今年で56回目を迎える…日本で暮らす外国人が日本人や日本の社会について感じた事を日本語で熱く語りました。
日本を再発見できる笑いと感動のステージが始まります。
今年の開催地は…ここは天秤棒一本で全国に商売を広めていったと言われる「近江商人」発祥の地です。
誠実で勤勉な商いで知られ主に江戸時代から明治時代にかけて各地で大成功を収めました。
その目は常に広い世界に向けられ後に国際的に活躍する企業も数多く生まれています。
そんな近江商人ゆかりの地に日本を愛する外国人の弁士たちがやって来ました。
今年の大会には26か国から80人を超える応募が寄せられました。
大会に出るのはその中から選び抜かれた精鋭たちです。
弁論はテーマやその人ならではのエピソード日本語の使い方など5つの項目で審査されます。
司会は私サヘル・ローズが務めました。
審査にあたるのは日本語教育の専門家など5名。
今年の特別審査員は大阪の大学でアジア経済を研究するにしゃんたさんです。
スリランカ出身のにしゃんたさんは…京都の大学に留学中は…現在は落語家としても活躍し日本語に磨きをかけています。
弁論大会どんなところにまずは期待されますかにしゃんたさん。
僕ら来た時っていうのはちょうどバブルの真っただ中なんですね。
もうほんとにネオンが多くてですね日本が「JapanasNO.1」と言われた時代ですね。
でも今はそうでもないじゃないですか日本ってね。
だから今皆さんがね何を期待されて今ね今来てる方に見えてる日本の姿こそね多分日本の本当のすばらしい部分だと思うんですね。
どう熱く表現するかっていう事を一番注目したいですね。
それではいよいよ出場者の中から9人の弁論をご覧頂きましょう。
この3つのテーマに分けてご紹介していきます。
最初は…。
こちらの4人の方々には日本文化はどのように映ったのでしょうか。
こんにちは。
こんにちは。
お名前は?どこから来ましたか?私はセネガルから来ましたディオプ・ファトゥマタ・ビントゥと申します。
よろしくお願いいたします。
トップバッターは丁寧な言葉遣いが印象的なセネガル出身のディオプさん。
3年前に来日したディオプさんは日本の文化や思想を独学で研究しています。
高校生の頃から日本文化に強く惹かれているというディオプさん。
その研究資料を見せてもらうと…。
日本の剣道について。
剣道は…。
(ディオプ)勝つ負けるだけではなく目標は力を出しきる事。
おぉ〜。
今日も自分の中でどんな目標を持ってこの弁論大会に…。
セネガルで武士道の事を知り衝撃を受けたというディオプさん。
今日は彼女が尊敬してやまない日本の文化・精神について語ります。
ディオプちゃん頑張って!
(拍手)「わ〜こんな国があるの!?」。
それは私が高校生の時でした。
学校で学んだ日本の明治維新にとても感銘を受けました。
明治維新を成し遂げた偉人たちは僅か100名で日本を救いました。
彼らの根底には自分を捨てて国のために世のため人のためにという力強い思いと志があった事に胸を打たれました。
それからの私は学校の勉強だけでは物足りずネットカフェに通い明治維新教育勅語武士道などの日本の文化・精神について調べ独学で勉強するようになりました。
私の生まれ育った国セネガルは経済的に厳しくその日その日の生活の事が優先で子供の教育どころではありません。
生きる事だけで精いっぱいで国のため世のため人のためそんな「誰かのため」という思いが浅いのです。
そのような日常に日本の文化や精神は刺激的で私はいつしか人の事を考えるそんなすばらしい日本に行きたい。
日本の精神を身につけて国に帰り母国のために立ち上がりたいと思うようになりました。
お金のない中自分の夢を実現するために4年間働きお金をためました。
そしていよいよ日本へ行く事になった時母は「日本は寒いからこれを持って。
あっこれも持って」と日本に一度も行った事がないのに私の夢を応援してくれ「国のために頑張ってね」と言って送り出してくれました。
そのようにしてやっと来日できたその1か月後でした。
家から連絡が入りました。
母が病気で亡くなってしまったと。
最愛の母が亡くなり私はこのまま自分の志を貫くか国に帰るかとても悩み気持ちが揺れ動きました。
しかし送り出してくれた時の母の「国のために頑張れ」という言葉を思い出して日本で頑張る事を決意しました。
日本に来て一番驚いたのは礼儀正しいという事でした。
お店に入れば「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」と言われます。
