今月、一人の大学生が労働組合の仲間と共にみずからが働くアルバイト先に乗り込みました。
自分たちの残業代を支払ってほしいと求めたのです。
深夜の長時間労働や賃金の未払いなど過酷な条件で学生アルバイトを働かせるいわゆるブラックバイトの被害が広がっています。
辞めたくても辞められず学業に支障を来す学生も後を絶ちません。
取材で浮かび上がってきたのは正社員並みに責任の重い仕事を与えられ、重要な労働力として取り込まれていく学生たちの実態です。
どうしたら被害を食い止めることができるのか。
ブラックバイトの陰に潜む労働環境の悪化と課題に迫ります。
こんばんは。
「クローズアップ現代」です。
アルバイトだから、嫌だったら辞めればいいという声が聞こえてきそうですが今、辞めたいのに辞められない。
あるいは辞めさせてくれない。
働いた時間だけの賃金を払ってくれない。
さらに大学の講義との両立が厳しいきついシフトに入れられるなどいわゆるブラックバイトの被害が広がっています。
背景にあるのは、働く学生と雇う事業主、双方の事情です。
親の収入が減り学費や生活費などを稼ぐためにアルバイトしなくてはならない学生が増えています。
一方、正社員の数が減るなど労働市場の急速な変化によってアルバイトに、より責任の重い高度な仕事を任せる傾向が強まっています。
アルバイトであっても責任ある仕事を任されることは働くことの喜びを知るうえでもやりがいを感じるうえでも貴重な体験です。
しかし今、アルバイトが多くの職場でかつて考えられていた補助的な労働ではなくなり正社員並みの責任を負わされるようになる中で学業との両立ができない不当な長時間労働を強いられたりする事態が多発しています。
ことし4月、全国の大学生4700人を対象に行ったアルバイトについての調査結果が発表されました。
深夜の長時間労働や賃金の未払いなど不当な扱いを受けたと回答した学生がおよそ7割近くに上りました。
また過重な労働で学業との両立が難しくなり退学に追い込まれる学生もいるなど、深刻な影響が明らかになっています。
なぜ不当な扱いが広がり辞めたくても辞めることができないのか。
ブラックバイトの実態からご覧ください。
京都市内の大学に通う雄太さん、19歳。
今、学業とアルバイトの両立に苦しんでいます。
雄太さんのアルバイトは塾の講師。
大学の講義が終わったあと週に5日、働いています。
勤務時間は、夜8時から10時半まで。
この日は、高校2年生に国語を教えます。
ところが、授業が終わり深夜0時を回っても、雄太さんは塾から出てきません。
結局、仕事を終えて帰宅の途に就いたのは翌朝の5時過ぎでした。
これは授業を終えたあとの雄太さんの様子を同僚が撮影した映像です。
実は明け方まで、期末テストの問題集作りに追われていたのです。
テスト期間が迫るたびに徹夜作業になるという雄太さん。
自宅に着くと、倒れ込むように眠り始めました。
雄太さんが塾講師のアルバイトを始めたのは1年前。
教師になるのが夢で教える経験が就職にも役立つと考えたからでした。
ところが仕事は、想像以上に過酷なものでした。
授業だけではなく生徒の進路相談など責任の重い仕事を任されたうえ補習があると、休日や深夜に呼び出されることもあります。
実はこの塾では経営者以外の講師は皆パートや学生アルバイト。
講師の代理がいないため休むこともできません。
大学との両立が難しくなった雄太さんはある日、講師を辞めたいと塾長に申し出ました。
すると返ってきたのは代わりの講師を見つけてこいという返事でした。
無理だと訴えると、辞められると経営が成り立たないと責められたといいます。
そのとき、雄太さんの心に重くのしかかったのは自分が受け持っている子どもたちへの責任感でした。
辞めるに辞められない雄太さんをさらに悩ませているのが賃金の未払いです。
今月、振り込まれた給与は50時間分。
しかし、自分がつけている勤務記録では61時間のはずでした。
朝まで働いた残業分などは支払われていませんでした。
実は今、塾講師に関する労働相談が急増しています。
相談員の青木と申します。
背景にあるのは塾業界のしれつな競争。
少人数制の個別指導を売りにした塾が増える中低賃金の学生アルバイトを確保しなければ経営が成り立たないといわれています。
長時間労働や、賃金の未払いなど塾や家庭教師に関する相談は全体の4割に上ります。
こうしたブラックバイトの被害に国も危機感を持ち始めています。
今回、厚生労働省は塾の業界団体に対し学生アルバイトの労働環境を改善するよう異例の要請を出しました。
さらに取材を進めると違法な待遇と知りながらも辞めることができない学生側の事情が浮かび上がってきました。
札幌市内の大学に通う次郎さんです。
入学直後から、居酒屋でアルバイトを始めました。
勤務時間は、夕方5時から夜11時まで。
皿洗いとドリンク作りで手を止める暇もないほどの忙しさでした。
時給は900円。
労働基準法では夜10時以降に働いた場合割増賃金の支払いが定められています。
