徹子の部屋 草野仁 2015.07.15


USJは、ハリーポッター効果などでこの1年間の入場者が1350万人と過去最多を更新しています。
(黒柳)なんと今日のお客様はお孫さんがおできになったんで。
とても可愛くていらっしゃるそうですが私らどもには一切そんなことを仰らないで。
私今日までお孫さんができたことを知らなかったんですが…。
可愛いお嬢さんです。
草野仁さん今日のお客様です。
どうもよろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
70歳でいらっしゃるそうですけども…。
71でございます。
あっ71におなりでしたか?あっという間に1年経ちましたね。
そうですね。
お孫さんがおできになっておめでとうございました。
ありがとうございます。
本当に。
しかもお孫さんが女のお子さんで。
坊ちゃんが2人いらっしゃるんですけど女の子は初めてなんで。
それで他の人が写真なんか見せて「孫だ」って言うとそんなものかと思ってらしたんですって?前は。
そうなんです。
孫と自分の子供どっち可愛いかっていうのは昔なんか色々話がありまして。
それは当然自分の子供のほうが可愛いに決まっていると。
孫っていうのは少し距離を置いてというふうに思っていたんですね。
例えば私たちよく知ってます板東英二さんがお孫さんができまして。
それで「いやーうちのとこの孫可愛いよ」。
「もうそんじょそこいらの子供とちゃうよ」とかって言ってもう本当に「じいじ」「じいじ」と言われているのをすごくなんか喜びにしていらっしゃる姿を見てあああんなおじいさんにはなりたくないなと実は思っていたんです。
ええええええ。
ですけれど実際に初孫と対面して…ほぼ毎日顔を合わせるんですけれども。
しかもお嬢さん。
そうなんです。
見ておりますといやーこの歳にしてやっぱり命の尊さっていうかここにいるねこの子供本当に素晴らしい…素晴らしい存在だなと。
この子が本当にいい形で成長してくれるようにできる限りのことを一生懸命やってあげたいなとサポートしたいなというそういう気分にだんだんなってきましたのでたぶん板東さんと同じようなやっぱりじいじになってきたんだと思います。
今お写真拝見してるとねお嬢さんで可愛いんですけど何が可愛いってね本当にこれはじいじを…「じいじ」って呼ばせていらっしゃるかどうかわかんないけど。
おじい様を信頼してるあの赤ちゃんの手がね…。
草野さんの手の甲にしっかりつかまってるじゃないですか。
ああいうところにね信頼してるっていうかねこの人好きっていう…。
この手ですよね赤ちゃんの。
こういう手とても私よく…。
いわさきちひろさんも上手なんですけどこういう手よく見てるんですが。
あっちの指もそうですよね。
本当にこういうところがもうたまらなく可愛いですよね。
それでああやって暇があると可愛いなと…。
そうですね。
思っていらっしゃる。
何て呼ばせていらっしゃるんですか?まだですね名前を呼んだりはちょっとできない状況ですので。
なんかやっぱり私は「じいじ」っていう呼び方よりもできれば「グランパ」と言ってほしいな…。
いいんじゃないですか?この人はグランパって…。
「グランパ」って…みんなが「グランパ」って呼べば。
ただ他の人が間違って「じいじ」って呼んじゃうといけないから…。
みんなが「グランパ」って呼べば絶対グランパですよ。
そうですね。
ぜひグランパと…。
でもあれですよね草野さんすごいの。
あと3年で金婚式。
そうなんですね。
本当にあっという間に結婚生活も過ごしてまいりまして47年になりました。
すごいですよ。
だからあと3年で結婚なすって50年ということですから。
びっくりするほどですね自分でも。
しかもお若い時ですねご結婚なすったのが。
24歳の時に結婚いたしましたので。
そうなんです。
そうなんですよね。
ご結婚のこともあとで伺いますけどなかなか大変だったそうでございますけど。
とにかくNHKの大変なエリートアナウンサーでいらっしゃいまして。
それでスポーツを主にやっていらっしゃってね。
スポーツ放送を特に中心にやっておりました。
私が拝見して素敵な方だなと思ってあとでクイズでご一緒になってこんなひどい目に遭うとは思わなかったですけど。