その言葉を聞いた時私はなぜかうれしい気持ちになりました。
実は私の国ではこのような挨拶をすると「この人大丈夫?」と思われるほど不思議な事なのです。
日本では挨拶一つが人の道と聞いた事がありますが挨拶をしたり礼儀正しいという事は人のためになるのだと学びました。
ところで最近もったいないなと思う事があります。
私は日本の友達に「吉田松陰すごいね!30年の短い生涯だったけれども世のため人のために頑張った偉人だったんでしょう?知ってる?」と聞きますと「どういう話?知らない」。
昔からの日本の文化や精神を勉強して国に持ち帰り国を建て直したいと思って来たのに日本の若者は知らないと言います。
とてももったいないです。
今の世界を救うため日本の精神が今こそ必要だと思います。
今まで私が学んできた日本の精神の一つに相手の事を尊敬するという精神があります。
例えば武道では自分より弱い相手に対しても尊敬の念を払います。
相手の事を尊敬する事でみんなで仲良く生きていけると思います。
お互いに尊敬し合っていく事で争いにならず平和な世の中になっていくのではないでしょうか?前途有望な若者の皆さん日々の悩みや試練を乗り越え志を持って国のために世界のために立ち上がって下さい。
共に頑張りましょう。
ご清聴ありがとうございました。
(拍手)つらい経験を乗り越え思いを貫くディオプさんの姿勢に感動しました。
会場で行われたアンケートにはディオプさんの弁論についてこんな感想がありました。
特別審査員のにしゃんたさんディオプさんの弁論いかがでしたか?
(にしゃんた)はいにしゃんたです。
すご〜い!妖精が妖精が。
すごいすてき!これはどちらの民族衣装ですか?こちらフィリピンの民族衣装です。
フィリピンってこういう民族衣装なんですね。
ちょっとおしゃれバージョンというか…。
続いてはフィリピン出身のジャネル・ジョイス・サーミエント・カヒリグさん。
日本の漫画やイラストに興味のあったジャネルさんは横浜市のデザイン専門学校に通っています。
日本語を学ぶのはそこの日本語学科です。
ホームステイしているお宅も横浜市内にあります。
(ジャネル)ただいま〜。
おかえりなさい。
今日は暑かったろう。
(ジャネル)暑かったですね。
ホストファミリーの中村さんご夫妻です。
知人から紹介されたジャネルさんを本当の孫のようにかわいがっています。
幼い頃から日本のアニメに親しみ日本語が好きになったというジャネルさん。
中でも日本に来るきっかけになるほど印象に残ったアニメがあるといいます。
「雷神の少し響みてさし曇り雨も降らぬか君を留めむ」。
ヒロインが口ずさんだのは「万葉集」の和歌と知ったジャネルさん。
以来そのとりこになりました。
弁論では和歌をきっかけに感じた日本文化の魅力について語ります。
(拍手)「こんなめでたい日なのにどうしてそんなゴキブリのような声で歌うのよ。
誰かが死んだみたいじゃない」。
弟の2歳の誕生日に母に叱られた覚えがあります。
そのころから私は自分の口から出てくる言葉が嫌で嫌でクラスメートや家族にさえ自分の気持ちを表せなくなりました。
そんな時日本のアニメが好きになって毎日欠かさずテレビを見るようになりました。
アニメに出てくる曲まで覚えてそして日本語にも興味を持ちました。
私の口から出てくる言葉一つ一つはフィリピン語とは全く違う音でリズムで余韻でした。
それがとても不思議で私は日本の歌と日本語に惹かれました。
日本の歌の多くにはさまざまな季節の自然を使ったフレーズがよく現れます。
気になって調べたところ昔から日本では和歌という詩の中にさまざまな季節の自然が使われていたと知りました。
フィリピンでは夏と雨季大体この2つの季節しかありません。
雨の季節といったら雷やら台風やら洪水やら悪いイメージしか浮かびません。
ですがある日本のアニメ映画でこんな場面を見ました。
雨が降り続ける公園で雨宿りをしながらヒロインが主人公に「万葉集」の和歌をぽつりとつぶやきます。
この和歌の意味は「雷の音が少し響いて空も曇り雨が降ってくれたらきっとあなたを引き留めるのに」。
この和歌を聞いた時私にはどうしても雷や雨のイメージとこの場面そして恋の歌がつながりませんでした。
私はこのアニメの舞台になった公園に必ず行くと決めました。
日本に留学したのは去年の9月でその公園を訪れたのは雨の季節を過ぎた秋の風を感じる時期でした。
