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■393回
2012.06.24
▼報告
報告者:尹健次(ゆん・こぉんちゃ)
テーマ:「在日朝鮮人にとって「左翼」ナショナリズムとは」
植民地時代、そして日本敗戦/朝鮮解放初期の在日朝鮮人運動を「左翼」ナショナリズムという観点にたって整理し、「在日の精神史」をどう叙述しうるか、 の、今後の作業の方向性を模索しようとした。植民地時代、コミンテルンの「一 国一党の原則」にもとづく在日労総の「全協」への「解消」にみられる「階級 か、民族か」の問題が、解放後の在日朝鮮人運動、つまり日本共産党と朝連、民戦、そして総連結成などの流れにつながっていることを確認しつつ、民族・階級・国家(南北分断の祖国)・権力(欲)などの問題を具体的な形で考察しようとした。
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■392回
2012.05.27
▼報告
報告者:朴成河(ぱく・そんは)
テーマ:「日本帝国の解体と朝鮮人「内地留学」の終焉」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
▽書評 (担当:橋本みゆき)
書名
『在日コリアンの経済活動──移住労働者、起業家の過去・現在・未来』
著(編)者
李洙任
出版者
不二出版
出版年月日
2012年2月
copy終わり
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■391回
2012.04.25
▼報告
報告者:龍田光司(たつた・こうじ)
テーマ:「常磐炭田朝鮮人戦時動員被害者を訪ねて---韓国での調査報告」
今回でいわきの「平和を語る集い」の6回目となった韓国での調査は「強制動員委員会」の協力を得て、戦時動員被害者からの聞き取りでは、古河好間炭鉱での1943年「集団暴力」事件の「被告」の遺族や入山採炭に動員された茂朱郡の生存者、蔚珍郡の死亡者遺族等を対象として行った。戦時下の被動員朝鮮人の「抵抗」と被動員者についての地域的な調査に努めた。その結果を含め、「強制動員委員会」での動員被害者の申告の状況や「委員会」所蔵の「名簿」資料の閲覧の結果を報告した。
▽書評 (担当:長澤秀)
書名
『戦時労務動員体制下の「別天地」ー在日朝鮮人朴麟植氏の証言を辿って』大原社会問題研究所雑誌no.638
著(編)者
戸塚秀夫
出版者
法政大学大原社会問題研究所
出版年月日
2011年12月
copy終わり
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■390回
2012.03.25
▼報告
報告者:金耿昊(きむ・きょんほ)
テーマ:「厚生省通達からみる朝鮮人生活保護受給「問題」」
『在日朝鮮人資料叢書』第6巻の準備報告として、筆者がこれまで収集してきた在日朝鮮人関係の生活保護通達を整理した。きわめて冗長な報告となってしまったが、生活保護行政における1954年の社発382号通知「生活に困窮する外国人に対する保護について」の重要性、そしてその後1956年の外国人被保護者一斉調査実施に至るまでの行政の準備過程が克明にわかる資料群であった。これらの資料群は、その他いくつかの統計や運動側の資料とともに、「在日朝鮮人生活保護資料」として発行予定である。一日も早く刊行できるようにしたい。
copy終わり
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■389回
2012.02.26
▼報告
報告者:申正春 (しん・ぢょんちゅん)
テーマ:「朝鮮戦争期の「祖国防衛闘争」について」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
▽書評 (担当:小荒さち子)
書名
『関東大震災時の朝鮮人虐殺とその後-虐殺の国家責任と民衆責任』
著(編)者
山田昭次
出版者
創史社
出版年月日
2011年9月1日
copy終わり
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■388回
2012.01.29
▼報告
報告者:鄭栄桓(ちょん・よんふぁん)
テーマ:「外国人登録令制定と在日朝鮮人団体(1947-1950)」
外国人登録令(1947年5月2日制定公布)の制定と49年の第一回改定への在日朝鮮人団体の対応について報告した。在日朝鮮人団体は当初、同令が「外国人」たる地位の確認につながると考え、法令の拒否ではなく、在留権の承認や警察不介入などの条件を提示して内務省と交渉を行った。しかし、日本政府が朝鮮人はいぜんとして「日本人」であるとみなしながらも、退去強制の対象としたことが明らかになると、抗議運動を強める。抗議をうけて47年の外登令の登録実施においては朝鮮人団体の要求が一部承認された。しかし、49年の改定にあたり法務庁はこれらの譲歩を覆す一方、登録を通じた「管理」体制を強化した。
copy終わり
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■387回
2011.12.18
▼報告
報告者:今里幸子(いまさと・さちこ)
テーマ:「解放後神奈川県逗子の民族教育1945〜61年」
戦時下逗子では、海軍の軍事施設の建設に多くの朝鮮人が従事していた。解放後その飯場が多く あった地域に最初の学校が開設され、その後所在地を変えながら徐々に学校の態様を整えていった。 学校閉鎖期を経て、民族教育は沼間小学校内で民族学級として再開されるが、そこでは専用の校舎 で朝から終日朝鮮人教師が指導するなど県内の二つの民族教室とは大きく違っていた。61年3月横 須賀市立諏訪小分校に統合され歴史を閉じるが、今回は卒業生の証言や掘り起こした資料などをまと めて、解放直後から15年余の逗子の民族教育の歩みを報告した。
copy終わり
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■386回
2011.11.27
▼報告
報告者:金耿昊(きむ・きょんほ)
テーマ:「帰国事業実施期における朝鮮人生活保護受給者の動向」
本報告では1950年代後半期における在日朝鮮人の生活保護受給者についての動向を整理した。 具体的には同時期の在日朝鮮人の生活状況を概観した後、外国人被保護者一斉調査が全国的に実施された1956年以降において、朝鮮総連が生活保護受給の問題についてどのような運動を展開していたのかを明らかにした。朝鮮総連が結成後も生活困窮者に対する世話役活動は継続されていたが、運動の形式としては民戦期のような大衆的な集団適用要求の形式はとらず、代表者による行政当局への申入れという形をとっていることなどが確認された。今後の課題として、 帰国運動以降、具体的にどれほどの朝鮮人生活保護受給者が朝鮮民主主義人民共和尾国へ帰国したのかを明らかにしていきたい。
▽合評会
書名
『在日朝鮮人史研究第41号』
著(編)者
在日朝鮮人運動史研究会
出版者
緑蔭書房
出版年月日
2011年10月30日
copy終わり
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■385回
2011.10.30
▼報告
報告者:李杏理(り・へんり)
テーマ:「「解放」直後在日朝鮮人による濁酒(ドブロク)闘争の史的考察」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
copy終わり
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■384回
2011.09.25
▼報告
報告者:盧ギ霙(ノ・ギヨン)
テーマ:「在日朝鮮人の自由往来運動について」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
copy終わり
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■383回
2011.07.31
▼報告
報告者:古庄正(コショウ・タダシ)
テーマ:「足尾銅山・朝鮮人戦時動員の企業責任――村上安正氏の批判に答える――」
足尾銅山の研究家村上安正氏が六五〇頁を越える大著『足尾銅山史』(随想社、二〇〇六年)を刊行、その第一一章「戦時体制下の足尾銅山」で、拙稿「足尾銅山・朝鮮人強制連行と戦後処理」を取り上げ、多くの点について徹底的に批判している。報告では戦後処理の問題に話を限定してこれに反論した。
