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北の考古学─日々の着想

2013-01-16

アイヌの行進呪法と陰陽道

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 頭のトレーニングとしてみずからに課しているのが1日1着想のノルマであり、体のトレーニングとして課しているのがジョギングのつもりなのだが、その意気込みのわりにおもったような成果があがらないのは、自分の追い込み方が足りないからなのだろうか。まだまだ甘いのであろう。

 先に、1798年に近藤重蔵らがエトロフ島で実見した記事について取り上げた。首長らが猟のため遠境に行って帰り、沖にその船がみえると、島の者たちはいずれも太刀や櫂などを手にして鯨波の声(「ペウタンギ」女は細くホイ・ホイと呼び、男は勇ましくハーッ・ハーッと叫ぶ)をあげ、渚を彼方此方へ力足を踏みながら千鳥足で進み、船の者もこれにハーッ・ハーッと連呼して……というものだ(高倉新一郎「漂流記に現れた千島蝦夷」)。

 これに類する儀式としてよく知られているのは、「諏訪大明神絵詞」にみえるアイヌの戦陣呪詛であるウケエホムシュ、すなわち戦場に臨む際、男は甲冑や弓を帯び、女は幣を手にその後に続き、天に向かって呪詛の声をあげる、というものだ。火事の鎮火後や変死者が出た際、古老を先頭に男女が列をなして行進し、男は一歩ごとに刀を前に突き出してウオホホホ・ホーイと叫び、刀を持った手を引きつけまた前に出す所作を繰り返す、女は空手を突きだしてウオーイと連呼する、祈りの言葉のあいだ男女は足踏みして行進中と同じ動作を繰り返した、というウニエンテ(悪魔祓い)も同系の儀式だろう(『アイヌ民族誌』)。ウニエンテの再現写真では、女性はヨモギのタクサ(手草)を手にして祓いをおこなっている。

 ちなみに、行進をせず呪詛や危急を知らせる声をあげる場合もあって、これはペウタンケと呼ばれたようだ。火災・変死などの非常時には、女たちがウオーイ・ウオーイとたがいに声を上げたとされる(ペウタンケについては内田裕一「クナシリ・メナシの蜂起にみられるペウタンケについて」『根室市博物館開設準備室紀要』5が詳しい)。

 ところで近藤重蔵の記録をみると、この「行進呪法」は一歩一歩踏み出して刀を突き出す所作を繰り返すだけでなく、千鳥足で彼方此方へ歩み行進したとあるから、その足取りが具体的にどのようなものであったかはわからないが、足の運びについてもなんらかの決まりごとがあったようだ。

 そこで思い浮かぶのが、邪気を払うため呪文を唱えながら大地を踏みしめ、特殊な足取りで千鳥足に行進する陰陽道の呪法「反閇」(へんばい)だ。この反閇はもともと中国の道教に由来し、日本では古代以降、修験道神道儀礼・歩行作法から田楽・神楽・念仏踊りなどさまざまな芸能や所作にまで広く取り入れられた。岩手の鬼剣舞にもこの反閇がみられる。そしてこの反閇がアイヌの行進呪法の成立にかかわるものだったのではないか、というのが今回の着想なのだ。

 アイヌの神事・儀礼にかかわる語彙の多くが古代日本語からの借用語であることはよく知られている。アイヌの盟神探湯(くがたち)・湯起請の習俗はサイモンと呼ばれ、金田一京助はこれを大陸のシャーマンの語に由来したと説いたが(シャーマン→サイモン)、私は祭文(さいもん)語りであった陰陽師修験者がこの習俗を伝えたことに由来すると考えている。

 9世紀後半、青森では陰陽・修験関係の遺物が爆発的に出土するようになる。日本の国家領域外であった青森には、9世紀後半の集団移住にともなって多くの宗教者が入り込み、一気に始まった水田開発や鉄生産、北方交易など「新世界」の形成に深くかかわっていたと私は考えている。これら宗教者のおこなう湯起請のような恐ろしくも蠱惑的な呪法が、「新世界」青森へ交易に訪れたアイヌに目撃され、あるいは北海道に渡海した宗教者が披露するなかで、アイヌ社会に受容されていったのではないか。そして反閇もそのひとつだったのではないか。

 これらの呪法はケガレの思想と一体のものだった。古代日本の強烈なケガレ思想は、アイヌ社会に死者を忌避する風をもたらし、死体を葬れば振り返ることなく帰り、その後詣でることもしなかった習俗を生み出したのではないか。死体をすぐには埋めない習俗やミイラ習俗といった、死体の忌避とは無縁の縄文伝統の思想は、この思想のもとで排除されていくことになっただろう。同族間の沈黙交易もケガレ意識に基づくものだったとすれば、これもまた古代日本のケガレ思想と無縁ではなかったのかもしれない。

写真は三戸大神宮さんのブログから引用させていただきました。

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