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私は再びソファに腰を下ろして今後のことを考えていた。 春川しのぶを犯させてその心を挫こうと思ったが、やはりそんな単純な手では上手く行かなかったようだ。 それよりもしのぶの私への思いを攻める方が効果的かもしれない。 何とかしのぶに人間への猜疑心を植えつけて、こちらのリードする方向へ導かなければ。 「たっだいま〜」 玄関で声がする。あの明るい声は姫菜ちゃん・・・いえ、今は妖女虫ムカデナだったわね。 「たっだいま戻りましたー。ブラックローズ様」 「戻りました」 居間に入ってきたのはムカデナと聡美の二人だ。なにやら楽しそうだ。 「聞いて聞いて、ブラックローズ様」 ムカデナがやってくる。 「どうしたの? 騒がしいわね」 私は苦笑した。ムカデナは妖女虫となっても性格が変わっていないらしい。 「今聡美と一緒に私の家族を殺してきたの。聡美ったら人を殺すの初めてなのに結構上手に殺すんだもん、驚いちゃった。・・・いったいどこであんな殺し方を覚えたの?」 「あ・・・そんな、実は初めてじゃないんです・・・」 どこかで着替えたのか聡美は昨日と同じく黒いレオタード姿でかしこまっている。 「ふうん・・・さすがはブラックローズ様に直接魔力を注いでもらった奴隷人形というわけね・・・」 ムカデナは意外そうに笑みを浮かべながら、聡美を小突いた。 「そんなこと・・・私はただの奴隷です」 聡美はますますかしこまる。 「あらあら、ちゃんと死体は始末してきたの?」 「もちろんですブラックローズ様。あの、聡美を妖女虫が無理なら下僕虫にはできないのですか?」 あら、それは考えたことが無かったわ。役に立ちそうな人間を下僕虫にする・・・か・・・ 「今度ゲドラー様に聞いてみるわ。できたら面白いものね」 「はい、お願いします。はあ・・・お腹減ったぁ・・・何かありますか? ブラックローズ様」 ムカデナがお腹をさする。 「下僕虫どもが居るから何か作らせるといいわ。私も食べたいし」 「はい。そうします」 ムカデナは部屋を出て、控えている下僕虫に食事の用意を命じる。 そういえばもう日も暮れた。しのぶが目を覚ます頃だろう。 「このままアジトへ連れ帰って、ゲドラー様と一緒にしのぶを洗脳する方がいいのかもしれないわね」 私はしのぶをアジトに連れて行くことを考える。 「ん・・・」 寝室で声がした。どうやら眠り姫のお目覚めらしい。 「んあ・・・こ・・・ここは?」 目覚めたしのぶが周囲を確認する。 「そうだ・・・私・・・先生の部屋に・・・来ていたんだっけ・・・」 私は寝室の入り口から中を覗いていた。 「お目覚めのようね」 「あ、先生・・・」 そういえば私はいまだに君嶋麻里子の姿をしていたわね。 「あ・・・あの・・・その・・・ごめんなさい」 「?」 私は首をかしげた。 「無・・・無理やり・・・その・・・先生を」 「ああ、そのこと。気にしていないわ。私も楽しんだし」 しのぶは真っ赤になってうなだれている。私がかけてやったバスローブを羽織って。 「で、でも・・・私・・・おかしくて・・・その・・・女なのに・・・その・・・」 「しのぶちゃん・・・」 私は笑みを浮かべた。しのぶは周りの状況のおかしさにさえ気が付いていない。 「でも・・・私は・・・その・・・本気で・・・先生が・・・その・・・好・・・」 「ブラックローズ様っ! ブラックローズ様も一緒に食事しませんか? ワームの肉団子はおいしそうですよ」 部屋に響くムカデナの声。 すぐに寝室にムカデナが入ってくる。 全身にムカデを巻きつかせたその姿は、しのぶには頭から冷水を浴びせたような衝撃だったろう。 「魔、魔獣!」 しのぶがベッドから飛び降りて身構える。さすがに素早い。 「魔獣ですって? 失礼ね、私は妖女虫よ、間違えないでって・・・しのぶじゃない」 ムカデナが腰に手を当ててしのぶをにらみつけた。 