(テーマ音楽)
(拍手)
(拍手)
(入船亭扇遊)いっぱいのお運びで御礼を申し上げます。
どうぞ一席おつきあいを願います。
まぁ落語というのはもうご覧のとおり一年中着物を着まして座布団へ座りまして右を向いて左を向いてお喋りをしてそれをお客様に聞いて頂くという本当にもうこれだけのもんでございます。
ですからたまになんですがね落語をこう突き詰めてお考えになる方もおいでになりますがそれは体に良くないですから。
ええ。
(笑い)とにかくぼんやりとして頂く時間と空間でございます。
よくやきもちという事を申しますがこらぁまぁ女性ばかりではございませんね男にもやきもちはありますよ。
まぁ早い話が往来を歩いてましてね向こうからまぁカップルが仲よくこうやって来る。
それとこうすれ違う時にまぁあの〜いい男がまぁそうでもない女性ですなまぁ気立てはいいんだろうなという…。
(笑い)そういう女性とこう歩いてくると別にそれはすれ違っても何も感じませんな。
「あ〜そういうもんかな」と思うんですが逆の場合がございます。
いい女が「何でこんな野郎と」というそういうカップルが歩いてくるってぇと腹が立つんですね。
ええ。
「何だ?これ。
なんと理不尽な」とこう思うんですな。
うん。
まぁそういうとこにもやきもちをやくという男のやきもちのほうが始末が悪いなんてな事がございます。
まぁ「他人の疝気を頭痛に病む」なんて事はまぁある事でございまして。
「吉っつぁんかい?あ〜よく来てくれた。
さぁさぁこっち入っておくれよ」。
「どうも。
すっかりご無沙汰してすみませんね」。
「いや本当だね。
いやだけど結構だようん。
無沙汰をするくらいお前さんそれだけ仕事が忙しいんだろ?あ〜これはいいやいいや。
うん。
いやこの長屋にはねまあいろんな奴は住んでるけども私ゃお前さんが好きなんだよ。
ああ。
人間は真面目だしね悪い噂も聞かないしああ仕事は一生懸命する店賃の滞りも無いしさ私ゃねぞっこんお前さんに惚れ込んでるんだよ。
うん。
ではね今日呼んだってぇのは他じゃないんだがなどうだい?吉っつぁんお前さんもいつまでも一人でブラブラしてるって訳にはいかないやこの辺で所帯を持たないかい?」。
「ああ〜あっ嬶ですかあっそうですか。
いや私もねこの年になるんで考えねえ事ありませんけどもねだけど私ん所へ来るようなそんな女はいませんから」。
「いや。
それがいるんだよ。
いや私が世話をしようってんだから。
実はねこの相手ってのはねこの長屋に住んでてなお前さんもよく知ってるんだよ」。
「えっ?この長屋で?私がよく知ってる?あれっ?そんな女いたかな?ウン?あ〜蕎麦屋の雇い婆さん?」。
「ばかな事を言うんじゃない。
あの人は73だよおい。
ええ?私ゃそんな人世話しない。
年はねお前さんより1つか2つ上かもしれない。
器量はいいよ人柄は結構なもんだ。
お前さんとは似合いの夫婦になると思うんだがな」。
「あ〜そうですか。
ウッハ〜ッ大家さんそれ一体誰なんです?」。
「ウ〜ッ誰なんですと聞かれるとねちょいと困るというのがね実は先方でな『この話はまとまるまで名前を明かしてくれるな』ってんだよ。
まぁこれ考えてみりゃ無理な話でなお前さんもどこの誰とも分からない人を嫁さんにするって訳にもいかない。
だからね吉っつぁんこうしておくれ。
お前この話が嫌だったらね今ここで断ってくれて構わないから。
いやいや。
私の事なんぞ気にしなくてもいい。
ただあとになってこの人の名前を面白おかしく方々で喋られちゃ困るんだよ。
いいかい?うん。
それじゃ話すがね実はこの相手ってのが長屋の不動坊ん所のお滝さんなんだよ」。
「ええっ?お滝…。
大家さん。
そんな他人をからかっちゃいけませんよ。
いやそのお滝さんには今言った不動坊火焔て講釈師の亭主がいるじゃありませんか」。
「おいおいばかな事を言うんじゃない。