皆さん家族円満でいらっしゃるそうですけどそういうのの秘けつは?やっぱり人間にとって行動の出発点は家庭だと思うんですね。
家庭の中でいかにその家庭を構成するメンバーが率直に色んな思いを語り合うか。
コミュニケーションを密にしているかどうかっていうことがたぶん一番人間にとって大事なんじゃないかと。
それがちゃんと行われていれば普段どんなことを考えてるなどんな感じでいこうと思ってるなっていうことがわかり合っているとですね…。
なんか昔はそうでもなかったんだけどだんだんそうおなりになったんですって?そうなんです。
結婚当初はですね…。
もう本当に古い人間なもんですからしかも九州男児ということもありましてもう亭主関白を張るっていうことを目標にして結婚したようなもんでして。
本当にですね今考えてみると恥ずかしいほど自分のやりたい放題ひどい亭主でございました。
女の気持ちもあんまり考えない?もう全く斟酌しなくて自分の思いどおりに自分がやりたいことをやる。
それで澄ましているという本当に考えてみると恥ずかしいんですけど。
自分は仕事をするんだからっていうねそういうものがあったでしょうね。
「俺が稼いでるんだ」とか言って偉そうな顔をしていたと。
それが18年NHK勤めましてフリーになりまして今度は自分で色んなことをやらなきゃいけないということになった時にですねふと妻の行動というのに目が行きまして。
朝早い仕事を最初やりましたんですね。
朝3時半ぐらいに起きてそれで5時ぐらいに局に入ると。
そういう毎日。
ある日朝早く起きましたらそうだ…なんかうちの家内も1時間かそれ以上前に起きて冬はちゃんと部屋を暖めたりお茶を淹れたりですね色んなことをやってくれてる。
ああ…なかなか敵も大変なんだなとこう思ったことが初めて自分の連れ合いの行動に気がつく最初でございました。
それから少しずつ少しずつ…あっ相手もこういう時にはこういうふうに思ってるんだろうなこうだろうなっていうようなことをですねようやく少しずつ考えるようになって。
まあ本当にひどい日々に対する反省の日々をだんだんだんだん少しずつ…。
お偉いわ。
送ってくるようになりました。
家内に聞きますと「そうねこの10年ぐらいはまあなんかまともなちゃんとした旦那になったかな」とか言っております。
息子さん2人いらっしゃるでしょ?息子さんたちとももう本当にわだかまりなく自分の弱いところやなんかも全部お話しになるんですって?人によってはですね会社とか色んな…そこで起きた出来事は家庭に持ち込まないという方もいらっしゃるんですけど。
私はそうじゃなくて自分が弱いせいもあって家に帰ってきて「今日これこれこういうことがあってなんかすごく腹が立ったよ」とか「なんか悲しかったよ」とかそんなこと全部もう洗いざらいですね話しておりまして。
子供たちも小さい頃から一緒になって食卓の中でそれずっと聞いてましてですねなんかおやじはそう思ってるんだとか色んなことでこうやってましたのでなんかお互いにコミュニケーションを取るっていうことについては子供たちがだんだん中学高校になっても父親には割とちゃんと話すと。
そういうことがちゃんとできるようになりましたですね。
ちょっとそれではですね草野さんのお父様がいかに草野さんにとって大きな存在であり…。
まあ砲丸投げの日本一?ああそうですね。
すごいんですよ。
砲丸投げの日本一で。
長崎大学でしたか?はい。
そこの教授でもいらしたんですけど…。
お父様は大変厳格な方で長崎大学の教授でいらして。
数学?数学でございますね。
数学の先生。
それはもう大変なお偉い方だって…。
いえいえいえ。
しかも102歳で…。
とても体力的には頑張りましてですね。
そうですねとても。
この写真でもおわかりのようにですね…草野少年は首うなだれているようなところがちょっと見えるんですけども。
お父様は明治のお生まれで。
それでご自分で働きながら勉強をなさって。
そうなんです。
苦学して自分の地位を自分でつくっていったという苦労人でございましてね。
その分やっぱりとても厳格に子供たちにはしっかりこういうことをしなさいっていうことでいつも言いつけてやっていくほうだったんですね。
