山あいに乾いた棚田が幾重にも広がる冬の京都・大原。
里には冷たい風が吹き抜ける。
大原にある築100年の古民家。
ここにはイギリスの貴族の家に生まれた人が暮らしている。
日本に来て40年。
大原に移り住んで14年。
ベニシアさんは時折イギリスの家族たちの写真を眺める。
(ベニシア)結構似てるねこの写真。
これはお母さんが造った庭ね。
お母さんが行った所はドロミニア。
アイルランドの西のほうに…湖のそばの所。
そこでお母さんが亡くなるまで住んでて。
ベニシアさんの母ジュリアナはイギリスの貴族カーゾン家の三女として宮殿で生まれ育った。
母の最初の結婚で生まれたベニシアさん。
その後母ジュリアナは再婚を繰り返し父親が別々の弟や妹が出来た。
ベニシアさんは貴族として育てられ社交界デビューも果たした。
しかしその生活に疑問を感じ19歳でイギリスを後にする。
同じ頃母ジュリアナも新しい恋人を追ってアイルランドに移住しホテル経営を始めたと言う。
そこから彼女が変わったよね。
だって生まれて初めてちっちゃいホテルみたいな民宿みたいの買ったから。
自分は料理に自信持ってたから「おいしいもの作ればお客さん来る」と思ってたのね。
彼女にとって自分の人生をよくなるために行ったと思うのね。
晩年の母ジュリアナは貴族としての恵まれた生活を捨てもともと好きだったガーデニングを楽しみながら暮らしていた。
小さい時みんなお母さんの庭手伝ってたからだからその…土を触るのはいい気持ちとか気分が安らぐとか何となく分かってたのね。
だからもらったものみんなあるのね。
みんな庭もやってるし。
みんなお料理うまいんですよ。
ベニシアさんが日本で生きていく事に反対していた母。
長く会わない時期もあったが年を重ねていく中で心を許し合えるようになった。
去年ベニシアさんは母が暮らしたアイルランドのドロミニアを訪れた。
母ジュリアナはふるさとから遠く離れたこの田舎町で晩年を過ごした。
ベニシアさんはこの地に暮らす妹のルシンダさんと共に生前母が住んでいた家へ向かった。
(ノック)オーコルム!迎えてくれたのはこの家で最後に母と一緒に暮らしていたコルムさん。
オーエブリバディシーユー。
ベニシアさんの妹キャロラインさんとやはりこの地に暮らす弟のチャールズさん夫妻も集まっていた。
母ジュリアナは4年前突然の交通事故でこの世を去った。
ベニシアさんは母とこのアイルランドで暮らした事はない。
生涯4回にわたり結婚を繰り返した母ジュリアナはベニシアさんの下に兄弟5人を授かった。
40歳の時ベニシアさん以外の子どもを連れてアイルランドへ移住。
ホテルを経営し生計を立てていた。
恋多き母ジュリアナ。
子どもたちはその生き方に翻弄されながら育った。
生前のままの母の部屋には子どもたちの写真が飾ってあった。
ベニシアさんが初めて聞く思い出話。
母ジュリアナはここで35年以上の月日を過ごしたのだ。
母がよく通っていたアイリッシュパブ。
店には顔なじみだった常連客が集まっていた。
母国イギリスで貴族として生きた母。
この全く違う世界でどのように生きたのか。
素朴で温かい人たちに囲まれて最後まで自分らしく生きた母。
「お母さんは幸せだったのね」ベニシアさんは思う。
イエ〜イ!
