(テーマ音楽)
(出囃子)
(拍手)
(拍手)
(桂文楽)ようこそのお運びでございましてありがたく御礼を申し上げます。
相変わらずお馴染みのところでご勘弁を頂きますが。
我々芸人仲間で何が一番難しいというと幇間たいこもちだそうですな。
芸者衆というのもこれもなかなか難しいんだそうですがこちらは女性でございますんでねまたどこか楽なところがあるのかもしれませんけれどもね。
幇間というのは決してお客様方に逆らわなかったんだそうですね。
お客様が「右」と言えば右「左」と言えば左。
「一八。
今日はなんだないい天気だな」。
「左様でございますな〜良いお天気でございますな〜」。
「こういう天気のいい日に家ん中なんかに居たんじゃしょうがねえだろう。
どこか出かけてみるか?」。
「左様でございますかな〜。
どこか参りましょうか」。
「だけどなんだよおいええ?向こうのほうにお前ポツッと黒い雲が出たよ?」。
「えっ?あっなるほど雲が出ましたな〜」。
「こりゃなんだよ〜一っ降りくるかもしれないな〜」。
「降るかもしれませんですな〜」。
「出かけるのは止めとくか?」。
「よしましょうか?」。
「でも降らないだろう?」。
「降りませんとも」。
「じゃあ出かけるか?」。
「参りましょうか?」。
「やっぱりよそう」なんてんでねどこまでいっても逆らわなかったんだそうでしてね。
「幇間あげての末の幇間」なんてぇ事を言ったそうですがね。
中に「野幇間」てぇのがいたそうですよ。
これはどこともあてどもなく往来をさまよい歩いておりましてね他人の顔さえ見りゃ百年もかわいがられた狆ころのようにねこういう所へ扇子をあてがいまして「よ〜よ〜よ〜っどうも大将すごい」ってな事を言ってね。
手前のほうがよっぽどすごいんですけどもね。
お客様を魚に例えてあるんだそうですね。
お宅行って引っ張り出してくるのを「穴釣り」てんだそうですね。
表で取り巻くのを「陸釣り」てんだそうでしてねお客様に途中で逃げられたりするとね「アア〜ッいけない!あ〜釣り落としちゃったよ」なんてんでひどいもんでね。
「ええ?さっきからここへ竿を下ろしてるんだけどね雑魚一匹かからないね〜。
時化だね〜。
間日てぇやつですよ。
こういう日があるんだね〜。
ええ?朝から何にも食べてないんだからな〜せめてお飯だけでも取り巻きたいよ〜。
駄目だな今日はな〜。
あっおっそうでないよ魚が出てきましたよ〜。
え〜あちらてぇ者は浴衣を着て手拭いをぶる下げてるんだけどもどこかでお目にかかった事のある方だな〜。
どこでお目にかかったんだっけな〜。
思い出せないな頭が悪いんだね〜。
師匠にそう言われてるんだよ。
『幇間はもの覚えが悪くちゃいけない』って言われてるんだ。
脳みそを冷やさなくちゃいけませんよ。
脳みそを冷やして脳みそを。
ウウ〜ッ。
ア〜ッ駄目だよ傍へ来ちゃったよ。
ど〜うも大将しばらくです」。
「いや〜どうしたい師匠」。
「いや奇遇ですな〜。
ここで大将にお目にかかろうとは思いませんでしたな〜。
悪い事はできないもんですね〜。
あの節私酔いましたよばかな酩酊。
またあの騒ぎてぇなぁございませんでしたな〜。
大勢でウワ〜ッ」。
「何を言ってやんでえ。
師匠といつ酒飲んだよ?」。
「飲んだじゃありませんか」。
「いやどこで飲んだ?」。
「どこでって飲みましたよあの〜柳橋で。
芸者衆を大勢揚げてウワ〜ッ」。
「何を言ってやんでえ師匠とどこで会ったか知ってるかい?谷中の寺で会ったんじゃねえか」。
(笑い)「谷中の寺で?」。
「そうだよ〜。
小唄の師匠が死んだろ?その時に手伝いに来てたじゃねえか。
ええ?煙草盆につっかかったりなんかして小言言われてたじゃねえか。
あの時に会ったんだ」。
「ああ〜あっあそこです。
ええ。
お客様に誘われましてな『どうだ?一八』ってな事を言われましてなえ〜ばかな酩酊」。
「何を言ってやんでえ」。
「大将なんですか?大将のお宅は先の所ですか?」。