兄たちはとても従順でねその言いつけを守ったようなんですが私だけはなぜかですね一人違っておりまして。
もう「勉強しろ」と言っても勉強しない。
いつも野山を駆け回って遊び回ってるという不思議な子供だったんですね。
そういうふうに見えませんけどね今は。
それで中学陸上競技とか高校陸上競技をやってまして。
父親がある時「お前いい気になって陸上競技をやってるけれども陸上競技をやってきた自分の立場から見るとお前はスポーツマンとして大成しない」。
「全然精神的に弱いしですね打たれ弱いし駄目だ」。
「だからお前はとにかく競技を辞めなさい」と。
でもその時あれでしょ?陸上100メートルの選手でチャンピオン?一応11秒2とかで記録は結構いいところまでいってたんです。
オリンピックにも出ようかなぐらいのお気持ちが…。
とにかく上目指してやりたいなと思っていたんですけど。
それでとにかく「お前は辞めなさい」と。
とにかく「遊び回ってるだけでは駄目で人生はこんなに長いんだから少し腰を据えてしっかり勉強しなさい」と言って陸上競技の退部届を学校に父親が出しまして。
お父様がお出しになったんですってね。
やれなくなったんですね。
もう走れない。
ええ。
一時はなんでそんなことをするんだと父親を恨みましたけど。
だんだん時間の経過とともに父親が言っていた「人生っていうのは本当に長くてそれをしっかり歩んでいくためにはやっぱりきちんとやるべきことをやっていかなきゃいけない」っていうことがだんだんわかるようになりまして。
今日の自分を築いてくれた…方向性をつけてくれたのは間違いなく父親だと。
それはすごく感謝してるんですけれども。
もう本当にですね言うことを聞かないと結構げんこつが飛んできたりしまして。
そうですってね子供の時なんか。
子供心に殴られる時痛いもんですからちくしょう。
いずれそのうちに父親を張り倒してやろうとかですね色々思ったりもしたんですね。
でもまあ何とか就職はちゃんとできたんです。
勉強も東大お入りになったの有名なんですけど。
それもお父様がやっぱりそんなことじゃ駄目だって仰ったので随分勉強…。
とにかくきちんとやりなさいと。
学校はちゃんと出なさいと。
さぼったりしないで。
ちゃんと仕送りするからやりなさいという…。
アルバイトもいけないって仰ったんですってね。
そうなんですね。
そのことを言いつけられまして。
本当は友達なんか色々聞くとアルバイトで女性といい出会いがあったりとか色々聞きましてやってみたいなと思ったんですが父親を悲しませてはいけないなということでとにかくまあ致し方ないっていうことで一応言いつけを守ってやって就職いたしました。
NHK入った。
ええ。
就職して1年ほど経ちまして実は実家に帰りまして「好きな人がいて結婚したいんだけど」と言いますと「えっ?何?」とか言われましてですね。
母親も同じような顔をして見てまして。
「人間仕事に就いたら普通は3年ぐらいはそのことを一生懸命没頭して仕事にねエネルギーを傾注するっていうのが普通でしょ?」。
「それなのに1年で結婚?相手は?」って言うので「東京で付き合っていた自分よりちょっと年上の仕事を持ってる…料理をやってたりするそういう人なんだ」って言ったら「ああそれはそれはもうまかりなりません」と。
駄目って?駄目なんです。
ええ。
それは母親も同じように「駄目だ」と言うんですね。
それでまあ確かにあとになって思いますのは親というのは自分の子供が結婚するにつけ相手の女性は色々条件を考えてなるべくねいい条件の人と結婚してくれるほうが幸せになれるだろうと誰しも経験則でそう思うんですけども。
でも私は一応真面目に結婚したいと思ってましたので。
あまりむげもなく「駄目だ」と言うもんですからこれはもう賛成はもらえないな。
じゃあ致し方なく結婚しようと。
初めての抵抗。
初めての抵抗と言ってもいい…。
もうとにかくこれは結婚しようと。
結婚してやるぞと思いまして届けを出しまして。
それで…当時鹿児島放送局におりまして。
鹿児島の仕事仲間の皆さんをお呼びして食事会を開いてよろしくお願いしますということで紹介したりしてやり始めたんですね。