亭主持ちの女私ゃ世話しないよ。
あれっ?お前知らなかったかな?ほら不動坊っていうのは芸人のこったからよく旅ぃ出るだろ?つい一月ほど前だったかな?ありゃ巡業先で死んだよ」。
「死んだ?不動坊が?大家さん。
本当に死んだんですか?不動坊が?死んだ」。
(笑い)「ムハハハハハハこりゃありがてえ」。
「何だ?ありが…」。
「いやこっちの話。
いえそれでしたらねお滝さんあれ私の嬶なんですよあれあれ3年前から私の嬶だあれあれ私の嬶…」。
「ちょいと待ちなお前話が分からないよええ?落ち着きな。
どうした?」。
「こりゃ話しなくちゃ分からねえんですけどもね3年前に不動坊がこの長屋に越してきたでしょ?でねお滝さんが近所挨拶回りしてるんですよ。
で私ゃ家に居てね『いやにいい声の女が通るな』と思ってヒョイと見た。
これがお滝さんだ。
いい女でねもう私はそれからってものはお滝さんのことが頭っから離れねえんですよ。
もう何をしててもお滝さん仕事をしててもお滝さんお飯食ってもお滝さん居ても立ってもお滝さん厠入ってもお滝さんってんでね私は『こんな事してたら体壊しちまう何とかしなくちゃいけねえ』ってんでいろいろ考えた。
で考えついたのが『お滝さんは本当は私の嬶』なんですよ。
だけど今不動坊が『ちょいと貸してくれ』てぇから『しばらくの間貸してある』とそう思ったんだ。
ええ。
ですからね不動坊が死ねばああ貸したものは返してもらうんだからお滝さんありゃ私の嬶です」。
「変な理屈だねおい。
ええ?そうかい」。
(笑い)「だけどお前がそんなに惚れてようとは思わなかった」。
「ありがとうございます大家さん。
本当にお滝さん私の嫁さんなってくれんですかね〜?」。
「うんうんまぁそれそれなんだがねちょいとまだもう少し聞いておくれ。
実はねまぁ不動坊ってのはほら芸人のこったから見栄張った暮らししてたろ?方々へ借金を残しちまったんだよ。
その借金返しをお滝さんがしなくちゃいけないってんでねまぁ今更水茶屋奉公はできないし家財道具売るったってこらぁ二束三文のもんだ。
で『どうしたらよろしゅうございましょう?』とお滝さんが私ん所へ相談に来たんだ。
で私もいろいろ考えた。
まぁこの長屋にはねさっきも言ったように独り者も大勢いるが私ゃお前さんが一番いいと思う。
うん。
ああもう本当に仕事は一生懸命するしねああ人柄はいいしさうんで小金貯めてるって噂も聞いたし…」。
(笑い)「あっそれがどうってんじゃないんだよ。
そこへ目つけたって訳じゃないんだけどもな。
だからね吉っつぁん早い話借金ともどもお滝さんをもらってもらいたいんだ。
どうだい?」。
「分かりました。
いいっすよ。
ええ。
私はお滝さんが来てくれんだったらね借金があるくれえってほうが働きげえがありますからね」。
「そうかい?本当にそれで構わないのかい?ああ〜良かった〜。
やっぱりお前さんに話して良かったよ。
他の奴だったらこうはいかなかった。
私も肩の荷が下りた。
吉っつぁんありがと」。
「とんでもねえこっちこそ礼を言いますよ。
でなんですかね?お滝さんねエヘッあの〜今晩来ますかね〜?」。
「お前猫の子もらうんじゃないからな今晩って訳にはいかないだろ」。
「だけど昔から言うじゃありませんか『思い立ったが吉日』なんてね」。
「あ〜『思い立ったが吉日』か。
うまい事を言ったね。
よしじゃあ今のその一言が気に入った。
じゃあ今晩輿入れだけでもしよう」。
「いや。
腰だけなんて言わねえでさぁ体ごとそっくり下さいよ」。
「何ばかな事を言ってんだ。
じゃあな今晩はまぁ仮祝言だ。
身祝だからな蛤のお吸い物とお頭つきぐらい支度しときなよ。
ええ。
じゃあね今晩連れてくからね」。
「えい。
分かりました。
よろしくお願いします。