「先の所って師匠はなにかい?私の家知ってるのかい?」。
「存じてますよ」。
「そうだったかな?」。
「知ってますとも」。
「そうかい?じゃあどこだい?」。
「どこだなんて分かってますよ」。
「いやだからどこ?」。
「どこって先の所でしょ?先の所でございましたらねえ〜これをまっつぐこう行きまして右へ行って左へ行きます斜めに行って入り口のある」。
「当たり前じゃねえか。
入り口が無えなんて家ある訳は無えだろうよ」。
「絶えて久しきご対面でございますな〜。
大将。
え〜今日ひとつどこかお供を願って」。
「おい嫌な奴だね〜。
他人の顔さえ見りゃ取り巻くんだから。
駄目だよ今日は浴衣着て手拭いぶる下げてんだから。
これからお湯行くんだから」。
「よ〜よ〜手前がお湯へお供を願いましてね大将のお背中をツア〜ッと」。
「おいおい師匠に背中流してもらってどうしようてんでえ?」。
「何ですねえあなたね敵に後ろを見せてはいけませんよ。
大将の前でございますがね私はね朝から何にも食べてないんですよええ。
お腹の皮が背中へつきそうなんでございますよ。
如何でございましょうな?安直な所でもってひとつえ〜こういったような事を催して」。
「おいダニだねまるで。
食いついたら離れねえんだから弱ったもんだな〜。
まぁここで会ったのも何かの縁だからな〜じゃあどこかその辺でもってな〜飯でも食ってスッとこう別れようか?」。
「よ〜よ〜ようがす。
ええいいですね。
どこへ参りましょう?」。
「どこへ参りましょうって浴衣着てるんだから遠出はいけないよ近間だ」。
「ええ〜近間ようがすね。
どこへ行きましょう?」。
「そうだな〜どうだ?鰻でも食うか?」。
「よっうなととニョロニョロちゃん蒲焼きいいですね〜。
いえしばらく鰻にお目にかかってなかったもんでねええ鰻が食べてみたいな〜と思ってたとこでございましてなええ是非お供を願って」。
「そうかい?じゃあ一緒においでよ」。
「ええ。
え〜参りますよ。
え〜大将の前でございますがなえ〜これをご縁にひとつご贔屓によろしくお願い致します」。
「ああ〜いつでも家へ遊びにおいでよ。
またね家は家内が芸人さんが好きでねいろんな芸人さんが出入りしてるんだよ。
ああ。
役者衆の揃いの浴衣やなんかもらってね溜まっちゃってしょうがねえんだよ2〜3反持ってくかい?」。
「えっ?ええ〜是非伺います。
ええ。
え〜大将のお宅はどちらでしたっけな?」。
「いやいやだから先の所だよ」。
「あっ左様でございますな先の所。
あ〜心得て分かっておりますよええ。
これズ〜ッと行きましてえ〜屋根のある」。
「当たり前じゃねえかお前。
屋根が無えなんて家はある訳は無えだろうよ。
ほらこの家だ。
俺はいろいろね誂えものしていくからね師匠はなんだよ先に二階へ上がってていいよ」。
「あっ左様ですか?それではえ〜家来はお先に失礼を致します」。
「いらっしゃ〜いいらっしゃいまし〜」。
「はい。
えっハハ〜あ〜なるほど。
なるほど仰るとおりあんまりきれいな家じゃないね。
ええ?きれいな家じゃ…。
ハア〜子供が机抱えて下下りてったよ。
手習いしてたんだね〜。
客席でもって子供が勉強してるなんて家はあんまり繁盛してる家は無いってぇけどなまぁせっかく来たんだからなご馳走になるだけなって…。
エ〜イ大将。
え〜家来はお先に失礼をさせて頂いております。
ええ。
あの〜お座布団ございますか?あ〜左様ですか。
大将の前でございますがね家はこんなふうでもまたなんでしょう?すごい物を食わしてね〜?ええ?手前どもをあっと驚かせようという寸法でしょう?」。
「ああ〜。
ここの家はね〜自慢できる家なんだからうまい物を食わせるよ〜。
あっお姐さん。
あのね焼けたらどんどんどんどん持ってきて。
いやいやいやすぐでいいんだよ。
ええっ?何?お酒が来たの?ホラホラホラホラお酒が来たお酒」。
「エエ〜ッ家来がお酌を致しますよええ家来がお酌を。
エエ〜エ〜エッエエエ〜エ〜どうも。