もうそこからしばらくそうですね子供ができて3年ぐらいは全く実家とは行き来ありませんで。
絶縁状態?絶縁ですね。
そうですか。
3年ぐらい経ちまして子供が割と早くできたもんですから子供を…孫を見せるためにということで実家に行きましたら一応迎えてはくれたんですけれどもやっぱりですねかたくなな父親母親の態度はあまり変化がありませんで。
一応まあね孫は可愛いとは言ってくれるんですけどもどうもなんかもう一つしっくりこないんですね。
結局その状態がずっと続いたままなんか私の家内は草野家の立派な一員としてはあまりちゃんと認められないままで父親母親は亡くなったと。
そのまま?そんな102歳におなりになるまで。
お母様も随分長く…?ええ。
母親も93歳まで頑張りました。
それで思うにつけ実は47年も続けてきましたのでとてもやっぱりいいところを持った家内ではあるんですね。
色んな人たちとの交流もきちんとしてますし色んなところにも色々気を使ってちゃんとやれるし。
だからそういう意味でどうしてこの草野家の一員としてちゃんと認められなかったのか。
いやそれは私自身がもっともっと努力をして父親母親にこういういいところのあるちゃんとした人なんですよということをもっとですねどんどん積極的に説得していかなければいけなかった…。
私自身がやっぱりちょっと努力が足りなかったんじゃないかなと思っておりまして。
そういう意味で家内にはちょっとねあまりいい思いをさせられなかったかなというふうには思っております。
奥様としては草野さんが信頼してくださるから奥様はその分はいいかもしれないけど草野さんはご自分とそれからご両親のことをお考えになると…。
そうなんですよね。
もうちょっとうまくできたらと…。
別にね何の問題もなくちゃんとやっていけるはずのものなのに最初の結婚相手の条件としてはあまり色々そろってないふさわしくないということが結局父親母親にとってはですねシャッターをここに作るような形に…。
でもお母様はいつも随分味方してくださったそうですけど。
そうですね。
母親はですねいつもなんか一番末っ子だったこともありまして私には…。
何人兄弟でしたっけ?4人兄弟なんですが…。
男の方ばかり?男が3人で女1人なんですけど。
お姉様がいらっしゃる…。
母親はいつも私の味方をしてくれてたんですけれども。
でもやっぱり家内に対しては多少わだかまりを感じながら接するという感じのままで終わってしまいまして。
そこはちょっと私としても自分自身の努力が足りなかったなって…。
それはもちろん色んな…会ったりとかね訪問したりとかそういうことはあったとしても心の底から…。
そうですね。
そういうふうに…。
本当にうちのメンバーだよという感じにはですねなりきれないままで終わってしまったかなという感じはしております。
やっぱり…九州男児っていうか古い人間の生き方でなんか自分から進んで色んなことを働きかけてもっともっとちゃんとした理解を得られるようにっていうのは本当は私自身がやらなくてはいけなかったと思うんですけども。
それができないままで終わったのは本当に不徳の致すところだと…。
それからまた奥様もきっとそんな前に出る方じゃないからもうちょっと何とかしてよとか何とかって仰らなかったんでしょ?せっついたりは全くなくてですね。
それに甘んじていたということもあるかもしれませんですね。
こんなもんだろうときっとお思いだったんだとは思うんですけども。
そうですね。
まあそういうことで亡くなった今思うとそこのところがちょっと残念ってお思いになるんですってね。
本当にそうですね心残りになる部分は…。
私を導いてくれたことにはすごく感謝してるんですけれどもその部分でもっともっときっと歩み寄ることができたのになっていうのはちょっと残念なことだと思ってます。
はい。
黒柳さん言い残しましたけど日本の男たちも…亭主族もそういう意味でもっともっと積極的にね色んな理解を得られるように奥様のためにも頑張らなくちゃいけないなとそういうふうに思います。
昔はそれで当然みたいなところありましたからね。
それで…結婚したのは気に入ったからわかってくれるんだろうぐらいのことでね…。
でもそうじゃない。
口に出して言わないとねやっぱり駄目なこともございますからね。