ありがてえなこらぁええ?あのお滝さんが俺の嫁さんになってくれるってんだ本当かよ?おい夢みてえな話だねこれアハハありがてえありがてえ。
ええ?家帰ったって落ち着かねえな。
今晩来るんだお滝さんがね今晩今晩。
え〜何かしなくちゃ。
あっそうまず湯行ってこう。
ね?お滝さんが来てね汗っ臭え体してるってぇと嫌われちまうからな湯行ってさっぱりしようね?そうしようそうしよう。
うん行ってこよう行ってこよう。
うん。
だけどなんだよね〜これでお滝さんが来るってぇと俺のことを何て呼ぶかね?『ちょいとあんた』かなんか言うかな?と俺が『何だお滝』なんてな事言って…。
鉄瓶持ってきちゃったよおい。
ええ?」。
(笑い)「湯行くのに鉄瓶持ったってしょうがねえ。
オイッ。
よし。
おうこんちは」。
「えい。
いらっしゃい」。
「ど〜うもおめでとうござんす」。
「何だい?この人はいきなり。
何かめでたい事でもあったんですか?」。
「実はね今晩私ん所へ嫁さんが来るんですよ〜」。
「おや?そうかい吉っつぁん。
じゃあお前さんがめでたいんじゃないか」。
「そうなんです私がめでてえんですけどもね親方なんですか?今晩嫁さんが来るなんて日はどんな心持ちがしました?」。
「アッハハそうだねやっぱり何となくうれしかったね」。
「で私もうれしくてね。
ええ。
で親方なんですか?やっぱり湯行く時に手拭いと間違えて鉄瓶持って表へ出たでしょう?」。
「私ゃそんな事しませんよ」。
「私ゃやっちゃったんですよね。
で鉄瓶じゃいけねえと思ってねこうやって手拭いを持って…。
褌だよこれは。
しょうがねえなこれはもう。
ちょっと手拭い貸して下さいな。
はいすみませんねへい。
いけないいけねえエイッあんまり浮かれてるってぇとお滝さんに嫌われちまうからな。
ヘイッちょいとごめんないよハイッちょっとごめんないハイッすみませんえ〜すみませんハイッごめんなはい。
エ〜イア〜アッ。
あ〜湯ってぇのはいつ来てもいい心持ちだね。
だけどなんだなあんまりこうやって浮かれてるってぇとお滝さんにばかにされるからな。
そうだ俺はお滝さんが来たら一本まずポ〜ンと釘刺してやろうね?『お滝さん。
あなたはなんでしょ?私に惚れてこの家来た訳じゃないんでしょ?借金を返さなくちゃいけねえ金が目当てで来たんでしょ?金が敵とは思いませんか?』とポ〜ンと言ってやろう。
ね〜。
とお滝さんがね俺のことをジッと睨むね。
その目へみるみるうちに涙が溜まる。
その涙が熱い涙熱い涙熱〜いっ」。
「おい番頭。
誰か湯で『熱い熱い』つってるぞおい」。
(笑い)「ちょっとうめてやれうめて」。
「やがてその涙が落ちるってぇと『吉っつぁん。
私ゃそんな事言われちゃうまりませんようまりませんうまりません』」。
「うまらねえとよおい。
早くしてやれ早く」。
「『じゃあ私ゃお前さんのことをお滝と呼んでもいいんですか?』『呼んで下さいよ吉っつぁん。
そんな事言っちゃ水くさいです水くさいです水くさい〜っ』」。
「うめ過ぎたんじゃねえか?おい」。
(笑い)「今度は水くせえとよ〜」。
「『私ゃお前さんにいろいろ聞きたい事ありますがこの長屋にも独り者は大勢おりますがあの鍛冶屋の鉄っつぁんなんざはどうです?』『まあ〜鍛冶屋の鉄っつぁん?あの人は商売が鍛冶屋だけに色が真っ黒でしょ?表も裏も分からない顔してますよ。
煙草吸って煙が出たほうが表でしょ?ああいう人私ゃ嫌いですよ』『あっそうですか?じゃああの広め屋の万さん』『まあ〜チンドン屋の万さんはチャラ万さん法螺万さんと言って嘘ばかり言ってんですよ。
ああいう人の言う事は膝から上は取り上げません。
カバみたいな人ですよ』『あっそうですか?じゃああの漉き返し屋の徳さん』『まあ〜あの人は商売が漉き返し屋だけにちり紙に目鼻つけたような顔してるでしょ?ああいう人も嫌いですよ』『あっそうですか?じゃあお滝と呼んでもいいんですね?』『呼んで下さいよ〜』『お滝』『は〜い』『お滝』『な〜に?』『お滝ン〜ン寝ようか?』『ウウ〜ン』」。
