覚えておくといいですね。
介護は明るく楽しくかっこよく!全国の介護家族の皆さんご機嫌いかがですか?「ハートネットTV」今日と明日の2日間は「介護百人一首」をお送り致します。
早速ゲストをご紹介します。
マンガ家のくさか里樹さんです。
こんにちは。
よろしくお願いしま〜す。
くさかさんは今話題の介護マンガ「ヘルプマン!」を週刊誌に連載されています。
マンガ「ヘルプマン!」は介護の世界を正面から描いた話題作。
主人公はフリーの介護ヘルパー恩田百太郎。
「はじめまして…ヘルパーの恩田百太郎っていいます」。
「日本は胃ろう大国なんだよ」。
その百太郎がリアルな介護の問題に体当たりで挑み介護する人される人を幸せにしていくという異色の介護マンガです。
いや〜里樹さんね何で介護をねマンガにしようと思い立ったんです?はい。
マンガって割と奇想天外な夢物語とかおとぎ話みたいなイメージを持たれてますけれど実は描いてる事は読者の誰もが共感できる普通の感情を描いてるんですよ。
日常の事ですよね。
はい。
だからそういう感情を描くにあたってどこの舞台がいいんだろうって思った時に介護ってもしかしてそういういろんな感情がいっぱい凝縮してる世界じゃないかなって思ってで描きたいな〜って思ってたところへ担当編集者から…。
話が来た?はいそうなんですよ。
実は俺介護はそんなマンガになるようなもんじゃないと思ったら明るく楽しくこれでよかった訳ですね。
まさにそのとおりだったですね。
はい。
くさか里樹さん。
じっくりお話伺ってまいりたいと思います。
「介護百人一首2015夏編」ご覧頂きましょう。
「介護百人一首2015夏編」。
介護を学ぶ宮城県の小山田真生さん21歳の作品です。
「実習先のデイサービス。
送迎バスの中から見えた向日葵畑に利用者さんたちの歓声が上がりました。
そこは以前田んぼだった場所でした」。
岐阜県の安藤甲子さん82歳の短歌です。
「脳梗塞でもう立てなくなったしゅうとめ。
お天気がいいと昔働いていた畑に行くつもりになり気合いをかけていました」。
愛媛県の重松冷子さん80歳の作品です。
「娘は夫に『お父さん。
お母さんを頼むよ』。
そして私には『お母さん。
お父さんを頼むよ』と言って出かけていきます。
私もその後の様子をメールで伝えます」。
兵庫県の向江かづさん90歳の作品です。
「夫は兵隊でジャワに終戦までおりました。
モールス信号を覚えるのには苦労したそうです。
戦友からの便りは時に暗号で届く事もありました」。
この村にも介護百人一首の詠み人がいます。
日本国内にある米軍専用基地のうち70%が集中する沖縄。
読谷村に隣接するのは極東最大の嘉手納空軍基地です。
米軍機が行き交う空の下に読谷の住宅地が広がっています。
歌を詠んだ仲原清子さん77歳です。
小学生の頃から短歌に親しんできたという清子さんの家には短歌の色紙がたくさんあります。
「梅雨あけて空をあおげばいわし雲何か良き事ありそうな朝」。
短歌作る時は何か身近な事にこう目を向ける訳さ。
感じた事を「あっ書こうね」って。
清子さんは2人の娘の母です。
近くで一人暮らしをしている長女のふじのさん41歳と清子さんと暮らしているダウン症の志乃さん39歳の娘たちです。
何かよくけんかするんですけど本当にちょっとワジワジするんですけど。
ワジワジっていったらとても怒るという意味。
(取材者)ワジワジ?うん。
だけど母がずっと小さい時から一生懸命働いてて何苦労してないんです私。
何不自由なく暮らさせてもらってるのでけんかしてもすぐいつも気になりますねお母さんの事は。
清子さんは昭和13年生まれ。
2歳の時に母を亡くしています。
結婚したのは昭和48年35歳の時。
翌年にふじのさんその2年後には志乃さんが生まれました。
しかし結婚生活は長く続きませんでした。
夫の暴力もあり姉妹がまだ小さいうちに離婚しています。
その時夫が長女のふじのさんを連れ去ってしまった事がありました。
これはもう取られたの。
これは取らんけど上の子は連れていくってから私がどうしても離婚するって言ったから。