特に行く先もなく公園の中を歩き回っていると雷がいきなり鳴り響きました。
私は雨宿りするために近くの東屋に駆け込んだ。
雨が強くなりやがて周りの音を殺した。
雨音しか聞こえない空間で私は突然圧倒的な寂しさに埋もれ胸が苦しくなった。
こんな寂しい情景の中一人になりたくない。
誰かにそばにいてほしい。
あっヒロインが「雷神」の和歌をつぶやいた時こんな気持ちだったのか。
今なら分かったような気がします。
どうして私は日本の歌で感情を出せたのか。
雨雷桜緑紅葉雪。
こんな美しい自然の風景を日本人は「万葉集」の和歌の時代から現代の歌の歌詞にまで揺れ動く繊細な心に置き換えているのではないかと私は思います。
そう心。
日本の歌は人の心を種としていろいろな言の葉になる。
そして自然の風景の一部になっていく。
これから私はいろいろな季節に巡り合っていろいろな日本の自然の風景に触れたいです。
そして自然の中で日本人の心も感じたいです。
その心の種を日本語の言の葉として紡いでいきたいです。
ご清聴ありがとうございました。
(拍手)会場に響きわたるジャネルさんの和歌すてきでしたね。
応援のため東近江まで来たホストファミリーの中村さん。
感激もひとしおです。
びっくりしたよ。
ありがとうございます。
(ジャネル)頑張った。
(笑い声)ジャネルさんこれからも大切な心と言の葉紡いでいって下さいね。
お〜!すごい王様みたい!そうですね。
まさにそのとおり。
これが民族衣装?そうですね。
民族衣装といっても指導者。
いわゆる偉い人の服装ですね。
続いてはインドネシア出身のアリマンシャルさん。
愛称は「アリ」です。
仙台に住むアリさんは大学院で宗教学を研究しています。
弁論では研究者の視点で日本のある文化を語ります。
(拍手)幼い頃から日本文化に興味がありました。
それは私の国で走っているほとんど全ての車やバイクが日本製であった事が一つの理由だと思います。
こんなすごい車やバイクをつくるなんて日本人はなんてすごいんだ。
どうやって発明したのだろうと考えていました。
その答えを探そうと大学で日本語を専攻する事に決めました。
2年過ぎた時車を発明したのは日本人ではない事が分かりました。
驚いた事に車の特許はアメリカのものだったのです。
その後日本に留学する事になりふと町のあちこちで見かけるコンビニが目に止まりました。
なぜコンビニが同じエリアにこんなにもたくさんあるのか?調べてみてまたしても驚きました。
最初にコンビニをつくったのも日本人ではなくアメリカが発祥でした。
それなのになぜ日本ではこれほどまでに人気があるのか?観察の結果一つのキーワードを見つけました。
「造り変え」です。
日本人はモノやシステムをそのままの形ではなく自分たちが受け入れられるように造り変えてしまうのです。
日本人向けに造り変えられたコンビニは繁華街や住宅地にあり日用品をそろえ各種サービスを提供し年中無休で24時間営業し日々の生活に欠く事のできないものになっています。
ではなぜ日本人は造り変えができるのかという事について更に考察を続けました。
その結果少なくとも2つの事柄がその背景にあると考えました。
1つ目は自然です。
日本には春夏秋冬の4つの季節があります。
そのため夏は薄い服で過ごせますが冬には分厚い服を着ます。
また農家は収穫するためにいつ種をまかなければならないかを計算しなければなりません。
こうして自然に合わせて生活していくというやり方は日本人の中に深く根づいて文化になっています。
2つ目は信仰的な背景です。
日本人が信じるのは八百万の神です。
日本人にとっての神は唯一絶対神ではありません。
神様は完全無欠ではなく欠点を持っていてその欠点を補うべく別の神様を信じます。
日本人にとってこの世界には完璧なものは存在せず全ての事柄によりよく改善する余地があるのです。
以上の事から造り変えの文化は日本民族が誕生した時に既に存在し日本人がこの世界にいるかぎりこれからも綿々と続いていくものだと考えています。
ありがとうございました。
(拍手)う〜ん身の回りの観察からの大胆な発想。
驚きました。
にしゃんたさんはいかがでしたか?続いてはお箸を上手に使ってお弁当を食べるこちらの方。
ポーランド出身のオレシック・パウラ・エヴァさん。
パウラさんはポーランドの大学で4年間日本語を学んだのち兵庫県の大学にやって来ました。
現在はさまざまな日本の文化に触れてその刺激を大いに楽しんでいると言います。
パウラさんの目には日本の文化どう映っているんでしょうか?