ブクブクブクブク〜ッ。
「野郎潜っちゃったよおい」。
「こんばんはこんばんは」。
「おう来たか。
こっち入んな」。
「おう。
何だい?ええ?呼んでるってからさぁ万さんも連れてきた。
ああ。
何だい?用ってぇなぁ」。
「実はよお前たちも知ってるかもしれねえがなこの長屋の不動坊」。
「ああ。
野郎死んだってぇじゃねえかよ」。
「そうなんだよ。
まぁそりゃいいがよ残ったお滝さんがあの凸凹大家の世話でもって吉公ん所へ嫁入りするってんだよ」。
「へえっ?あのお滝さんと吉公が一緒…?あ〜そうかよおい。
野郎うまくやりやがったな」。
「うまくやりやがったじゃねえやこの長屋にゃ独り者は大勢いるんだよ。
なにもお前吉公ん所行く事は無えじゃねえか。
で俺はさっきな湯入ってたんだよ。
したらあとから吉公の野郎が入ってきやがってな俺がいる事も気が付かねえで俺たちの悪口言ってたぞ」。
(笑い)「ええ?何だって?」。
「おい鉄っつぁんお前はな商売が鍛冶屋だけに色が真っ黒だって。
表も裏も分からねえ面してるってよぅ。
煙草吸って煙が出たほうが表だって」。
「何をぬかしや…」。
「怒るなよ。
俺だって言われてんだからええ?あの漉き返し屋の徳さんはな商売が漉き返し屋だけにちり紙に目鼻つけたような面してるってよぅ」。
「ちり紙に目鼻?こりゃうめえな」。
「よせこの野郎」。
(笑い)「面白くねえだろうよ。
万さん。
お前の事も言ってたよ」。
「ええ?あっそう?俺の事何だって?」。
「あのチンドン屋の万さんはなチャラ万さん法螺万さんと言って嘘ばかり言ってるとよ。
ああいう人の言う事は膝から上は取り上げねえ。
まるでカバみてえな人だと」。
「カバって事は無えじゃねえか」。
「怒るなよ。
ええ?面白くねえや。
そらぁお滝さんはよぅあれだけいい女だよ。
な?でほら不動坊は芸人のこったから留守がちだろ?その留守によぅ茶菓子かなんか持ってお滝さんの手の一つも握ろうと思ってソ〜ッと近づいてよぅ『まあ〜なんて事をするんですよ』なんてんで物差しでピシッとひっ叩かれた仲じゃねえかい」。
(笑い)「俺はそんな事しねえ」。
「嘘をつけ。
俺は知ってんだよ。
だから面白くねえや本当に。
俺はないろいろ考えたんだよ。
どうだ?明日の朝な吉公が大家の家行って『どうしてもお滝さんは嫁にはもらえません』と言わなくちゃならねえような筋書き考えたんだがなどうだ?お前たち二人これ乗らねえか?」。
「乗る乗るよ。
な〜?万さん冗談じゃねえやあの野郎にそんな事言われてよ面白くねえや。
いいよ乗るよ。
どうすんだい?」。
「実はよ不動坊の幽霊出すんだ」。
「不動坊の幽霊?あっそう。
あいつ出てくれるかね?」。
(笑い)「お前何考えてんだよええ?本物出そうってんじゃねえんだばかだなこいつは。
そうじゃねえよこの先ほら煮豆屋があんだろ?あの裏っ手にな万年前座の噺家が住んでんだよ。
ああ。
なんでもな林家正蔵って人の弟子でもってよ師匠の怪談噺野郎がその幽霊になって出てるって話聞いたからな野郎をひとつ不動坊にええ?やってそれで出そうと思ってなさっきちょいと声かけといたんだ。
そろそろ来ると思うんだが。
ガタガタいって…。
あ〜来た来た。
お前だ間違えねえな。
おい噺家。
ここだここだ」。
「どうも。
今晩はお仕事を頂きましてありがとうございます。
ええ。
エ〜トお座敷はこちらでございますか?テヘヘヘ」。
(笑い)「典型的な噺家だねお前は。
ええ?」。
(笑い)「まぁまぁいい。
こっち来な。
実はよ幽霊…」。
「ハア〜幽霊怪談噺。
で私がここで怪談噺を一席うかがうという」。
「いや。
お前の噺は聞きたくねえんだよ。
うん。
実はよお前にひとつ幽霊になって出てもらいてえんだ」。
