良く読めないが、朝鮮人徴用工は高額報酬で高待遇を受けていた。
引用:http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/007/421/23/N000/000/018/143142799717812924178.jpg
世界遺産に登録された施設で朝鮮人が強制労働させられたとして、韓国政府と日本政府が騒いでいる。
この連中の事は放っておいて、実態はどうだったのかを振り返りたい。
日本政府の失態
明治産業革命遺産の世界遺産登録を巡って、韓国政府は朝鮮人が強制連行させられて、強制労働していたと主張している。
この世界遺産登録では日本が百済遺産に賛成し、韓国は明治遺産に賛成する事で事前の合意がされていました。
15年7月5日にドイツのボンで、ユネスコの世界遺産委員会が開催され、日本が先に韓国は後で審査される事になった。
当日になって韓国は事前合意を反故にして日本の登録には反対の姿勢を示したので、韓国の百済遺跡を先に審議しました。
韓国が合意を保護にしたのだから、日本も反対しなければ取引にならないが、外務省の役人は簡単に賛成してしまいました。
交換条件が無くなった韓国は全面的な反対に転じ、「強制連行させられた朝鮮人が強制労働していた」という主張に戻りました。
外務省の役人は韓国の賛成を得るため「強制労働させていました。強制労働謝罪施設を建設します」と言ってしまいました。
この外務省の役人は韓国に買収されていたが、最初からスパイだった気がしますが、それは本題ではない。
合意を反故にされたうえに、外務省が勝手に謝罪した事で、韓国への憎悪が拡大した。
日本国内では政府と安倍首相に批判が強まっている。
自民党内の説明会でも批判が相次ぎ、安倍首相が外交上の大失態を犯したという認識をしている。
世界遺産委員会に出席した外務省の役人は、「forced to work」と言い「強制労働(forced labor)」と言っていないと話している。
もはや自分の地位を守るための言い逃れだが、日本政府はこの線で各国に説明する事にしている。
徴用は世界の全ての国でしている
日本は戦時中に生産力を確保する為、国民に労働義務を課し報酬を支払った。
国民総動員体制によって健康な若者は徴兵に行き、兵役に行かない者は徴用されて工場などで働いた。
問題の朝鮮人は韓国併合によって日本人になり、日本人としての徴兵と徴用が行われたが、朝鮮人が望んでそうしたのである。
韓国併合から暫くは「朝鮮人は日本人ではない」という区別が厳格に存在し、朝鮮人は日本に渡航する事も兵士になる事もできなかった。
朝鮮側からは「日本人と同じ待遇にしろ」という要求があり、公務員・兵士・など徐々に門戸が開かれた。
士官学校には朝鮮人の入校が認められなかったし、朝鮮人への徴兵が行われたのは大戦末期になってからだった。
朝鮮人は1944年、昭和19年まで徴兵・徴用ともに免除されていたが、9月になってやっと適用された。
元々は「朝鮮人を日本人と同じに扱え」という朝鮮側の要求に応じたもので、何ら強制していない。
戦時下に自国民に労働義務を貸すのはアメリカ、イギリス、ソ連など全ての連合軍が行い、徴兵も行っていた。
アメリカのハワイ諸島などは「強制的に併合した」経緯があるが、本土民と同じように徴兵している。
そして韓国は現在、自国民に強制労働の義務と徴兵を課している。
朝鮮人徴用工の給与明細、手取り3500から5300
引用:http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/003/141/70/N000/000/000/129436513774716313961.jpg
労働と給与の実態
日本と朝鮮の9割は農業に従事していたので、農地の耕作をしていた人を徴用して働かせる事になる。
朝鮮人に支給された給与明細書が現存しているが、それらを見ると成人男性が1ヶ月働くと約5000円の手取り収入だった。
因みに総支給額が1万3千円ほどで、控除が8千円もあって、手取りが5千円である。
控除の中身は健康保険、年金、貯金、寄宿舎料、所得税、生命保険、町民税など非常に多岐に渡っている。