(拍手)「お母さんどうして日本人は右から左へ文字を書くの?不便じゃないの?」と子供の頃母に聞きました。
「多分日本人はそんな書き方が好き」と母が答えました。
「逆さまだね不思議だね」。
地球の反対側は全部逆さまかもしれない。
大学の日本語学科に入ってから日本文化についていろいろ勉強しました。
作文を縦書きで上から下へ書きました。
おすしを食べに行った時フォークではなくお箸を使いました。
けれども日本に留学する事になってその違いについてもっと考え始めました。
日本での生活が始まると雨後のたけのこのようにヨーロッパと日本の違いが次から次へと出てきました。
私の普通の髪の毛の色を新しい友達が褒めてくれました。
そんなきれいな黒髪があるのに。
一緒に食事をした時もう一回びっくり。
ポーランドの昼御飯は一つのお皿に載せたら大丈夫です。
けれども日本人は御飯と煮物と漬物を全部別々の食器に載せます。
ある日日本の伝統的な芸術お能の体験に行きました。
お話の流れから不思議な事が分かりました。
小鼓の音より掛け声の方が大事。
掛け声よりその前の準備の呼吸の方が大事。
日本の伝統的な音楽の魅力は静けさにあります。
華やかな音ではなく2つの音の間の空間に特殊な美があると分かるようになりました。
華やかな花盛りを愛してるヨーロッパ人。
私は散っている花びらのはかなさに心惹かれる日本人を見て新しい違いを見つけました。
豪華なヨーロッパの庭を思い出しました。
きれいな道をまっすぐ歩きながら咲いているお花で彩られている芝生を見ます。
逆にわびさびのある日本の枯れ山水を思い出しました。
小さな石が敷き詰められた空間は穏やかな海の模様をしています。
その中に大きな石が置いてあります。
たおやかに垂れている桜の木の枝からはらはらと花びらが落ちています。
私が日本にいる毎日は驚きであふれています。
頭がふらふらするほど違いを見つけて逆さまの世界にいると感じています。
けれども幸せです。
子供のようにかわいらしい言葉の童謡を歌います。
「みんなちがってみんないい」。
逆さまだからこそ美しい。
ありがとうございました。
(拍手)優しい声が印象的だったパウラさん。
間のとり方もすてきでしたね。
にしゃんたさんはどうでしたか?こちらのお二人のメッセージは?まずは準備に余念のないアメリカ出身のアンドレ・ペレズさん。
こうやって原稿をねこれ今回発表する原稿ですよね。
すごく熱心に書かれていてきっと何度も読んで練習を…。
いいんですか?見せて。
この「もっとポーズ」「早口」「スピード」。
あと見てここ。
これ「母音」ですか?
(ペレズ)ごめんなさい字が汚くて。
ニューヨーク育ちのペレズさんが日本に興味を持ったきっかけはなんとお笑い。
関西で漫才師を目指していた時期もありました。
でも日本が大好きになったペレズさんはその後宮城県庁と宮城県国際化協会に勤める事になります。
関わる仕事の多くは東日本大震災の復興関連です。
海外の来賓が来る度に通訳として被災地を訪れてきました。
今日はペレズさんが考える復興のために大切な事を語ります。
「どうすれば忘れないのか」。
これが私のよく考える問題です。
あっ忘れるとこでした。
まず自己紹介。
私はアンドレ・ペレズと申します。
そして実は結構忘れっぽくて困ってるんですよ。
例えばね駅で切符を買ってこれ無くしちゃ駄目と思ってもう改札口に着くまでに「えっ?切符どこにあるんだっけ」とかまた帰る時止めた自転車の鍵を捜していたら鍵がまだささったままだったり。
日本語を覚えようとしてる時も同じで例えば「ペレズさんすてきな年上の女性を紹介しましょう」と紹介された時に「あこの前漫画で覚えたあの言葉早速使ってみよう」と思って「はい年増好きですよ」と言ってしまったりしました。
ただこの経験を通して自然と日本語を覚えて忘れなくなりました。
共通点は心が深く動いたため記憶する事だと思います。
実はこんなに忘れっぽい私ですけど全く忘れられない事もあります。
それは東日本大震災の事です。
私は宮城県の県庁の職員で仕事はほとんどが復興関係です。
2011年3月11日から4年余りが経過しております。
どうすれば震災を忘れないようにできるのかどうすれば東日本大震災の事を風化させないようにできるのかと仕事を通して考えてきました。
