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東京から程近いある地方都市。 その会社は7階建て雑居ビルの最上階に設立されていた。受け付け正面のドアには、控えめに会社名が掲げてある。 『株式会社DMC 《Detectives (Men & Children search)》』 人探しを専門として、業界中堅の「三田興信所」から暖簾(のれん)分けされた社員総勢20人程度の小さな探偵社のことだ。 いや、そういうことになっている・・・と言うべきだろう。 この会社に探偵は居ない。 居るのは10人の催眠術師。 自らをマインド・サーカス(Mind Circus)と名乗るこの集団は、巷では別の異名を与えられていた。 『ドール・メイカー』と。 “あなたの望み、叶えます” このフレーズとともに、様々な憶測や噂がアンダーグラウンドの住人たちの口にのぼっている・・・。曰く「どんな地位の女でも、望めば確実に手に入れられる」、「邪魔な目の上のタンコブを、たった1日で破滅させた」、「警察でさえ、操ったことが有る」等・・・ ごく少数の権力者、金持ち達だけが、彼らマインド・サーカスの真の能力を承知していた。 そして彼ら独自のネットワークを通じて、静かに、深く、マインド・サーカスの名とドール・メイカーの称号はこの世界に浸透し始めていた・・・。 7月の体を焦がすような強烈な日差しと熱気から逃れるように一人の男がそのビルの中に入っていった。 TシャツにGパンのその男は、背は170以上は有るようだが、体重は精々55キロくらいの軽量級、見るからにひ弱そうである。さらに色白の肌と、ストレートの髪、そして小作りな顔は、男をまるで少年のように見せかけている。 しかし、少し急げば間に合いそうなエレベータを平然と見送り、ゆっくりと登って行くインジケータを目で追っている姿は、少々若さが欠けるようである。あるいは生来のものぐさか・・・。 たっぷり2分ほど待って再びやって来たケージにとことこと乗り込み、7階を押す。 乗り込んでからもやっぱりインジケータをぼーっと眺める、すこし半目のその表情は、彼が向かう7階にある会社の実態について少しでも知っている者が居れば、こう思っただろう・・・“こいつ、操られている・・・”と。 果たしてケージが7階に着くと、男は表情を変えずにとことこと降り、そのまま正面にある『株式会社DMC』と書かれた入り口に消えていった。 男は中に入るとまるで機械仕掛けのようにポケットから定期入れを取り出し、そこからIDカードを引き出すと、目の前の壁に取り付けてある箱のスリットに通した。 ぴ・・・ 短い電子音が響いた時、いままで虚ろだった男の表情に俄かに生気が蘇った。 「お。着いた、着いた。」 男はにんまりして、その場で大きく伸びをした。 ふあああああああ〜 少しつり気味で切れ長の目じりに涙が溜まっている。まるで今起きたみたいだ・・・。 「おはよう、“きつね”くん。眠そうだね」 後ろからポンと肩を叩かれ、男、“きつね”くんが振り返ると、彼よりはがっしりした体格の若い男が立っていた。 「あ、“あらいぐま”さんだ。おはようございま〜す」 「まるで寝起きだねぇ」 “あらいぐま”と呼ばれた男は、半そでのシャツにGパンという“きつね”くんと余り変らない格好をしている。年も近そうだ。しかし、二の腕の太さや、肩幅、短い頭髪といったアイテムが“きつね”くんとは異なりアウトドア派を主張している。 「えぇ。寝起きですもん。10秒前に起きたばっかし・・・」 “きつね”くんは、しれっと応える。 「10秒前って・・・。あ、お前、自己催眠?もしかして」 「俺、暑いの苦手なんですよ。それなのに駅から10分もかかる場所に通勤しろだなんて・・・。で、しょうがないから寝てくることにしたんです」 「うわっ・・・、なんという不健康。たかが10分歩くのに、そこまでするか?普通・・・」 「俺、頭脳派なんで熱に弱いんですよ。“あらいぐま”さんは、あんまり頭から発熱するタイプじゃないみたいだけど・・・」 途端に“きつね”くんの頭の上を、丸太のように太い足が風を巻きながら通り過ぎていった。 髪の毛が2、3本持っていかれたかもしれない。 「や、止めて下さいよ、も〜。」 「へへ、ちょっと風を送って、熱を冷ましてやったんだよ」 「結構です!風なら事務の女の子に頼みますから。それより、早くカードきった方が良いですよ」 「もうとっくにきっているよ。俺は1時間も前から来てるんだから」 「早いんですねぇ。朝から発情してたんですか?」 「アホ。お前と一緒にすんな!今日は午後から仕事が入ったんで、午前中にお前の教育をやっちまおうと思って早く来たの」 それなのに、肝心のお前がフレックスなんだから・・・ “あらいぐま”はそんな風にブツブツと文句を言っているが、“きつね”くんの方はニヤニヤしていてまるで反省の色が無い。 