瓶に入れた2種類の固体。
混ぜ合わせると何やら反応が始まりみるみるうちに液体になりました。
これただの液体ではありません。
水有機溶媒に続く第3の液体と呼ばれる…これに出会った研究者は…。
今イオン液体の不思議な性質を生かしたさまざまな研究が進められています。
宇宙空間で使える高性能電池の開発や木材を効率よく分解して資源を無駄なく使い切る方法に使えたり更には注射の代わりになる湿布薬の開発が進められるなど医療に革命を起こす可能性もあるというのです。
注目を集め始めた新素材…イオン液体初めて聞いたんですけど何かすごそうですね。
ですよね。
僕も今回初めて知ったんですけどこれねすごく面白い物質なんですよ。
30分でばっちり分かりますから。
これはね珍しいんですよ。
この番組でもイオンってよく出てくるんですが何か覚えてますか?何か電池の説明の時によく出ますよね。
プラスとかマイナスの性質を持った粒ですよね。
そのとおりです。
代表的なイオンからできた物質というとこちら塩化ナトリウムですね。
赤い部分がナトリウムで青い部分が塩素です。
塩化ナトリウムって食塩ですよね。
そうですね。
こんなにきれいに並んでたんですね。
へえ〜。
これを溶かそうと思うと例えば塩化ナトリウムの場合だと801℃という高温が必要になっちゃうんですよ。
かなり強い力で結び合ってるんですね。
一方今日の主役であるイオン液体の代表的なものをご紹介しましょう。
正式名称が…ちょっと意味分からないです。
イミダゾリウム系の陽イオンとビスアミドという陰イオンが組み合わさってできてるんですよ。
さっきの塩化ナトリウムと比べるとかなり複雑じゃないですか?そうですね。
電気的にプラスとマイナスがくっつこうとしてもこれが十分に近づく事ができない。
どうしてかっていうと周りにいろんな原子がたくさんくっついてるんですよ。
そうなんだ。
だけどイオン同士が液体で存在すると何かすごい事につながるんですか?従来の液体では難しかったような事ができるようになるんですよ。
身の回りの電化製品。
イオン液体に大きな期待が寄せられているのがこうした機器を支える電池への利用です。
現在繰り返し使える高性能の電池の代表が…その仕組みです。
電極からリチウムがイオンとなって溶け出す際に電子を出し反対側の電極に移動する事で電気が発生します。
ここで重要な役割を果たすのがリチウムイオンが移動する電解液と呼ばれる液体です。
現在電解液に使われているのは有機溶媒ですが燃えやすいという欠点があります。
誤った方法で充電をし過ぎたり外部から強い衝撃を与えると発火する事もあるのです。
こんな!?うわ〜。
次世代エネルギーの研究が専門の…リチウムイオン電池の安全性を高めるために注目したのがイオン液体でした。
イオン液体の中にリチウムイオンが溶けるものがある事を知ったからです。
イオン液体は有機溶媒に比べると燃えにくいという特徴があります。
イオン同士が適度に引き合っているので液体の状態から蒸発が起きないためです。
1997年石川さんは有機溶媒の代わりにイオン液体を使ったリチウムイオン電池の開発を始めました。
まず使ったのは1エチルー3メチルーイミダゾリウムという陽イオンとビストリフルオロメチルスルホニルアミドという陰イオンを組み合わせた液体です。
ところが電気は全く発生しませんでした。
イオン液体はイオンだけから成る液体なので大量の陽イオンと陰イオンが存在しています。
陽イオンのリチウムが陰イオンに強く引き付けられたため自由に動き回る事ができなくなったのです。
そこで石川さんは陰イオンの両端にあるフッ素に注目しました。
実は分子の中にフッ素があるとリチウムイオンが強く引き付けられる事が知られています。
それが3つもあるために陽イオンのリチウムイオンとの間に働く力が大きくなっていました。
そこでこの部分をフッ素原子1つに変えました。
そうすればリチウムイオンを引き付ける力が弱まりリチウムイオンは動きやすくなると考えたからです。
新しいイオン液体を使ってリチウムイオン電池を作成したところ見事電気が発生しました。
従来のリチウムイオン電池の充放電の回数と性能の低下を表したグラフです。
2,000回で77%に低下します。
一方イオン液体の場合は81%。
耐久性も高い事が明らかになりました。
去年6月石川さんが使った電池を搭載した人工衛星が打ち上げられました。
発火のおそれがないため電池を頑丈にする必要のないイオン液体の電池は小型軽量化にもつながり宇宙空間での使用に最適だと考えられたのです。
充電と放電の実験は成功。
機械を温めるヒーターを宇宙空間で見事作動させました。
イオン液体宇宙でも活躍してすごいですね。
