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時論公論 「フランス テロの衝撃」

二村 伸  解説委員

フランスでまた、表現の自由を脅かす痛ましい事件が起きました。パリの新聞社に武装した男たちが押し入り、銃を乱射して12人が死亡。フランスではこの半世紀で最悪のテロ事件となりました。
イスラム過激派への警戒を強めていた中でなぜこのような事件が起きてしまったのでしょうか。
今日の時論公論は予定を変更して、フランスの銃撃事件をもとに世界が直面しているテロの脅威について考えたいと思います。
 
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まず今回の事件を振り返ってみましょう。
 
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現場はパリ中心部に近い住宅街です。
【VTR】 7日昼前、日本時間の昨夜7時半頃、週刊新聞「シャルリ・エブド」の本社に武装した男たちが押し入り、会議中の編集長や風刺画家など10人を殺害、さらに警察官2人を銃撃戦の末殺害して逃走しました。犯行グループは3人で、アルジェリア系フランス人の兄弟と18歳の少年と見られています。
18歳の少年はその後警察に出頭しましたが、兄弟2人は今も逃走中です。このうち32歳の弟は過激派の活動家とされ、かつてイラクに戦闘員を送りこんだとして有罪判決を受けました。
 
今回の事件は、過激派の主張に影響を受けた男たちの犯行との見方がありますが、2つのなぜ、疑問が生じています。
1点目は、なぜ新聞社が狙われたのか、そしてもう1点は、テロの警戒の中でなぜ簡単に乱入と襲撃を許してしまったのかです。
 
新聞社が狙われたのはこれが初めてではありません。この新聞社が発行している週刊の新聞は政治家や宗教指導者を対象とした過激な風刺画が多く、イスラム教徒にとって挑発的ともいえる風刺画を何度も掲載し、物議を醸してきました。
 
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2006年には、前年デンマークの雑誌が掲載して大きな論争を巻き起こした爆弾の形をしたターバンを頭に巻いたイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を転載し、翌7年には「愚か者に愛されるのはつらい」と涙を流すムハンマドの風刺画を掲載し、イスラムを冒涜するものだと世界のイスラム教徒の反発を浴びました。
その後も預言者ムハンマドを茶化すような風刺画を何度も載せ、4年前には編集部に火炎瓶が投げ込まれ全焼、ウェブサイトにサイバー攻撃が仕掛けられました。
しかし、脅しには屈せず、最新号ではイスラム過激派組織イスラム国のバグダデイ指導者の風刺画を掲載するなどその姿勢を変えていません。
皮肉なことに、「フランスではまだ襲撃が起きていないが1月末まで時間がある」と、過激派の戦闘員が銃を手にと話す風刺画もありました。
襲撃の際に犯行グループの男が「預言者ムハンマドのかたきだ」などと叫んでいたという証言があり、風刺画への反発が事件の背景にあるのではないかと見られています。
 
次になぜ、事件を防げなかったのでしょうか。殺害された編集長は、過激派から脅迫を受けたため、護衛がついていました。編集長と著名な風刺画家たちが集まっていたときを見計らって、武装した男たちが乱入し銃を乱射、警察官との銃撃戦の末、全員が逃走しました。会議の出席者や時間などの情報を入手し、犯行の手口や逃げるまでの素早い行動や武器の使い方など訓練を受けたテロリストの犯行だという見方もありますが、3人だけの犯行なのか、それとも背後に何らかの組織が存在するのかなどまだわからない点も数多くあります。2度と同じような事件を繰り返さないためにも徹底した捜査と警備体制のあり方を見直す必要がありそうです。
 
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フランスのオランド大統領は、「言論の自由に対する野蛮な行為であり、断じて受け入れられない」と激しい口調で非難しました。各国首脳もテロを強く非難する声明を出しています。
フランスのイスラム教徒の団体も「殺人は罪だ」として過激派のテロを非難する声明を出しています。世界の大多数のイスラム教徒はこうした過激派の行為を支持していません。
 
今回の事件はオランド大統領をはじめフランス国民の多くが話しているように、表現や言論の自由を重んじてきたフランスに対する挑戦だといえます。暴力行為、とりわけ言論や表現の自由を脅かす行為が許されないのは当然です。一方で、偶像崇拝が禁止されているイスラム教の預言者ムハンマドを風刺の対象とすることに多くのイスラム教徒が不快感を抱いていることも事実で、挑発的な姿勢が悲劇を招いたと指摘する人もいます。
フランスは北アフリカなどから多数のイスラム教徒が移り住み、全人口の7%がイスラム教徒です。景気が低迷し仕事につけない人々の不満は強く、中でもイスラム教徒の若者たちは差別や偏見に苦しんできました。イスラム教徒の女性が頭からかぶるブルカやニカブなどの衣装を公共の場で着用することが禁止され、表現の自由に反するといった声がイスラム教徒の間で上がっていました。今回の事件は、今のフランスが抱える理想と現実のギャップと矛盾、社会の病巣の根の深さを物語っているように思います。
 
きょう8日はフランス全土で犠牲者を悼み喪に服していますが、パリ郊外で警察官が銃撃されて死亡する事件が起きたほか、フランス中部ではイスラム教のモスクに爆発物が投げ込まれる事件が起きています。7日の事件との関連は明らかではありませんが、今後イスラム教徒に対する反発が強まり、溝が深まるのではないかと懸念する声も聞かれます。
 
ただ、これはフランスだけの問題ではありません。社会に不満を持つ若者たち、孤立感を抱いた人たちが、過激な思想に共鳴する傾向は世界各国で強まっています。
 
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そうした若者たちの一部はイスラム国など過激派組織に加わり、その数は80か国1万5千人とも言われています。ヨーロッパからも3千人を超える若者がイスラム国に加わり、フランスだけでも千人近いと言われています。さらに今、問題となっているのは、シリアやイラクで戦闘行為を経験した後祖国に戻ってきた若者たちや、国内で過激な思想に染まった若者たちの犯行、いわゆるホームグロウンテロの脅威です。
 
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去年1年間の主なテロ事件を見ますと、中東やアフリカだけでなく、欧米やオーストラリアなどなどの先進国で起きた、単独犯による犯行が目立ちます。ベルギーで5月、首都ブリュッセルのユダヤ博物館で発砲事件、カナダでは10月に首都オタワの連邦議会議事堂でイスラム教徒の男が銃を乱射、12月にはオーストラリア・シドニーのカフェで人質事件が起きています。これまでのような過激派組織による犯行ではなく、過激な思想に染まった個人が自爆テロなどを起こしたものです。今回のフランスの事件は、これらとは手口が異なるだけに、治安当局者の中には新たなタイプのテロではないかと警戒する人もいます。
 
多様性を重視してきたヨーロッパは、格差の拡大とともに、移民排斥の動きが活発化し、寛容さが失われていると言われます。それだけに過激派に向かう若者たちは後を絶たず、テロの脅威がこれまで以上に強まることも予想されます。
テロを封じ込める特効薬はありませんが、民主主義と自由を守るために過激派の脅しには決して屈しないという強い姿勢を国際社会が一体となって示していくと同時に、若者が過激な思想に染まらないように、差別や偏見のない社会を築き、いかに若者たちを社会に取り込んでいくか、世界全体が問われているように思います。
 
(二村 伸 解説委員)
 

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