▽書評 (担当:宮本正明)
書名
『非常事態宣言1948 ― 在日朝鮮人を襲った闇』
著(編)者
金賛汀
出版者
岩波書店
出版年月日
2011年5月19日
copy終わり
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■382回
2011.06.26
▼報告
報告者:羅基泰(ラ・ギテ)
テーマ:「東京朝鮮高校出身、50代在日コリアンの『生活と意識』調査を終え て」
『在日朝鮮史研究』40号に掲載されているが、主な内容を取り上げながら朝鮮高校出身者の生活と意識を分析した。在日コリアンの歴史と生活を語る上で私的にも「思い込み」や「主観」が多々ある。「事実」に基づくことの大切さ、より多くのデータを集めることの大事さをあらためて感じた。参加者からの感想、意見を聞きながら「小規模でもアンケート調査を続けなければ」と思った。在日コリアンに関するデータを少しでも増やすためにも。
copy終わり
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■381回
2011.05.22
▼報告
報告者:秋岡あや(アキオカ・アヤ)
テーマ:「朝鮮人学徒兵の部隊配置と軍隊生活――朝鮮内部隊の事例」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
copy終わり
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■380回
2011.04.24
▼報告
報告者:趙基銀(チョウ・ギウン)
テーマ:「韓国民主化運動への参加に見る在日朝鮮人のアイデンティティ――民団系在日朝鮮人を中心に」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
copy終わり
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■379回
2011.03.27
▼報告
報告者:山本興正(ヤマモト・コウショウ)
テーマ:「1960年代におけるアジア主義再評価論争―梶村秀樹のナショナリズ ム論を中心に」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
copy終わり
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■378回
2011.02.27
▼報告
報告者:橋本みゆき(ハシモト・ミユキ)
テーマ:「若い世代の在日韓国・朝鮮人既婚者に聞いて考えた「民族」のストーリー」
昨年末公刊した『在日韓国・朝鮮人の親密圏』を紹介した。ライフストーリー分析という、社会学の中でも新しい質的調査法により、比較的若い世代の配偶者選択経験を、さまざまな〈民族〉という視点から、個人単位で表象・実践された民族的要素を可視化させた。以下は、日本人と結婚した在日三世女性のライフストーリーの例。「ふつう」に結婚、結婚式をしたという本人、「彼女は民族衣装は着なかったけど、民族名で登場した。自然になってきた名前で自分らしさをアピールできたのはよかった」という夫の語りから、今日のエスニシティ現象の有意味性を論じた。
copy終わり
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■377回
2011.01.30
▼報告1
報告者:山田昭次(ヤマダ・ショウジ)
テーマ:「関東大震災時の朝鮮人虐殺事件をめぐる日本人社会主義者と日本人民衆の思想と行動」
関東大震災が起ると直ちに東京在住の日本人社会主義者たちは、警察によって検束されたのみならず、自警団に参加した日本人民衆の多数派によって迫害された。ナショナリスティックな日本人民衆は、まがりなりにも朝鮮人との連帯を志向する社会主義者を国賊と看做したからである。しかし在日朝鮮人と日常的に接していたごく一部の日本人民衆は、朝鮮人を自警団の迫害から守った。また日本の支配からの解放を目指す在日朝鮮人と日常交流し、彼らに人間的な親近感をもつ劇作家の秋田雨雀は、日本人民衆に対して「国民道徳」からの自己の解放を訴えた。
▼報告2
報告者:樋口雄一(ヒグチ・ユウイチ)
テーマ:資料紹介/「『関東大震災女学生の記録』(フェリス女学院の学生の体験記)について」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
copy終わり
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■376回
2010.12.19
▼報告
報告者:北原道子(キタハラ・ミチコ)
テーマ:「朝鮮人にとって日本軍「志願」とは何だったのか―志願の理由について」
朝鮮半島では徴兵制実施の準備段階として、陸軍特別志願兵制度をはじめ志願による兵士動員が行われた。だが、名目は「志願」でありながら、実態は強制・半強制的に実行されたケースが多いのではないか、と思われる。或は、自主的に志願したとみえるケースでも、その背景には民族的な反発がありもする。そうした「志願」の実態について体験者の証言集から探ろうとした。議論では、証言の信憑性について、政策を織り交ぜながらの記述の必要性、特別志願兵の初期の実態はどうか、など貴重な指摘を受けた。
copy終わり
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■375回
2010.11.28
▼報告
報告者:樋口雄一(ヒグチ・ユウイチ)
テーマ:「戦前期の朝鮮人親睦・融和・同郷団体―協和会移行期を中心に」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
▽合評会
書名
『在日朝鮮人史研究第40号』
著(編)者
在日朝鮮人運動史研究会
出版者
緑蔭書房
出版年月日
2010年10月30日
copy終わり
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■374回
2010.10.31
▼報告
報告者:呉永鎬(オ・ヨンホ)
テーマ:「朝鮮学校の社会史研究とその具体的事例」
先行研究に関する批判的検討から、在日朝鮮人の教育史研究、とりわけ朝鮮学校の歴史研究に不足していた視角を提示した。すなわち、(1)事件史や闘争史では掬いきれない日常性、(2)東アジアの冷戦構造という構図、(3)近代学校とエスニシティという視角である。これらの視角を採用することにより、朝鮮学校の教育は、単純な国民教育に短絡できない、より豊かな制度と実践を持ちうるものだということを歴史的に検討するための展望を見出すことができた。 議論では、脱植民地化の装置としての朝鮮学校の教育を考える上で、時間軸を植民地期まで充分に射程に入れる必要があることや、例えば生活保護闘争と教育費獲得運動の論法の重なりへの着目等、在日朝鮮人の「生」の問題の一つである教育を叙述する際に、視点の縦横への広がりが肝要である等の意見が交わされた。
copy終わり
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■373回
2010.09.26
▼報告
報告者:孫文奎(ソン・ムンギュ)
テーマ:「朝連の共和国国旗掲揚闘争とマ総司令部の政策」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
▽書評 (担当:樋口雄一)
書名
『母:オモニ』
著(編)者
姜尚中
出版者
集英社
出版年月日
2010年6月9日
copy終わり
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■372回
2010.07.25
▼報告
報告者:平賀晶子(ヒラガ・アキコ)
テーマ:「民主主義民族戦線への在日本朝鮮人聯盟の参与について」
本報告では、民戦(1946年2月結成)への朝聯の参与の実態と、民戦に対する朝聯の認識を検討した。1946年3月17日に11人の朝聯委員が民戦中央委員に補選されて以降、朝聯は民戦が主催する行事に参与し、相互に連携することで、民戦と共に新国家建設のための課題に取り組んでいくことを明確にした。自分たちが主体的な革命勢力となり、日帝によって押し付けられた搾取・被搾取の社会構造を変革することが、民戦に参与した朝聯委員の意思であったと考えられる。
▽書評 (担当:金耿昊)
書名
『日本の歴史15 戦争と戦後を生きる』