しかし、この居酒屋では割増賃金はないと言われました。
違法だと知りながらも働き始めたのは、一刻も早く稼ぎたい理由があったからです。
実は次郎さんは、教材費や生活費をすべてアルバイト代で賄っています。
奨学金も借りているため将来の返済も考え、月5万円以上稼がなければならないのです。
しかしその後追い打ちをかける出来事が起きました。
突然、時給が800円に下がったのです。
このままでは生活が苦しくなる。
悩んだ次郎さんが相談したのは大学で労働法を教える准教授の淺野さんでした。
淺野さんは、泣き寝入りせず労働基準監督署へ訴えるよう勧めました。
ブラックバイトの背景には次郎さんのような若年層の貧困があると淺野さんは見ています。
90年代以降親世帯の平均所得は減り続けています。
一方、大学の授業料は3割近く上昇。
学費や生活費を稼がざるをえない学生が増え被害に遭いやすくなっていると指摘しています。
その後、労働基準監督署に訴えたところ、次郎さんのもとに会社から手紙が届きました。
未払いだった割増賃金およそ5万円を支払うという内容でした。
NHKが会社側に見解を求めたところ何も答えることはないとの回答でした。
今夜のゲストは、ブラックバイトの名付け親で、今回の全国調査を行われました、中京大学教授、大内裕和さんです。
調査で7割近くの学生たちが不当に扱われた経験を持つという回答に、驚いてしまうんですけれども、世の中は人手不足だといわれていて、何かこう、売り手市場なのかなと思いきや、非常に学生たちの事業主や経営者に対して弱い立場であると、どんな状況なんですか?
過酷な働き方をしている学生は少なくありません。
私の周囲でも、試験前に試験勉強ができないと、悲鳴を上げている学生が増加しています。
そこには、やはり一つは、学生の経済状況が悪化したということがあります。
1990年代後半以降、親の所得が低下する中で、例えば、1995年には、月の仕送り10万円以上が60%以上であったのが、今は3割を切っています。
それに対して、仕送り5万円未満が、1桁台だったのが、現在2割を超えているんですね。
ということは、学生アルバイトは、かつては、趣味やサークルなど、自分で自由に使えるお金を稼ぐために働いていた人が多かったんですけれども、今は学費や生活費など、それをしなければ、大学生活を続けられないお金になっている。
ですから、ブラックバイトの話をすると、なぜそれを辞めないんだという話がよく出るんですけれども、辞めてしまったら、学生生活が続けられない学生が増えているということ、それが現状なんです。
そういった中で、割増料金が払われなくても仕事をしたりとか、急に賃金が下げられても、働き続けると、未払いなどで苦しんでいる方々が多いと思うんですけれども、雇っている側にとって、学生は、どういう職場での位置づけになっているんですか?今は。
それがまた、重要なポイントですね。
学生は経済的に状況が悪化しているだけじゃなくて、やはり職場の状況が大きく変わりました。
これはもうすでに現在、全体の労働者の4割弱が、非正規雇用労働になっています。
ということは、非正規雇用労働が増えて、正規雇用が減っているということなんです。
となると、これは、かつて正規が行っていた責任の重い仕事を、賃金の安い非正規の人たちが担わざるをえない。
前は、非正規労働は、正規労働の補助労働だったんですけど、今や、基幹労働、例えばバイトリーダーとか、パート店長といったことばがありますように、非正規がその場の責任を担うような、そういう仕事場に変わっているということが、とても重要なポイントだと思います。
それは、翻ってみると、やりがいのある仕事ともいえますよね。
そうですね。
学生にとってみると。
ですから、そのへんが変わってきたんでしょうね。
かつては、補助労働ですから、それは責任の軽い仕事だったわけですけど、非正規労働を基幹化するという中で、職場のほうも、例えばアルバイトにやりがいを持たせるとか、責任感を持たせるとか、使命感を持たせるといった低賃金なのに、その職場に責任を感じてしまう。
もう一方でこれは、辞めようとすると、例えば、損害賠償を請求されるような、とても厳しい過酷な条件があったりなどして、その両面からいって、辞めにくく責任を負ってしまうような構造が出来上がってきたと思います。
辞めたいのに、辞めたら損害賠償するというのは、これ、法律で認められていることなんですか?
それはもう、違法です。
違法なんですけど、学生に法律の知識がなければ、契約書などにそれが書かれていると、そんなことになったら大変だというふうに心配してしまう学生が多いんですね。
ですから、知識のない学生が、とても被害に遭いやすい状況になっていると思います。
それでも、自分の学業が立ち行かなくなるのに、そのアルバイトを辞められない。
しかも、後任が見つかるまで辞められないとか言われますと、本当はこれ、事業主のやるべき仕事までも、背負わされる、どうしてそういうことを我慢するんですか?
