まな板の上に2つの殻付き雲丹が乗っている

菅野彰

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会津『呑んだくれ屋』開店準備中

第25回 殻付き雲丹に何かタイトルなどいるだろうか

小鉢に雲丹の身、皿に鮎の塩焼き2尾レモン添え、さやごと焼いた空豆、ゆでたアスパラガスにマヨネーズ

 今回の予告を「東北食べる通信」で見たとき、私は血湧き肉躍った。
 そのままいつもの友人にも、LINEをした。
「次は雲丹だよ! 殻付き雲丹!!」
「雲丹!」
「雲丹!!」
 友人と私は、LINEの中で舞い踊った。
 そんな狂喜乱舞の北紫海胆(きたむらさきうに、以下雲丹で統一)は今回、岩手県洋野町から届いた。
 悩みに悩んだ末、基本二個のところを四個に増量して、瓶詰めの塩雲丹を追加した。
 届けられた発泡スチロールの箱を意気揚々と開けて、しかし、私は若干怯んだ。
 殻付きの思ったより大きな雲丹は、大分手強そうだったのだ。
「そして諸々調べてみると、一つの中身がそんなに多いとは思えないから……いや、だからではない、これはもうこのまま塩水で洗って食べたい!」
 友人の、「ウニ丼」という何を言っているんだ的なリクエストは無視する。
 それに、今回の配達は私にとってとてもタイミングが良かった。配達日の翌日に、海のものが大好きなゼミの同級生が泊まりに来るのだ。
「二個、二個、と二日に分けて食べよう。多分量的に足りないから、主菜をもう一品用意しないと。何がいいかな、鈴木」
 担当鈴木に、LINEで相談する。
「この季節だったら、鮎とか」
「私も鮎いいと思ってた! そして副菜は何がいいと思う?」
「出た、妖怪野菜を食べなきゃ駄目だ」
「妖怪は野菜が食べたいんだよ。野菜はスーパーに行って、良いものがあったらそれにするかー」
 ごつくて強そうな雲丹は、鈴木の指示で写真を撮りまくったが、黒いので上手く取れない。これが翌日、私に残酷な現実を教えることになるのだが、今はまだ知るよしもなかった。
 とにかく雲丹には箱の中で眠ってもらって、私はスーパーに出かけた。
 鮎はここのところ、ずっと食べたいと思っていた。生の鮎は翡翠色で本当にきれいだ。だが、ほとんど仕事場で一人の夕飯なので、一人分の鮎を焼くのは少し億劫だった。
 きれいな鮎が売っていたのでそれを買い、会津と言えば朝採りアスパラなのでアスパラと空豆を買う。
「雲丹も友達が来たタイミングで殻剥き立てで出したいし、後はあったかい状態で出したいし、全てのタイミングを合わせるのがなかなか難しいな」
 鮎の鱗を取り、ハラワタを取ってちょっと身を不細工にしてしまいながら、私は友人を待った。
「来たよー」
 いつものようにのほほんと、友人が現れる。

二枚組み写真 まな板の上に2尾の鮎/皿の上に2尾の鮎の塩焼き

「待ってた! 今から鮎焼いて、その間に雲丹を捌くよ」
「鮎!?」
 私の手元を見た、友人の様子が変わった。
「やだ、何? どうして? 鮎、私のため!?」
 何、その突然の少女漫画のコマみたいな有様。
「私が鮎が死ぬほど大好きだって、知ってた!?」
「いや知らんかった……」
 友人は、散歩に初めて出た仔犬くらいの勢いではしゃいでいる。
「鮎!」
「メインは雲丹だから」
「そして雲丹!!」
「忙しいやっちゃな」