著(編)者
大門正克
出版者
小学館
出版年月日
2009年3月2日
copy終わり
この行からcopy開始
■371回
2010.06.27
▼報告
報告者:古庄正(コショウ・タダシ)
テーマ:「日韓併合100年 請求権問題は解決済みか」
『朝日新聞」と『東亜日報』の共同調査によれば、韓国併合や植民地支配について、韓国では97%が「日本の謝罪は不十分」、被害者への補償も89%が「日本は再検討しなければならない」(『朝日新聞』2010年6月10日)と答えている。韓国民のこうした対日不信の原因は何か。報告では日韓請求権協定の実施を検討しこの点を探った。 上記の請求権問題に関連して、もう一つの請求権問題、厚生年金保険脱退手当金の問題を取り上げた。脱退手当金の問題点は「当時の貨幣価値のまま支払」っていることである。『朝日新聞』はその理由を「厚生年金保険法に基づ」くものと解説している。しかし、同法にはそういう規定はない。日本人も含めた法律であるからそれは当然である。ことの経緯はこうである。1994年、三菱重工長崎造船所に徴用された釜山市の故金順吉氏が、長崎北社会保険事務所を訪れ脱退手当金35円の返還を求めた。紆余曲折の後、社会保険審議会はこれを受け入れ、支給の意向を表明した。しかし、請求権協定に抵触する恐れがあるとして外務省から異議が出され、社会保険庁との間で10ヵ月間もやりとりが続いた。その結果、脱退手当金の給付問題は請求権協定とは切り離し、「受給権は請求した時点で発生する」(『西日本新聞』1996年10月30日)ことになり、「当時の貨幣価値のまま支払」うという奇妙な給付基準は、脱退手当金の給付は認めるが、財政負担増は極力避けるという社会保険庁と外務省との妥協の結果だとみられている。いずれにしても、省庁間の駆け引きや妥協は国際間では通用しない。国家の負債は国家が責任を持って返済する。こういう当たり前のことが今日本政府に求められている。 一部の企業は未払金を供託したが、多くの企業はそれを怠った。炭鉱を例にとって非供託企業の割合をみると、統制会加盟の大手188社のうち非供託炭鉱は145社(77.1%)、朝鮮人労働者1000人以上を雇用する38の巨大炭鉱の場合でも、非供託炭鉱は26社(68.4%)、供託額の面でも63.2%(推定)を占めた。 請求権問題(未払金問題)の中心は供託もされず企業に没収された未払金である。請求権問題を供託金等政府所管の未払金に限定するのは一面的であり、間違っている。
▽書評 (担当:落合博男)
書名
『韓国併合百年と「在日」』
著(編)者
金賛汀
出版者
新潮新書
出版年月日
2010年5月25日
copy終わり
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■370回
2010.05.30
▼報告
報告者:李榮眞(イ・ヨンジン)
テーマ:「あの多かった朝鮮人たちはみんなどこに消えたんだろう:鹿児島の朝鮮人強制連行の問題」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
▽書評 (担当:金哲秀)
書名
「送出過程を中心に見た戦時体制期朝鮮人の国外労務動員の性格」(日韓歴史共同研究委員会第2期日韓歴史共同研究報告書第3分科会篇/第2部 植民地期の日本と朝鮮の社会変動/第3章 戦時体制)
著(編)者
鄭惠瓊
出版者
日韓歴史共同研究委員会
出版年月日
2010年3月
copy終わり
この行からcopy開始
■369回
2010.04.25
▼報告1
報告者:ぺ・ヨンミ
テーマ:「朝鮮人留学生を通じてみた2度の朝鮮人虐殺-中津川朝鮮人労働者虐殺と関東大震災時朝鮮人虐殺-」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
▼報告2
報告者:樋口雄一(ヒグチ・ユウイチ)ほか
「3月9日・10日に行なった真相糾明委員会資料調査(ソウル)について」
日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会での資料調査について各自報告した。同委員会の所蔵する資料には大別して二つのものがある。一つは国家記録院資料で、被害者認定のための各種名簿類がデータベース化されたものである。もう一つは個人寄贈資料で、各種証明書や写真、鞄など、個人が提供した博物類である。過去5年間に集められた23万人の被害申請書も保管されており、審理経過や支援金の支給状況について説明していただいた。
copy終わり
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■368回
2010.03.28
▼報告
報告者:池映任(チ・ヨンイム)
テーマ:「戦後日本のある地域における戦死者祭祀の実態と役割ー静岡県裾野市 を中心にー」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
▽書評 (担当:山田昭次)
書名
『関東大震災:「朝鮮人虐殺」の真実』
著(編)者
後藤美代子
出版者
産経新聞出版
出版年月日
2009年12月8日
copy終わり
この行からcopy開始
■367回
2010.02.28
▼報告1
報告者:秋岡あや(アキオカ・アヤ)
テーマ:「解放直後の朝鮮人学徒兵」
解放直後の朝鮮における、朝鮮学兵同盟、朝鮮学兵団の活動について報告した。朝鮮学兵同盟は、自主独立国家の建設を目的に軍事、政治、文化などの多彩な活動を行った団体である。初期には一種の青年団的性格を持ったが、次第に政治的、軍事的色彩を強めていき、左派の軍事団体へと変貌していった。その過程で一部が離脱をし、右派の軍事団体である朝鮮学兵団を結成した。米軍政は朝鮮学兵団の一部を軍事英語学校を通して警備隊に吸収する一方で、朝鮮学兵同盟に対しては武力弾圧を加え、これを解体させた(学兵同盟事件)。
▼報告2
報告者:鈴木久美(スズキ・クミ)
テーマ:「ナザレ園訪問記」
2008年2月18日と2009年1月7日の2回、韓国慶州にあるナザレ園を訪問した。その時に現在ナザレ園園長である宋美虎氏よりうかがったナザレ園の現状を簡単に報告した。例えば、2009年現在の入園者は24名おり、平均年齢は87才である。そのためナザレ園においても高齢化は進み深刻な問題となっている。 報告者はこれについて研究の対象とはしないが、今後も機会があれば訪問したいと思っている。
copy終わり
この行からcopy開始
■366回
2010.01.31
▼報告
報告者:今里幸子(イマザト・サチコ)
テーマ:「神奈川における在日朝鮮人の民族教育-1945〜1949年を中心に-」
解放直後から学校閉鎖に至る神奈川の民族教育のあゆみの概略を、当時の児童の作文やルポルタージュ、エッセイなどの資料を紹介しながら報告した。閉鎖後、神奈川においては、公立分校、民族教室などが設置されるが、いわゆる無認可校においても、存在の形態が模索される。それらのうち、小田原市朝連小学校の「日曜課外学級」開設の試みと、逗子の朝鮮学校について、新しく入手した資料を使って報告した。今後は、対象とする学校と時期を広げ、神奈川の民族教育の全体像の把握に努めていきたい。
▽書評 (担当:長沢秀)
書名
『平和をつむぐ12歳のメッセージ:地球時代を生きる学力』
著(編)者
西村美智子
出版者
かもがわ出版
出版年月日
2009年10月30日
copy終わり
この行からcopy開始
■365回
2009.12.20
▽合評会
書名
『在日朝鮮人史研究第39号』
著(編)者
在日朝鮮人運動史研究会
出版者
緑蔭書房
出版年月日
2009年10月30日
copy終わり
この行からcopy開始
■364回
2009.11.29
▼報告1
報告者:北原道子(キタハラ・ミチコ)
テーマ:「「太平洋戦争期激戦地と朝鮮人犠牲者に関する研究-北方部隊(第5方面軍駐屯地域)を中心に」(日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会提出)について」
韓国真相糾明委員会の要請を受け、09年9月に提出した論文の内容について報告した。樺太・千島・北海道の陸軍北方部隊に動員された朝鮮人軍人について、「朝鮮人第五方面軍留守名簿」(樺太・千島・北海道)と「朝鮮人北部軍留守名簿」(北海道)を合わせ653名のデータをエクセルに入力、集計したものである。さらに、真相糾明委員会編『口述記録集』5・7から樺太部隊と千島部隊に所属した4名と、筆者が07年に聴き取りをした韓国人2名(千島部隊)の証言も併せて紹介した。 北方部隊にいた朝鮮人の全体像を一定程度つかむことができたのではないか、と思う。
