片岡真実さん  Photo: Jennifer Yin





 森美術館(東京・六本木)で2012年11月17日から2013年3月31日まで開催された「会田誠展 天才でごめんなさい」。現代の日本アート界を牽引するアーティストの一人、会田誠氏初の大規模個展である。森美術館は、本展覧会開催前の2012年4月より、インターネットを通じて展覧会実施費用のサポートを一般から募る「平成勧進プロジェクト」を開始した。本プロジェクトは展覧会の会期終了時期となる2013年3月末まで実施され、結果集まった資金は約1,400名から約3,000万円。美術館の新しい資金調達手段として大きな成功を収めたといっていい本プロジェクトに関して、森美術館チーフキュレーター片岡真実さん、当時マーケティングを担当していた西山有子さん、森美術館広報の瀧奈保美さんにお話を伺った。




「会田誠展:天才でごめんなさい」展示風景、森美術館、2012/11/17-2013/3/31
Courtesy: Mizuma Art Gallery、撮影:渡邉 修、写真提供:森美術館













 「もともと、会田誠の作風から言って通常のように企業からスポンサーを集めることは難しいと感じていました。企業からの支援は集まらないに決まっているだろうと」展覧会の企画者である片岡さんは、開口一番このように語る。展覧会場やWEBサイトに「本展には、性的表現を含む刺激の強い作品が含まれています」という注意書きが掲示されていることからもわかるとおり、会田誠氏の作品は時にエロティックでありグロテスクである。企業からの協賛は望めそうにない。ではどうやって資金を集めようか。議論を進めるなかで自然と、「個人」にサポートしてもらおうという考えに向いていったという。

 「企業の決定というのは、組織全体としての集合的な決断です。そういった決断からは、会田誠のような作風のアーティストへの支援はなかなかできない。しかし、組織としてではなく一人ひとりの意志だったらサポートできるのではないか。彼のファンがいっぱいいることは知っていたので、個人に参加してもらう方法を試すには絶好の機会ではないかと思いました」(片岡さん)


会田 誠《ピンクの部屋》2012年
壁紙、油彩画2点、ソファ、観葉植物によるインスタレーション、サイズ可変
Courtesy: Mizuma Art Gallery、撮影:渡邉 修、写真提供:森美術館














 特設WEBサイト内にある平成勧進プロジェクトの説明を読むと、ひとつの特徴に気がつく。それは、「本プロジェクトは、アーティスト、鑑賞者、美術館の従来の枠組みを越えて展覧会づくりを盛り上げる、インターネットを活用した参加型プロジェクトです」と銘打たれているとおり、全体を通じて「実施/制作のための支援のお願い」というトーンではなく、あくまで「主旨に賛同するのであれば参加しませんか」というスタンスで統一されていることだ。サポーターへの特典も、会田誠新作の一部を抽出した限定エディション作品、限定マルチプル作品ほか、展覧会招待券、美術館内へのクレジット表示などに設定した。
 「会田誠が本展のために新作を制作していましたが、それらは、展覧会が開幕しないと観ることができません。そこで、新作の下絵の一部を抽出して限定エディションをつくり、サポーターに提供することにしました。限定エディションはプロセスを共有する証であり、この下絵がどんな作品に仕上がるのか、ぜひ観にきてほしいという、作家と美術館からのメッセージです」(西山さん)

 本プロジェクトではサポーターに対する支援額が、1万5,000円もしくは50万円という2択の高額なカテゴリーのみに設定された。どちらも一口から申し込むことができる。通常クラウドファンディングを実施する場合、多くのプロジェクトは数百円単位からサポートすることができ、また資金提供額に応じて複数の、多い時には10段階以上のカテゴリーが準備されることも少なくない。それに対して今回、1万5,000円と50万円という高額のカテゴリー2種類のみを提供した。その理由としてはまず、複製であるとはいえ会田誠の新作の限定作品が提供されるため、数百円〜数千円という金額設定はしづらかったという点が挙げられる。加えて片岡さんは、「私達は3,000万円という高額を目指していたので、3,000円(のカテゴリー)は考えにくかった」とも語っている。


会田 誠《考えない人》2012年
FRP、その他、高さ約300 cm
Courtesy: Mizuma Art Gallery、撮影:渡邉 修、写真提供:森美術館