えっ?何です?大将が?私に?お酌を?いやこらぁどうも面目ないですな。
それではひとつ遠慮なく頂戴を致しまして。
ええ。
エッエ〜ッどうもどうもどうもどうもどうもどうも。
アア〜ッそれではエヘヘ頂きます。
ええ」。
「いや良いご酒ですな〜。
久しぶりにこんな結構なご酒を頂戴致しましたよ。
ええええ。
もういつもこんなに良いご酒は頂戴できませんよ。
うんうん。
ア〜ッいや〜結構ですな。
ええ。
え〜お酌を。
えっ?何です?手酌で?ホッ?左様ですか?それではえ〜家来も無礼講で頂戴をするという事に致しまして。
ええええ。
いや〜ね久しぶりにねこんなね結構なお酒を頂戴致しましたよ。
ええ。
うん」。
「いや〜うまいですね〜。
分かんないうちにお酒が喉をス〜ッと通っていきますね〜。
ええ?昨晩の焼酎がこの辺にまだ残ってるんでございますがね今のお酒が『焼酎退け退け退け退け退け退け』ス〜ッと入っていきますね〜。
いやねうんいや久しぶりでございますよ。
ええ。
えっ?何です?えっ?えっ?お新香?ええ?アア〜ッチョッチョッちょっとお待ちになって下さいよ〜。
大将がいきなりお箸をおつけになってはいけませんよええ?家来が一応毒味を致しましてねえ〜それから大将がお箸をおつけになって。
ええ。
どういう新香になってるかてぇ事につきましてはですねえ〜私がね…。
あっうん。
んっこういきたいですね。
鰻屋の新香てぇものはこれでなくてはいけませんよ。
ええ焼けてくる間新香でつなげるってやつです。
おつですねどうもね〜。
大将の前ですがねええ何度も申し上げますがねこれをご縁にひとつご贔屓によろしくお願い致します」。
「あ〜いつでも遊びにおいでよ。
ああ贔屓にするよ」。
「ええ。
え〜是非伺います。
ええ。
大将のお宅はどちらでしたっけな?」。
(笑い)「いやだから先の所だよ」。
「あっ左様でございますな先の所。
ええ。
心得て分かって分かってますよ。
大丈夫でございますよ。
ええ?焼けてきたの?ええ?大将。
早いですねこちらのお宅は焼けて参りましたよ。
そちら参りましたか?アア〜じゃあこっちはもらうよ。
アア〜ハイハイハイハイハイ。
ね〜?え〜お薬味ございますか?あっ左様ですか?それじゃこれはねえ〜冷めてっからではいけません。
ええ温かいうちでないといけませんのでねこれを頂戴を致しましてですね。
ええ。
冷めてからではいけませんようん鰻はね。
ええ。
ア〜ッ」。
「うん。
こりゃ驚きましたこりゃ驚きましたな〜。
これほどとは思いませんでしたね〜。
大将が褒めるのが分かりますよ〜。
ええ口ん中へ入れるとトロッと溶けますね。
いや〜久しぶりにねこんな結構な。
もうお酒といい鰻といいね。
いやいやもうね私はあそこで大将にお目にかからなかったらねどうなってる事かと思いましてええ今時分倒れてますよ。
ええ」。
「いや〜うまいな〜ええ?実にどうもねア〜ッうんうん。
うん?大将の前でございますがね…こういう事になるという事は全然…」。
「おいおい。
そのね食べるとか喋るとかどっちかにしたらどうだい」。
「エヘ〜ッ何ですね〜お小言を仰っては嫌でございますよ。
無礼講で頂戴してるんでございますから。
ええ?いや〜ね〜うん」。
「いや〜うまいな〜うんうん。
ええこれでもってねもう生き返りましたよ。
ええ。
えっ?へっ?何です?お下?厠?へいっ。
エ〜ッ家来がお供を願って…」。
「オオ〜ッちょいと勘弁しておくれよ。
これだから私ゃ芸人さんは嫌いなんだよ。
ね?そんなに気を遣わなくていいんだからね?落ち着きなさいよ。
私ゃねお前さんをここへ連れてきてご馳走して客面しようなんて料簡はまるで無いんだよええ。
友達づきあいでいいんだから友達友達。
遠慮なくやってくれなきゃ駄目ですよ。
私厠行くけどもねええ?お酒やなんかね無くなったらどんどん頼んでくれなきゃ困るよ」。
「あっ左様ですか?それではえ〜家来は不精を致しまして参りません。
へいっ行ってらっしゃい。