そうですね、これはいろんな理由があると思うんですけど、一つは、とても就職が厳しくなってきていて、アルバイトが、就職のための準備期間になっている。
ですから、学生の話を聞くと、辞められないと、なぜかというと、4年間、そのアルバイトを続けたってことを面接で話すことが、就活に役立つんじゃないか、逆に辞めてしまったら、就活に不利になるんじゃないかと、そういう意見を言う学生もいるんですね。
そういうふうに、アルバイトが、就活の準備になっている、あるいは、学校のキャリア教育が、職場への適応というものをとても重視している。
つまり、会社に気に入られる人間になりなさいっていうことを伝えているものが多いんですね。
そうすると、やはりかなりひどいことがあっても、それを我慢しなければ、卒業後やっていけないんじゃないかという、そういう恐怖感を抱いている学生は、少なくないと思います。
そして結果として、不当なことがあっても、泣き寝入りしてしまうということも起きているんだと思いますけれども、さあ、このブラックバイトの被害を食い止めるためには、どうすればいいのか。
みずから、模索を始めた若者たちの動きです。
先月、東京都内で開かれた記者会見。
大学生たちが労働組合ユニオンを立ち上げ、みずから労働環境を改善していくことを表明しました。
自分たちの問題は自分たちで解決していく。
学生たちが運営するユニオンは全国で8か所にまで広がっています。
京都にあるブラックバイトユニオンでは飲食店やコンビニ、アパレルなどさまざまな業種で働く大学生が加入しています。
ユニオンは学生の相談に乗るだけではなく必要に応じて会社との団体交渉を行い労働条件の改善につなげていきます。
この日、ある大学生から塾講師のアルバイトについて相談が寄せられました。
相談をした大学生、守さんは教師を目指していました。
しかし、過酷なアルバイトの影響で、必要な単位が取れず諦めざるをえなかったといいます。
ユニオンに参加したのは後輩たちへの思いからです。
今月3日、守さんはユニオンのメンバーと共に塾の経営者へ、団体交渉を申し入れることにしました。
自分が働いている職場に乗り込みます。
守さんは、勇気を振り絞り経営者に直接、訴えました。
驚いた経営者は、後日交渉の席に着くことを約束しました。
NHKの取材に対し経営者は違法だとは思っていなかったがもし違法であれば学生たちと話し合い改めていきたいと答えています。
ブラックバイトの被害をどう食い止めるのか。
教育現場でも取り組みが始まっています。
この日、ユニオンのリーダー坂倉昇平さんが訪ねたのは水戸市内の高校です。
この学校では授業の一環としてこれからアルバイトの経験が増える3年生を対象に自分で身を守る対処法を教えています。
学校では、一人一人が具体的なスキルを身につけ行動することが被害を食い止めることにつながると考えています。
組合を学生たちが立ち上げて交渉し、そしてそうして、どうやって身を守るか、高校生たちに教える取り組みを行っていた。
やっぱり、意識を、自分にはどういう権利があるかっていうことを、まず教えるということですか?
そうですね、とても、大事な試みだと思いますね。
今、先ほどのVTRのような働き方が、もう当たり前になってしまっているんですね。
その当たり前が当たり前じゃなくて、実は不当な目に遭っているんだということを、人々が知るためにも、先ほどのような運動や試みは大切だと思います。
具体的に、対策としては、どんなことが求められていると思いますか?
先ほどのVTRにあったような、労働法教育は、自分の置かれている状況が不当であるっていうことを、認識するためにはとても重要だと思います。
それに加えて、やはり私は、給付型奨学金の導入が、大事だと思います。
多くの先進国では、奨学金は給付が原則です。
しかし、日本の奨学金の約8割を占めている、日本学生支援機構の奨学金は、貸与型しかありません。
ここに給付型を入れて、学生が安心して学べる環境を作ることが大切だと思います。
利子も後に払って返さなくてはいけないという形ではない形の奨学金が必要ではないかと。
このように今、非正規に頼る職場、それで回っていく職場が広がっている、これは私たち、しかもそれが学生まで組み込まれていくということが続くと、社会はどうなっていくんでしょう?
そうですね。
きょうは学生のテーマが中心でしたけれども、これは学生の問題に限らないと思います。
非正規の基幹化というのは、食べられない人たちばかりの職場になっていくというね、そういう安かろう、悪かろう、そういう職場を作っていって、この社会が立ち行くのかという、そういう問題を示しています。
それからやはり、大学生を考えたときに、大学での学びや、社会に出ていく前のさまざまな経験が、学生の未来を作っていくので、そのためにも、学生に学べる環境を作っていくことが重要だと思います。
ありがとうございました。
2015/07/14(火) 01:00〜01:26
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クローズアップ現代「なぜ広がる“ブラックバイト”被害」[字][再]
長時間労働や残業代未払いなど過酷な条件で働かされる“ブラックバイト”のトラブルが後を絶たない。背景に潜む「若年層の貧困」と「学生バイトの基幹労働化」の実態に迫る
詳細情報
番組内容
【ゲスト】中京大学国際教養学部国際教養学科教授…大内裕和,【キャスター】国谷裕子
出演者
【ゲスト】中京大学国際教養学部国際教養学科教授…大内裕和,【キャスター】国谷裕子
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ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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