プロフェッショナル 仕事の流儀「青果店店主・杉本晃章」 2015.07.13


市場をガニ股でかっ歩するその男。
ど派手なTシャツ。
鋭い眼光で超一級品だけを選び抜く。
歯にきぬ着せぬその言葉。
その眼力を仲買人たちは皆恐れる。
男が営むのは僅か15坪の下町の八百屋。
味わい深く張りの強いホウレンソウ。
絹のように滑らかなカブ。
爽快な酸味がはじける完熟トマト。
えりすぐりの品々を求めて連日客が押し寄せる。
当代一との呼び声高い野菜の鬼。
町の青果店が次々に姿を消すこの時代をその眼力と圧倒的な知識で生き抜いてきた。
(笑い声)
(主題歌)スーパーや通販が全盛の中年商9,000万円を誇る杉本。
その手腕を学ぼうと研修会には全国の同業者が殺到する。
安売りに走り客を失う痛恨の日々があった。
独り立ちできない息子。
どうしても伝えたい思いがあった。
そして迎えた…下町に息づく情熱の八百屋魂。
奮闘の日々に密着!早朝5時。
(シャッターを開ける音)杉本の朝はある趣味から幕を開ける。
5年前から飼っている金魚。
30の水槽に600匹以上いる。
世話を終えると市場に向かう。
胃潰瘍で入院した時以外48年間一日も休んだ事がない。
おはようございます。
おはようッス。
北足立市場は北海道から沖縄まで全国各地の荷が集う都内屈指の青果市場。
120種類600トンに及ぶ膨大な品物からいい野菜だけをいかに仕入れるか。
杉本はその目利きの鋭さで日本一と称される。
野菜の出来は産地と品種そして出荷の時期で大きく変わる。
杉本はその複雑な組み合わせを知り尽くしているためものを確かめただけで瞬時に判断する。
最盛期を迎え各地からさまざまな品種が出そろったトマト。
杉本はここでも迷わない。
選んだのは愛知県豊川市で生産されたトマト。
トマトは一般的にその産地の出始めが旬とされる。
木が若い方が大ぶりで見栄えの良いものが出来るためだ。
だが杉本が選んだのは収穫末期の小ぶりなトマト。
こちらが味が勝ると経験から踏んだ。
八百屋はばくちのような商売だと杉本は言う。
味見せずに全てを見極めなければならない上質が悪ければ店の信頼はたちまち地に落ちる。
この日仲買人からお買い得なリンゴをすすめられた。
だがどれだけ安かろうとも請け合わなかった。
頑固に守る八百屋の姿がある。
杉本さんが営む八百屋さんは創業65年。
東京の下町北千住で庶民の台所として愛されてきた。
杉本さんの豊富な知識はこの店の最大の売りだ。
だが店の向かいは量販スーパー。
小さな八百屋が生き残るのは容易ではない。
かつて商店街に8軒あった青果店も今では杉本さんの店を残すのみ。
厳しい時代を勝ち抜いてこられたのは他にはない武器があるからだ。
その一つがきんぴら用のゴボウの千切り。
柔らかいゴボウは太く固いゴボウは細く。
機械では出せない絶妙の食感を実現する。
あっちぃ〜。
更にトウモロコシは特注の蒸し器でふかし甘みを最大限引き出して売る。
値段は生の3割増し。
でも売れる本数は10倍に跳ね上がる。
中でも一番人気は自家製のお漬物。
実はこれ材料は売れ残りの野菜。
仕入れたてより水分が抜けるためよりうまみが増す。
売れ残りを生かす逆転の発想で生まれた看板商品。
貫いてきた信念がある。
今年の春は頭の痛い日々が続いていた。
全国的に気温が上がらず良い野菜が少ない。
地元の農家が育てたスナップエンドウ。
皮が柔らかく質が良いと見た。
しかし農協を通さず個人で出荷している野菜は競りで落とさなければならない。
(ベル音)午前7時。
競りが始まった。
狙うのはスナップエンドウのみ。
しかし品薄のため多くの青果店が群がり始めた。
(笑い声)百戦錬磨の男たちは800円前後から競りが始まると読んだ。
杉本は初っぱなから1,000円を提示。
意表をつく高値でライバルをひるませ一気に決着をつけた。
だが杉本はこれだけで満足するような男ではない。
いかに個性的な品物をそろえるか。
攻めの商いを貫く杉本の秘策が独自ルートで入手するこだわり野菜だ。
この日届いた…一般的なインゲンに比べて格段に柔らかく風味も強い。
しかしアントシアニンという栄養素がつくり出すまだら模様が敬遠されほとんど作られなくなった幻の野菜だ。
翌日杉本は新潟へと向かった。
こだわりの野菜を新たに仕入れるという。
訪ねたのは農薬を極力使わない野菜作りに取り組んでいる農家。
すぐに畑を見せてもらう。
収穫期を迎えて1週間。
立派なアスパラガスが育っていた。
しかしその半数は曲がったり細いため市場に出荷しても安い値段がつけられてしまうという。
杉本が雑草を抜き始めた。
雑草が生い茂っているのは除草剤を使わず真摯に土と向き合っている証しでもある。
杉本は収穫したてのアスパラガスを大量に買い付けた。
店に戻るとアスパラガスを最も目立つ場所に並べた。
農家が大切に育てた野菜を熱く売り込んでいく。
忘れてはならない使命がある。