どうも。
ご苦労さまです。
偉いね〜。
年は若いけど江戸っ子だよ。
ね〜。
枯れたもんだよ芸人を遊ばせるてぇやつですよ。
ね〜。
ええ?」。
「鬼のいない間に洗濯をさせようてんだよ。
こっちはまた洗濯しますよ。
ね〜何だって洗いますからね。
だけどなんだななかなかあれだけの科白は言えるもんじゃないね。
うん。
ね〜?『私ゃお前さんをここへ連れてきてご馳走をしてねええ?客面しようってんじゃないんだよああ。
友達づきあいでいいんだからああ友達友達。
遠慮なくやってくれなきゃ困るよ』ってなかなかあの科白は言えないな〜。
ああ。
うん。
あの科白を言えるようになるまでにはね随分財産をすり減らしてるよね〜。
ええ?ああいう粋な人だからなうん今日辺りご祝儀かなんかくれるよね〜。
『おうっこれ少ねえけど取っときない。
何を言ってやんでえ。
遠慮するような柄じゃねえだろう。
いいから取っとけ』ってんでねご祝儀頂き。
ね?」。
「お宅へお出入りがかなってねええ奥様に気に入られて『あの一八っつぁんて人面白い人じゃないのなんとかしておあげなさいよ〜。
家の一軒も買ってあげたらどうなの?』なんてな事をね言うかどうだか分からねえな。
うん。
だけどあの客大事にしとこう。
な?」。
「あの客をしくじるようじゃ俺ゃ腕が無いよ。
なあ。
ああ〜そういやぁねええ?この間易者に見てもらった時に言ってたんだよな〜『あなたの運勢はこの月の半ばごろに巽の方に当たってます』なんて事言ってたけどね全くだね〜。
ええ?うん」。
「人間運が向いてくるとねトント〜ンといくね。
うん。
こういう間のいい時には帰りに何か拾うよ。
な?うん。
どんな物拾うかな?お札のいっぱい入ってるね財布かなんか拾うかもしれないな。
交番なんか届けないようん。
欲しい物はいっくらでもあるんだから端から買っちゃうんだからね。
ええ?うん。
ウッどうでもいいけどね随分厠が長いね。
ええ?客なんてぇものはわがままなもんだからな〜ええ?『あいつもいいけども尻が重くていけませんよええ?お手ふきの一つも持って迎えに来たらどんなもんだ』なんてんで変なとこでしくじっちゃいけないからねええここらが忠義の見せどころですねえ〜お迎えお迎え。
ええ。
お姐さん。
あの〜厠どこ?便所。
ここ?1つだけ。
あ〜そう。
あい分かった。
いいよ。
へいっ大将。
え〜一八がお迎えに上がりました。
あ〜大変お長いようでございますが大将お迎えに上がりましたよ。
何とか仰って下さいよええ?大将家来がお迎えに上がりました。
あ〜お産がお長いようですね難産でございますか?大将。
何とか仰って下さいよ。
嫌だな〜。
叩きますよ?ようがすか?怒っちゃいけませんよ。
いきますよ。
トントントントントトントントンスットントン。
あっ何笑ってんだ?ええ?『そこには誰もおりません』?悪い奴だね〜お旦那となれ合ってんだろう?ええ?『あいつが迎えに来たらねええ?バ〜ッかなんか言って驚かす』かなんか言われてんだろ?心得てるよ〜。
そっちがそういう料簡ならですよこっちのほうが先にですよバア〜ッ」。
(笑い)「どうしたい?ここへ入ったお客さんは。
ええ?『お帰りになりました』?帰ったのかい?本当に?よ〜しまた偉い勘定を払ってス〜ッと帰っちゃったよ。
お札を紙にこう包んでね『これをねあとでもって二階の男に渡して下さいよ』って帳場で預かってあるてぇ趣向です。
粋だねやる事がね〜。
お姐さん。
あの〜お帳場へ行ってね紙にこう包んである物がありますからねそれをもらってきて。
あっ私がそう言ったって。
うん。
あの〜女将によろしく言ってね。
え〜それではひとつね頂くものは頂いてですよね。
うん。
お飯はねえ〜あとでお茶漬けかなんかにして鰻茶な〜んてな事を言ってねア〜ッ…。
はいご苦労さん。
そこ置いてっていいですよそれ。
ウッウッウッあっそれは分かってるよそれは勘定書。
そうじゃなくてね…。
えっ?えっ?つけでしょ?これ。