▼報告2
報告者:古庄正(コショウ・タダシ)
テーマ:「日銀に保管されている帰国朝鮮人の供託金」
日銀に保管されている帰国朝鮮人の供託金は今も時効になっておらず、歳入納付もされていない。外交保護権の相互放棄を踏まえて国内法(法律第一四四号)を制定、被供託者の請求権を消滅させたにもかかわらず、なぜこうしたことが起こるのか。韓国KBSテレビが「供託金2億円の秘密」(09年5月19日放映)と呼んだこの問題を解く鍵は、法務省民事局長清水湛の以下の国会証言である。 「被供託者として挙げておられる方が韓国の方なのか北朝鮮の方なのか、もし韓国、北朝鮮ということを区別するということになりますと、果たしてその方が韓国人なのか、いわゆる北朝鮮の方なのかということについては判別資料が何もございませんので、現在のところそのまま供託を持続させるという措置と申しますか、特段の措置をとらないということにいたしておるのが現状でございます」(『第百二三回国会衆議院法務委員会議録』第四号、平成四年三月二七日、一五頁)。 日本政府が「時効完成による歳入納付の手続き」をしていないのは、被供託者の中に請求権をもつ「北朝鮮」国籍の人々が混在しているからである。日銀保管の供託金は韓国人の戦後補償のための資金としては期待できない。供託金は「無償3億ドルに含まれる」という韓国外交通商部長官の発言からも、この点は疑問の余地がない。
copy終わり
この行からcopy開始
■363回
2009.10.25
▼報告
報告者:金耿昊(キム・キョンホ)
テーマ:「朝鮮総連結成前後の生活保護獲得闘争」
2008年11月、2009年6月にひきつづいて、在日朝鮮人と生活保護について報告。 これまでの報告では厚生省社発382号通達が出された1954年から全国で一斉調査が実施される1956年までの過程を明らかにできなかったことを踏まえ、この時期における生活保護行政の動向を、朝鮮人運動の展開とともに整理した。 厚生省は1954年5月に「困窮外国人」に対する生活保護の実施について包括的な方針を示すと、各地の福祉事務所に通達を送り、この方針の徹底と事例報告を繰り返し呼びかけた。 そして1955年には京都などで警官を動員しての被保護者一斉調査が実施されはじめ、その有効性が確認されるなかで、1956年の一斉調査が実施されることになったのだった。 一方、同時期には在日朝鮮人運動では路線転換がおこなわれ、新しく結成された朝鮮総連は内政不干渉の方針を採用した。このなかで「生活保護受給も内政干渉である」との意見が出るなど、生活をめぐる運動の方針にも混乱が生まれており、これが朝鮮人を標的にした生活保護打ち切りへの組織的対応を遅らせた可能性が示唆された。 なおこれらの報告は、修士論文「解放後在日朝鮮人運動における生活保護獲得闘争の展開」としてまとめられた。
▽書評 (担当:長沢秀)
書名
『在日コリアン女性20人の軌跡:国境を越え、私はこうして生きてきた』
著(編)者
かわさきのハルモニ・ハラボジと結ぶ2000人ネットワーク生活史聞き書き・編集委員会
出版者
明石書店
出版年月日
2009年8月31日
copy終わり
この行からcopy開始
■362回
2009.09.27
▼報告1
報告者:鈴木久美(スズキ・クミ)
テーマ:「「解放」直後の朝鮮人「帰還」における興生会の役割と解散」
「解放」直後から始まった日本政府による朝鮮人「帰還」政策の中で、興生会が果たした役割と、興生会解散後の動向について大雑把ではあるがみてみた。その中でも主に大阪の事例からは、これまでの研究では取り上げられてこなかった地方興生会の実態をわずかながらでも明らかにすることができたと考える。今後の課題としては、資料の発掘・調査を継続して行い、大阪以外の地方興生会の実態も解明していきたい。
▼報告2
報告者:小林知子(コバヤシ・トモコ)
テーマ:「戦後における在日朝鮮人と朝鮮史・在日朝鮮人史研究」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
copy終わり
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■361回
2009.06.28
▼報告
報告者:金耿昊(キム・キョンホ)
テーマ:「朝連解散〜民戦期における朝鮮人生活保護獲得闘争の展開」
1949年9月の朝連解散以降の朝鮮人生活権擁護運動において、生活保護獲得の課題がどのような展開を見せていくのかを検討した。1950年代の在日朝鮮人の生活保護受給者数は一貫して増加していくが、50年の現行生活保護法、51年の出入国管理令、52年4月の日本国籍剥奪、54年の厚生省通達などによって生活保護制度の枠組みからは徐々に排除されていた。また、これにともなって51年以降は各地の福祉事務所が朝鮮人生活保護者の削減に動き始めていた。朝鮮人生活保護受給者の増加はこの打ち切りの趨勢に対抗的に実施された朝鮮人の集団要求において担保されていたことなどを確認した。報告では総連期における帰国運動との関連も示唆した。
▽書評 (担当:許壹昌)
書名
『将軍様の錬金術:朝銀破綻と総連ダークマネー』
著(編)者
金賛汀
出版者
新潮新書
出版年月日
2009年3月20日
copy終わり
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■360回
2009.05.31
▼報告1
報告者:ペ・ヨンミ
テーマ:「在日朝鮮人留学生をめぐる「内鮮融和」の試みとその失敗―1920代における朝鮮総督府の政策と寄宿舎問題を中心に―」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
▼報告2
報告者:西村美智子(ニシムラ・ミチコ)
テーマ:「未来を拓く子どもたち―在日・韓国・日本の『Crossing Borders』―」
タイトルは、「拉致問題」をきっかけとした容赦ない北朝鮮バッシングの中で、出会いと対話を通して、在日朝鮮・韓国の人々への理解を深めようと試みた報告者自身の、小学生を対象とした教育実践である。 千葉朝鮮初級中級学校の先生、韓国の先生と出会い、率直に意見を交わした日本の子どもたちが、三者がともに生きていく大切なパートナーであることを実感し、身近な問題から、自分たちが主体となって平和をつくっていくアクションを起こしていったことなどについて報告した。
copy終わり
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■359回
2009.04.26
▼報告1
報告者:樋口雄一(ヒグチ・ユウイチ)
テーマ:「協和会から興生会体制への転換と敗戦後への移行」
協和会から興生会への変化と興生会の状況について報告 し、興生会の活動を紹介した。興生会がどう戦後在日管理に引き継がれていたのかにつ いてもいくつの資料で明らかにした。興生会が戦後在日統制に役立てられたことなどを 報告した。
▼報告2
報告者:羅基泰(ラ・ギテ)
テーマ:「『水野津太写真資料』における在日朝鮮人関係写真資料について」
日本の敗戦後に再建された日本共産党中央委員会資料部に勤務していた水野津太氏は1992年4月4日99歳で死去した。彼女の最期を看取った人たちの手により彼女の日記、日誌、創作ノート、メモ類、写真などの資料が整理された。 その中には1948年から1951年頃までの日本共産党の活動の一部を記録した写真資料1,593点が含まれていた。また、その写真資料には朝鮮民主主義人民共和国中央政府樹立慶祝大会、3・1革命31周年記念人民大会、在日本朝鮮学生同盟、台東会館事件、日本共産党中央委員・金天海など在日朝鮮人関連の写真159点が含まれていた。 これらの写真は在日本朝鮮人連盟(朝連)と日本共産党との関係、特にGHQによる1949年9月の朝連解散後の在日朝鮮人と日本共産党との緊密な関係を知る上で貴重な資料といえる。 報告ではプロジェクターを使って写真を映しながら解説した。
copy終わり
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■358回
2009.03.29
▼報告1
報告者:龍田光司(タツタ・コウジ)
テーマ:「常磐炭田における朝鮮人戦時労働動員被害者を訪ねて」