すごいですよね。
これはなんでもJAXAの関係者が石川さんの電池の話を聞きつけて過酷な宇宙空間で実験してみないかと持ち掛けたそうです。
うわ〜注目されてたんですね。
でもちょっと気になったのが最後に…どういう事なんでしょうね?いい質問ですね〜。
そこは専門家に伺いましょう。
イオン液体の研究開発をされている伊藤敏幸さんです。
イオン液体をデザインするってどういう事ですか?イオン液体はかなり複雑な分子が絶妙なバランスで組み合わさってできているんです。
このバランスを壊してしまうと駄目なんですけども壊さない限りは…え〜!先ほどのリチウムイオン電池では陰イオンの原子の一部分を変えてましたよね?そうですね今までの研究者はこのようなイオン液体を使ってリチウム電池を作っていたんです。
この陰イオンは炭素にフッ素が3つついてます。
そこでフッ素を1つに変えますと少し原子を引っ張る力が弱くなってうまくリチウムイオンを電極で渡せるようになったんですね。
このようにイオン液体というのは成分を一部置き換えるだけでどんどんその性質が変わってしまうんです。
そんなに簡単に変えられるものなんですか?そうなんですねそれが私たちの仕事でイオンの中の一部を変えるとイオン液体の性質がどんどん変わります。
これをイオン液体をデザインするというふうに言っています。
へえ〜。
今そういったイオン液体っていうのは何種類ぐらいあるんですか?どうしてそんなに多いんですか?図を使って説明します。
ここに出てきたものがイオン液体を構成する代表的な陽イオンと陰イオンそれぞれ5種類なんですが例えば一番上のイミダゾリウムカチオンという陽イオンは陰イオン5種類とそれぞれくっついてイオン液体を作ります。
そうしますとこれで5種類できますね。
ところが陰イオンの方もそれぞれ下の陽イオンとまたくっつく事ができます。
それから更にイオンの中の原子をそれぞれ自由に置き換える事ができるんですね。
そうすると組み合わせとしては膨大な数になってしまうんです。
すごい。
例えば2004年にはこんなイオン液体が作られて話題になったんですよ。
何が話題かというと…。
この磁石を近づけてみて下さい。
はい。
あっすごい!磁石にくっついてきます水が。
不思議ですね。
下の赤い層がイオン液体なんですけども…へえ〜。
これはイオン液体だからこそ?そうですね。
こういう磁性を持つ液体というのはイオン液体ならではです。
へえ〜。
こういう技術ってどういう事に応用できそうなんですか?まだ発展途上なんですけども液体が磁石で動きますので人工筋肉を動かすのに使えるという研究をしている方もおります。
はあ〜。
人工筋肉って?筋肉を動かすのに磁石を使って動かすとかそうするとロボットに使えるとかそういう研究があるんですね。
なるほど。
ここまでイオン液体がデザインできるという話を見てきましたがその性質を利用してこんな使い方も研究されてるんですよ。
イオン液体を利用して資源の節約を目指した研究が行われています。
今回のスタジオゲストの伊藤敏幸さんはこれまでに100種類以上のイオン液体を作り出してきました。
現在開発を進めているのが木材を効率よく分解するイオン液体です。
木材はセルロースとリグニンそしてヘミセルロースと呼ばれる3つの成分からできています。
これらは複雑に絡み合っているため分離するのに大きなエネルギーを必要とします。
例えば紙の原料となるパルプはセルロースでできていますがセルロースを取り出すために高温のアルカリで木材を処理しほかの成分を溶かしています。
この方法ではセルロース以外の成分は有効に利用できないという課題がありました。
事態が変わったのは2002年。
アメリカの研究者が発表した論文です。
セルロースを溶かすイオン液体を作る事に成功したというのです。
セルロースは炭素や水素酸素から成るブドウ糖が5,000個以上連なったひものような形をしています。
セルロース同士は水素結合と呼ばれる結合で強く引き付け合っています。
これに塩化物イオンでできたイオン液体を浸透させるとセルロースの性質を壊す事なく水素結合を切断する事ができたのです。
この論文にヒントを得た伊藤さんは木材からリグニンを溶かすイオン液体の開発に取り組む事にしました。
木材ではリグニンはセルロースと水素結合に加え更に強固な結合によってつなぎ止められていると考えられています。
これを引き剥がす事ができればリグニンとセルロースの両方を手に入れられると考えたのです。
さまざまなイオン液体を作って試したところリジンと呼ばれる陰イオンに出会いました。
木材の粉末にこのイオン液体を加え60℃で6時間保ちます。
