・できるかぎりふつうにしていようとしていて、
それは、わりと、できるんですよね、大人だから。
もちろん、食欲もあるし、食べればごはんはおいしい。
日々の仕事だって、なんとかなっていると思うんだ。
それでも、なんか、よろよろっとしているというか、
生命力が満ちていない感じがあってね。
どこにいても、じぶんの居場所に思えない。
他人がいる場所のほうが、役割があってラクなんだけど、
それはそれで、終わるとどっと疲れがでてくるんだよな。
こんな腑抜けな状態が続いているときに、
生命力の権化みたいな方を思い出しました。
ミグノンにいる「まわる先生」ですよ。
だいたい一年くらい前に、
愛護センターにきて(つまり捨てられて)、
うしろ脚は動かないし、年齢も15歳を過ぎているし、
「先も長くはないな」という老犬だったんです。
「だったら、うちで見送ればいいか」と、
友森代表がミグノンに連れてきたのがはじまり。
その後、うしろ脚の部分に
植木鉢用の台車みたいなものをつけたら、なんと、
前肢で漕げば動けるとわかっちゃったもんだから、
台車の音をガーガーさせながら動き回るようになった。
むろん、動けることは生きること、とばかりに、
元気もどんどん取り戻して、「人気のへんな犬」に昇格。
それでも、ちょっと前からほんとうに寿命が尽きるのか、
寝たきりになってしまったのだけれど、それでも、
食欲はあるし、寝たまま運知をして生き抜いていたわけ。
「しぶとい」とか「ものすごい生きる気迫」とか、
大向こうの称賛を浴びているうちに、またまた
あらためて、再度、元気になってきて、昨日から、
また台車付けて立つ練習をはじめたという報告があった。
すっかり抜けかけていた毛もふさふさ生えてきて、
肉づきも戻ってきて、目の輝きもきらりんっと復活。
そんな「まわる先生」に会ったら、さぞかし、
元気をもらえるのではないだろうか、と会いに行った。
もちろん、行ってよかったと断言できるね。
「生きる」「生きたい」「生きるつもり」って、
ものすごく当たり前のことなんだと、よくわかったよ。
「まわる先生の御札」とか、身につけたくなったね。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
生きるがわからなくなったら、まわる先生を見ればいいよ。
それは、わりと、できるんですよね、大人だから。
もちろん、食欲もあるし、食べればごはんはおいしい。
日々の仕事だって、なんとかなっていると思うんだ。
それでも、なんか、よろよろっとしているというか、
生命力が満ちていない感じがあってね。
どこにいても、じぶんの居場所に思えない。
他人がいる場所のほうが、役割があってラクなんだけど、
それはそれで、終わるとどっと疲れがでてくるんだよな。
こんな腑抜けな状態が続いているときに、
生命力の権化みたいな方を思い出しました。
ミグノンにいる「まわる先生」ですよ。
だいたい一年くらい前に、
愛護センターにきて(つまり捨てられて)、
うしろ脚は動かないし、年齢も15歳を過ぎているし、
「先も長くはないな」という老犬だったんです。
「だったら、うちで見送ればいいか」と、
友森代表がミグノンに連れてきたのがはじまり。
その後、うしろ脚の部分に
植木鉢用の台車みたいなものをつけたら、なんと、
前肢で漕げば動けるとわかっちゃったもんだから、
台車の音をガーガーさせながら動き回るようになった。
むろん、動けることは生きること、とばかりに、
元気もどんどん取り戻して、「人気のへんな犬」に昇格。
それでも、ちょっと前からほんとうに寿命が尽きるのか、
寝たきりになってしまったのだけれど、それでも、
食欲はあるし、寝たまま運知をして生き抜いていたわけ。
「しぶとい」とか「ものすごい生きる気迫」とか、
大向こうの称賛を浴びているうちに、またまた
あらためて、再度、元気になってきて、昨日から、
また台車付けて立つ練習をはじめたという報告があった。
すっかり抜けかけていた毛もふさふさ生えてきて、
肉づきも戻ってきて、目の輝きもきらりんっと復活。
そんな「まわる先生」に会ったら、さぞかし、
元気をもらえるのではないだろうか、と会いに行った。
もちろん、行ってよかったと断言できるね。
「生きる」「生きたい」「生きるつもり」って、
ものすごく当たり前のことなんだと、よくわかったよ。
「まわる先生の御札」とか、身につけたくなったね。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
生きるがわからなくなったら、まわる先生を見ればいいよ。
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