悲嘆に暮れた清子さんは志乃さんを抱いて心中するつもりで海に入ったといいます。
自分変になってたですよ。
この子はとても赤ちゃんだからもうこんなしてつかまえて沖まで行った。
そのまま死のうと…死というものを考えていたはずよ。
頭変になってこの子がいないからこんなしてつかまえてしたら涙がポロッ落ちるからこの子こんなしたから…あっうち何してるんだろうって思ってまた引き返した訳。
それがグーだった訳さ。
(取材者)我に返ったんだ。
うん。
この子はもう私の宝物。
(取材者)宝物?うん。
清子さんは結局ふじのさんも引き取る事ができ清涼飲料の製造販売会社に定年まで勤めました。
そんな清子さんを常に見守り助けてくれたのは清子さんの16歳上の姉ツルさんです。
母を亡くしている清子さんにとって物心付いた時からツルさんはお母さん代わり。
娘たちもツルさんを「おばあ」と呼んで慕いました。
おばあの思い出はごはん山盛り入れてごはんすぐごはんから。
(取材者)もう一人母親がいるみたい?そうです。
もうずっと夢だったんですけどもし私が披露宴挙げたらお母さんに花束とおばあにも花束あげるのが夢だったんですけど。
(取材者)まだ大丈夫だよ。
(笑い声)清子さんは姉のツルさんの事も歌に詠んでいます。
ツルさんは今施設に入所しています。
93歳になるツルさん。
3年前から認知症を発症しこの施設には2月に入所しました。
昭和20年3月下旬から始まった沖縄戦。
ツルさんは徴集された夫をこの沖縄戦で亡くしています。
米軍が侵攻した時ツルさんは幼い3人の子どもたちや7歳の清子さんの手を引きガマと呼ばれる洞窟に隠れ砲撃が迫ると川沿いに逃げたといいます。
追われて追われてこのガマからも防空壕からも出てはだしでやんばるってからにすごくあれがある所そこに逃げようってみんな逃げようっていって転んだり川に浸ったりして逃げた事は覚えてます。
清子さんは週に2度ほどツルさんの施設に通います。
最近は時々清子さんの事も分からなくなるツルさん。
んみー。
私は誰ね?ん?私誰?
(清子)わね〜かえが。
誰清子れ〜。
私分かった。
清子?うんそうそうそう。
清子だよ。
間違いないか?間違いない。
珍しいね。
珍しい?自分で珍しいってどうするか。
んみー。
沖縄の戦争覚えてる?戦争覚えてるよ。
これは忘れない。
壕にも入った?壕にも入ってあっちこっちまた隠れたりして。
隠れたりして。
はるか昔の事なのに空に米軍機が迫る度ツルさんは清子さんにしがみつくといいます。
仲原清子さんの詠んだ介護百人一首はいまだ戦争の記憶におびえるツルさんの歌です。
もう70か年もなるのに姉にはまだ戦争は終わってないんだなと思うんです。
だってもう認知症になってるけどあの沖縄戦はね忘れない訳よ。
基地のある村でまた夏を迎えた仲原清子さんです。
いろんなさまざまな思いをこの短歌にしたためてこられた清子さん。
ツルさんへの思い。
くさかさんはどのようにご覧になりましたか?介護っていうと何か特別な世界のようにいわれますけど何かこうやってVTR見せて頂いてると長いそのね本当に悲喜こもごもの人生の延長線上の生きざまが表れる。
そういう何かものすごく深いものを感じますよね。
戦争の事は忘れていないっておっしゃってましたよね。
爆音を聞いておびえる。
認知症じゃない時は多分いろいろ黙って耐えていたけれど認知症になるとまっすぐその事を伝えてくれるじゃないですか。
素直に出てくるっていう事もある訳ね。
それってやっぱりものすごく大事な事を教えてくれてるんじゃないかなって。
もういろんな戦争がいけないどうのこうのって言うよりその怖いっていういまだに怖いってその姿見るだけで戦争がどんなにひどい事かって分かるじゃないですか。
そうか。
それってすごい本当に社会の宝じゃないかなって私は思ってるんですね。
ちょっと取材に行きたくなってしまいました。
ねえ読谷村に。
はい。
はい清子さんすてきな短歌をねありがとうございます。
ツルさんどうぞ長生きなさって下さいね。
ありがとうございます。