私にとって第3回目の常磐炭田戦時労働動員被害者からの聞き取り内容の報告である。聞き取りを行ったのは韓国の「動員被害真相糾明委員会」の調査3課や地方の実務委員会等のご協力による戦後帰国した生存者7人と5人の遺族からである。持参した動員当時の写真を見て心を開いてお話が聞けたこともあった。動員時の後遺症を持つ方や「集団暴力」事件被告の遺族からの簡単な聞き取りも出来た。多くの「事件」の当事者は仏故者となっていた。今後この期の抵抗運動の視角からの追及を続けたい。
▼報告2
報告者:小林知子(コバヤシ・トモコ)
テーマ:「〈研究ノート〉8.15以後の時期を対象とした在日朝鮮人史の研究動向―『在日朝鮮人史研究』を中心に―」
『在日朝鮮人史研究』創刊辞(1977年)や朴慶植「解放後時期の在日朝鮮人史研究の現状と私見」(『在日朝鮮人史研究』25号、1995年)をあらためてふりかえるとともに、その後に掲載された諸論文の傾向について概括した。
copy終わり
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■357回
2009.02.22
▼報告
報告者:宮本正明(ミヤモト・マサアキ)
テーマ:「占領期日本政府における在日朝鮮人対策の検討〜1948年中盤から1949年初頭の時期を中心に」
外務省の本省所蔵文書のなかに、1948年6月頃から1949年2月頃の時期にかけて、断 続的に在日朝鮮人問題に関する検討が外務省を中心に進められていたことを示す一連 の書類が含まれている。本報告では、当該史料に依拠して、外務省・政府における対 策立案の動きを、特に国籍問題を中心に整理した。当該史料には、朝鮮での新国家成 立が日本政府の従来の在日朝鮮人処遇方針に動揺をもたらし、国籍を明確化させる方 向で独自の措置の検討へと向かわせたこと、その検討過程では、国籍選択によって 「朝鮮国籍」と「日本国籍」のいずれかに確定する方策、ならびに「朝鮮国籍」の回 復措置を取って希望者に一定の条件のもとで「日本国籍」を認める方策が議論された こと、在日朝鮮人を“日本人”として包摂することへの警戒などが記されており、これ らの議論をふまえて国籍確定化の措置が実施に至らなかったことが示される。ここか らは、1952年の「日本国籍」の「喪失」措置につながる在日朝鮮人政策の基本的な原 型がこの時期に形作られたことを、改めて確認することができるように思われる。
▽書評 (担当:福島尚文)
書名
『在日一世の記憶』
著(編)者
小熊英二・姜尚中
出版者
集英社新書
出版年月日
2008年10月22日
copy終わり
この行からcopy開始
■356回
2009.01.25
▼報告
報告者:許壹昌(ホ・イルチャン)
テーマ:「私の歩んだ道」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
▽書評 (担当:山田昭次)
書名
『父とショパン』
著(編)者
崔善愛
出版者
影書房
出版年月日
2008年12月15日
copy終わり
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■355回
2008.12.21
▼報告
報告者:長澤秀(ナガサワ・シゲル)
テーマ:「ロシア・サハリン州残留朝鮮人離散家族の第3次訪日に同行しての雑感」
社団法人サハリン州韓人二重徴用鉱夫遺家族会の会員4名を日本に招き、2008年10月に、戦争末期、父や兄が徴用され働いた茨城県山一炭鉱と関本炭鉱を中心に訪れ、情報収集、慰霊、地元市民との交流、担任の先生との60年振りの再開等を果たした。今回の訪日も含め、10年来の実践を通じての雑感を報告。活動の動機、将来への展望等の質問の後、早く本にまとめるようにとの激励を受けた。
copy終わり
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■354回
2008.11.24
▼報告
報告者:樋口雄一(ヒグチ・ユウイチ)
テーマ:「在日朝鮮人女性と食のこと」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
▽合評会
書名
『在日朝鮮人史研究第38号』
著(編)者
在日朝鮮人運動史研究会
出版者
緑蔭書房
出版年月日
2008年10月30日
copy終わり
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■353回
2008.10.19
▼報告1
報告者:古庄正(コショウ・タダシ)
テーマ:「最近の強制連行研究をめぐる諸論調について」
韓国の「日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会」と連携して、 「強制動員真相究明ネットワーク」は遺骨の送還問題に取り組んでいる。報告ではネットワークの有力メンバー守屋敬彦氏の近業「朝誰人強制連行死亡者の遺骨・遺族扶助料」(『季刊 戦 争責任研究』第55号、2007年春季号)を取り上げ、足尾銅山を事例として私見 を述べた。「遺骨送還、扶助料支給は資本、権力の論理」(同上誌10頁)という視 点は重要だが、それだけでは企業が認めない死亡者(名簿上では逃走、傷病送還等と して処理されながら実際には現地で死亡している者)の問題が抜け落ちる。無一文で の病人の送還、家族送金の怠慢等の問題も解けない。 第349回(2008・5・25)の研究会において韓国の「日帝強占下強制動員被 害真相糾明委員会」の調査第1課長チョン・ヘギョン氏の強制動員論を批評したが、 重要な問題なので、要点を再論した。「人狩り」は「極めて珍しいケースかもしれな い」というチョン氏の主張は、従来の強制運行論の盲点を突いているが、「人狩り」 は強制連行の一部という理解がないために、同氏の強制動員論は事実上強制抜きの強 制動員論となっている。 最後に、ネットワークの竹内康人氏の「戦時労働奴隷制」論(竹内編著『戦時朝鮮人 強制労働調査資料集』神戸学生青年センター出版部、2007年)を取り上げ、この システムが重工業労働者をも包摂する朝誰人戦時労働動員論たりうるのかと問題提起 をしたが、議論は深まらなかった。
▼報告2
報告者:金耿昊(キム・キョンホ)
テーマ:「在日朝鮮人と生活保護問題」
近年、在日朝鮮人の帰国運動に関する研究が進展しているが、朝鮮人がなぜ帰国要求を掲げるに至ったのかという点に答えきれているとはいいがたい。生活権獲得の要求が帰国要求に転換する一つの背景として、在日朝鮮人の生活保護打ち切りがあるものとおもわれ、今後の解明が待たれる。 本報告ではこの在日朝鮮人と生活保護の問題を解明する前提作業として、生活保護と在日朝鮮人をめぐる法的枠組みを整理したのち、『朝連中央時報』・『解放新聞』の報道を手がかりに、在日朝鮮人の生活権闘争において、いついかなる形で生活保護適用獲得が主要な運動課題となったのかを報告した。朝連期の生活権闘争の中心課題はあくまで職業獲得であったが、朝連強制解散を前後して、生活保護獲得要求が急速に台頭したことなどが明らかになった。
copy終わり
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■352回
2008.09.28
▼報告1
報告者:山田昭次(ヤマダ・ショウジ)
テーマ:「関東大震災時朝鮮人虐殺事件をめぐるナショナリズムとインターナショナリズムの相克―秋田雨雀の「民族解放の道徳」の歴史的意味―」
関東大震災時の朝鮮人虐殺は、在日朝鮮人社会主義者と日本人社会主義者の間に生まれたばかりの連帯、すなわちインターナショナリズムに対する日本人官民一体のナショナリスティック攻撃という意味も持っていた。秋田雨雀は、こうした状況に対処して日本人民衆が国家共同体幻想から解放されて、普遍的な人類的モラル、すなわち「民族解放の道徳」を持つべきことを提起した。この秋田が創作した戯曲『骸骨の舞踏』では、朝鮮人を虐殺する日本の民衆は自己自身の固有な思想を持たず、国家に動かされる操り人形であり、人間らしさを失った骸骨として描かれた。
▼報告2
報告者:崔碩義(チェ・ソギ)
テーマ:「特攻隊員卓庚鉉の慰霊碑について」
今年の五月、女優黒田福美さんが朝鮮人特攻隊員卓庚鉉の「帰郷祈念碑」を韓国の泗川の地に建立しようと積極的に推進して来たが、結果的に失敗に終わった。このことをめぐって日本のマスコミの批判的な報道もあって、ちょっとした話題になった。しかし、地元の住民が何故反対するのかという真意や、歴史的背景などは充分に伝わらなかった。この事件は後味の悪いものに終わったが、韓国における親日派論議、創氏改名の問題も絡んで結構示唆に富んでいる。この事態をどのように見るべきか。一言でいって過去史に対する歴史認識が問われるといってもよいだろう。 なお、1.問題の経緯をはじめ、2.黒田さんの発意の源である夢の話、3.泗川市長の失態、4.これまでの慰霊碑とその碑文について、5.かつて朝鮮総督府が特攻隊員の戦死を「内鮮一体の精華」、「半島の神鷲」というプロパガンダに利用したこと、また、在日社会にも波紋が及んだことどにも言及した。
