・「死」ということについては、
ことさらに大げさに考えるのではなく、
人が人の手をじっと見るように見つめたいと思って、
いろんな機会に考えたり、話したりしてきた。
谷川俊太郎さんに「死のことを絵本にしたいんです」と、
相談を持ちかけたことが、『かないくん』になった。
それは、『かないくん展』になったりもした。
岩田さんとも、何度も「死」のことを話しあったな。
おとうさんが亡くなったときや、
任天堂相談役の山内さんが亡くなったとき、
ほんとうに思いやりのある、礼をつくした働きをしてた。
彼岸に旅立ったご本人が、どんなふうに送られたら
いちばんよろこんでくれるのか、
そのことを真剣に一所懸命に考えて、それをしていた。
ぼくは本人じゃないけれど、
「山内さんは、よろこんでると思うな」と感じていた。
ほんとうに、ぼくは、岩田さんに
冗談めかして、ぼくの通夜やら葬儀やらのことを頼んだ。
「仮にそういうことになったら」と笑っていた。
この状況になっても、必ず手伝ってくれると思う。
・ぼくが、いちばんこころの底で
「死」を感じたときのことは、なんども語ったけれど、
はっきり「このとき」と言える。
夜遅くに仕事も終えて、寝室に入ったとき、
ふと「じぶんのベッド」に誰もいないと気づいたのだ。
なんだか、急に「わかった」瞬間だった。
おれが死ぬと、「おれのいない世界」が残るんだ。
つまり、となりに妻はいる。犬もいる。
おれがいないだけで、あとはそのまま。
それが、人が死ぬということなんだと「わかった」。
その話は、岩田さんにも何度かしたな。
世界は、ひとりぶんの凹みを残してそのまま動く。
「でも、その凹みも、凹みという存在なんだよね」
すべて忘れられるとき、人のいた凹みはなくなって、
つるつるの平らになるのだ。
実をいえば、岩田さんの分は、まだ凹みにもなってない。
だんだん凹んで、その穴をぼくらは見つめるようになる。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
悲しむのはやめましたが、思う、考えるはやめていません。
土曜日、日曜日と祝日の「ほぼ日」は9時に更新しています。
昨日の「今日のダーリン」を読み逃した方はこちら。
ことさらに大げさに考えるのではなく、
人が人の手をじっと見るように見つめたいと思って、
いろんな機会に考えたり、話したりしてきた。
谷川俊太郎さんに「死のことを絵本にしたいんです」と、
相談を持ちかけたことが、『かないくん』になった。
それは、『かないくん展』になったりもした。
岩田さんとも、何度も「死」のことを話しあったな。
おとうさんが亡くなったときや、
任天堂相談役の山内さんが亡くなったとき、
ほんとうに思いやりのある、礼をつくした働きをしてた。
彼岸に旅立ったご本人が、どんなふうに送られたら
いちばんよろこんでくれるのか、
そのことを真剣に一所懸命に考えて、それをしていた。
ぼくは本人じゃないけれど、
「山内さんは、よろこんでると思うな」と感じていた。
ほんとうに、ぼくは、岩田さんに
冗談めかして、ぼくの通夜やら葬儀やらのことを頼んだ。
「仮にそういうことになったら」と笑っていた。
この状況になっても、必ず手伝ってくれると思う。
・ぼくが、いちばんこころの底で
「死」を感じたときのことは、なんども語ったけれど、
はっきり「このとき」と言える。
夜遅くに仕事も終えて、寝室に入ったとき、
ふと「じぶんのベッド」に誰もいないと気づいたのだ。
なんだか、急に「わかった」瞬間だった。
おれが死ぬと、「おれのいない世界」が残るんだ。
つまり、となりに妻はいる。犬もいる。
おれがいないだけで、あとはそのまま。
それが、人が死ぬということなんだと「わかった」。
その話は、岩田さんにも何度かしたな。
世界は、ひとりぶんの凹みを残してそのまま動く。
「でも、その凹みも、凹みという存在なんだよね」
すべて忘れられるとき、人のいた凹みはなくなって、
つるつるの平らになるのだ。
実をいえば、岩田さんの分は、まだ凹みにもなってない。
だんだん凹んで、その穴をぼくらは見つめるようになる。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
悲しむのはやめましたが、思う、考えるはやめていません。
土曜日、日曜日と祝日の「ほぼ日」は9時に更新しています。
昨日の「今日のダーリン」を読み逃した方はこちら。
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