 2012年4月のプレイベントから告知を開始し2013年3月の展覧会の会期終了まで約11ヶ月間取り組んだ今回のクラウドファンディングプロジェクト。それだけの長い期間を実施する際の心得として、片岡さんはPRの重要性を何度も挙げている。

 「今や、クラウドファンディングのプラットフォームでプロジェクトを立ち上げるだけでは発見してもらえるという確証はありません。今回はプレイベントも含めてPRにはそれなりにコストをかけました。成功するには、そのくらいの投資はした方がいいのだろうなと思ってます。以前、海外の美術館で行われた同じような事例でも、クラウドファンディングをしていること自体のPRが追いつかなくて、失敗していた。PR部門やマーケティング部門と共に盛り上げていかないと難しいと思いますね」

 実際に森美術館では、展覧会自体のPRと共にプロジェクトのPRも行っていた。まずは専用のFacebookページを開設し、プロジェクトの経過を随時報告。プロジェクトのことだけでなく、写真付で会田誠の日常を紹介する「今日の会田誠」を定期的に更新し人気を博した。また、同年の会田誠氏の著作『美しすぎる少女の乳房はなぜ大理石でできていないのか』(幻冬舎)発売や、渡辺正悟監督による会田誠のドキュメンタリー作品『駄作の中にだけ俺がいる』公開の際も、展覧会とあわせて平成勧進プロジェクトが告知されるように「戦略的に協業した」(瀧さん)。こうしてさまざまなメディアに掲載されたことで、会田誠氏自体がより一般的に知られるようになり、確実に参加へのフックになったという。さらに展覧会が始まってからは、実際に完成した新作と共にサポーターの名前の入った大きなボードを会場に貼り出したうえに、展覧会場にカウンターを設置、その場で申し込めるような工夫もし更なる参加を促した。


会田 誠《電信柱、カラス、その他》2012年
六曲一隻屏風/アクリル絵具、キャンバス、パネル、360 × 1020 cm
Courtesy: Mizuma Art Gallery、撮影:渡邉 修、写真提供:森美術館















 こうして約1年弱実施した平成勧進プロジェクトは冒頭でも述べたとおり、約3,000万円という当初の目標を達成し、現時点での日本の事例としてもトップクラスの実績をおさめることになる。最後に、今後クラウドファンディングを実施したいと考えている他の美術館や芸術団体に向け、「美術館とクラウドファンディング」について西山さんに語っていただいた。

 「クラウドファンディングは美術館にはまさにぴったりのしくみだと思います。クラウドファンディングというと、どうしてもいくら資金を調達するかに目がいきますが、それだけではないと思います。
 そもそも美術館の活動は、多くの人に支えてもらわないと継続しないもの、それは資金面だけではない、さまざまな形があります。こういう仕組みを使うことで、団体や組織だけでなく個人にも支えてもらう機会ができたわけです。
 例えば、3,000円出してくれる人が100人集まり30万円の資金を得られたとします。金額だけを見れば大した額ではありませんが、美術館の活動に賛同し、なおかつお金までだそうという人が100人もいたと考えてはどうでしょう。この100人とは、コミュニケーションをさらに深めていくことも、彼らを通して人的ネットワークを広げることもできる、大きな可能性をもった人たちというわけです。
 美術館では、クラウドファンディングを資金集めの機会と捉えても、期待通りの成果はでにくいかもしれません。美術館という活動の特性をふまえて、戦略的にこの手法を活用することをお勧めします。
 今回、平成勧進プロジェクトを通じて、展覧会開催のプロセスを共有し、作家や作品をもっと理解したい、そして、送られてくる作品を大事にして、これからも応援していこうと思う人たちが、たくさん集まりました。とても感度の高い人たちです。サポーターの方々には、勧進プロジェクトを機会に、他の現代アート作品やアーティストに対しても関心を持ち、美術館に足を運んでくれることを期待しています」


2014年3月 山本純子






「会田誠展:天才でごめんなさい」展示風景、森美術館、2012/11/17-2013/3/31
Courtesy: Mizuma Art Gallery、撮影:渡邉 修、写真提供:森美術館









「会田誠:平成勧進プロジェクト」

プロジェクトHP:http://www.mori.art.museum/contents/aidamakoto/about/

サポートカテゴリー:http://www.mori.art.museum/contents/aidamakoto/sanka/