copy終わり
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■350回
2008.06.29
▼報告1
報告者:高柳俊男(タカヤナギ・トシオ)
テーマ:「月刊雑誌『ソダン』の2年間」
報告者がまだ二十代の半ばに関わった月刊雑誌『ソダン』に関して報告した。 この雑誌は朝鮮に関する報道が急増し、それらをコンパクトに紹介する必要が 生じたという時代背景のもと、田正彦氏を主宰者に一九八一年に誕生した月刊情報誌である。 新刊書や雑誌記事ばかりでなく、ミニコミやパンフレットにも目を配り、 また埋もれた古い書籍を発掘しようとしたところに特徴がある。実際には 事務態勢や財政基盤の脆弱さから約二年、計二一冊で休刊になったが、 その誌面の内容や報告者の体験から、在日朝鮮人にとって転換点とも言える この時期(梁泰昊のいう「一九八二年体制」)を振り返ってみた。
▼報告2
報告者:宮本正明(ミヤモト・マサアキ)
テーマ:「民族問題研究所『親日人名事典』における在日朝鮮人対象者」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
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■349回
2008.05.25
▼報告1
報告者:古庄正(コショウ・タダシ)
テーマ:「チョン・ヘギョン氏の朝鮮人強制動員論をめぐって」
サハリン(樺太)に動員された朝鮮人労働者の証言集『酷い別れ』に付した「日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会」調査第1課長チョン・ヘギョン氏の「解説」を検討、その意義と問題点を指摘した。「人狩り」は「極めて珍しいケースかもしれない」というチョン氏の主張は、既存の朝鮮人強制連行論に対する根本的批判であり注目されるが、経済的要因のみでは朝鮮人戦時労働動員の問題は説明できない、というのがこの報告の要旨。
▼報告2
報告者:村上尚子(ムラカミ・ナオコ)
テーマ:『在日・日本人四・三交流訪問団』に参加して
二〇〇八年四月三日、四・三事件の勃発から60周年を迎えて「在日・日本人四・三交流訪問団」が済州島を訪れた。在日四・三生存者・経験者・遺族らが済州道の公式招待を受けて慰霊祭に参加するのはこれが初めてだった。韓国で進む四・三真相究明過程で彼らが日本で果たしてきた役割や置かれてきた状況、また現在の真相究明に求めている課題など、報告者がこの訪問団の準備に関わり同行しながら学び考えたことを報告した。
copy終わり
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■348回
2008.04.27
▼報告
報告者:洪ユン伸(ホン・ユンシン)
テーマ:「アジア太平洋戦争期、沖縄における日本軍『慰安婦』問題―沖縄戦場における住民と朝鮮人『慰安婦』との関係性を中心に」
私は、アジア太平洋戦期、朝鮮人と沖縄人がどのような関係を持って総力戦の「一員」とされ、またその「記憶」がどのような形で語り続けられてきたのかについて研究を進めてきた。本報告では、沖縄戦と朝鮮人の関係性のなかでも、特に、朝鮮人「慰安婦」と住民の関係に焦点を絞り報告を行った。まず、朝鮮人「慰安婦」に関する資料を紹介し、沖縄戦と「慰安所」の特徴を述べた。また、過去2年間にわたる沖縄における「慰安所」の現地調査で、私が発見した資料や聞き取り調査から見えてきた慰安所の特徴などを紹介した。報告後の討論のなかでは、住民という概念についての問題提起があり、さらに、朝鮮人と沖縄戦の関係については南洋群島まで視野を広げることなどの課題を提起された。
▽書評 (担当:樋口雄一)
書名
『創氏改名―日本の朝鮮支配の中で』
著(編)者
水野直樹
出版者
岩波新書
出版年月日
2008年03月19日
copy終わり
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■347回
2008.03.30
▼報告
報告者:山田昭次(ヤマダ・ショウジ)
テーマ:「関東大震災時の朝鮮人虐殺事件の歴史的意味と国家責任」
この報告は、拙著『関東大震災時の朝鮮人虐殺事件―その国家責任と民衆責任―』(創史社、二〇〇三年)で発表した見解のうちの二つの点に対する自己批判である。 拙著では、関東大震災時に治安当局が、朝鮮人が暴動を起こしたと誤認した基本的原因として三・一運動後の在日朝鮮人運動の急速な発展に対する治安当局の危機感を挙げた。しかし拙著はこれに伴って日本人と朝鮮人の間に発生した連帯志向に対する治安当局の危機感を見落とした。 日本人社会主義者・労働者と在日朝鮮人社会主義者・労働者の間の連帯志向は、一九二〇年以降生まれ始めた。その結果、一九二三年のメーデー準備協議会は、メーデーのスローガンの一つとして「植民地の解放」を採択した。 しかし警視庁はこれを禁じたのみならず、メーデーの前日から朝鮮人や日本人社会主義者・労働者に対して猛烈な事前検束を行い、当日は朝鮮人と日本人社会主義者の東京芝浦の会場への入場禁止の措置をした。しかし孫某はその阻止線を突破して演壇に登り、「自国の独立、プロレタリアの解放」、あるいは「労働者には国境はない」と叫んだ。日本人の側からも「朝鮮の同胞を解放せよ」と言う声が挙がった。警視庁のこのメーデーに対する弾圧は例年の弾圧以上に厳しかった。特に朝鮮人に対する弾圧は厳しかった。 関東大震災時には、朝鮮人虐殺に伴って早くも九月一日の夕刻から警視庁は軍隊をも引き連れて社会主義者の大量検束を行い、大阪に逃げた社会主義者に対しても検束の手を伸ばした。こうした状況の中で有名な亀戸事件や大杉栄事件が起った。つまり関東大震災時の朝鮮人虐殺事件は、震災以前から引き続く朝鮮人に対する迫害であると同時に、朝鮮人・日本人の社会主義者・労働者の間に生まれ始めた連帯志向に対する権力の攻撃でもあった。拙著では後者の歴史的意味を見落とした。 また拙著は朝鮮人虐殺の国家責任として次の点を挙げた。 【第一の国家責任】朝鮮人が暴動を起こしたという誤認情報を流して虐殺事件を引き起こした責任。 【第二の国家責任】第一の国家責任を隠蔽するために次のような工作を行った事後責任。 1)司法省が架空の朝鮮人暴動をでっち上げた。 2)自警団員に対する裁判は、見せかけの裁判であった。すなわち、朝鮮人を虐殺した被告の大部分は執行猶予になり、実刑を科された者はごく少数だった。 3)虐殺された朝鮮人の死体を朝鮮人に渡さず、虐殺の実態の隠蔽を図った。 しかも治安当局はこれらに加えて歴史書の編纂により歴史を偽造し、朝鮮人暴動の流言の発生・流布の責任を全て民衆に押し付け、自己の朝鮮人虐殺事件の責任を隠蔽した。その歴史書の書名を挙げれば、警視庁編・刊『大正大震火災誌』(一九二五年)、神奈川県警察部編・刊『大正大震火災誌』(一九二六年)、西坂勝人(神奈川県警察官)『大正大震火災誌』(警友社、一九二六年)、法務府特別審査局長吉河光貞『関東大震災の治安回顧』(法務府特別審査局、一九四九年)などがそれである。拙著はこのことを見落としていた。
copy終わり
この行からcopy開始
■346回
2008.02.24
▼報告
報告者:金賛汀(キム・チャンジョン)
テーマ:「日本軍配属朝鮮兵復員の状況」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
▽書評 (担当:山田昭次)
書名
『記憶の火葬:在日を生きる―いまは、かつての〈戦前〉の地で』
著(編)者
黄英治
出版者
影書房
出版年月日
2007年06月15日
copy終わり
この行からcopy開始
■345回
2008.01.27
▼報告
報告者:北原道子(キタハラ・ミチコ)
テーマ:「朝鮮人少年戦車兵―北千島占守島に動員されたハラボジの聞き取りから」
2007年8月に韓国で行った少年戦車兵体験者の聞き取りを中心に朝鮮人少年戦車兵について報告した。まず、陸軍少年戦車兵制度について述べ、朝鮮での募集について「毎日新報」の記事からみてみた。そして、少年戦車兵学校卒業後、北千島占守島に戦車兵として配属された李貞圭氏の体験を紹介した。この人は敗戦直後のソ連との戦闘ののちサハリンに抑留、1943年10月函館に「復員」、佐世保援護局から釜山に帰還した。「日本経由帰還者」のひとりである。報告後の討論のなかでは朝鮮人の普通教育の中での軍隊教育、皇民化行事などの課題を提起された。