でもそれお優しいんだと思います。
でもまあ…もう71歳って仰いました?70過ぎてお考えのことはやっぱりゴールっていうことだそうでございますからなんか…。
でもこれだけすごい…。
毎日…毎日トレーニングやっていらっしゃるんですよ。
お家でもやっていらっしゃるのね。
ちょこちょことやっております…。
それでやっていらっしゃるんですけど。
やっぱり元気でなくてはいけないっていうことを考えていらっしゃる?そうですね。
「あなたも立派な高齢者の一人なんだから少し今後の…死も含めてですね色々考えたことを本にまとめたらどうですか?」と出版社の方に言っていただきまして1年ぐらいかけて色々考えてみたんですけど。
やっぱり私たちはまず基本的に健康でなければいけない。
これはそのためにどうすればいいかっていうと当然やっぱりバランスの取れた食生活をきちんと守って偏った生活をしない。
偏った生活をすると生活習慣病になりやすいのでそれをちゃんと正してやっていくと。
これがやっぱり一番大事なことで…。
特に…そうですねカロリーをちょっと取りすぎの部分が日本人どうしても多いので炭水化物を心持ち少なめにしましょう…。
そこは奥様がやってくださるから大丈夫?それで食物繊維野菜などをちゃんと取りましょう。
同時に大事なのはお肉類。
うん。
たんぱく質はきっちり取りましょうっていうようなことをやっていけばいいと。
あと黒柳さんももう本当にお気づきになっておやりですけども人間にとって一番大事な睡眠ですよね。
昔は夜昼ちょっと逆転型の生活なさってましたが最近はとにかく10時ぐらいに…。
すごい。
夜はもう…。
床に就いて6時間なら6時間きっちり寝ると。
これがやっぱり成長ホルモンの促進を促して人間の体を元通りの状態に戻すとても大事なポイントだと思うんですよね。
あと同時にやっぱり運動もしなきゃいけない。
特に人間たぶん二足歩行をするようになってから人間にとっては歩くということが宿命的に避けられないものになった。
なるべく30分1時間時間があったら歩きましょうということですしそういうことをやっていけばですねたぶん…基本的には体は丈夫でなるべく人様のお世話にならないで健康寿命を長く保てるようにね…。
それともう一つはやってた仕事を急に辞めたりなんかしてのんびりした生活に入ろうとしない…。
そうです。
しない。
定年などになりましてねちょっとゆっくりしてみようかっていうんでこれまでのペースをスローダウンさせると…いや人間にとってそれはとても大敵なところがありまして。
逆に表面的に衰えを表に出してしまうことになる。
なるほど。
人間年齢関係なしに自分がやってきたことをいつまでも続けてやり続けようと。
そうですね。
そのペースを落とさないで頑張っていこうとすること。
これが何よりも大事だっていうことを実は私は黒柳さんとずっとご一緒にお仕事をしておりまして強く感じてるんですね。
つまり30年ご一緒しておりますけれども黒柳さんについて一度もあっ記憶力が落ちてこられたなあるいはスピード感が落ちたな。
なんか集中力が落ちられたなと思ったことが一度もないんです。
黒柳さん拝見してますとご自身でやりたいと思ったことをずっと同じペースでやり続けていらっしゃる。
まあそうです。
それこそが人間の衰えをですね表面化させない一番の根源的なパワーになっているんだなっていうことを何よりも強く感じておりまして。
いえいえいえいえ。
でもそういうふうに草野さんは今度お書きになった本の題名一つにしてもとても…。
『老い駆けろ!』…。
そうですね。
年老いたっていうことは認めざるを得ないので。
ただそれだけで気分が沈んではいけないから何か夢を持って駆けていこうというそんな感じの気分で付けただけなんですけれど。
勉強も必要。
色んなことを…中に随分色んなことを…私のことも書いてくだすってありがとうございました。
いえいえ。
そういう色んな細かいことを思い出してお書きになって。
ああいうことがやっぱり大事なんでしょうね人間にとってね。
そうですね。
なんかとにかくやっぱり…とにかく自分が関心を持ったり目を向けてやりたいなと思ったことはいくらでも出てくるので。