そしてその答えがやっと見つかったと思います。
それは「心で覚える事」です。
私自身が初めて被災地に足を運んだのは震災から2年半ほどがたった頃でした。
ここで宮城県の被災地石巻市での3つの体験をお話ししたいと思います。
1つ目は避難所に手書きの新聞を配布した元編集長の話です。
被災地の子供たちには地震によるトラウマのため足を床に触れるのがいまだに怖い子がいるという話を聞いてそして考えました。
この子供たちは当時どれだけ怖い思いをしたのだろうかと。
2つ目は津波の襲来を知らず帰り道に命を落とした外国人の話です。
その方の友達の話を聞いてみると震災後両親が来日して娘さんの大好きな石巻市で葬式をなさったと知りました。
自分の娘の命を奪った土地ですがその娘さんの気持ちを尊重してそう決めたのだそうです。
そして考えました。
この両親はどれだけ無念な思いをしたのだろうかと。
最後に遠藤夫妻の話です。
恐らく50代後半のこの夫妻は津波で子供を3人とも亡くしました。
私が訪れた時に見たのは津波で流されてもう子供たちのいない寂れた町に子供がまた戻ってきて遊べるようにと大工の遠藤さんが作った子供たちの遊び場でした。
遠藤さんがおっしゃったとおり遊び場を上れば防波堤越しに海のかなたが見えます。
その近くに3つの小さな墓もあるのに気付いてそして考えました。
戻る事のない3人の子供を待って遊び場を作った親の気持ちを。
この人にどれだけ泣き明かした日々があったのだろうかと。
皆さん忘れないためにはやはり現地に足を運んで心で感じて覚える事だと思います。
ひょっとして心で過去を記憶して忘れないようにする事が大切な人の命を守る事につながるのかなという気がします。
だって忘れたものは守れません。
そして忘れない事によって守れるのは未来そのものではありませんか。
(拍手)大会のあとペレズさんが宮城県石巻市を案内してくれました。
空き地が広がる被災地に建っている木製の建造物。
ペレズさんの弁論に出てきた遠藤さんが作った遊び場です。
名前は「虹の架け橋」。
お久しぶりです。
この間はどうもありがとうございました。
こちらこそ。
遠藤さんが1年ぶりにペレズさんを迎えてくれました。
震災前この場所には遠藤さん夫妻と3人の子供たちが幸せに暮らす家がありました。
「虹の架け橋」の横にはペレズさんが「お墓」と話していた3体のお地蔵さんが並んでいます。
そして上に上がれば…。
防波堤の先に海が見えました。
「心で覚える」。
被災者たちの思いを胸に刻んでペレズさんの復興への取り組みはこれからも続きます。
意気込みを。
かっこいい!メルシーボクー。
メルシーボク−。
フランス語で挨拶してくれたのはカメルーン出身のネビバンガ・エビナ・ギー・ベルチィンさん。
「ネビさん」と呼ばれています。
ネビさんが暮らすのは高知県南国市。
工業高等専門学校で機械工学を学んでいます。
この学校に来て1年。
機械の扱いもご覧のとおり!クラスメートにもすっかりなじみ高専ライフを満喫しているネビさん。
しかし初めの頃は特に日本語の難しさに苦労の連続でした。
そんな経験から生み出されたネビさんの熱いメッセージお聴き下さい。
(拍手)私は2年前にカメルーンから日本にやって来ました。
来てからは数えきれないほどの初めての体験をする事ができました。
その中でずっと気付かなかった悪い癖というか自分にはある良くない傾向がある事に気付きました。
それは思い込みです。
その思い込みが引き起こした事について述べたいと思います。
2年前の12月日本語を8か月間朝から晩まで毎日毎日勉強したあと日本語能力試験N2に臨みました。
身も心もへとへとになった試験が終わって友達と食事に行きました。
試験がとっても難しかったので心の中で「こんな難しい外国語なんてもう日本語なんて勉強したくない。
もう話したくない」と思っていました。
そして落ち込んだ私は日本人の店員に八つ当たりしようと思いつきました。
店員が来た時わざとフランス語で……と注文してみました。
その店員にとってのフランス語は私にとっての日本語だと思ってそうです。
仕返しを思いついたのです。
ところがその店員は驚いた事に……と流ちょうに何もなかったかのように普通に返事をしました。
予想外に受けたショックは長引きました。
もちろん大いに反省させられました。