ニ枚組写真 上:殻が割られ、中の身が出た雲丹。下:雲丹の身がいくつも、まとまっておかれている。

 鮎に塩を振って魚焼き器に入れて、私は軍手をはめて初めての雲丹捌きに掛かった。
 雲丹は、口を取ってから、はさみを入れて二つに割る。
「口が……取れぬ」
 最後に取ればいいのではないかと、私はもう雲丹を二つに割った。そして食べるべき黄色い卵巣の周りにある茶色のゴミを取れとも冊子には書かれていたのだが、上手く取れないので用意していた塩水にゴミごとくり貫いて落とした。
 塩水の中で、食べる部分を取り分ける。
 家庭で食べるなら、結果、私はこれが簡単でいいと思った。若干身は崩れてしまうのだが、味に問題はない。
「すごい! 雲丹!!」
 鮎にはしゃいだ友人も、雲丹の前にはひれ伏す。
「ちょっと冷やそう」
 空豆は、洗って塩をしてオーブントースターで焼いた。
 アスパラはピーラーで根元を剥いて、一本のままフライパンで茹でる。塩をした熱湯の上に突き立て、手が熱いと思ったら倒してばらして、きっちり一分半が私には程よい。
 茹で上がったアスパラには、軽く塩を振ってから、この間鈴木が冷凍庫に忘れて行った謎のバターを置いた。
 鮎も焼き上がり、雲丹、鮎、アスパラ、空豆を並べる。
「きれいー!」
 友人の目は、鮎に釘付けだ。
「出た、アスパラ。謎の会津の流行アスパラ」
「そう、謎の会津名物アスパラ」
 訝しげにアスパラを見る友人に、私も首を傾げる。
 よくわからないのだが、ここ数年、会津ではこの時期になるとそこら中で朝採りアスパラを売っている。どうやら名産らしい。でも多分、ここ数年の大流行だ。土が合うのだろうか。美味しいのだが、会津に住んでいると、
「あ、またアスパラ」
 みたいな、何処にでも現れるそれがアスパラなのだ。
「この間、鈴木が置いてった謎のバターを置いてみました」
「そのバターすごいんだから!」
 この謎のバターについては、また後ほど語ろう。
「なんか鈴木も言ってたよ。召し上がれ」
「いただきます! どうしようすごい迷い箸するー!」
「雲丹からいこうよ、雲丹から」
 そんな贅沢な! と、騒ぎながらも二人でさっきまで生きていた雲丹に、箸をつける。なんならまだ、この雲丹は生きているのかもしれない。
「んー!」
「んんー!!」
 口に含んで、その雲丹自体の持つ力強い海の味に、二人でただ唸った。
 すかさず、私は日本酒を流し込んだ。
 今回の酒は、「山の井 雄町50」だ。
 初めてご紹介するような気がするが、山の井は最近一升瓶を買ってよく呑んでいる。この酒は、一言で言えば間違いのない酒だ。
 まろやかで、けれど甘すぎず、雑味もなく、なのにしっかりと味のある美味しい酒なのだ。
 雲丹の通った後を、山の井がするりと追いかけていくこの美味しさを、どう表現したらいいものなのか。
 海の幸に震えて、友人は隣で突然雲丹に語り掛けた。
「よくきらったなし」
「何、その突然の会津弁! しかも食べ物に向かって、よくいらっしゃいましたねってあんた」
「よくきらったなし。私の胃袋に」
 笑顔で友人は、また雲丹を口に運んだ。
「ああ、そしてもう我慢できない。野性味溢れてもいい!?」
 そして友人は、手で鮎の両端を掴んでかぶりついた。
「お、おう」
 勢いに怯みながら、思わず様子をうかがう。
「どう? 焼き加減」
「もうちょっと焼いた方がいい」
「文句言うんかい!」
 私も食べたが、鮎はふっくらとやわらかく焼き上がって、何が不満なのかわからない。
「これ以上焼いたらパサパサになっちゃうよ」
「子どもの頃川のそばで串焼きにされてたのの刷り込みだから」
「ああ、あれパサパサだよね」
「でもすごい美味しい!」
 友人は夢中で、鮎を食べた。

