしまうのです。
当時の剃髪というのは必ずしもむしろ心意気を示すイベントみたいなところがあるんですよね。
広重の覚悟の表れだったのでしょう。
一切の邪念を振り払い一世一代の作品を作りあげたい。
と挑んだのが『名所江戸百景』でした。
安政3年から亡くなる安政5年までの間に全118枚を描きあげたのです。
特に斬新だったのが縦長の画面を採用したこと。
それまでの風景画はほとんどが横長の画面に描かれていました。
パノラマに広がる風景は横長画面にはおさまりやすいのですが同じ構図で縦長の画面に描くとなんともバランスが悪くどこかしっくりこないのです。
そこで広重が生み出したのが…。
画面のいちばん手前に極端にクローズアップした船頭をはみ出すほど大きく描きその腕や足の向こうに遠くの風景をのぞき見せる。
この近景に描かれた船頭が画面をグッと引き締めているのです。
今日の一枚も同じ構図で描かれています。
橋と亀を手前に大きく描き遠くの富士山をのぞき込ませながら。
ではなぜ亀だったのか?どうして吊るされているのでしょうか?旧暦の8月15日この近所の富岡八幡宮で生き物を自然にかえすという放生会っていうのをやるんですね。
放生会のためにこの小亀を買って人々はそれを持って放していくというための亀ですよね。
夏に行われる儀式。
その季節になると橋のたもとで川へ放すための亀が売られていました。
広重はその放生会を描いたのです。
更に亀にはもう一つの理由が。
八っつあん熊さんわかるかな?まったく魚売れなかったね。
結局全部野良猫にくれちまったよ。
やっぱ世の中そんな甘かないね。
おい聞いてんのかい?熊さん。
鶴は千年亀は万年…。
万年!?いったいどうしたんだい?熊さん。
八っつあんわかっちゃったよ。
あ?亀は万年と万年橋。
これ万年って言葉がかかってんだよ!ああなるほど!シャレか。
こいつは粋だね!亀は放生会という儀式を表しているだけではなくここが万年橋であることをも指し示していたのです。
アイデアとユーモアに溢れたこの一枚には広重ならではの繊細な技がふんだんに使われています。
細かい仕事が非常に多いと。
川面には2種類のぼかしの技法が用いられています。
手前の岸付近に使われているのが…。
その下のほうに藍色の顔料を置いていきます。
ブラシを使って絶妙な塩梅で水と顔料を混ぜ合わせ摺りあげていくと…。
上へ向かって徐々に薄くなっていくグラデーションが現れます。
対岸付近にはその逆の下へ向かって薄くなっていく…。
2つのぼかしでみごとに表現された川面の陰影です。
更に亀の甲羅にまでうっすらとぼかしが入れられています。
広重は随所にぼかしを用いることで陰影や質感までをも表現したのです。
それが『深川万年橋』の鮮やかさ美しさ。
おみごと。
あとはこいつがわかれば一件落着なんだけどな。
どれのことだい?ほらいちばん手前にあるやつよ。
あん?いやそんなことよりよ熊さんあの手桶ちゃんと洗っといてくれよ。
アンタ手魚臭くていけねえからよ。
手桶?あ〜っ!なんだいなんだい?でけぇ声出してどうしたんだい。
八っつあんよこのいちばん手前にあるやつこれ手桶じゃねえか!?落ち着けよ。
あん?そういちばん手前に描かれているのは魚売りなどが使っていた手桶の内枠。
その取っ手に亀が吊るされていたのです。
問題はななんで広重がもっとわかりやすく手桶を描かなかったのかってことなんだよ。
あぁ確かにな。
全体を描きゃすぐ手桶だってわかるのにな。
そこは天才広重のこと。
ちゃんと狙いがあったのです。
現代の映像手法にもつながる驚きの仕掛けとは?大きな馬のお尻。
くるりと輪になった松の枝。
そして浅草寺のちょうちん。
『名所江戸百景』のなかで歌川広重は手前にクローズアップしたものを描き込む近像型と呼ばれる構図を多く用いています。
今日の一枚でも。
実はこの構図は現代の映像の世界でもよく使われ…。
という言い方をします。
そこにはある視覚効果が生まれるというのですがいったいどんな?ちょっと八っつあんにお手伝いいただきましょうか。