介護を学ぶ埼玉県の加藤涼介さん19歳の作品です。
「幼い頃から祖母を介護する母を見てきました。
いつの間にか私も介護福祉士を目指していました。
今やっと母と同じところに立てた気がしています」。
こちらも介護を学ぶ宮崎県の橋柚子さん19歳の短歌です。
「実習先の老人ホームでの事です。
多くの方に家族の面会がありました。
その中で訪ねる人もなく一人折り紙を折っている利用者さんがいました」。
大分県の安部善枝さん71歳の歌です。
「施設に入所している夫は昼間は眠り夜になると起き出してうろうろと歩き回ります。
そのためなのでしょうか鈴をつけられました」。
新潟県の波貞男さん71歳の作品です。
「食べる事も起きる事も話す事もできない義母でした。
でも頭は最後までしっかりしていました。
10年間の介護は家族が一つにまとまりたくさんの友人を作る事ができました」。
この町に住む早矢仕トキさんも介護百人一首に選ばれました。
歌を詠んだ早矢仕トキさん71歳です。
自宅で夫の幸征さん70歳を介護しています。
幸征さんは4年前脳出血で倒れ右半身が麻痺。
失語症も起こしているため言葉が少し不自由です。
倒れた時は突然だったといいます。
玄関出ようと思って歩きだそうと思ったらぐずぐずぐずっとこう…うん。
(取材者)幸征さんは覚えてます?
(取材者)覚えてない。
その後リハビリに努め今はゆっくり回復しています。
のむというより食べる。
薬を食べるんやね。
かんで。
(取材者)あっかんでる。
昭和34年。
トキさんは中学を出ると岐阜県の関ヶ原町から集団就職で岐阜市の紡績工場で働き18歳からはバスの車掌さんをしていました。
その職場で同じ車掌をしていた幸征さんと知り合ったのです。
しかしワンマンバスが増えてきたため2人は退職します。
それでも2人は昭和42年に結婚。
押しかけ女房。
フフフ。
(取材者)押しかけ女房?押しかけ女房。
(取材者)いい男だったの?私にとってはね。
(取材者)どこがよかった?まあとにかく私はチビだから両親も小さいから結婚するなら背の高い人。
私押しかけ女房です。
ハハハ。
初めは3畳1間のアパートでした。
子どもも2人授かりました。
幸征さんは建材店に勤めるようになり家族のためによく働きました。
(取材者)初めは3畳1間だったって。
そうそうそうそう。
覚えとる?
(トキ)そいで子どもができてアパート変わって長女が幼稚園行きだすようになってお風呂のある所一軒家の借家に変わって。
その後幸征さんは資金をため独立を果たします。
倉庫を借りたった一台のトラックにHYSのマークを掲げた早矢仕建材店です。
裸一貫でここまで来たの。
(幸征)違うやろ。
もう半分も…何ができとらんの?自分の夢が?一応倉庫建てるつもりやったんやね。
それが倉庫建てずに早矢仕建材終わってしまった。
(取材者)もっと働きたかった?ああ。
もっといっぱい広げたかった。
幸征さんの夢はかないませんでしたが2人は懸命に生きてきました。
今日は月に2回通っている言語のリハビリの日です。
では見えますか?見えるよなんとか。
声を出して読んで下さい。
これは?
(幸征)猫本時計。
次ちょっと長い文章です。
ではこれを見てちょっと指さしして下さい。
男の子がバスに乗る。
幸征さんは文章の意味がすぐには理解できない時があります。
話す事が一番出てこないですね。
言いたい事分かってるんだけどその言葉が。
分かってるんやけどっていうのがあるやな。
もっとはっきり話す訓練を。
今日ようしゃべれたな。
数がたくさん。
たくさんしゃべれたと思いますよ。
あ〜…。
あ〜…。
声出しましょう。
せ〜の。
あ〜…。
幸征さんはデイケアにも週に2度通っています。
そんな日はトキさんの短歌の時間です。
トキさんは公民館の短歌会に参加しています。
6月のお題は叱る叱られ。
1つ目は…装具をつける時に私のやり方はのろいみたいで「もっとさっさとやらんか」とかね結構言うんよ。
これまでの人生を振り返ってこんな歌も。
17の時に中学出て寮生活している時に女友達と京都まで徒歩旅行。
(取材者)徒歩?