リジンは80℃でセルロースとリグニンの両方を溶かしますが60℃だとリグニンだけを溶かす事が分かったのです。
その後この液体を遠心分離機にかけます。
リグニンが溶け出したイオン液体とセルロースを分離する事ができたのです。
こうして伊藤さんは木材からリグニンとセルロースの両方を取り出す事に成功したのです。
イオン液体のメリットは2つを分離する事だけにとどまらないといいます。
セルロースもリグニンも両方取り出して両方生かせるっていうのはすばらしいですね。
セルロースっていうのは紙になるって言ってましたけどリグニンっていうのは取り出すとどういう事に使えるんですか?へえ〜。
今木材をくっつけるためにはホルムアルデヒドなんか使ってそのためにシックハウス症候群というものの原因になっているんです。
リグニンを使うと非常に安全な接着剤になる。
今はカーボンナノチューブというのは非常に長いカーボンナノチューブができると非常に強いものですから宇宙エレベーターの繊維なんかに期待されてるんですけれども現在のところなかなかそういういい方法はないんですけどもこういう天然のリグニンを取り出すとそれを原料にしてカーボンナノチューブができるんじゃないかというふうにまだ成功はしてませんけどもそういう研究者もおります。
へえ〜。
イオン液体っていうのは環境面からも注目されてるんですよね?今の化学産業ではいっぱいいろんな有機溶媒が使われてるんですがその中には例えば大気中に揮発していくとオゾン層破壊の原因になるという事もいわれているんですけどもイオン液体は基本的に揮発しませんしだからそういう問題ありませんしまた時々化学工場が爆発しますよね。
イオン液体は燃えませんのでもしそういうふうな代替溶媒として環境に優しいという事も考えられてます。
そうです。
リグニンを溶かすイオン液体もいつもリサイクルして使ってますし揮発しませんので少し洗ってきれいにする事ができるんですね。
そのために私たちの研究室には15年間も使ったリサイクルしたイオン液体があるんです。
え〜!15年物のイオン液体です。
よくワインで15年物って言いますけどそれは寝かしてあるだけなんですけどイオン液体は使ってまた洗ってきれいにしてそして使うと。
まあ時々足してますので中身はどうなってるか分かりませんけどもそういう事もできるんですね。
へえ〜。
それ何年ぐらい使い続けられるんですかね?壊れない限りはずっと使えると思います。
そのうち100年物というのができるといいですね。
セルロースが取り出せるというアメリカの論文というのは当時はやっぱりかなりインパクトが強かったんですか?そうです。
非常に大きなインパクトでと申しますのが…環境に優しい次世代のエネルギーといわれるバイオ燃料。
有力視されているのはとうもろこしやサトウキビなどから作られるバイオエタノールです。
しかしその製造には大きな課題があります。
茎や葉は分解しにくいため現在は主に実の部分が使われていて食料の高騰などの問題が起こっているのです。
とうもろこしの茎とか葉っぱの部分はセルロースでできているんです。
セルロースはブドウ糖でできてるんでそのセルロースを分解してブドウ糖にするとそこから茎とか葉っぱもバイオエタノールにする事はできるんですけども…何か本当にいい事ばかりのような気がしますけど今課題とかあるんですか?一つはやっぱりコストが高いという事です。
私たちが作ったイオン液体は新規のものは10グラム1万円ぐらいで売られてます。
え〜!ちょっと高いですね。
高いですね。
だけどコストの問題は皆さんがたくさん使えばまた安くなります。
イオン液体を医療に利用しようとする研究も始まっています。
九州大学の後藤雅宏さんは皮膚から薬を浸透させる技術の研究を行っています。
現在塗り薬や湿布など皮膚から体内に入れる薬には大きな制限があります。
それが…皮膚の一番外側表皮の模式図です。
表皮は4層構造をしています。
薬が体内に入る場合一番外側の角層という組織を通過できるかがカギになります。
角層では薬の成分は細胞の間を進みます。
ここを埋めているのが脂質です。
小さなものはその隙間を通り抜けられますが大きなものはブロックされてしまうのです。
そのため塗り薬の成分は大きさの指標となる分子量で500以下のものがほとんどです。
もし大きな分子量の薬を皮膚から患部に直接届ける事ができれば治療の選択肢が広がります。
そこで後藤さんが注目したのがイオン液体です。
後藤さんが作り出したイオン液体です。
陽イオンの1ドデシル−3メチル−イミダゾリウムに陰イオンのビストリフルオロメチルスルホニルアミドを組み合わせたものです。
注目したのは陽イオンです。