私はいつの間にか「レストランで働いている女の子なんかフランス語を話せないだろう」と思い込んでいたのです。
そしてフランス語が母語である自分に幾分か優越感を感じていたのかもしれません。
私たちは人を見た時にその人の事を勝手に外見と思い込みで判断し自分なりにその人像を作り分かった気になりがちです。
つまり印象で作ったラベルを貼りその人の中身を確かめずにラベルしか見ない事になってしまいます。
他にも服装学歴職業人種や国による思い込みや偏見も多くあります。
私たちには恐ろしい力があります。
それはいろんな条件からそれについて「こうだ」と判断する力です。
でもシャーロック・ホームズのようなすばらしい洞察力がある人は別として誤った思い込みをする事の方が多いです。
しかし同時に私たちには思い込みを避ける力ももちろんあります。
この力を十分育ててうまく使うべきではないでしょうか。
(拍手)もうさすが!ネビさんの語り口についつい引き込まれてしまいました。
にしゃんたさんはいかがでしたか?将来の夢は機械エンジニアになって飛行機を造る事というネビさん。
思い込みにとらわれず夢に向かって頑張って下さいね。
かっこいいです。
最後のテーマは「日本で学んだこと」。
こちらの3人の方々はどんな事を学んだのでしょう?あっちょっと見て下さい。
制服を着た…かわいい!
(2人)こんにちは。
え?出られる方ですよね弁論大会に。
リン・タクウと申します。
ご出身は?中国・上海です。
今回の最年少中国出身の高校生リン・タクウさんです。
リンさんは去年9月に日中交流プログラムで来日。
ホームステイしながら千葉県の高校に通っています。
今日は留学生活を通して知った日本人の特徴について語ります。
(拍手)国際交流が日々盛んになっている日本。
この国を訪れたり全国各地で暮らす外国人の数が急速に増えています。
日本へ来た外国人の数は2013年には1,125万5,000人にもなったそうです。
では皆さん質問です。
町で初めて出会った人が日本人か外国人か皆さんは外見から見分けられますか?同じアジア人の場合は外見からだけで見分ける事は簡単ではありません。
私は初めて日本に来た時何度も迷子になった事がありました。
困ったら周りの日本人に話しかけて聞くのが早道です。
ところが当然日本人だと思って話しかけると韓国人だったり中国人だったりしてばつの悪い体験も何度もしました。
その時から私は日本人を100%見分けられる方法を研究し始めました。
努力は人を裏切りません。
私は最後日本人を一目で分かる3つの方法を見つけました。
その1つ「ハンカチを持っていたら日本人」という事です。
日本の高校へ留学したばかりのころクラスの女の子たちがみんな手を洗い終わったら自分のブレザーのポケットからハンカチを取り出して手を拭くのに驚きました。
最初はとてもかわいくて女子力が高いなと思いました。
でもティッシュで拭いて捨てれば簡単なのに。
こう思って友達に聞くと「だって紙がもったいない。
無駄遣いじゃない」と言うのです。
私は考えました。
「あそうなんだなるほどもったいないか」。
日本では資源や環境保護への意識はなくては駄目なのです。
その2つ「日本人は折り畳み傘より長い傘が好き」という事です。
中国では軽くて携帯に便利な折り畳み傘がほとんどの人がそれを使っています。
長い傘はほとんど目にしません。
ではどうして日本人は長い傘が好きなのですか?日本では梅雨時期など一日中雨が降る日も少なくありません。
長い傘の方は実は楽で使いやすいのです。
それに長い傘を電車の中などに置き忘れても日本では誰かが届けてくれるのです。
これも私が日本へ留学して知った日本人のいいところです。
その3つ「日本人はおじぎを大切にする」という事です。
電車や駅でおじぎをしている人を毎日見かけます。
そしておじぎの角度が90度近かったらまず日本人です。
今日本へ留学に来た私も日本語だけでなく日本人の優れたマナーを勉強したいです。
以上は私の目から見た日本人です。
皆様ももし日本人は一目で分かるいい方法を見つけたら是非教えて下さい。
ご清聴ありがとうございました。
(拍手)う〜んリンさんの高校生活が目に浮かんでくるような弁論でしたね。
会場のお客さんの感想は?続いての弁士は広島の大学院に通うハンガリー出身のドゥロー・アーゴタさん。