「えっ?」 突然自分の名前を呼ばれて面食らったのだろう。しのぶの表情が変わる。 「まさ・・・か・・・」 「ふふん・・・そうか・・・あんたまだクリスタルの戦士とやらだったわね。ブラックローズ様に連れてきていただいたのならおとなしくしていなさい。さもないと、殺すわよ」 ムカデナの顔に笑みが浮かぶ。相手をかつての仲間だと知った上での邪悪な笑みだ。 「姫菜・・・栗原姫菜だろ? 何でそんな格好なんだ?」 「そんな名前で呼ぶのはやめてよね。私は妖女虫ムカデナよ。地底帝国の戦士なんだから以前の私と一緒にしないでよね」 しのぶはあっけに取られている。無理も無い。 つい先日まで一緒に戦った仲間だったのだから。 「ど、どういうことだよ、それ! いったいどうなっちゃったんだよ」 「まだわからないんだね。私はもうとっくに地底帝国の一員だってこと。ブラックローズ様に身も心も生まれ変わらせていただいたのよ」 物分かりの悪い子供を諭すようにムカデナはそう言う。 「ブラックローズ? いったいそいつは何者なんだ?」 しのぶは姫菜の変わりように愕然としながらも、何とか元に戻す方法を考えているようだ。 もっともそんなことをムカデナが望むはずは無いが。 「あきれた。目の前にいらっしゃるじゃない。かつてのクリスタルローズ・・・現在は私たち地底帝国の偉大な女戦士ブラックローズ様が・・・・」 ムカデナが我が事のように誇らしげに私のことを紹介してくれる。 困ったもの・・・どちらにせよこれでしのぶに逃げ道は無くなった。 「え?・・・・・・」 しのぶが固まった。 「先生が・・・麻里子先生が?」 「そうだよ。人間の時の姿は君嶋麻里子先生。でも本当の姿はブラックローズ様なんだよ」 しのぶに追い討ちをかけるムカデナ。 「うそだよ・・・」 「?」 しのぶはうつむいて肩を震わせる。 「うそだ・・・先生がそんなはず無いよ」 しのぶはきっとムカデナをにらみつけた。視線で人が殺せるならばムカデナは確実に死んでいる。 「ふう・・・正義なんかに心を売り渡した地上人に何を言っても無駄か。ブラックローズ様、こいつ・・・殺していいですか?」 ムカデナは口元に笑みを浮かべてしのぶと向かい合った。 「お待ちなさいムカデナ。春川しのぶ、私の本当の姿を見せてあげるわ」 私はすいっと前へ出ると、魔力を開放して本来の姿に戻る。 黒光りする外骨格と赤いブーツ状の脚や、ロンググローブ状の手が私を私たらしめていき、気分がとてもよい。 「そ・・・そんな・・・」 しのぶは私の変化に目を奪われたように釘付けになっている。 「わかったでしょう? 麻里子センセはブラックローズ様なんだって」 「これが私の本当の姿。私は地底帝国の女戦士ブラックローズ」 私はムカデナのそばへ行き、彼女を跪かせて私の立場を強調した。 「いやだ・・・そんな・・・そんなのいやだよ・・・先生が・・・先生が・・・地底帝国の・・・」 「そう。私は地底帝国の戦士。クリスタルレディとは敵同士」 私がそう言うと、しのぶは愕然として私を見た。 「敵?・・・私が・・・先生の敵?」 「当然でしょ。しのぶはクリスタルチェリーなんだから」 ムカデナが意地悪く笑みを浮かべ、私の腕を取って口付けをする。 「私たち妖女虫はブラックローズ様の忠実なしもべ、ブラックローズ様に可愛がっていただいているのよ」 ムカデナは立ち上がり、私の腕にすがりつく。 「あなたは私たちの敵。ブラックローズ様にとって憎むべき敵なのよ」 「だまれぇ!」 しのぶの剣幕に私も驚いた。 「だまれぇ・・・私は・・・私は・・・敵じゃない・・・麻里子先生の・・・敵じゃないよ・・・」 こぶしを握り締め、歯噛みしてうつむいているしのぶ。 「そうでしょ?・・・先生・・・そうだよね?・・・私は敵じゃないよね?」 しのぶは顔を上げて子犬のような目で私にすがる。 私は首を振った。 「今のあなたは私の敵よ。