そうじゃないの。
ね?あの〜紙にねこう包んだ物がありますからそれもらってきて。
ええ?『紙にも何にもお預かりしている物はございません』?あっじゃあ紙じゃないかもしれない。
袋かもしれない。
横に赤い線がこう入って…」。
(笑い)「フッてんでね…。
ええ?『紙にも袋にもお預かり物は何もございません』?アア〜ッないの?フ〜ン。
分かった分かった。
心得てますよ〜分かってますよ大丈夫だよ〜ね〜?食べるだけですよ〜。
勘定は済んでるんだろ?」。
「え〜まだ頂いてないんでございます」。
「まだ頂いてない。
あっお前ん所でもって晦日に取りに行くんだ。
ね?お馴染みのお客さんなんだ」。
「初めていらした方でございます」。
「ウフッウフッ嘘だよ〜。
お前さん分かりゃしませんよ〜。
お前さんなんでしょう?2〜3日前にここの家へ奉公に来たんでしょ?『7年もいます』?そりゃ随分長くいたね〜。
何だってお勘定の事をそう言わないんだい?」。
「お勘定をと申し上げましたら『俺はこんな浴衣を着てお供だから二階に羽織を着ているあれが旦那だからあれからもらってくれ』とこう仰いました」。
「エエ〜ッ?さあ〜大変だ。
そりゃ私ゃ羽織は着てますよ羽織は着てますがねこれは商売上万やむをえず着てるんじゃないですか〜。
口のきき方で分かりそうなもんだろう。
どっちが客だか取り巻きだか。
ええ?鰻屋の二階に7年もいてそのぐらいの事は分からねえかな〜。
ええ?じゃあウウウッ逃げられちゃったんじゃねえか。
じゃあこれ遠慮する事も何もありゃしないよ。
ええ?これからもあるこったよ気を付けなくちゃいけませんよ。
そういやぁね嫌な奴だと思ったんだうん」。
(笑い)「目つきの良くねえ奴でねうんパッス〜ッね〜他人のことを『師匠師匠』って言うんだよ。
『お宅はどちらです?』ったら『先の所だ先の所だ』って先の所で立て切ってるんだよ。
パッ。
だから払うんだよ払わなきゃしょうがねえだろ?全くもう。
あ〜お燗を直しておくれお燗を。
酒がぬるくてしょうがないよ。
ええ?第一こんなまずい酒は無いね〜」。
(笑い)「喉を通っていかないんだから。
酒がここでもってグルグルグルグルとぐろを巻いてるんだよ。
第一飲んでるそばから頭へピ〜ンとくる。
あたぴんじゃねえかよ。
何て酒なんだい?『兜正宗』?」。
(笑い)「そらぁ頭へきそうだよ。
ええ?徳利をご覧よ徳利を。
ね?鰻屋の徳利なんてぇものは無地にしてもらいたいよ。
絵が描いてある。
ね?絵もいいよ。
山水かなんか描いてあるんならおつなもんですよ。
この徳利の絵をご覧よ。
恵比寿様と大黒様が相撲を取ってるんだよ。
ええ?こんな徳利から酒が出るかと思ったら飲んでてうまくないよ〜。
ええ?猪口をご覧よ猪口を。
客が2人だよ猪口が1つずつ違うってぇのが情けねえじゃねえか。
それもいいよね?向こうに伊万里があってこっちに九谷があるってこれはおつなもんだよね?猪口の中の字をご覧よ。
金文字で『三河屋』って書いてあるんだよ」。
(笑い)「酒屋でもらったんだろ?こっちの猪口が勘弁できないよ。
丸に『天』の字が書いてあるんだ。
天ぷら屋でもらったんだろ?」。
(笑い)「天ぷら屋でもらった猪口を鰻屋で使ってて頭が働かな過ぎらぁ。
情けねえや全く。
新香を見な新香を。
ええ?鰻屋の新香なんてぇものはねおつに食わせるもんだよね?この腸だくさんのキュウリキリギリスだってこんな物食いやしないよ」。
(笑い)「また奈良漬けをよくこう薄く切ったね〜。
こう薄く切れるもんじゃないよ。
奈良漬け一人の力でこう立ってるんじゃないよええ?隣の大根へこう寄っかかってるんだから。
大根と喧嘩してごらんよ奈良漬けひっくり返っちゃうよ。
うん?紅生姜をご覧よ紅生姜を。
何で赤くするか知ってるかい?梅酢で漬けるんだよ。
梅てぇものは鰻に敵薬だよ。
じゃあ私たちに敵薬な物を食わして私たち殺しちまおうってのかい?言いたかぁないけどそうでしょ?赤だの白だの黄色だの紫だの香々の彩りをご覧よ。