「ハア〜私が幽霊になって?あ〜そうですか。
ええええ。
どこから出るんざんす?」。
「長屋の引き窓からぶら下がってもらいてえ」。
「ハハ〜長屋の引き窓からぶら下がる?こらぁまたご趣向でございますな。
ええええ。
で科白はどういう事になってますかな?」。
「あっ科白か。
あっそうだなンッ『不動坊火焔の幽霊だ。
四十九日も過ぎぬのに嫁入りするとは恨めしい』とまぁこれだけでいいや」。
「あ〜分かりました。
ええ。
私ゃねよく師匠から言われるんですよ『お前はなんて物覚えがいいんだ』ってんでねええ。
そんな短い科白はねもうすぐ頭へ入りますんでええ朝飯前でございますな」。
「お〜そうかそりゃいいや。
でねこっちは素人なんでな何か支度する物があんだろな?遠慮なくそう言ってくれ」。
「あっそうですか。
じゃあまずね幽霊の衣装はこちらにありますか?」。
「お前そんな物がある訳無えだろうよ」。
(笑い)「あっそうですね。
ええ。
じゃあ私いっぺん家帰りましてこれ着てきますんでね。
ええ。
であとね長屋の引き窓からぶら下がるってんでしょ?紐が要るんですがねそれも細い紐ですと体にくい込んで痛いんでね幅の広い紐がいいんですがな」。
「白生の三尺帯」。
「おっ結構です白生の三尺帯それでいいですな。
はい。
え〜あとはね焼酎火」。
「な何だ?その焼酎火ってなぁ」。
「あっこれはね胡麻竹の先ぃねボロっ布結わえましてこれにアルコールを浸みさせましてねこれに火をつけてフワ〜ッフワ〜ッと」。
「あ〜なるほどそれ焼酎火ってのか?分かった分かった。
ああ。
そのくれえの支度はできらぁ。
あとは?」。
「あとは太鼓ですな。
あのウスドロってやつがねドロドロドロドロドロドロドロドロドロっと入ると幽霊が一層引き立つんで」。
「あ〜太鼓?うん。
おい万さん。
お前チンドン屋太鼓あんだろ?太鼓。
な?それちょっとなあとで持ってきてくれよ。
な?それからお前にもう一つ頼む。
あのそこによ何か空いてる瓶があんだろ?小せえ瓶でいいよ。
うん。
空いてる瓶。
あったか?ああ。
じゃあそれになひとつアルコール買ってきてくれ。
な?その2つ頼んだよ。
でねもうここへ来る事は無えから俺たち先行ってるからじかに吉公の家行ってくれ。
分かったな?じゃああ〜はい頼んだよ。
ご苦労さん。
あとは?」。
「まぁそれだけあればなんとか」。
「あっそうかい。
それからねこっちは銭は無えんだああ。
祝儀ってほどは出せねえんだがなまぁこれは口止め料でなあとんなってこの事を脇で喋るんじゃねえぞ」。
「ハア〜口止め料?ヘエヘエ分かりました。
噺家はね口が堅くないと生きていけないんでございます。
じゃあこれ頂戴致しますんでね。
じゃあちょいと支度して参りますんで」。
「おう。
頼んだよ」。
「え〜こんばんは」。
「何だ早えなもう来たのかい。
面白えなおい幽霊ってのはこういう格好してんのかい。
ええ?顔青白く塗っちゃってよいいね。
おい衣装引きずってるけどそれ大丈夫かい?」。
「これ歩く時にはねたくし上げますんで」。
「あっそうか。
もう一人先行ってるからなじゃあ一緒に来てくれ。
こっちこっち。
ここだ。
鉄っつぁん鉄っつぁん」。
「お〜い。
ここだここだよ」。
「おう。
どうした?」。
「ちょうどいいとこだよ今大家の野郎が帰ってさええ?吉公とお滝さんでペチャクチャ話してるんだよ。
俺はもう聞いててもう腹立ってもうこんなグググ…」。
「分かった。
落ち着け落ち着け。
いいか?もう梯子は掛けてあんのか?どこだ?おうこれか。
よし分かった。
じゃあ俺は先上がるからなちょっと待っつくれ。
いいか?」。
「よし。
じゃあな鉄っつぁん押さえてるから幽霊先上げちゃってくれ幽霊。
お前気を付けて上がってこいよ。
幽霊が落っこって目ぇ回したなんてのは洒落にならねえぞ。
気を付けてな。