ハンガリーの大学で日本語を学んでいたアーゴタさん。
最初の留学先は青森県でした。
そこで知ったある事実が彼女を広島に向かわせました。
自分の人生を変えたとまで語るアーゴタさんとある本との出会いの話お聴き下さい。
(拍手)私は人生経験が豊かとは言えませんが日本に来てから自分が以前より自立心が強くなり失敗しながらも成長してきたと思います。
ハンガリーとまるっきり違う日本の文化との接触は私に大きな変化をもたらしましたが一番大きな影響を与えたのは広島との出会いでした。
2010年私が日本に来る前に広島と長崎についてハンガリーで学んだ唯一の事は「原爆が投下されて第2次世界大戦が終了した」という事です。
この事でみんな納得して被爆者の事放射線の影響などについて誰も深く考えていません。
私の意見ですがこれはヨーロッパ中心の西洋教育の盲点だと思います。
私は2010年2011年に1年間青森県の弘前大学に留学できる機会がありました。
その時戦争文学という授業で中沢啓治さんの「はだしのゲン」という漫画を読んだ事が原子爆弾投下を初めて人道的な立場から考えるようになったきっかけです。
父親ときょうだい2人を目の前で失った6歳のゲンの物語を読んだ時は涙があふれ出て止まりませんでした。
ゲンが教えてくれた事は今まで当たり前だった平和な世界のありがたさでした。
その時非常に感動した私は広島の知られざる真実を他の人にも伝えなければならないという使命感に燃えて広島を訪ねました。
広島を訪問した時66年前1発の原子爆弾で一瞬にして廃虚になった町の奇跡的な復興たとえようのない美しさに本当に感激しました。
原爆当時は「75年間草も木も生えない」と言われたのに私が訪れた広島はもう全て立て直され活気に満ちた雰囲気でした。
ご存じのように第2次世界大戦の時空襲で全滅した都市が広島と長崎に限ったものではありませんが瞬時放射線と残留放射線によって原子爆弾の持続性は他の爆弾よりはるかに恐ろしいわけです。
悲惨な過去の記憶を保ち広島中心部を流れる太田川の眺めをじっと見つめていたら資料館で見かけた原爆直後犠牲になった人たちが重なるように死んでいったイメージが目の前に現れました。
私が大好きな桜の木に囲まれ生まれ変わる事を象徴する広島の河川はもう二度とそんなひどい目に遭わないよう世界はずっと平和であるよう願ってやみませんでした。
2013年に改めて来日した時広島市立大学の「HIROSHIMAandPEACE」という夏期集中講座に参加し2週間で私の従来の考え方価値観などが根底から変わりました。
このプログラムに日本の学生のみならず海外から来た方々も大勢参加しいろいろな意見を聞く事ができました。
この経験のおかげでやはりお互いを理解する事困った時にお互いに手を差し伸べる事は平和に導く一歩ではないかと思うようになりました。
広島と長崎の原子爆弾投下そして放射線による恐ろしい結果は人間が同じような被害を二度と繰り返さないために永遠に記憶しなければいけないものです。
私はこの研究で広島市と長崎市が目指している恒久の世界平和の成立に少しでも貢献したいと思っております。
ご清聴どうもありがとうございました。
(拍手)アーゴタさんの平和を願う思いが伝わってきました。
広島でより深く原爆とその被害について知ろうとしているアーゴタさん。
指導を受けているのは核兵器の歴史が専門のアメリカ人のジェイコブズ准教授です。
アーゴタさんの今の目標は原爆の恐ろしさを海外に広く知らせる論文を書く事。
そのために関係する日本語の本を読んでは重要なポイントを英語でまとめています。
日本だけじゃなくて海外にも行って国際…学会にも出てみんなに皆さんに話してみたいと思います。
この原爆の情報をもっと広げてみたいなと思います。
使命感を持って研究を続けるアーゴタさん。
論文の発表は2年後の予定です。
最後にご紹介するのはこちらの方。
中国出身のリ・ユエさん。
リさんは現在京都の大学で日本語を勉強中です。
今回はリさんが日本に来て衝撃を受けた日本と中国のある考え方の違いについて語ります。
(拍手)去年の夏休み私は初めて日本に来ました。
日本に来て気付いた事が一つあります。
それは友達と一緒に友達のおじさんおばさんの家へ遊びに行った時の事です。
私がおばさんとおしゃべりしている間おじさんはずっと部屋の掃除をしたり洗濯をしたりして忙しそうでした。