「え〜!?やだなぁ。俺、今日は立花課長とヤれると思って楽しみに来たのにぃ・・・」 「あのなぁ、お前も社会人になったんだから、少しは仕事に責任感を持てよ」 「俺、まだ学生だも〜ん。それに、入社してもう1週間も経つのに“教育”とかばっかしで、肝心の仕事が無いじゃん。」 「ふふふ。その“仕事”がついに来たんだよ。午前中の教育ってのは、そのガイダンスさ」 それを聞いた途端、“きつね”くんの顔つきが変った。 それまでの軽薄な感じはそのままに、しかし瞳の奥に明かりが灯ったように輝きを増した。 「ほんと?」 「あぁ。注文仕様書をちょっと見たけど、良い獲物だ。」 「へへへ。やっと“初仕事”かぁ。」 “きつね”くん、こぶしを握って宙を見上げる。 「気合がはいったみたいだな」と“あらいぐま”。 「勿論!申し訳ないですけど、先輩、30分後にはガイダンス始めてもらえますか?」 「え?ああ、OK。全然OK。でも、なんで30分後?」 「急いで・・・・、立花課長とヤっちゃいますから」 「・・・お、お前なぁ〜」 きゃ〜という悲鳴が廊下をコダマした・・・ 緊張感は無いが、二人ともこの株式会社DMC・・・というよりマインド・サーカスの正式なメンバーであり、プロの催眠術師なのだ。 「ずっるいよなぁ・・・」 “きつね”くんは、床を“ぶぅぶぅ”言いながら這いまわっている「ぶーこ」の頭を撫でてやりながら“あらいぐま”に文句を言った。 「ん?何がだ」 「『ぶーこ』ですよ、『ぶーこ』っ!俺には仕事優先っとかいいながら」と“きつね”くんは、トコトコと歩み去っていく「ぶーこ」の尻を捕まえるとスリスリと頬擦りをして 「『課長』を独り占めしてるんだから・・・」 ここは、彼ら催眠術師の執務室(一人一人に個室なのだ)がある“調査部”の区画で、一般の職員の仕事場所とは明確に仕切られている場所である。この区画の丁度中央に多目的スペースが設けられており、目的に応じて会議室や、パーティ・ルーム、そしてリラクゼーション・ルーム等に用いられている。 今は移動パーティションにより会議室2つと休憩室に割り振られているのだが・・・。 “きつね”くんが“あらいぐま”に引っ立てられて休憩室に入っていくと、経理課長こと立花智子女史が二人を待っていた。アップにまとめたヘアースタイルとメタルフレームの眼鏡が理知的な面差しを際立たせている。さらにいかにもキャリア・ウーマン然としたシックなグレイのスーツが女史の身上を物語っている。もともと丸の内に本社がある某大手総合商社の本社経理部に在籍し、次期社長候補の最右翼と言われた取締役の腹心としてエリート街道を驀進していたのだが、ひょんなことからこの会社の社長の目にとまり、ヘッドハンティングされた次第なのである。そんな訳で経理能力はお墨付きであり、この会社のように表の顔と裏の顔をもつ事業構造にとって、不可欠の存在である。事実、経理上の指摘に関しては、社長以下全員がその言葉に完全に従っている。 しかし・・・。 二人を迎えた立花女史は、珍しく服装が乱れていた。下半身がスッポンポンなのだ。 それに四つん這いだった。更に、“ぶぅぶぅ”としか声を発しないのだ。 “きつね”くんが横目で睨むと、“あらいぐま”はしれっとした態度で 「『ぶーこ』おいで〜。よーし、よしよし」 と、某むつ○○う氏のように、とことこと四つん這いで近づいてきた女史の頭を抱え、ぶちゅ〜と口づけしてから顔全体を手のひらでゴシゴシと撫でてあげている。 そのお蔭で女史の口紅が横にずれ、髪は乱れ、眼鏡はずれてしまったのだが、表情はトロンとしてとっても嬉しそうに“あらいぐま”を見上げている。 ここで冒頭のシーンとなるだ。 「いや、1時間早く来たんだけど、肝心のお前が居ないだろ。それで、ちょっと暇つぶししていただけだ。でも良く仕上がっているだろ?3日かけて仕込んだからな」 「3日も使っているんですかぁ?も〜、可愛い後輩に少しは廻してくださいよ」 “きつね”くんは、相変らず女史の腰を捕まえたまま後ろから股間を覗き込んでいる。女史はちょっと嫌がっているようで、“ぶき〜、ぶき〜!”とちょっと鳴き方が荒くなってきた。 「あっ。やだなぁ、“あらいぐま”さん!中から出てきましたよ。ちゃんと洗っておいてくださいよ。」 「おいおい。まだ使うんだから、勝手に広げるなよ。」 「ええっ!?『まだ使う』?午後から仕事でしょ。そんな時間無いくせに。俺に譲って下さいよ、ちゃんと洗っておきますから・・・」 “きつね”くんは、“おねがいっ”て両手を合わせている。 「だ〜め!お前こそすぐに仕事に入らなきゃならないんだぞ。それに、だいたい、今月の女史の割り当ては俺なんだぞ。