この日杉本さんは市場で開かれた食育教室の講師を務めた。
(取材者)おいしいですか?圧倒的な野菜への知識で「日本一の八百屋さん」と言われる杉本さん。
だがここに至るには悩み苦しみ抜いた日々があった。
杉本さんが生まれたのは終戦の2年後1947年。
東京・北千住で働く八百屋さんの待望の長男。
青果店の息子にもかかわらずトマトが苦手な子供だった。
高校卒業後野菜の質がいいと評判だった両親の店を手伝いだした。
根っからの負けず嫌いだった杉本さん。
ライバル店や向かいのスーパーに負けまいと足の踏み場もないくらい仕入れては売りまくった。
誰よりも多く売りたい。
その衝動は更にエスカレートし少しでも安いものを求めてはハイエナのように市場をうろつくようになった。
味が悪かったり古くなった安物の野菜。
それでも気にせず店頭に並べ客に売り払う。
売り上げは右肩上がりに伸びついに年商1億円を突破した。
安売りを始めて10年余り。
杉本さんはある事に気付いた。
父の代からの常連客が消えていた。
一つの疑念が頭をもたげてきた。
40を過ぎた杉本さんは安売り競争と決別する。
少々値が張ってもいいと言われている野菜を仕入れ店に並べた。
けれど客からの反応は冷ややかだった。
十分な知識がない杉本さんは魅力をうまく伝えられない。
客足は遠のくばかりだった。
50歳の時忘れえぬ出会いをする。
生涯を野菜にささげ「野菜の神様」とうたわれた生鮮食品会社の元社長。
江澤さんは杉本さんに会うなりこう言った。
杉本さんは江澤さんの言葉を信じて野菜を食べ始めた。
大嫌いだったトマトも我慢して食べた。
嫌々ながら何十種類も口にするうちこれまで全く知らなかったトマトの本当のおいしさに気付く。
杉本さんはもっと野菜の事を知りたいと全国各地の農家を訪ねた。
ふだんは市場に並ばない伝統野菜に出会いなじみのない外国の野菜を知った。
それら全てを一つ一つ食べ自分がおいしいと思ったものだけを仕入れた。
人生の全てを野菜と果物につぎ込んだ。
やがて客足が戻り始めた。
「野菜がおいしい」。
その評判は口コミで広がり遠方からまとめ買いをしに来る常連さんも現れた。
かつて味などお構いなしだった杉本さんは「野菜を日本一知っている八百屋さん」と呼ばれるまでになっていた。
週末の夕暮れ時。
杉本はやけにいらだっていた。
怒りの矛先は息子の栄士37歳。
7年前サラリーマンをやめ店の後継ぎとして働き始めた。
あぁそうかぁ。
風貌によらず実直な人柄。
知識も豊富で客の信頼も厚い。
はいありがとう。
だが杉本は息子の仕事に全く満足していなかった。
バナナが既に売り切れているにもかかわらず翌日分の在庫を確保してあるのが気に食わない。
父と対照的におとなしく攻めの姿勢に乏しい栄士。
仕入れでも品物を見るだけで自ら率先して買い付けようとはしない。
どうすれば息子を一皮むけさせる事ができるのか。
不器用なおやじが動きだした。
この日杉本は売れ足が鈍いズッキーニの試食販売をやると言いだした。
だが栄士はなかなか取りかかろうとしない。
しびれを切らした杉本が自ら調理し始めた。
客になじみがない野菜はまず食べてもらわなければ何も始まらない。
その姿勢を黙って示す。
ズッキーニは飛ぶように売れていった。
翌朝の仕入れ。
栄士が珍しい事を言いだした。
新物のアメリカンチェリーを自ら買い付けたいという。
だが出足が遅かったため既に別の青果店に買い占められていた。
それでも店にはなぜかアメリカンチェリーが並んでいた。
別の売り場で杉本が目ざとく見つけていたのだ。
杉本は栄士がアメリカンチェリーを狙っている事を知っていた。
だがダブっても売りさばけるとにらみあえて買い付けていた。
栄士は22歳の時「おやじを超える自信がない」と言い残し家を出ていった。
そんな栄士が帰ってきた時最も喜んだのは杉本だった。
65歳で引退しようと考えていたが栄士が一人前になるまでは店に立つと決めその成長を見守ってきた。
今栄士に最も足りないのは一歩を踏み出す度胸。
だが自分の眼力や技量が嫌でも結果として現れる。
それが八百屋という仕事だ。
その恐怖に打ち勝つには数え切れない失敗を重ねそこから全てを学んでいくしかない。
伝えられずにきた思いがある。
栄士は閉店間際の店に残り一人仕込みをしていた。
今考えている事を語りだした。
それから毎日栄士は小梅を探し求めた。
自分が納得できるものだけをひたすら待つ。
杉本はそんな息子を黙って見ていた。
4日後。
栄士はこの日も杉本から離れ一人小梅を探しに向かった。
競りにかけられる品物の前で足を止めた。
まるまると実った地場物の小梅。
漬けるには申し分ない。
だが大勢が狙っている。
栄士は何度もものを確かめる。
競りが始まる。
栄士は強気の値段を出し小梅を全て競り落とした。
自らの責任でほれた品をものにする。
会心の競りだった。
一歩を踏み出し栄士が自ら買い付けた梅。
だが肝心の実はどうか。
種が大きすぎれば使い物にならない。