(トキ)徒歩。
今から思うと自分探しっていうか青い鳥探しっていうかね。
そういう旅行やったんやなと思いますけど。
で行って帰ってきた時に何が残ったっていったらあああの…。
(取材者)幸せの青い鳥は…。
そう身近にある。
それでいいんやっていう事はその時思った。
だから今は別に何にも不足ないです。
フフフ。
幸征さんがデイケアから帰ってきました。
トキさんと幸征さんの穏やかな2人の時間です。
時に幸せの青い鳥が訪れるといいます。
(トキ)デイサービスに行く日なんですけども雨が降っとるとやっぱし嫌なもんでそこの戸を開けて外2人で眺めたらそしたら雨降っとらへん。
星咲いとるって。
あと2年で金婚式。
(取材者)あと2年で金婚式?誰が?金婚式。
俺かお前か。
うんハハハハ…。
いやいや金婚式は2人一緒ですからねハハハ。
しかし俺も言われてえな。
「押しかけ女房なのよ」ってね〜。
男はうれしいもんなんですよ。
そう言われると。
そうですか。
すばらしい夫婦。
いやいや詩人だよ。
「星が咲いてる」ね〜。
瞬いてるとかね光ってるとかっていうけど「咲いてる」っていうのはね〜。
美しい早矢仕トキさんの短歌幸征さんの様子をくさかさんはどうご覧になりましたか?やっぱり2人の世界があるよね〜ってすごい。
この2人の世界がずっとこのままであってほしいなって。
まあ倒れられたためにこういう世界がまた広がっちゃった訳だ。
そうですよね。
こんなセリフは絶対出ないですから。
もしくは健康で2人がず〜っといったらこのセリフはないや。
ご本人にしたらムッて。
「こんな事言いたかったんじゃないのに」みたいなあるかもしれないですけど本当に「星が咲いてる」って表現が一番よく表してますよね〜。
言ったご主人も詩人だけどそれを短歌にしちゃう奥さんもっと詩人みたいな。
すげえ夫婦っていう。
もうくさかさんも絶賛の早矢仕トキさん幸征さん。
「なりてえ」っつってんだ。
はいありがとうございます。
この介護という仕事ヘルプマンというお仕事をくさかさんどういうふうにご覧になります?はい私全国のヘルプマンにたっくさん会ってます。
その中で感じるのはよくね今どきの若いもんは駄目だとかって言うじゃないですか。
今どきの若いもんはものすごく人の役に立つ事をしたいと思ってるんですよ。
たくさんいますよね。
何でこんなに多いんだろうって思うぐらいいるんですよ。
私はだから未来は明るいってすごく思ってるんですけど。
この「ヘルプマン!」に出てくる百太郎。
百太郎だってかっこいいんだよ。
がむしゃらで無鉄砲なんだけどそれがかっこいいんですよ。
クリエーティブな職業だっておっしゃってましたよね。
はいそうなんです。
そういう事があまりにも知られていないので。
つらいとか汚いとかそういうマイナスの事ばっかりが広まってますよね。
だから一生懸命マンガを描いてるんですけど。
という事でお送りしてまいりました「介護百人一首2015夏編」。
明日もくさかさんお願いします。
よろしくお願いします。
2015/07/08(水) 20:00〜20:30
NHKEテレ1大阪
ハートネットTV 介護百人一首2015「夏編 その一」[字]
介護にまつわる出来事や思いを詠んだ「介護百人一首2015」今回は夏編その一 空襲をのがれ生き来し認知症の姉はいまだに爆音におののく ほかの短歌をご紹介します。
詳細情報
番組内容
介護する人される人、日々の介護生活の中でふと心に浮かんだこと、ある出来事の情景を詠んだ「介護百人一首」今回は夏編その一。沖縄県の仲原清子さんの歌 「空襲をのがれ生き来し認知症の姉はいまだに爆音におののく」 認知症の卒寿の姉は今も米軍機の爆音におびえます。沖縄戦はいまだ終わらずです。 ほかの歌をご紹介します。介護のつらさ、悲しさ、喜び、そして優しさ。介護短歌の心に触れて下さい。
出演者
【出演】毒蝮三太夫,小谷あゆみ,漫画家…くさか里樹
ジャンル :
福祉 – 障害者
福祉 – 高齢者
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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