合点承知の助でぇい!例えば人物を撮る際何もなめずに撮影するとこんな感じですがごく平凡です。
では手前に手桶をなめて撮ると…。
どうですか?見ている私たちと撮影している対象物。
この場合ですと八っつあんとの心理的な距離がぐっと近くなったような気がしませんか?更に桶の代わりに熊さんをなめてみると…。
私たちが熊さん自身になって八っつあんを見つめているような気分になるのです。
つまり手前に何かをなめると描かれている風景の中にいるような臨場感が生まれるのです。
更にこの一枚にはもう一つ巧妙な仕掛けがあるといいます。
万年橋の橋桁とそれから手桶を持ってる桶ですよね。
それでフレームにしてしまったと。
風景を見る視界を限ったと。
今まで江戸の絵画ではないものですね。
ですから視覚を狭めてよく自分の町を見てみようと。
身近なところだってこうやって見るともっとおもしろいところがあるという…。
考えていいんじゃないでしょうかね。
まるでカメラのファインダーのように風景を切り取り広重はその斬新な構図で見慣れた風景を新鮮なものへと変えてみせたのです。
亀を川に放すことで功徳を積む放生会は夏の風物詩。
小さな亀が手前に大きく描かれ富士山は遠くのほうに小さく。
その極端な対比が不思議な感覚を生み出しています。
そこにこそ広重の真の狙いが…。
熊さんよ。
何だい?なんかこの亀見てるとこれから放たれる自由な世界を夢見てるみたいでなんとも幸せそうに見えないかい?そうかい?おいらの見方はちょっと違うな。
むしろ人間様の気持かな。
亀を川へ放して功徳を積む。
そしていつかは西方浄土へ。
するってえとこの富士山があの世ってわけかい?ああそうだな。
放生会はもともと仏教の教えから生まれた儀式です。
もしかしたら広重は西の方角にそびえる富士の山を西方浄土に見立てたのかもしれません。
広重がこの世を去ったのはこの一枚を描いた翌年のこと。
その辞世の歌はこうです。
つまりこの世に筆を置いて西方浄土の名所を見て回りたいと。
熊さんやっぱり俺たちは魚売りには向いてねえみてえだな。
まあ柄じゃないってことだな。
これからどうするよ?やっぱりあれしかねえんじゃねえか?そうだなせ〜の…。
やっぱ俺たちにはコントしかないでしょ!はいキンコメさん私もそう思いますよ。
それはふいにシャッターを切って偶然撮れてしまったような新鮮で奇抜な構図で描かれています。
江戸の町を見つめ続けた絵師が描き上げた新しい風景。
歌川広重作『名所江戸百景深川万年橋』。
粋でいなせなベストショット。
東京・青山のおしゃれな美容室。
2015/07/18(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち 歌川広重「名所江戸百景『深川万年橋』」広重が仕掛けた浮世絵革命[字]
毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の一枚は、江戸の夏を描いた浮世絵、歌川広重作『深川万年橋』。
詳細情報
番組内容
今日の一枚は、江戸を見つめ続けた絵師・歌川広重作『深川万年橋』。晩年の傑作「名所江戸百景」のひとつで、隅田川に架かる万年橋の欄干の間からのぞいた、江戸の夏の情景が描かれていますが、よくみると謎だらけ。なぜ構図がこんな奇抜なのか?亀が吊るされている理由は?まわりにある枠のようなものは?そこには緻密で絶妙なテクニックを駆使した、粋で革新的な仕掛けが!広重がこの作品でおこした浮世絵革命に迫ります。
ナレーター
小林薫
蒼井優
音楽
<オープニング&エンディングテーマ>
辻井伸行
ホームページ
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趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
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