脂質はひも状に延びた炭素が何本も束ねられたような構造をしています。
後藤さんが作った陽イオンは炭素のひもと同じ構造をしているためひもの中にくっつく事ができるものがあります。
すると異物を含んだ脂質は…こうして大きな分子量の薬を通せるようになると考えたのです。
このイオン液体を使って後藤さんは実験を繰り返しています。
この日は分子量4万5,000の薬をイオン液体に混ぜ豚の皮膚で浸透実験を行いました。
24時間後顕微鏡で断面を観察します。
薬には蛍光色素を含ませているため特別な光を当てるとどのように浸透しているかが分かります。
一番左が表面に付着した薬。
右側が角層です。
緑に光る薬の成分が角層に浸透している様子が分かります。
薬は確かに皮膚に入っていたのです。
この技術は身近な病気の治療法に大きな影響を与える可能性があります。
糖尿病の治療に使われる…患者は一日に何度も注射をうたなければなりません。
もしイオン液体を使って湿布のような形にする事ができれば患者の負担は大きく減らせるというのです。
従来の方法ではなかなか肌は吸収できなかった訳ですがそういうふうな分子に応用して…注射しなければならなかった薬が塗り薬とか湿布になったらかなり便利ですよね。
そうですよね。
患者さんの負担もかなり減りそうですね。
後藤さんによると…これほかの病気でもいろいろ使えそうですね?イオン液体が医療分野に使われるようになったのはこの2〜3年で非常に最近の事なんです。
それから先ほど後藤先生の話はヒトの話だったんですけども…今子豚ちゃんなんかは非常にショックに弱くてワクチンをうとうと思うとショック死してしまうんです。
そこで貼り薬でワクチンになると子豚の病気が治るとかあともう一つは鶏の病気なんです。
鶏っていうのは今お薬は目から入れるんです。
目?はい。
鶏の砂肝はのませますと非常に砂肝が強いもんですからほとんどの薬は分解されてしまうんですね。
へえ〜。
注射もできないと。
もし研究が進むと脚に塗るだけでお薬が吸収される。
そういうふうに家畜の病気のためにもイオン液体は非常に役に立つんじゃないかとすごく注目されてます。
へえ〜。
イオン液体の研究もすごい勢いがついてどんどん広がっていきそうな感じがしました。
そうですねイオン液体はまだ若い学問なんです。
高校の教科書に掲載されたのもこの2年ぐらい前からです。
科学の研究者でもイオン液体の名前は知ってるけども実物見た事ないよという先生はいっぱいいるんです。
今日この番組で視聴者の皆さんが興味持って頂くと私たちは基礎研究ですけども基礎研究と応用が一緒になって進むんですね。
そうするともっと全然違う私たちが思いもつかないような応用について意見をくれるかもしれませんしその点では今日取り上げて頂いたのは私はとてもうれしいです。
第3の液体イオン液体世界を変えそうですね。
本当。
少し原子を変えるだけでいろんな性質の液体に変わっていくっていうのがすごい面白いなって思いました。
あと注射が使わなくても湿布だったりできるっていうのはすごいありがたいなって思いましたね。
伊藤さん今日はどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
それでは「サイエンスZERO」。
次回もお楽しみに。
2015/07/05(日) 23:30〜00:00
NHKEテレ1大阪
サイエンスZERO「液体科学の革命児 イオン液体に迫る!」[字]
水や油とは異なる「第3の液体」と呼ばれるイオン液体。電池やバイオ産業、医療まで変える可能性があると期待されている。いったいどんな液体なのか?その秘密に迫る。
詳細情報
番組内容
イオン液体は、この2年ほどで高校の教科書にも掲載されるようになってきた注目の素材。これまで注射をしていた薬を塗り薬にできる可能性を秘めたり、人工衛星に搭載するバッテリーの開発が進められたり、木材の成分をうまく分解して有効活用したりと、さまざまな応用が考えられている。変幻自在で「デザインできる」という魔法の液体。その最先端研究をご紹介! 【出演】竹内薫、南沢奈央、伊藤敏幸(鳥取大学)
出演者
【ゲスト】鳥取大学大学院工学究科…伊藤敏幸,【司会】竹内薫,南沢奈央,【語り】筒井亮太郎
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 宇宙・科学・医学
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
情報/ワイドショー – その他
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