Act.5 ニコチン王国
その後も、子供たちは『Xちゃんが何をいじめと思っているか』について、理解することはありませんでした。
先生が具体的ないじめの内容を、被害者にも加害者にも、ただ一度も、確かめることがなかったからです。
本当ならば、先生はきちんと事実を確認し、良いことと悪いことを、子供たちに指導しなければなりませんでした。
罪を憎んで人を憎まず。
ということなのですが、先生ばかりを責められません。
Xちゃんのお母さんも、先生に具体的な話をしていません。
天使ちゃんたちのお母さんも、天使ちゃんたちに、お友達を病名で呼んではいけませんとか、お友達の家の冷蔵庫を勝手に開けてものを食べてはいけませんとか、しつけていません。
だから、いじめはおとなの問題。
おとなの間違いを、子供が受け継ぐことで、いじめが起こります。
おとなだって、人間だから。
お父さんやお母さんもまた、そのまた、お父さんやお母さんから、間違いを習って、間違ったおとなになっています。
だから、一人で抱え込まずに。
みんなで仲よく、解決していけるとよいですね。
さて、いじめがエスカレートしたまま迎えた二学期。
Xちゃんが転校しました。
沙っちゃんは大喜びで、天使ちゃんたちの席に走りました。
「NちゃんKちゃん、あーそーぼ!」
「いいよー!」
久しぶりに遊んだ天使ちゃんたちは、何やら、様子が変わっていました。
N「ニコチン王国をつくろう!」
K「つくろう!」
沙「……ニコチン?」
NK「ニコチン!!」
何を言っているのか、さっぱり、わかりません。
翌日、沙っちゃんがフェルトで縫ったタバコのぬいぐるみを持ってきて、天使ちゃんたちに縫いぐるみのタバコを渡してみると、
N「ニコチン!」
K「ニコチン!」
天使ちゃんたちは、喜んで縫いぐるみのタバコを天高くかかげ、
NK「ニコチン!!」
びしっと、空いている方の手で、沙っちゃんを指しました。
沙「だめ! 沙っちゃんは、沙っちゃん!!」
天使ちゃんたちが、お友達にろくでもない愛称をつけるのは、いつものことです――
このお話はここまでです。
この後、習い事をしているIちゃんとKちゃん、毎日ヒマな沙っちゃんとNちゃんがよく遊ぶようになり、クラスの問題は解決しました。
Xちゃんも転校先では、良いお友達に恵まれて、楽しい日々を過ごせたなら、何よりです。
――まだ、ネットもスマホもなかった時代のいじめは、子供たちに再起不能の傷を負わせることは、まれでした。
しかしながら、『子供のモンスター』の加害力は、科学技術が進歩した現代、過去に比べて、格段に高くなっています。
十歳やそこらの子供が、クラスメイトの命や人生を左右するほどの加害力を持っているのが、今の時代です。
悪魔が強くなるのを黙って見ているだけでは、この世は地獄になります。
それを阻止するためには、天使もまた、祝福し合い、助け合う力を高めていかなければなりません。
そして、加害力を高めているのは『子供のモンスター』だけではなく、『大人のモンスター』も同じです。
【Act.7 最終話】では、世界を震撼させる『大人のモンスター』の加害力の凄まじさについて、『本当にあったいじめの話』をします。
沙っちゃんを攻撃している悪魔や、高齢者を騙して財産を詐取している悪魔など、大人のモンスターとしては、ザコに過ぎません。
『本当にあったいじめの話』のコメント欄、あれほど卑劣なコメントをつけて他人に冤罪を着せて、陥れようとする悪魔がザコです。
高齢者を騙して全財産を詐取し、自殺にさえ追い込む悪魔がザコです。
力のない個人、それも、力のない女性や高齢者を卑劣な騙し討ちにするのがせいぜいの、大人のモンスターとしては、最底辺のザコなのです。
昔より加害力が高くなっていようと、『子供のモンスター』は、しょせんは『子供のモンスター』。『大人のモンスター』のザコと比べてさえ、その加害力は発展途上で、誰かが軌道修正してあげれば、まだ、間に合うはずです。
誰だって、あなたの知らないところで、もがき苦しんでいるものです。
いじめはそれ自体、加害者のSOSであることも珍しくありません。
逃げ場のない家庭内で、大人のモンスターに心身を引き裂かれる子供のモンスターの、『だれかたすけて』の声が、いじめだったりする。
だから、『そこんとこわかってあげよう』ね。
その子が加害行為をやめたら、許して、その子が苦しさのあまり暴れてあなたを傷つけたことは、忘れてあげましょう。
加害者の方がきっと、『大人のモンスター』という強烈なハードルを乗り越えないと生きられない、過酷な人生を生きているのです。
そんな子供たちの生き様を追った物語こそが、ファンタジー作家としての沙っちゃんの最新作『雪月花の物語』です。