(拍手)
(歌声)生まれ育った地を離れ華やかな貴族である事を忘れ自由に生きた母。
ベニシアさんは自分を貫いた母を今だからこそ理解できる。
末の妹ルシンダさんの家。
オー!ベニシアさんルシンダさんの子どもたちの成長した姿に大喜び。
ものすごく大きくなった!びっくりした。
ハーイ。
サンキュー。
ベニシアさんにとってルシンダさんは特に気が合う妹。
12歳年の離れた妹を「ルル」と呼びベニシアさんは母親代わりになってかわいがった。
8歳で母とアイルランドにやって来たルシンダさんと日本で生きてきたベニシアさん。
離れて暮らす2人の最大の共通点はガーデニングだ。
こちらがルシンダさん手作りの庭。
ベニシアさんがここを訪れる時に何よりも楽しみにしているのが庭巡り。
およそ1,500坪の敷地に17年かけて造ってきたルシンダさんの庭。
訪れるたびに新しい発見がある。
まずは歓迎のセレモニー。
餌をまくと…。
真っ白いハトが集まってきた。
そうね本当に。
鳥が大好きなルシンダさん。
庭に飼育小屋を作りハトをはじめニワトリやアヒルカモなどおよそ100羽もの鳥を飼っている。
母ジュリアナも鳥が好きだったと言う。
ルシンダさんが大切にしている珍しい鳥を見せてくれる。
ルルはもう動物大好きでここに来たら絶対新しいものがあるのね。
だんだん増えてそのうち…ヒナから鳥を育てるのが好きだというルシンダさん。
庭の奥には専用の小屋もある。
(ヒナの鳴き声)赤ちゃんいっぱいいる。
きのう産まれた。
お母さんが鳥が好きだったね。
広々としたメインガーデンは芝生を縁取るようにさまざまな草花が植えてある。
オトギリソウ私ルルにあげたの。
ハーブたちが元気に育っている。
これ…?レモンバーム。
すごい…。
私のレモンバームは葉っぱが薄いけどこれは結構…。
ニワトリにあげてる。
でも…ソーリー。
チキンがコンフリーが好きだって。
コンフリーを使った堆肥作りはベニシアさんも京都でやっているのだ。
ルシンダさんのお気に入りの堆肥を作る箱。
わあカボチャがいっぱいコンポストから出てる。
すごい。
大きいね。
わあ温かい。
コンフリー生ゴミ鶏ふんなどを混ぜ花や野菜作りにたっぷり使う。
何もかもゆったりしているルシンダさんの庭。
ルシンダさんの庭はどこかベニシアさんの庭に似ている。
好きなものだけ集めて好きなように造った庭。
庭の一角に作られたテラス。
ベニシアさんここで何か見つけた。
これ…「すべての女の人は最後は自分のお母さんと似てきてそれはtragedy」。
分かる?「悲劇」。
ハハハ…。
女の人は自分のお母さんと同じになりたくないけどでも結局なる。
フフフ…。
ちょっと皮肉っぽいオスカー・ワイルドの言葉に妙に納得する2人。
庭の果樹園ではこの時期カシスがたわわに実っていた。
あおいしい。
サワーじゃない。
グッド。
早速2人で収穫する。
おいしそう。
ベニシアさんにとってとてもうれしいひとときだった。
久しぶりに妹と料理を楽しむ。
幼い頃から母親のホテルを手伝っていたルシンダさん。
長い時間を母ジュリアナと過ごした。
収穫したカシスは焼いたメレンゲと生クリームで作ったケーキに載せる。
仕上げにローストしたアーモンドを添える。
このデザートは母のホテルの人気メニューだった。
すごい。
豪華なデザートになるね。
はい出来ました〜。
早速味見してみる。
これだけど太るよね。
う〜んおいしい。
オイシイ。
ガーデニングを楽しみおいしいものを作る。
母が娘たちに教えてくれた事。
ベニシアさん1人で母の墓に向かった。
お誕生日おめでとう。
母ジュリアナは決して平凡な母親ではなかった。
けれども人生は一度きり。
思うように生きて悩みそして喜ぶ姿を子どもたちに身をもって見せてきた。
ちょうどお母さんの誕生日で来てこういう事できて何となくうれしいのね。
私がちっちゃい時多分頭の中に理想的なお母さんを作ってたんだけど…。
でもみんなそれぞれ生まれた性格とか生き方とかユニークある意味で。
彼女ほんとになんか…う〜ん…次次次違う事が起きるんだけどでもほんとに頑張ったのね。
亡くなった時私はある意味で何ていうかな…亡くなった時は楽しかったと思いたい。
自分の人生は楽しかった。
きっとお母さんは自分の人生は楽しいと思ってたと思うよ。
結構。
後悔したとかなかったと思う。
ベニシアさんが日本で生きていく事に賛成してくれなかった母。
けれども今のベニシアさんを見たら認めてくれるはず。
2人の人生はよく似ているから。
母は掛けがえのないものを残してくれた。
それはすばらしい兄弟やその家族たち。
遠く離れて暮らしていても心はすぐに寄り添っていく。
この温かな喜びを母に伝える事ができたら。
おいしい。
「お母さんありがとう」。
ベニシアさんは心の中でつぶやいた。
2015/07/19(日) 18:00〜18:30
NHKEテレ1大阪
猫のしっぽ カエルの手・選「アイルランドへの旅」[字]
京都・大原。ここでハーブに囲まれた生活を営むベニシアさんはイギリス生まれ。2010年夏、母が晩年を過ごしたアイルランドを訪れ、弟や妹達と久しぶりの再会をする。
詳細情報
番組内容
京都の大原で、ハーブに囲まれた生活を営むベニシアさんが、2010年夏、母が晩年を過ごしたアイルランドを訪れた。今もそこで暮らす弟や妹たちと久しぶりに再会し、母の思い出話に花を咲かせる。ガーデニングの達人の末の妹ルシンダさんとは、二人で庭を巡る。貴族出身の母は、晩年、その恵まれた生活を捨てて自由に生きた。ベニシアさんは、その生き方に自分の人生を照らし合わせる。
出演者
【出演】ベニシア・スタンリー・スミス,【声】山崎樹範
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
趣味/教育 – 園芸・ペット・手芸
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