よし。
鉄っつぁん。
いいよ。
音させるなよ。
よし。
えっ?あの〜万さんは?」。
「ええっ?あ〜まだ来ねえな」。
「おい大丈夫かよあいつはドジなんだよ間が悪いんだよ。
ええ?今お前出ねえってぇとお前ちょうどいいんだ今が。
ええ?早くしねえと…。
あっ来たよおい。
ばかだねあいつはチンドン屋の格好そっくりしてきたよ」。
(笑い)「背中に傘背負って…。
ばかだねこいつは。
おい万さん。
お前何だってそんな格好してくんだよ」。
「ええっ?ええええせっかくですから」。
(笑い)「何だ?せっかくですからってぇのお前。
お前太鼓抱えてよぅ梯子上がれねえじゃねえかよ」。
「大丈夫ですよ後ろ向きに上がりますから」。
「おい大丈夫か?おい気を付けろよおい押さえてるから。
お前が落っこったらえれえ音がすんだからな。
気を付けろよ。
よしよしよし。
よし。
いいな?こっちだこっち」。
「ア〜ッどうだ?ええ?なま暖けえ風がフワ〜ッと来てなああこっから幽霊が出るんだたまらねえな。
ヘッ。
じゃあ幽霊頼むよ」。
「あっ分かりました。
ちょっと前ごめんなさいねすみませんね。
あ〜なるほどここからね。
へえ分かりました。
ひとつ紐をお願い致しやしょう。
ね〜。
でねあんまりね下のほうですってぇと前へのめっちまいますんでね胸の辺りがいいですな。
へえへえ。
ヘイッエイッ結構でございますエイッ。
じゃああの〜恐れ入りますあの〜焼酎火を」。
「えっ?しょ…。
あっ分かった分かった。
胡麻竹をよほらちゃんと支度してきたから。
おい万さん。
さっきお前に頼んだ瓶があったろ?あれ買ってきたろうな?」。
「えっ?瓶?ア〜ッ買ってきた買ってきた。
これこれ」。
「あっそうかいご苦労さん。
えっ?アア〜ッ?重てえなこれ。
お前随分買ってきたんだねおい。
ええ?こんなに要らねえんじゃねえか?まぁいいや。
よし」。
「ハア〜ッ」。
「え〜マッチは持ってきた」。
チャッチャッ。
「熱っ」。
チャッ。
「熱っ」。
「おい万さん。
お前これ出ねえぞ」。
「ええっ?あ〜それね逆さにしたぐれえじゃ出ねえかもしれねえよ。
逆さにしといてね棒か何か突っ込んでかき出したほうがいいや」。
「お前何買ってきたんだよ?」。
「あんころ」。
(笑い)「何?」。
「あんころ」。
「あんころだ〜?」。
「ああ。
町内の餡がまずいんだよ俺わざわざよ隣町へ行って買ってきたんだよ」。
「ばかだなこの野郎誰がこんな物買ってこいっつったんだよ。
俺アルコールってそう言ったじゃねえか」。
「あっそうか。
俺も妙だと思ったんだよ。
向こうの親父もそう言ってたよ。
『私も長いこと商売してるけど瓶持ってあんころ買いにきたの初めてだ』って」。
(笑い)「あたり前じゃねえかお前。
こんな物じゃ火がつかねえじゃねえかよぅ」。
「でも食い過ぎるってぇと胸が焼ける」。
「ばかこの野郎…」。
(笑い)「だから手前の事チャラ万だ法螺万なんだって。
こんなやつ買ってきちゃってこのうすばか野郎っ」。
「そんなポンポン言う事は無えじゃねえか。
お前はそんな偉えのかお前は。
一人でえばってやがる。
面白い…」。
「ダダダッ喧嘩しちゃいけません下に聞こえますんでね。
じゃあもう結構ですええ。
じゃあ焼酎火無しでいきますんで」。
「そうかい?すまねえな本当に。
ばかだなお前はこんなばか無えな本当もう。
じゃあしょうがねえ間に合わねえからなじゃあお前早く入んな」。
「押しちゃいけません」。
「いや早く入んなよ」。
「押しちゃいけません。
ええ。
え〜入る前に中かき回して」。
「湯へ入ってんじゃねえんだよふざけてねえで。
いいか?じゃあ頼むよ。
おっ紐押さえてろ。
いいか?じゃあいくよ。
頼むよ。
よし」。
「おい。
どうだ?こんなもんで」。
「へえもう少し下のほうへ下ろして下さい。
ええ。
