「英語ができても、バカはバカ。」こんな刺激的な帯が目を引く、マイクロソフト(日本法人)元社長・成毛眞(なるけ・まこと)氏の新著が話題を呼んでいる。
教育面で今年度から小学5、6年での英語が必修化したのに加え、楽天、ユニクロを展開するファーストリテイリングといった企業も英語の“社内公用語化”を進行中。そんな時代に、バリバリの外資系企業の社長だった成毛氏が「英語はいらん!」と断言しているのだから穏やかではない。
なぜ、「日本人の9割に英語はいらない」? その代わり、日本人に必要なものとは? そんな疑問を成毛氏にぶつけてみた。
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■英語は学問じゃない。旋盤や木工と同じ
―あの、なんでまた英語をしゃべれる成毛さんが「英語はいらない」とおっしゃるんです?
簡単なことですよ。英語ができなくてもビックリするくらい困らないからです(笑)。外資系企業にいたって使わない人のほうが多い。海外の本社にとって、日本法人の存在意義は「日本人相手に商売する」ことでしょ? こっちで必要なことはこっちでやるよっていう話なんです。
―要するに、ほとんどの人にとっては必要ないものだと。
本当に使う1割の人は必要に迫られて勝手に習得します。自動車メーカーや家電メーカーの輸出部門の担当者とか、金融系の国際部門の担当者は苦もなく英語をしゃべりますよ。だからといって、何も全員がしゃべれる必要はまったくない。
―本の中では、中学・高校で実に900時間以上も費やしている日本の英語教育、そして早期英語教育もバッサリと(笑)。
実は、英語をちゃんと話せるようになるためには900時間じゃ全然足りないんです。3000~4000時間やれば、誰でもしゃべれるようになる。だけど、そもそも国語や数学や歴史と違って英語は学問じゃない。ただのテクニックですからね。本当は技術・家庭、あるいは職業訓練でやる旋盤や木工と同じ類(たぐ)いのものでしょ。
―でも、「英語をしゃべれるヤツは偉い」という空気は間違いなくあるんですが。
アメリカ人だってバカはバカなのに、不思議ですよね。きっと、英語業界―英会話スクール、英語教師、英米文学研究者などをひっくるめた“英語産業”の陰謀でしょう。僕は陰謀論が好きじゃないけど、こればっかりはそう思っちゃう。天下り先をつくってるんじゃないだろうなって(笑)。
■キャリア崇拝は“恐怖産業”の戦略
―「英語ができないと将来危ういですよ」なんてチョチョイとくすぐれば、教育ママは「ウチの子はどうなるの……」と、コロッといくでしょうからねえ。
英語ができてもどうにもならないんだけどね(笑)。うちの娘は社会人3年目で、大手商社のトレーディング部門にいるんだけど、英語をやろうともしませんよ。「どうせ使わないし」って。
―「キャリアを考える」とか言ってるクソマジメな就活学生が聞いたら卒倒しますよ!
学生の分際でキャリアなんか考えてどうするんだろう(笑)。何も知らないでしょ。
―でも、本当に多いですよ。学生じゃなくても、社会人を2、3年やってキャリアに悩むとか。
入社3年目なんて会社では子供。大事なことは何も知りませんよ。会社が秘密を教えるわけがない。30歳だってキャリアがどうこう言うには早すぎます。いいから給料高いとこに行け、としか言いようがない。
―“キャリア崇拝”もある意味、英語と同じですよね。「メシ食えなくなるよ」と危機感を煽(あお)って。
“恐怖産業”ですね。それで本が売れたり、転職や資格関連の会社が儲(もう)かってオイシイという。だけど、実際には成功した人の80%は偶発的な“運”をつかんでいるんですよ。
―あらかじめ、その成功を予測していたわけじゃないと。
ただ、運を呼び込むにはいくつかのことを準備しておく必要がある。「planned happenstance」(直訳は「計画された偶発性」)と言って、それを持ち合わせた状態でフラフラしていると、そのうちチャンスが来るというイメージです。僕も20代の頃は、毎日酒を飲んでるだけだった(笑)。
―準備しておくべき「いくつかのこと」とは?
楽観性、冒険心、柔軟性といった“大人げなさ”がけっこう重要なんです。とりわけ柔軟性なんかをキープするためには、今の仕事と違ういろんなジャンルの情報に接し続ける必要があります。そのなかで政治、経済、IT、娯楽、風俗あたりの情報には、日常でも接する機会がある。だけど歴史、サイエンス、評伝の類いは本でしか絶対に手に入らない。だから「本を読め」なんですよ。
―成毛さん主宰の「おすすめ本」紹介サイト『HONZ(ホンズ)』が、対象を“小説以外”としている理由もそこにあるんですか?
小説はエモーショナルなものだから、映画や音楽などでも代用できるかもしれない。小説の書評をやったほうが広く読まれるのはわかっているんだけど(笑)。
―では最後に、しばらく読書から遠ざかっている若いオトコに何かオススメの本を!
1冊目は迷わず『ご冗談でしょう、ファインマンさん』。中学生だろうがおじいさんだろうが、日本人が読むべき本です。日本人ってマジメすぎるところがあるんですが、これを読むと「こんなにいいかげんでいいのか!」とショックを受けますよ(笑)。
あとは、文科系なら『コンテナ物語』が面白い。規格の統一された海運用のコンテナがなければ、洋服を中国の奥地からアメリカの奥地まで運ぶのはものすごく大変。コンテナの上に、今の中国経済や世界経済は成り立っているんです。さて、そのコンテナは誰が発明したかというと、国際機関とか、そんなものとはまったく無縁。実は、たったひとりのトラック業者のおじさんが自分の儲けのためだけに作ったんです。ビル・ゲイツが自分のためだけに「えいやっ」と作ったウィンドウズと一緒。そのおかげで今の世界があるんです。
(撮影/髙橋定敬)
■成毛眞(なるけ・まこと)
1955年生まれ、北海道出身。中央大学卒業後、自動車部品メーカーやアスキーなどを経て、86年、マイクロソフトに入社。91年、同社代表取締役社長に就任。2000年に退社後、投資コンサルティング会社「インスパイア」を設立。現在は同社取締役ファウンダーのほか、早稲田大学客員教授、「おすすめ本」紹介サイト『HONS』【http://honz.jp】代表なども務める。