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「何もないところに種をまくのが楽しい」ノーベル賞・南部陽一郎博士が語った物理学の醍醐味とは

科学雑誌Newton 7月17日(金)19時22分配信

素粒子物理学における「対称性の破れ」を理論的に説明し,2008年のノーベル物理学賞を受賞したシカゴ大学名誉教授の南部陽一郎博士が,7月5日に亡くなった。時代に先んじた数々の業績で知られた南部博士に,ノーベル賞の受賞が決まった直後の2008年10月に行ったインタビューをここに再掲する。

◇ ◇

ノーベル物理学賞受賞おめでとうございます。先生が科学に興味をもったきっかけは何でしたか?

──子供の時から,サイエンスが好きだったことは確かですね。だけど,科学のうちのどれを専門に選ぶかを決めたのは,旧制高等学校時代のことでした。大学で何をやるかを決めるときに,物理をやろうと決心したわけです。


物理学を選んだ理由は何ですか?

──当時,湯川秀樹博士の名前が,世界的に非常に有名になっていました。湯川さんの「中間子論」が実証されたころです。それが一つの刺激だったことは確かですね。


湯川博士の「中間子論」の発表が1935年で,このとき南部先生は14歳でした。湯川博士が日本人初のノーベル賞を受賞されたのは1949年のことでしたね。

──そうですね。それと,私は「覚える」ということがあまり得意ではないのです。ですから,なるべく少ない数の基本法則さえ覚えておけば,どこにでも応用できるだろうと考えました。結局,物理学というのは,自然科学の基本法則ですから。もちろん,これを応用して答を出すというところがまたたいへんでしょうけれども,とにかく基本法則さえ知っておけば,何にでも取り組めるという安心感があります。そういう観念があったんですね。


基本法則の探究をめざすお考えは,その後のご研究すべてにつらぬかれているのではないでしょうか。

──おそらくそうだと思いますね。


■ 超伝導理論にひそむ「欠陥」に気づく

大学に入ってすぐ,素粒子論の研究をはじめたのでしょうか?

──私がいた東京大学では,当時,素粒子論よりも「物性論」という学問がさかんでした。日本の素粒子論は,湯川さんのおられた京都大学や,朝永振一郎博士のおられた東京文理科大学だけの,独占的なものだったのです。それで,私は物性論の教育を受けましたし,それをきわめようと思っていました。なかでも物性論の大きな問題は超伝導でして,そのころから超伝導に興味をもっていました。


超伝導とは,物質の電気抵抗がゼロになり,永久に電流が流れつづける現象のことですね。

──超伝導は,20世紀のはじめころに発見された現象ですが,それを説明する完全な理論ができたのは,1957年のことでした。私のいるシカゴ大学に近いイリノイ大学の物理学者,バーディーン(B),クーパー(C),シュリーファー(S)の3人がつくった「BCS理論」です。


1972年には,3人にノーベル物理学賞が贈られていますね。

──私は1954年からシカゴ大学におりまして,バーディーンたちとも交流がありました。BCS理論ができつつあったとき,3人の内の1人であるシュリーファーに,このシカゴ大学に来てもらって,セミナーをしてもらいました。これをきっかけに,私は超伝導のことをさらに深く考えるようになりました。その結果,BCS理論は,超伝導という現象をみごとに説明するすばらしい理論だけれども,論理に少し欠陥があるということに気がつきました。


どんな欠陥でしょうか?

──物理の言葉で,「電荷の保存則」というものがあります。電荷の総量というものは,なくなることもないし,ふえることもない。それが電荷の保存則です。しかし彼らの理論はそれを破っている。これはおかしいと気がつきました。それで,2年半ほど考えつづけて,この問題をやっと解決できたのです。しかし私はそのころ,素粒子論の方に関心をもつようになっていましたので,ここで考えたことを素粒子論の問題に当てはめてみることにしたのです。


■ 受賞会見の場にも「対称性の破れ」

素粒子論の問題とは何だったのでしょうか?

──「カイラリティ」という問題なのですが,その説明は少しむずかしくなります。まず,たとえ話からはじめましょう。今回のノーベル賞を受賞することになって,シカゴ大学で記者会見をやりました。記者たちの顔を見ていて,はっと気がついたのです。「みんなが私の方を向いている」。これは本来おかしいことです。なぜなら,物理法則には,「どちらを向け」という決まりはないはずだからです。だから,どちらを向いてもいいはずなのに,なぜみんながそろって私の方を向いているのだろうと。もちろんその理由は,私がいるからですね。つまり,「私」という刺激さえあたえれば,どちらを向いてもよかったはずの顔が,特定の方向に並んでしまう。これが,「対称性の自発的な破れ」とよばれるものです。


「本来はどちらを向いてもよい」という性質が「対称性」で,「それにもかかわらず,ひとりでにどちらかを向く」という現象が「対称性の自発的な破れ」だと理解すればよいでしょうか?

──その通りです。対称性があると,それにともなって必ず保存則が出てきます。BCS理論の場合は,電荷の保存則が破れることで,超伝導がおきていた。この話を素粒子にもっていくと,素粒子には「カイラリティ」という性質があります。粒子の進行方向に対して,スピンが左巻きか右巻きか,という区別のことです。


スピンとは,粒子の“自転”のことでしたね。

──そうです。そして,カイラリティの保存則,すなわち「カイラル対称性」が自発的に破れれば,粒子に質量が生じると考える。逆に,質量がなければ,カイラル対称性が保存されていると考えればよいとわかりました。


つまり南部先生は,素粒子の質量の起源を説明する理論の基礎をつくられた,というわけですね。

──そうです。現在の「標準モデル」では,粒子が質量をもつしくみを2段階で考えます。対称性が自発的に破れることによって,「ヒッグス粒子」というものが,小さな質量を各粒子にあたえる。そして次に,「グルーオン」という粒子に関する対称性が破れると,さらに重い質量が各粒子にあたえられる。これは私の仮説でしたが,あとから正しいとわかりました。ただし,粒子の種類によってさまざまな質量の差がある理由は,いまだにだれも説明できていません。標準モデルの先にある「大統一理論」というものをもちだして,なんとか説明しようとみんなが考えていますが,こればかりはどうしてもうまくいきません。


「対称性の破れ」は,私たちが存在するこの宇宙に,どう関係しているのでしょうか?

──対称性の破れというのは,たいてい,温度を上げればなくなってしまうのですよ。超伝導も,温度を上げるとなくなってしまう。だから,宇宙のはじめのように,たいへんな高温であるときには対称性が保たれた粒子であっても,だんだん冷えてくると,対称性が破れて,質量をもつようになると考えることができます。宇宙が誕生して,「最初の3分間」で元素ができたといいますが,その前に,対称性は破れていたことになります。

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最終更新:7月18日(土)7時56分

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