私はおじさんの姿を見ておばさんに尋ねました。
「優しい御主人ですね。
家事もやってくれるんですね」と。
するとおばさんは言いました。
「私たちはもうこんな年だしこれからはどちらかが先に死んでしまうかもしれない。
だから一人で生活できるようにしないとね」と。
私はびっくりしてどう答えたらいいのか分かりませんでした。
中国では死について話す事はタブーだからです。
日本と中国は死に対する考え方が違うのでしょうか。
そう思ってテレビを見ているとお葬式のCMがたくさん流れている事に気付きました。
中国ではそのようなCMは絶対に放送されません。
自分のお葬式や死んだあとの事を考えるのはよくない不謹慎だと思われています。
そのためふだんは言わないようにしています。
私は友達とこの事について話した時初めて「終活」という言葉を知りました。
「しゅうかつ」と言っても就職活動の事ではありません。
「しゅう」は「終わる」の「終」で「かつ」は「活動」の「活」と書きます。
「亡くなったあとの事を元気なうちに準備する」という意味です。
元気なうちに自分のお墓を買ったりお葬式で飾る写真やお花を考えたりするそうです。
これはある意味社会の進歩のあらわれなのでしょうか。
なぜ日本人はそれほど積極的に死んだあとの事を考えるのでしょうか。
私はこう思います。
それは家族を困らせたり迷惑や心配をかけたりしたくないからではないでしょうか。
終活にはつらい気持ちも込められている事でしょう。
しかし自分の家族のために自分で決めなくてはいけない。
これが終活という言葉の本当の意味だと思います。
死は人生の最大の敵とも言えます。
そしてこの敵にいつ襲われるか予想もできません。
ですから私たちにできるのは不安な気持ちに襲われても強い心をもっていつか来る死を迎える準備をする事です。
自分が強くなって初めて周りの人を幸せにする事ができるからです。
終活や日本人のおばさんとの出会いを通していつ死を迎えるか分からない私たちは自分の家族のために何ができるのかを日頃から考えておく事が大切なのだと考えさせられました。
ありがとうございました。
(拍手)人生の終わりの捉え方にも文化の違いがあるんですね。
笑いあり感動あり。
それぞれの熱い思いを込めたスピーチの数々いかがでしたか?大会では特に優れたとされた弁論に賞が贈られました。
日本語の表現力に優れていたとして…国際理解に貢献したとして…最後ににしゃんたさんに特別審査員として大会の感想を伺いました。
「日本とはなんぞや」という事を彼ら一生懸命彼らの立ち位置で分析されてる。
すごくその分析力にひとつ感動しましたですよね。
日本人って何でこうなったのかなという研究熱心であるとかあるいは自分の国に帰ってこれ応用できないかなというそういう高い気持ちを持っているからこそ見えてくる部分だと思うんですね。
彼ら一生懸命発信しましたんであとは我々の受信力ですよね。
「外国人による日本語弁論大会」。
私は話もさる事ながら弁士たちの熱い思いが印象に残りました。
皆さんは誰のどんなメッセージが心に残りましたか?2015/07/12(日) 15:00〜16:00
NHKEテレ1大阪
ワタシの見たニッポン〜第56回 外国人による日本語弁論大会〜[字]
6月に東近江市で開かれた「外国人による日本語弁論大会」での、世界各国からの出場者による熱弁と日頃の素顔を取材。2015年の“ニッポンへのメッセージ”を紹介する。
詳細情報
番組内容
「第56回外国人による日本語弁論大会」が、6月、東近江市で開催された。日本各地に住む、80人を超える応募者の中から審査を勝ち抜いた精鋭たちが出場。日本での学生生活や仕事を通じて感じた価値観の違いや日本社会の不思議さについて熱弁をふるった。出場者それぞれのスピーチに加え、日本での暮らしぶりや活動の様子も併せて取材。彼ら、彼女らの発する2015年の“ニッポンへのメッセージ”を紹介する。
出演者
【審査員】羽衣国際大学教授…にしゃんた,【語り/司会】サヘル・ローズ
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
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