Act.6 雪月花の物語
◆ あらすじ ◆
この物語は、前皇妃を暗殺して皇妃となった世紀の悪女に、母皇妃と兄皇太子を暗殺された主人公がその仇を討つまでの苦難の物語に見せかけて、何かいろいろ違います。
悪の皇妃の色香に騙されていると見えた皇帝陛下が、むしろ、悪の皇妃を手駒に政敵を葬りまくっていたり。
それぞれに間違っている大人の権力と思惑に振り回され、傷つけられた子供たちが手を取り合って、運命に立ち向かう物語だったり。
でも、手を取った相手の正体が思いもかけず天使だったり悪魔だったり、それでも、一緒にいて楽しくてならない日々だったり。
――そんな物語です。
◆ 悪魔を許せない子供 ◆
主人公である第五皇子ゼルダ(15歳)は、ゼルダの母皇妃と兄皇太子を殺害した、悪魔のようなゼルシア皇妃が許せません。
いつか、仇を討ちたいです。
ただし、ゼルダの仇討ちは、復讐にゼルシア皇妃を殺害するようなことではありません。
その罪を認めさせて、皇妃の地位から失脚させ、二度と、罪を繰り返さないことを誓わせること。
ゼルダは超フェミニストなので、女性を暴力でもって傷つけたり、まして、殺害するなどということは、どうしても考えられません。
◆ 悪魔を許している子供 ◆
そんな悪の皇妃ゼルシアの皇子である第四皇子ヴァン・ガーディナ(17歳)は、母妃の血を色濃く引いた冷たい美貌の持ち主で、性格は冷酷、道徳や常識や倫理観の持ち合わせはありません。
だって、そういったものは、生まれる前に海の彼方に捨ててきた感じのお母様が、教えないんだもの。お父様には十人も子供がいて、第四皇子なんて、構ってくれないんだもの。
さても、お兄様は悪の皇妃の皇子なのだから、さぞや、何不自由ない優雅な暮らしをしてきたに違いないとゼルダは思っていますが、とんでもない。
お兄様はいつも笑っていますが、悲しいことや苦しいことを知らないからではありません。
何があっても、どんな時も笑顔でいないと、心は隠しておかないと、とても、こわいことが起きるからです。
記憶は、つらいことや悲しいことでいっぱいで、だから、みんな忘れました。
人を憎まなければならなくなる記憶は、みんな、忘れました。
恣意的に、人に笑顔を向けられるような記憶だけを残している、とても、優しい子供です。
そのことで、かえって、忘れて欲しくないゼルダを傷つけているとしても。
◆ 憎まれ役でも頑張っている大人 ◆
世紀の悪女を皇妃にした皇帝陛下は、知らないフリをしていますが、ゼルシア皇妃の本性を知っています。
ゼルシア皇妃がことさらゼルダとヴァン・ガーディナを憎み、苛烈な虐待をしていることも知っています。
けれど、子供たちの方が知りません。
皇帝の力の限界を。
子供たちが生まれる前に起きた皇帝と皇弟の内戦が、まだ、本当の意味で終わっていないこと、悪魔がゼルシア皇妃だけではないことを。
国家と、国民と、五人のお妃様と、十人の子供たちを守らなければならない皇帝陛下は、守らなければならないものが多すぎて、いじめだとか虐待だとか、そんな、こまかいことまで手が回りません。
わかっていても、黙殺せざるを得ません。
子供たちが、自分の力で立って闘えるようになる日まで、その命を守ってやることが優先です。
◆ 恐怖でいっぱいの大人 ◆
世紀の悪女ゼルシア皇妃を衝き動かすものは、何を隠そう、権力欲ではありません。
恐怖です。
周りから見て、何もかも思いのままにしているような悪の皇妃ですが、何一つ、ゼルシア皇妃の思いのままにはなっていません。
望んだことは、たったひとつ。
愛する人が、今日も、明日も、明後日も、笑顔でおはようと言ってくれること。
それだけでよかった。
たったそれだけの望みを叶えることが、とても難しかった、
最愛の人を失った日に、気が狂ってしまった、悲劇の女性です。
◆ 天使たちの共鳴 ◆
「母上を憎まないで欲しい。その代わり、私を憎んでいいから。許せなかったら、私の命を絶って、いいから」
苛烈な虐待を受けながら、それでも、憎まないでと願うお兄様と、
ゼルシア様を許すとか、そんなこと、できるわけがなくて、
お兄様を憎むとか、そんなことも、できるわけがなくて、
泣いて、泣いて、最後には許してしまうゼルダが、とても愛しいです。
お兄様はただ母親だからという理由で許しているのではなくて、
母妃がどうして悪魔になってしまったか、同じ罪と弱さが自分の中にあることを、知っているから。
ゼルダは、そんなお兄様の心を理解できたわけじゃないけど、お兄様を悲しませてまで、誰かを憎みたいとは、思わなかったから。
そんなに何もかも、わからなくても。
誰が誰を愛しているか、それだけわかれば、見ていて、それでいいような気持ちがしてくる兄弟の物語です。