▽合評会
書名
『在日朝鮮人史研究第37号』
著(編)者
在日朝鮮人運動史研究会
出版者
緑蔭書房
出版年月日
2007年10月30日
copy終わり
この行からcopy開始
■344回
2007.12.16
▼報告
報告者:鈴木久美(スズキ・クミ)
テーマ:「解放直後の朝鮮人帰還に関する研究動向と博多港からの帰還」
これまでの在日朝鮮人に関する「帰還」(引揚)についての主な先行研究をあげ、そこから明らかにされている帰還者数や日本政府とSCAPの政策等について報告した。そして朝鮮人が帰還するために使用された送出港のひとつである博多港を取り上げ解放直後の博多港の様子と福岡県の対応、朝鮮人連盟福岡県本部が発行した当時の新聞から朝鮮半島の状況についてもみてみた。今後の課題としては送出港まで送り出した地方行政側の活動と朝鮮半島へ帰還した朝鮮人のその後の状況について調べていきたい。
copy終わり
この行からcopy開始
■343回
2007.11.25
▼報告1
報告者:ペ・ヨンミ
テーマ:「朝鮮人特攻隊員について」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
▼報告2
報告者:金耿昊(キム・キョンホ)
テーマ:「解放後神奈川県地域における朝鮮人運動の展開」
在日本朝鮮人連盟神奈川県本部の機関紙『朝連神奈川』を手掛かりに、神奈川県地域における在日朝鮮人運動の展開をあとづけた。朝連神奈川県本部は生活協同組合を結成する一方で、職業獲得運動の一環として本部直営事業を展開し、同胞の生活安定を目指したが、結局はカンパが集まらず失敗したこと。そしてその後、運動の重点を支部や分会活動に移すことで生活権運動は活発化することになったが、その矢先に解散させられたことなどを指摘した。卒論準備報告であった。
copy終わり
この行からcopy開始
■342回
2007.10.28
▼報告
報告者:羅柱賢(ナ・ジュヒョン)
テーマ:「1955年の南北統一促進協議会からみた在日朝鮮人社会の統一運動」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
▽書評 (担当:金浩)
書名
『在日朝鮮・韓国人と日本の精神医療』
著(編)者
黒川洋治
出版者
批評社
出版年月日
2006年12月10日
copy終わり
この行からcopy開始
■341回
2007.09.30
▼報告1
報告者:小林 知子(コバヤシ・トモコ)
テーマ:「『過去の清算』をめぐる問題と在日朝鮮人 ―朝鮮人戦時強制動員犠牲者の『遺骨問題』を中心に―」
日本の「過去の清算」は、在日朝鮮人と日本社会との関係性そのものからも考察する必要があるという観点から、近年、あらためて日韓間の外交課題にもなっている朝鮮人戦時強制動員犠牲者の遺骨をめぐる問題をとりあげた。 報告では、日韓条約成立前後頃までの、主として日本政府側の「遺骨問題」への対応を、外交史料に基づいて概観した。今後は、韓国政府側の対応を含め、政府当局者の認識の分析をさらに進めるとともに、それらに、被害者・支援者、在日朝鮮人等の認識とをつきあわせながら、「遺骨」をめぐる問題を、東アジア国際関係、そして、在日朝鮮人史のなかに位置づけて論じていきたい。
▼報告2
報告者:龍田光司(タツタ・コウジ)
テーマ:「常磐炭田における朝鮮人戦時労働動員被害者を訪ねて―韓国における調査報告―」
去る5月19日から4週間、韓国での戦時労働動員被害者を訪ねての旅をした。前回の旅では常磐炭田戦時動員殉職者名簿-長澤秀氏作製を手がかりに、死亡犠牲者の遺族や生存帰還者からの聞き取りを行ったが、今回も韓国の「戦時動員被害真相糾明委員会」の担当者の協力を受け、「被害申告者」からの聞き取り調査を行うことができた。報告は、主として大日本炭鉱の提川勤労報国隊の被動員者の遺族と、死亡犠牲者の多い江原道での2人の生存帰還者から得た情報についてである。付随して、常磐炭田の戦時被動員者の動員地と動員時期について、東部石炭統制会の労務関係資料より、個別炭鉱での検討も含め一部報告をした。
copy終わり
この行からcopy開始
■340回
2007.06.24
▼報告
報告者:ノ・ギヨン
テーマ:「1950年代民団の「本国志向」とその帰結」
1950年代の在日居留民団における「本国志向路線」の展開とその帰結について検討した。韓国政府に政治的参加と経済的援助を求めた民団の「本国志向路線」は具体的支援を得られず、李大統領のドル支出に対する消極的態度と反日政策の強化によって挫折したと考えられる。その結果、民団と在日経済人を経済的困難から救うことができなかったと同時に、在日右派勢力の結集に限界があったことを示すことになった。さらに、1950年代に民団は日韓関係における媒介者の役割をも果たすことができなかった。
▽書評 (担当:落合博男)
書名
『越境の時―1960年代と在日』
著(編)者
鈴木道彦
出版者
集英社新書
出版年月日
2007年04月22日
copy終わり
この行からcopy開始
■339回
2007.05.27
▼報告
報告者:鄭栄桓(チョン・ヨンファン)
テーマ:「「解放」直後在日朝鮮人運動と参政権問題―第23回、第24回総選挙を中心に―」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
▽書評 (担当:樋口雄一)
書名
『○○○○○○○○○○』
著(編)者
○○○○○○○○○○
出版者
○○○○○○○○○○
出版年月日
2007年00月00日
copy終わり
この行からcopy開始
■338回
2007.04.29
▼報告
報告者:宋恵媛(ソン・ヘウォン)
テーマ:「「在ドイツ韓人」女性の歴史と現在(一世女性へのインタビューから)」
「在独韓人」の第一世代女性について取り上げた。現在60歳前後である彼女達の渡独の主な経緯は、韓国―西独政府間の協定に基づいた、1960、70年代の看護員としての派遣によるものである。報告では、2006年末に行ったインタビューをもとに、韓国の女性達のドイツ定着の過程を明らかにした。また、反共教育世代である彼女達の思想的変容を、ドイツで彼女たちが携わった労働運動、韓国民主化運動、南北統一運動等を通して追った。
▽書評 (担当:山本興正)
書名
『日韓 新たな始まりのための20章』
著(編)者
田中宏・板垣竜太
出版者
岩波書店
出版年月日
2007年01月30日
copy終わり
この行からcopy開始
■337回
2007.03.25
▼報告
報告者:野木香里(ノギ・カオリ), ペ・ヨンミ
テーマ:「朝鮮人陸軍少年飛行兵について―在日朝鮮人1世の聞き取りを中 心に―」
1934年に第1期生が入校した陸軍飛行兵学校(後、少年飛行兵 学校と改称)には、1935年から1945年まで数多くの朝鮮人が入 校している。特攻隊員として戦死した朝鮮人の半数はこの少年 飛行兵学校卒業者たちであった。 特に1940年代、マスコミを通じて、あるいは実際に目撃して、 飛行機乗りにあこがれた朝鮮人少年たちは、自らの進路を懸命 に悩み、少年飛行兵学校へと進む道を選んだ。その選択には、 中等教育を受けられないなどの差別構造のなかで、「日本人に は負けない」という思いも込められていた。一方、航空戦力の 拡大のための兵士動員という上からの思惑もあった。 朝鮮人がどのように少年飛行兵となり、またどのような経験を したのか、ということは、今となっては直接話を聴くことでし か知りえない。これまで見落とされてきた、この朝鮮人少年飛 行兵の存在は、1930年代以降朝鮮人少年がどのように生きたの かを明らかにする上でも重要であろう。
▽書評 (担当:吉澤文寿)
書名
『日帝末期朝鮮人強制連行・強制労働1―日本編』
著(編)者
鄭惠瓊
出版者
ソンイン (ソウル)
出版年月日
2006年5月31日
copy終わり
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■336回
2007.02.25
▼報告
報告者:樋口雄一(ヒグチ・ユウイチ)
テーマ:「在日朝鮮人団体と協和会への組織化過程―三重県と千葉県での事例を中心に―」
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▽書評 (担当:高柳俊男)
書名
『海峡のアリア』
著(編)者
田月仙
出版者
小学館
出版年月日
2007年01月10日