皿の上の焼いた鮎の頭に尾びれが差し込まれている

 途中、私は随分長くあなたとつきあっているけれど、そんな笑顔見たことがないという笑顔を友人は浮かべて、鮎をびっくりするほどきれいに完食した。
「頭と尻尾しか残ってない……」
「やだ、恥ずかしい」
「恥じらわれても! そんなに好きだとは知らなかったよ! 今度はパサパサに焼いてやるよ!」
 驚きの友人の鮎好きを、その日初めて知った私だった。
「川と海の競演だね。海は見た目は地味だけど、味はキングだなあ」
 そしてまた友人は雲丹に戻りつつ、アスパラも食す。
「アスパラもだけど、このバターやっぱり本当に美味しい!」
「何があったの? 那須高原で」
 実はそのバター、先日鈴木が来たときに、私の友人と鈴木で那須に出かけるというおもしろいことをしたときのお土産だった。私は用があって留守にしていた。留守の間に、二人で那須に行ったのだ。会津で温泉にでも浸かっていてくれると思ったので、私はとても驚いた。
 そのとき二人は、このバターを買った。
 このバターはなんと、正価で二千五百円がついていたという。
「鑑評会でエシレに勝ったんだよって、お店の人が鈴木さんに語ってて。でも二千五百円なんてとてもって言ってたら、『仕入れすぎて明後日消費期限切れるから、千五百円でいいよ。冷凍庫に入れておいたら大丈夫だから』って。それで鈴木さんが買おうとしたら、ニヤって笑って、『いいの? 俺もこのバター食べてるけど、もう戻れないよこのバター食べたら』って……どんな危険なバターなの!?」
 エシレに勝ったバターは、千円値引きされたようだ。
「私普段だったらそんな高いバター買わないんだけど、何処に連れて行かれるんだろうこのバターにって、気になっちゃって。私も買おうと思って。でも気分はヨーロッパじゃない?」
「う、うん。まあ、那須だけど」
「気づくとちょっと畏まって、『私にもお一つくださいな』って、言ってたの。私」
「それはあれだね。『今日のベルサイユは大変な人ですこと』みたいな」
「何言ってんの?」
「マリー・アントワネットがデュバリー夫人に掛けた言葉だよ」
「何言ってんの?」
 気分はヨーロッパは、私と友人の中で食い違ったようだった。
 ちなみにこのバター、鈴木は私にくれるつもりで買って来たのではなかった。包丁で分割して仕事場の冷凍庫に入れて、半分は持って帰ると言っていたのに忘れて行ったのだ。
 この間も鈴木は電話口で、
「バター持って来て!!」
 と、無茶を言っていた。
「さあ、じゃあ雲丹の感想は?」
 最近、総括として私は、友人に感想を聞くことにしている。
「この雲丹は嘘をつかないね」
 友人は言った。
「雲丹って、ときどき嘘つくじゃない?」
「ああ、つくね。雲丹の嘘、あるね」
「この雲丹は絶対、嘘つかない」
 確かに。
 さて、いつもならここで友人を見送って終わりなのだが、今回はちょっと続きがある。
 そう、私は翌日も雲丹を食べたのである。なんて贅沢な。
 ゼミの同級生を迎えて、二人でスーパーに行き、主菜を何にしようかと魚売り場を見た。
「昨日、鮎食べたんだよね」
 だから今日は違うものにしたいという、さりげない私のアピールである。
「鮎、高くない? 一尾三百円くらいしない?」
「それが不思議なんだけどさ。滋賀県産の養殖でしょ? 東京で売ってるのも。こっちもそうだしさらに滋賀より遠くなってるのに、会津では百五十円以下なんだよね」
「本当だ!」
 魚売り場に鮎を見つけて、ゼミ友は目を輝かせた。
「安い! きれい! 美味しそう!」
「……焼こか?」
「焼いて!」
 いや、いいの。私も鮎好きだから、旬なうちに何度でも食べるよ。
 夜台所で、ゼミ友は鮎を捌く私の横に立って喋っていた。
 実はこのゼミ友、ものすごい数を潜っているダイバーである。水族館のボランティアで、
魚の解剖などもしている。もちろん刺身なども、自分ですいすい捌く。
 そんなゼミ友の前で、鮎を捌く私は実は緊張して、口から言い訳がべらべら出ていた。
「ハラワタ取るの苦手なんだよね……っていうか、包丁? ちゃんとした包丁が欲しいなあ」
 言い訳しながら、鮎の腹に包丁を入れた私にゼミ友は、
「うん、包丁の問題じゃないな」
 と、言った。
「でも上手よ!」
 一応褒めてもらって、鮎を焼く。
 そして、雲丹を取り出すと、友人は突っついて楽しそうに言った。
「生きてるね」
「え?」
「生きてるよ」
 言われて良く見ると、雲丹の針がぞわぞわと動いている。
 私は固まった。
「どうしたの?」
「生きていると思うとさわれない」
「何言ってんの、噛みつかないよ」
「……う、うん」
 どこまでも生々しいものに怯える私は、震えながら雲丹に触れた。
 がんばろうと思いながら、ふとあることに気づく。
「あ、今日一眼レフ持ってる?」
 ダイビングをする友人は、本格的な水中写真も撮る。
「いや、カメラはスマホしか持ってない」
「スマホでもいいや。雲丹、ちょっと撮ってみてくれない?」
 いつもきれいな写真を見せてくれるゼミ友に、私は何気なく雲丹の写真を頼んだ。
 ごつい殻付きの雲丹を撮ってもらって、捌いた雲丹をガラスの器に盛ってそれも撮ってもらう。
「…………」
 彼女が撮った写真を見て、私は沈黙した。
 私は私の写真がいまいちなのは、私のiPhoneのせいだと何処かで思っていた。しかし彼女が使っているものも、普通のスマートフォンだ。
「私が撮った雲丹と、残酷なまでに違う……!!」