っとね竃へ足が乗るんですよ。
そのほうが楽なんでもう少し下へええ下り…。
あっへいへいっ結構でございます。
ええすみません。
じゃあ恐れ入りますあの〜ウスドロ」。
「ハア〜ッ?」。
「いえ太鼓」。
「あ〜太鼓。
はい分かった」。
(笑い)「万さん。
太鼓だ太鼓。
早く太鼓を叩けてんだよ」。
「分かったようるせえな〜。
面白くねえ一人でえばってやがって本当に。
叩きゃいいんだろ叩きゃ本当に」。
チッチチンドンドド〜ンチンチンドンドンチンチンドンドン。
(笑い)チンドンチンドンチンドンチンドン。
「いけませんそれ」。
(笑い)「もういい。
太鼓も無しでいきますんで」。
「何か台所のほうが騒々しいようですね。
ええ?いやいやお滝さんあなたはここにいて下さいよ。
ええ。
鼠が出るんですよ。
私がちょいと見てきますから。
すぐ戻りますんでゆっくりして。
ええ。
何だこの最中にまあ〜鼠が出…」。
「なん…何だ?何?何だ?手前は」。
(笑い)「何でしたっけ?」。
「しょうがねえこいつは」。
(笑い)「忘れてるよこいつは。
『不動坊火焔の幽霊だ』」。
「ウン不動坊火焔の幽霊だ〜」。
「何を?不動坊の幽霊?手前何だって今時分こんな所へ出てきやがった?」。
(笑い)「何でしたっけ?」。
「しょうがねえなこの野郎そっくり忘れてるよ『四十九日も過ぎぬのに嫁入りするとは恨めしい』」。
「ウン四十九日も過ぎぬのに嫁入りするとは羨ましい」。
「羨ましいじゃねえ」。
(笑い)「『恨めしい』」。
「う恨めしい」。
「何を?四十九日も過ぎぬのに嫁入りするとは恨めしいだ?おう手前がそういう事言うんだったら俺にも言いてえ事あらぁ。
手前は方々へ借金を残しやがってその借金返しをお滝さんがしなくちゃいけねえってんだ。
できるか?できねえだろ?だから俺がそれをそっくり払ってやろうってんじゃねえか。
だからまぁ手前に喜ばれたってな〜恨まれるような筋なんざ無えんだぞコンチクショー」。
(笑い)「あっそうですか」。
(笑い)「すみませんそういう事ちっとも知らなかったもんですから」。
「だけどなお前もまぁ女房盗られたような心持ちがしてよぅ面白くねえだろうよ。
いいよいいよ。
俺ぁなお前の墓建ててやって毎年回向してやるからよぅ」。
「えっ?墓?いえ〜墓なんぞ要りませんあんな物は。
ええ。
今この場でね十円札の一枚も頂ければすぐに浮かばれますんでね」。
「十円で浮かばれる?あっそうか。
まぁ『地獄の沙汰も何とやら』ってやつだからなよし分かったちょいと待ちな。
おうどうだ?ほら十円受け取れ」。
「ウウ〜ン傍へ傍へ寄っちゃいけません。
その竃の隅に載せといて下さい。
ええ今足でかき寄せますんで」。
(笑い)
(笑い)「幽霊に足があんのか?」。
「こっちの話でございます。
え〜どうもありがとうございました。
ええ。
あとはお二人で末永くお幸せにお暮らし下さいまし。
ええ」。
・「高砂や」
(笑い)「この野郎十円もらったら『高砂や』だってお前。
この野郎十円ぐれえで裏切るな〜っ」。
「あっパ〜ッパット…。
恨めしい」。
「何だ?この野郎お前今十円もらったら浮かばれるってそう言ったじゃねえか。
まだ宙に迷ってんのか?」。
「ウウ〜ン宙にぶら下がっております」。
(拍手)
(打ち出し太鼓)2015/07/11(土) 04:30〜05:00
NHK総合1・神戸
日本の話芸 落語「不動坊」[解][字][再]
落語「不動坊」▽入船亭扇遊▽第670回東京落語会
詳細情報
番組内容
落語「不動坊」▽入船亭扇遊▽第670回東京落語会
出演者
【出演】入船亭扇遊
ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz
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