貯金が1500円以上あるので、これを手取りに含めると6500円だった事になる。
徴用は日給制なので5000円は恐らく26日間働いた月で、20日しか働かないと4000円以下になる。
これは昭和20年でどのくらいの金額だったのだろうか。
上に挙げた数字はよく見ると間違っている事に、目ざとい人は気づいたと思います。
ネットの資料では日本の巡査初任給が45円だったと書かれていて、手取り5000円はありえない。
当時は「円」の他に「銭」という通貨も流通していて1円が100銭だったので、下2桁は銭を現し小数点を省略していました。
ですから朝鮮人徴用工の給与5000円と書かれた明細は50円、巡査の初任給は総額45円、一等水兵は30円でした。
朝鮮人徴用で支払われる給与は、手取りで巡査や一等水兵と同じくらいだったと分かります。
さらに意外な事に週休2日のペースで休んでいて、職場によっても違うが炭鉱では月22日労働だったようです。
明細を見ると炭鉱では、だいたい22日間労働で35円の手取りだったようです。
工場でも週1日の休みはあり、体調が悪いなどの理由で休めたので、皆勤賞を受け取っている人はほとんど居ません。
労働の内容としても、当時の農業や炭鉱と比べて組織化が進んでいて楽だったのが実体で、農業の方が過酷でした。
どうも戦前の労働が過酷だったというのは映画やドラマの影響が大きいように感じ、とくに「月月火水木金金」の標語のイメージが強い。
「月月火水木金金」は日本海軍の軍歌で、軍艦の上では休日が無いのを歌った歌詞です。
当たり前だが終戦前の一時期を除いて、日本の会社や工場には休日があった。
徴用は稼げるし仕事が楽だというので、むしろ朝鮮人のほうから希望したのでした。
朝鮮人は徴用後に朝鮮と日本のどちらかを選べたが、給料が高い日本での労働は人気があり、希望者が日本に来た。
昭和20年になると米軍による本土空襲で労働環境が悪化したが、それは米軍のせいで日本のせいではない。
引用:http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/007/421/23/N000/000/018/143142799717812924178.jpg
世界遺産に登録された施設で朝鮮人が強制労働させられたとして、韓国政府と日本政府が騒いでいる。
この連中の事は放っておいて、実態はどうだったのかを振り返りたい。
日本政府の失態
明治産業革命遺産の世界遺産登録を巡って、韓国政府は朝鮮人が強制連行させられて、強制労働していたと主張している。
この世界遺産登録では日本が百済遺産に賛成し、韓国は明治遺産に賛成する事で事前の合意がされていました。
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15年7月5日にドイツのボンで、ユネスコの世界遺産委員会が開催され、日本が先に韓国は後で審査される事になった。
当日になって韓国は事前合意を反故にして日本の登録には反対の姿勢を示したので、韓国の百済遺跡を先に審議しました。
韓国が合意を保護にしたのだから、日本も反対しなければ取引にならないが、外務省の役人は簡単に賛成してしまいました。
交換条件が無くなった韓国は全面的な反対に転じ、「強制連行させられた朝鮮人が強制労働していた」という主張に戻りました。
外務省の役人は韓国の賛成を得るため「強制労働させていました。強制労働謝罪施設を建設します」と言ってしまいました。
この外務省の役人は韓国に買収されていたが、最初からスパイだった気がしますが、それは本題ではない。
合意を反故にされたうえに、外務省が勝手に謝罪した事で、韓国への憎悪が拡大した。
日本国内では政府と安倍首相に批判が強まっている。
自民党内の説明会でも批判が相次ぎ、安倍首相が外交上の大失態を犯したという認識をしている。
世界遺産委員会に出席した外務省の役人は、「forced to work」と言い「強制労働(forced labor)」と言っていないと話している。
もはや自分の地位を守るための言い逃れだが、日本政府はこの線で各国に説明する事にしている。