そのことに目を向けたらもう年齢に関係なくそのことをやろうとする。
そうですね。
取り組んでいく。
取り組んでいったら一番大事なことはそれを途中で投げ出さないでずっと続けていく。
これはもう本当にね黒柳さんから学んだとても大事なポイントの一つなんですけど。
私はせいぜい30分ぐらいちょっと歩くとかねヒンズースクワットを夜50回やるとかそれだけですけど。
ジャイアント馬場さん伝授の…。
そうですそうです。
スクワットですね。
でも草野さんのようにはいきませんけど。
お互いどこまで生きるかやって…。
よろしくご指導ください。
よろしくお願いします。
皆様にちょっとお知らせがございます。
それは『徹子の部屋』が40周年になりましたのを記念して『徹子の部屋』展というのが開かれます。
それは初めが島屋…日本橋の島屋でやるんですけど。
あと色々な…日本中のデパートでやります。
全国来年にかけていたします。
そこでは色々な私がコンサートで着た洋服ですとかそれから1万人の方のゲストのお名前ですとかそれからあとまあ色んな面白いことあるんですよ。
その中にゲストの方にいただいたものをオークションして一番高く…。
全部が終わった時にですけど一番高くお値段付けてくださった方にそれをお売りすると。
そのお金はねなんかユニセフにくださるそうなんで。
それで今日持ってきていただいたんですが何…?セカンドバッグなんですね。
そんないいのいいんですか?昔愛用しておりましたんですけれどもちょっと中が入る量があまり多くありませんので。
でもすごくいいじゃありませんかそれ。
放送の資料なんか結構ねたくさんありますんでいつの間にかだんだん使わなくなってしまいまして。
でもこれあれでしょ?オーストリッチですか?ええそうですね。
すごい。
皆さんここに秘密の番号ができて開かないようになってるんですけど。
こういうふうに持ってるんだ。
そうですね。
頭がよくなるかばんと申しましてですねこれを持ってると草野さんのように頭がよくなる。
でもこれいただいちゃって本当によろしいですか?もちろんでございます。
どなたかね愛用してくださるとうれしいなと。
これは島屋を皮切りに全国をこれがずっと回っていきまして一番高い値段付けてくださった方のところにこの頭のよくなるかばんがいくということで。
他のゲストの方にも色々なものをいただく予定に…予定ですよ。
予定にしておりますけれども。
それもひとつ面白いんじゃないかなと思います。
8月26日から日本橋の島屋で始まります。
1万人の方のゲストのリスト。
リストですねはい。
どんな方がお出になったか。
すごいですよもう初めのほうなんかね。
ですよね。
もう…うん。
長谷川一夫さんとかねもうすごい方たちがたくさん。
色んな面白い…。
とにかくいらっしゃったら面白いに決まってるというようなことをみんなが考えておりますので…。
私も伺ってもよろしいんですか?もちろんですもちろんです。
これに値段付けていただいてもいいです。
ありがとうございました。
ありがとうございます。
続いてはあの『ワイド!スクランブル』です。
どうぞご覧ください。
どうぞ。
2015/07/15(水) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 草野仁[字]

〜絶縁状態…亡き父との確執を悔やみ〜草野仁さんが今日のゲストです。

詳細情報
◇ゲスト
今年71歳。フリーアナウンサーの草野仁さんがゲスト。
◇番組内容
草野さんのモットーは“コミュニケーション”。息子たちや妻とは、とにかく日々の出来事を会話する事を心掛けているというが、その原点は亡き父との“確執”だった…。大学教授だった父は厳しかったが、話には説得力があり、いつも言いつけを守ってきたという。父のおかげで今の自分があり感謝しているが、父との“確執”も最後まで消える事はなかった…と、複雑な思いを語る。また、黒柳さんから大事なお知らせも!
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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