二枚組写真 左:アンダー気味に細部が黒くつぶれて写っている雲丹写真/細部まで明るく写っている雲丹写真

 このページの何処かにその殻付き雲丹が両方載っていると思うので、皆様ご自分の目で確かめてください。写真は機材ではないということを。
 鮎も焼き上がり、雲丹とともにゼミ友と乾杯をして、少し久しぶりだったので近況を語らった。
 そんな再会の場にこんなに素晴らしい嘘をつかない雲丹がいた偶然は、ただ有難く、酒もいつもより進む。
 正直者の雲丹は懐かしい昔話も、海の香りで、やさしく包んでくれた。
 

 【次回は、夏酒を飲みます。この時期のお楽しみをいろいろなおつまみで頂きます。】

●今回のレシピ

皿の上に、バターの乗ったゆでたアスパラガスが十数本

アスパラの美味しい茹で方

●材料
アスパラ

●作り方
新鮮なアスパラの根元を少し切り落とします。
そこから5センチくらい、ピーラーで皮をむきます。
フライパンに湯を沸かします。塩を少しふります。
アスパラを握って湯に立て、熱いと思ったら放します。
フライパンの湯の中で、普通の太さなら1分半、太めなら2分経ったら上げて、召し上がれ。

●今回のお酒

山の井 雄町50

山の井 雄町50

会津酒造の新しいブランド「山の井」の中の雄町を使った純米吟醸酒です。雄町というと濃厚で力強いお酒をイメージしますが、このお酒はびっくりするほど爽やかでフルーティ。米の味はしっかりしているのに、爽やかで常温で呑んでいても、喉越しがひんやりした印象のお酒です。呑みやすく、呑み飽きない1本です。

問合せ先:会津酒造
住所:福島県南会津郡南会津町永田字穴沢603番地
TEL:0241-62-0012
http://www.kinmon.aizu.or.jp/

東北食べる通信6月号

東北食べる通信
http://taberu.me/
東北の生産者にクローズアップし、特集記事とともに、彼らが収穫した季節の食がセットで届く。農山漁村と都市をつないで食の常識を変えていく新しい試みである。