copy終わり
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■335回
2007.01.28
▼報告1
報告者:権赫泰(クォン・ヒョクテ)
テーマ:「在日朝鮮人と韓国社会―韓国社会は在日朝鮮人をいかに‘表象’してきたか―」
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▼報告2
報告者:小林知子(コバヤシ・トモコ)
テーマ:「『南北コリアと福岡のともだち展』を開催して」
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copy終わり
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■334回
2006.12.17
▼報告
報告者:金賛汀(キム・チャンジョン)
テーマ:「在日学徒義勇軍について」
朝鮮戦争勃発の時、自ら志願して戦場に赴いた在日韓国人青年たちがいた。独立して間もない祖国を守りたい一心から志願した彼らであったが、参戦参加者642名の内135名が戦死、242名が日本政府から再入国を拒否され、家族の待つ日本に帰還できたのは3分の1に過ぎなかった。在日という特殊な立場ゆえに、国際政治のハザマで翻弄された在日義勇兵の誕生から仁川上陸作戦、元山上陸作戦、朝中国境までの進軍と敗走、そうして帰還までの経過を具体的に報告。
copy終わり
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■333回
2006.11.26
▼報告
報告者:山田昭次(ヤマダ・ショウジ)
テーマ:「朝鮮に対する日本の戦後処理」
元従軍慰安婦に対する償い金は民間募金が当てられ、国家補償を実現する展望が開けない直接の原因は、日本の戦争責任や植民地支配責任を否認する自民党右派の存在のためである。しかしその背後には肉親の戦死を侵略戦争のための無意味な死と認定することに堪えられない遺族たちがいることも無視できない。報告はこの点を戦後50年国会決議や靖国神社問題をめぐる思想状況を点検して論証した。関東大震災朝鮮人虐殺の国家責任の処理が出来ない原因の一つには、これと同じようなことが民衆の中にあると思われる。
▽合評会
書名
『在日朝鮮人史研究第36号』
著(編)者
在日朝鮮人運動史研究会
出版者
緑蔭書房
出版年月日
2006年10月20日
copy終わり
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■332回
2006.10.29
▼報告
報告者:ペ・ヨン美(ぺ・ヨンミ)
テーマ:「「併合」直前・後における在日朝鮮人留学生を取り巻く状況―朝鮮総督府の留学生取り締まりと「収用」政策―」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
▽書評 (担当:三田富美子)
書名
『チマ・チョゴリ制服の民族誌―その誕生と朝鮮学校の女性たち』
著(編)者
韓東賢
出版者
双風舎
出版年月日
2006年06月01日
copy終わり
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■331回
2006.09.24
▼報告1
報告者:樋口雄一(ヒグチ・ユウイチ)
テーマ:「朝鮮と在日朝鮮人―国家総動員体制下を中心に」
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▼報告2
報告者:宮本正明(ミヤモト・マサアキ)
テーマ:「占領下における日本社会と在日朝鮮人の相互認識」
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copy終わり
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■330回
2006.07.30
▼報告
報告者:長澤秀(ナガサワ・シゲル)
テーマ:「長澤秀編・解説『戦前朝鮮人関係警察資料集―樺太庁警察部文書―』(全4巻 緑蔭書房2006.6)の内容紹介」
ロシア・サハリン州国立文書館所蔵の樺太庁警察部文書を中心に収録し、新資料が多いこと、戦前・戦時下の在日朝鮮人運動史、生活史、樺太の朝鮮人史等の研究に参考になること等を報告した。復刻刊行の際、原資料の一部を伏せ字にした点について討論がなされた。
▽書評 (担当:金賛汀)
書名
『敗北を抱きしめて:第二次大戦後の日本人』上巻
著(編)者
ジョン・ダワー
出版者
岩波書店
出版年月日
2001年03月21日
copy終わり
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■329回
2006.06.25
▼報告1
報告者:マシュー・オーガスティン
テーマ:「越境者と占領下日本の境界変貌:英連邦進駐軍(BCOF)資料を中心に」
今回の研究構想は、「越境」と「境界」という枠組みを使って、日本と朝鮮を はさんで往来していた人流を考察し、それが戦後日本の占領期を通して変動しつつ あった出入国管理体制とよばれる法的境界とどのような関係があったのかについて分 析するものである。ここでいう越境というものは、連合軍占領下の日本を離れ、米軍 統治下の朝鮮半島へ帰還していく人の動きから始まり、占領期を通して日本へ再入国 してきた人々の動きの連続性を意味する。一方、各種の越境者が越えて行った境界と は何かというと、「日本」と「非日本」を分ける国境と、「日本人」と「非日本人」 を分別する国籍の境界の両方を意味する概念である。 今回の研究報告は一九四六年 から四八年頃までもっとも活発であった英連邦進駐軍(BCOF)の資料を使ったもので ある。今年の一月下旬から二月の上旬まで、約十日間かけてキャンベラにあるオース トラリア戦争記念館とウェリントンにあるニュージーランド国立公文書館で資料調査 を行った。記念館と公文書館には両方太平洋戦争と戦後日本占領期に関する資料が豊 富である。また、ウェリントンにあるターンブル国立図書館の写真と重ねてみると非 常に重要な研究材料であることが分かる。
▼報告2
報告者:金浩(キム・ホ)
テーマ:「地方在住在日韓国・朝鮮人の状況/山梨県」
在留外国人統計から抽出したデータを時間軸に添い分類 ・整理することで、主に在留人口3千名未満の地方在留 韓国・朝鮮人の現状分析を山梨県を中心に試みた。「在 日」の多数を形成する大都市部の在留者とは別に、同胞 「社会」の形成さえ困難な地方はより深刻な変容に晒さ れており、この点を山梨県の特徴であるニューカマーの 増加と定着、オールドカマーとの関連性をニューカマー 独自団体である「韓人山梨貴金属協会」を紹介する形で、 既存組織の在り方、「在日」概念の再検討を通して新し い可能性をさぐる必要性を指摘した。
copy終わり
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■327回
2006.04.30
▼報告1
報告者:鈴木久美(スズキ・クミ)
テーマ:「在日朝鮮人の帰還援護事業の推移」
報告は2006年1月に提出した修士論文である。在日朝鮮人の「帰還」(当時、日本人に対するのと同様日本当局では朝鮮人についても「引揚」ということばを使用していた。しかし朝鮮人と日本人のおかれていた立場の違い、また一般朝鮮人のみならず軍人・軍属も含めての意味もあり「帰還」とした)について、1945年8月15日の日本の敗戦から、朝鮮人の帰還(北緯38度以南向け)が終了となった1946年12月28日までの時期を取り上げ、日本政府の政策と地方行政機関の対応と行動、送出港における帰還者への援護などを中心に、朝鮮人の帰還について明らかにした。具体的には、今回あらたに入手することのできた史料を使い、帰還者数の再度検証、終戦直後の朝鮮人の状況、日本政府やGHQの帰還政策、そして、送出港である下関・仙崎・博多・舞鶴・佐世保などの事例から、帰還援護事業の展開過程をみてみた。それにより、これまでの先行研究にくわえ日本政府の政策面についてはかなり明らかになったと考える。ただし、今回は朝鮮人側から見た帰還とはどのような意味を持ったのか、この点をほとんど明確にすることができなかった。今後の課題のひとつである。
▼報告2
報告者:樋口雄一(ヒグチ・ユウイチ)
テーマ:「在日韓人歴史資料館設立準備について」
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