徴用は世界の全ての国でしている
日本は戦時中に生産力を確保する為、国民に労働義務を課し報酬を支払った。
国民総動員体制によって健康な若者は徴兵に行き、兵役に行かない者は徴用されて工場などで働いた。
問題の朝鮮人は韓国併合によって日本人になり、日本人としての徴兵と徴用が行われたが、朝鮮人が望んでそうしたのである。
韓国併合から暫くは「朝鮮人は日本人ではない」という区別が厳格に存在し、朝鮮人は日本に渡航する事も兵士になる事もできなかった。
朝鮮側からは「日本人と同じ待遇にしろ」という要求があり、公務員・兵士・など徐々に門戸が開かれた。
士官学校には朝鮮人の入校が認められなかったし、朝鮮人への徴兵が行われたのは大戦末期になってからだった。
朝鮮人は1944年、昭和19年まで徴兵・徴用ともに免除されていたが、9月になってやっと適用された。
元々は「朝鮮人を日本人と同じに扱え」という朝鮮側の要求に応じたもので、何ら強制していない。
戦時下に自国民に労働義務を貸すのはアメリカ、イギリス、ソ連など全ての連合軍が行い、徴兵も行っていた。
アメリカのハワイ諸島などは「強制的に併合した」経緯があるが、本土民と同じように徴兵している。
そして韓国は現在、自国民に強制労働の義務と徴兵を課している。
朝鮮人徴用工の給与明細、手取り3500から5300
引用:http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/003/141/70/N000/000/000/129436513774716313961.jpg
労働と給与の実態
日本と朝鮮の9割は農業に従事していたので、農地の耕作をしていた人を徴用して働かせる事になる。
朝鮮人に支給された給与明細書が現存しているが、それらを見ると成人男性が1ヶ月働くと約5000円の手取り収入だった。
因みに総支給額が1万3千円ほどで、控除が8千円もあって、手取りが5千円である。
控除の中身は健康保険、年金、貯金、寄宿舎料、所得税、生命保険、町民税など非常に多岐に渡っている。
貯金が1500円以上あるので、これを手取りに含めると6500円だった事になる。
徴用は日給制なので5000円は恐らく26日間働いた月で、20日しか働かないと4000円以下になる。
これは昭和20年でどのくらいの金額だったのだろうか。
上に挙げた数字はよく見ると間違っている事に、目ざとい人は気づいたと思います。
ネットの資料では日本の巡査初任給が45円だったと書かれていて、手取り5000円はありえない。
当時は「円」の他に「銭」という通貨も流通していて1円が100銭だったので、下2桁は銭を現し小数点を省略していました。
ですから朝鮮人徴用工の給与5000円と書かれた明細は50円、巡査の初任給は総額45円、一等水兵は30円でした。
朝鮮人徴用で支払われる給与は、手取りで巡査や一等水兵と同じくらいだったと分かります。
さらに意外な事に週休2日のペースで休んでいて、職場によっても違うが炭鉱では月22日労働だったようです。
明細を見ると炭鉱では、だいたい22日間労働で35円の手取りだったようです。
工場でも週1日の休みはあり、体調が悪いなどの理由で休めたので、皆勤賞を受け取っている人はほとんど居ません。
労働の内容としても、当時の農業や炭鉱と比べて組織化が進んでいて楽だったのが実体で、農業の方が過酷でした。
どうも戦前の労働が過酷だったというのは映画やドラマの影響が大きいように感じ、とくに「月月火水木金金」の標語のイメージが強い。
「月月火水木金金」は日本海軍の軍歌で、軍艦の上では休日が無いのを歌った歌詞です。
当たり前だが終戦前の一時期を除いて、日本の会社や工場には休日があった。
徴用は稼げるし仕事が楽だというので、むしろ朝鮮人のほうから希望したのでした。
朝鮮人は徴用後に朝鮮と日本のどちらかを選べたが、給料が高い日本での労働は人気があり、希望者が日本に来た。
昭和20年になると米軍による本土空襲で労働環境が悪化したが、それは米軍のせいで日本のせいではない。
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