(主題歌)種は小さく果肉はぎっしり肉厚。
父はぶっきらぼうに合格点を出した。
早速杉本が梅を漬ける。
添加物を使わず素材本来の味を引き出すこだわりの作り方。
その姿を息子は見ていた。
下町に生きる頑固おやじ。
尽きる事なき情熱。
まだまだ八百屋はやめられない。
今までの経験におごる事なく常に新しい方向に目を向けてね日々チャレンジする姿を持つべきである。
それに尽きます。
2015/07/13(月) 22:00〜22:50
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀「青果店店主・杉本晃章」[解][字]

「おいしい野菜を日本一知る八百屋さん」と称される杉本晃章(67)。超一級品だけを選び抜く、当代一の目利きとは。逆境の時代を生き抜く下町のガンコオヤジに密着!

詳細情報
番組内容
東京の下町・北千住に「おいしい野菜を日本一知る八百屋さん」と呼ばれる男がいる。杉本晃章(67)。その驚異の眼力によって選び抜かれた極上の野菜や果物を求めて、わずか15坪の店に客が連日押し寄せる。その商いに貫かれているのは「攻め」の流儀。自家製漬け物やきんぴら用ゴボウの千切りなどヒット商品を連発し、街の青果店が次々に姿を消す逆境の時代を生き抜いてきた。人生を野菜に捧げたガンコオヤジの情熱に迫る。
出演者
【出演】青果店店主…杉本晃章,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

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日本語(解説)
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