お前は、確か・・・『総務の静ちゃん』だろ?」 「う〜。そうだけど・・・。でも俺『静ちゃん』みたいな美少女系より課長みたいなフェロモン系が好きなんだもん」 「贅沢いうな。ちゃんと仕事をすれば、後で使わせてやるから・・・。ほら、隣の会議室が空いたみたいだから、始めるぞ。」 “あらいぐま”は、そう言うと休憩室に置いてあった資料を取り、さっさと会議室に入っていった。“きつね”くんも、未練たらたらに女史のお尻を広げて見ていたりしていたが、“ぶっきき〜”と言いながら女史が部屋の隅に逃げてしまったので、仕方なく会議室に付いて行った。 ようやくお仕事が開始されるようだ・・・。 「え〜と、これが写真、これが身上書、それで、これが注文仕様書・・・だ」 “あらいぐま”は、一つ一つ説明しながら“きつね”くんに資料を手渡していった。 「うっわ〜、美人さんだぁ。」 “きつね”くんは、最初に手渡された写真を見るなり眼を丸くした。 写真は隠し撮りしたもので横を向いていたが、コンビニの制服でニッコリと笑いかけているその表情は、まるで女優のように輝いている。日本人にしてはやや彫りが深く色白な顔はハーフを思わせ、それでいて薄く控えめに化粧した様子は、日本人形のやさしさを漂わせているのだ。 「だろぉ。気に入った?」 「勿論。ふ〜ん、夫婦でコンビニの経営してるんだ・・・。26歳か。食べごろですねぇ」 「そういうこと。うまく行けばしばらくこの人妻を食べ放題なんだから、ちょっとは集中せいよ」 「了解、了解。じゃあ、注文内容を説明してよ」 「ああ、まあ細かいところは後で読んでもらえば判るけど、ざっと言うとこんな感じだ」 “あらいぐま”は、概略をかいつまんで説明していった。 ターゲットは森下映美といい、夫と2人でコンビニの経営を行っている。 2人は元々商社のサラリーマンとOLで社内結婚なのだが、バブル崩壊後のリストラでアッサリ退社しコンビニ経営を始めた経緯がある。 現在経営は順調。 一方、注文主のA氏は現在某金融業で社長を勤めていて、羽振りは上々。元々創業者の長男であったため、2代目として円満に就任した模様。昨年会長に退いていた創業者が他界すると社内体制を纏め上げ強力なリーダシップのもと舵取りを行うようになってきた。 A氏は自分の会社の闇金融部門に対する経営強化を打ち出してきており、その過程で当社に関する情報を得て、接触を求めてきた。 現在の経営状況はA、将来性もA、そしてアンダーグラウンドにおける信用度はAAと評価されていて、当社の引き受けラインはクリアしている。 A氏の要望は、森下映美の奴隷化と、夫の破滅の2点。 どうやら2人とは面識があるようで、敢えて2点を希望してきている。 「なるほどね。権力が手に入ったから、過去の因縁の相手を潰して楽しもうってことね。」 「そういうこと。気に入らない?」 「まさか!俺好みのシチュエーション。萌えるものがありますね」 「この注文主はちょっとフェチが入っているみたいだから、わりと細部の条件に拘ってるけど、大筋では今の話し程度。これで期間は4ヶ月。二千万の見積もりだ。JOB担当者としてサインする?」 「勿論!いただきですよ。JOB担当者は50%の配分でしたよね?ふふふ、一千万かぁ・・・。3ヶ月有れば充分仕上げられますよ。」 「よしよし。じゃあ、社長を呼んでくるから、これに署名しといて。」 “あらいぐま”は、注文仕様書の表紙にあるJOB担当者欄を示して出て行った。 “きつね”くんは、簡単に署名を済ますと、少し今後の予定について思いを馳せた・・・。 ええとぉ、まずシナリオ作りから初めて、工程表の立案、実施体制案の作成と人員調整・・・てところか・・・。“あらいぐま”さんから聞いた所によると、シナリオ作りが一番時間がかかるらしいな。基本案を元に幾つものバックアップ案が付加され、万に一つも漏れが無い完璧なシナリオが練りあがるまで続けられる・・・。俺は催眠の腕なら他の9人に遅れを取ることは無いと確信している。でも、プロとして仕事を行う上では、それだけじゃあ不足だ。多分、シナリオ作りのような地道な作業が本当の意味でのプロの仕事なんだろうなぁ・・・。 “きつね”くん、なかなか鋭い直感をしているが、現実は彼の想像を遥かに越えていたようだ。この日から丁度2週間、彼のシナリオに合格の捺印が押されるまで、実に18回の書き直しが命じられ、9人の悪鬼(と“きつね”くんが呼んでいる)からの容赦ない指摘が彼の睡眠時間を奪っていった。もっとも、僅かな合間を縫って立花女史に取り入り、“あらいぐま”の暗示を解いた上、自分専用に改造してしまった腕(とゆうか執念?)は、仲間の賞賛を得ていたようだ。さすがは期待の大型ルーキー。
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