まるで中華料理の看板だ。
ええ?鰻を見な鰻を。
さっきはねお客の前だからお世辞に『口ん中へ入れるとトロッと』と。
トロッと溶けるかいこれは。
3年入れたって溶けやしないよ」。
(笑い)「パリッパリしてる。
干物だまるで。
どこで捕まえたんだ?こういうのは溝にも居ないよ。
天井裏かなんかで捕まえたんだろ。
全くもう。
歯切れのしねえ女だな。
こっちを向いたらどうだよ。
『向いてます』?裏表の分からねえ顔だ」。
(笑い)「情けねえな全くもう。
あ〜汚え家だね〜ええ?この家の色をご覧よ。
まるで佃煮だよ。
ええ?床の間ご覧床の間。
床の間をご覧てんだよ。
床の間の掛け物だよ。
『応挙の虎』。
『偽物です』?当たり前だよ〜。
本物掛けられる訳ゃないだろ?第一ね『寅年の人間はお使い姫の鰻を食わない』ってぇぐらいのもんだよ。
その鰻屋で虎の掛け物掛けて喜んでて頭が働かな過ぎらぁ情けねえや本当に。
ええ?いくらだい?勘定払うからいくらだい?」。
「ありがとう存じます。
9円75銭頂戴致します」。
「あのね何かねものは分かんねえかな?いいかい?ものにはね上中下順ってぇのがあるんだよね?この干物みたいな鰻が2人前でしょ?ね?酒に新香。
高いっ高いよそれは。
ぼり過ぎだよ」。
「でもあのお供さんが3人前お土産に持ってらっしゃいました」。
(笑い)「エエ〜ッ?土産に持ってったのかい?ヘエ〜ッよく手が回りやがったね〜。
土産ってぇとこへ気が付かなかったな〜。
敵ながらあっぱれな奴だね〜」。
(笑い)「もう一度会いたいよああ。
会って弟子入りして教えを請いたいよ。
よ〜し分かりました。
覚悟を決めましたよね〜払いますよ。
ね?人間どこでどういう災難に遭うか分からないと思ったからねここん所へね十円札を縫いつけといたんだよね。
この間この10円でね蝙蝠傘買おうと思ったんだけどね傘買わなくていい事したよ。
傘買ってた日にゃ今時分ね恥かいてなくっちゃいけませんよ。
ね〜?ええ?」。
「ヘイッ10円。
ね?この10円だってね私が稼いだお銭じゃありませんよね?私が家を勘当になる時に弟があとから追いかけてきて『兄さん。
あなたは親に逆らって芸人になるそうでございますがこれからは弟が傍に居られませんのでせめてこれを弟だと思って何かの時に足しに使って下さい』弟がくれたんだよ。
ええ?この10円だってしばらく私の懐へ入ってたんだよ。
今ここで別れちまうんだよ。
今度いつ会えるか分かりゃしないよ。
見なよこの10円の影の薄いこと。
ね?楊枝をおくれ楊枝を。
楊枝をおくれてんだよ〜全くもう。
ええ?『お釣りはどうなさいます』?もらうんだよ」。
(笑い)「欲しいに決まってるだろうよ。
ええ?『またいらっしゃい』?誰がこんな所へ来るもんか。
二度と来やしないよ全くもう。
ほらほらほらええ?若い衆駄目だよボ〜ッとしてちゃ。
下足だよ履き物だよ」。
「出てますよ」。
「で…。
なんてぇ口のきき方するんだよ。
私ゃ客だよ?出てないじゃないか」。
「出てないってここに出てるじゃない」。
「でで…。
おい。
この下駄かい?冗談言っちゃいけないよ。
こんなこ汚え下駄履くかよええ?今朝買った5円の下駄だよ」。
「ああ〜あれはお供さんが履いて参りました」。
(拍手)2015/07/12(日) 14:00〜14:30
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日本の話芸 落語「鰻の幇間」[解][字]
落語「鰻の幇間」▽桂文楽▽第670回東京落語会
詳細情報
番組内容
落語「鰻の幇間」▽桂文楽▽第670回東京落語会
出演者
【出演】九代 桂文楽
ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
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