クリスタルチェリー」 私の言葉にしのぶの表情が変わる。 「ほら、わかったでしょ? 今のしのぶは私たちの敵なんだって」 「そんな・・・そんなの無いよ・・・どうして・・・どうしてよ」 しのぶの目からは大粒の涙があふれている。 「しのぶ・・・」 しのぶは本当に私が好きだったのだ。女同士でありながら真剣に私のことを好いてくれていたのだ。 「姫菜・・・どうして・・・言ってくれたじゃない・・・私応援するよって・・・言ってくれたじゃない!」 うつむいて泣きじゃくるしのぶ。 「なのに・・・どうしてあなたがそこに居るの? どうして私が敵で、あなたがそこに居るんだ!」 「私はブラックローズ様に妖女虫にしていただいたの。ブラックローズ様のおそばにいるのは当然じゃない」 ムカデナは怪訝そうにしのぶを見る。どうしてそんなこともわからないのかと言いたげだ。 「どうして・・・どうして姫菜なの! 先生!」 しのぶは首を振ってわめく。 「私は・・・私は嬉しかった。好きだった・・・大好きだった先生と一緒に戦えると知ったとき、本当に嬉しかったんだ。クリスタルの戦士なんていうわけのわからないものにされたけど、先生と一緒に戦えるならそれでいいって思っていたんだ」 しのぶは胸の奥をさらけ出すように言う。 「地底帝国も地上も私にはどうだってよかった・・・ただ、麻里子先生と一緒に戦えるから・・・麻里子先生や仲間たちと一緒に居られるから私はクリスタルチェリーで居られたんだ」 「ふうん・・・なんだ、しのぶは正義のために戦っていたわけじゃないんだ・・・麻里子先生と居られるから戦っていたんだ」 ムカデナが意外そうにつぶやいた。 それは私も同様だった。クリスタルにより正義への執着を植えつけられているはずなのに、しのぶの思いはそれを超えているのか? 「そりゃあ、正義は大事だよ。地底帝国に地上を支配させるわけにはいかない。でも・・・私はそれ以上に先生と一緒に居られることが嬉しかったんだ」 しのぶは涙を拭う。 「先輩・・・そんなに麻里子先生が好きならばクリスタルレディなんか辞めちゃえばいいじゃないですか?」 入り口から流れてきた言葉に私は振り向いた。 そこには心配そうに立っている片場聡美の姿があった。 きっといつまでも戻ってこないムカデナを迎えに来たのだろう。 「あれ? あなたは?」 しのぶが驚いたように聡美を見る。 「こんばんは先輩。以前君嶋先生の準備室でお会いしたことがありましたね」 「そうか・・・そういえば・・・どうしてここに?」 「私・・・あのときにこの身と心を闇に染めていただいたんですよ。君嶋先生・・・いえ、ブラックローズ様に」 聡美は胸に手を当てながらゆっくりとしのぶの方へ歩いていく。 「可哀想な春川先輩。どんなに思いを打ち明けても、あなたはブラックローズ様の敵」 「言うなっ! 私は敵じゃない!」 しのぶは首を振る。 「いいえ、あなたはブラックローズ様の敵。私たち地底帝国の敵です」 「麻里子先生は地底帝国の人じゃない!」 「いいえ、先輩が認めなくても君嶋先生はブラックローズ様。地底帝国の重要なお方」 聡美はしのぶのそばへ行くと、そっとしのぶの背中に手をやった。 私は聡美が何をするのかが気になったので様子を見ることにした。 奴隷人形でありながら、聡美は他の奴隷人形とは少し違い、自らの意思で行動している部分が多い。 もちろん命令に反することはないし、あくまでも私の奴隷人形なのだが。 「そう・・・ブラックローズ様は私たちにとって大事なお方。私もブラックローズ様のためならこの身を滅ぼしたって厭わない」 「違う・・・麻里子先生はブラックローズなんて・・・違うよ」 「姫菜先輩だって妖女虫にしていただいて、ブラックローズ様のしもべとなってそのために働くことを喜んでいらっしゃるわ」 「姫菜も?・・・」 「ええ・・・ブラックローズ様に妖女虫にしていただいて嬉しいですって、とても喜んでいました」 「妖女虫に・・・」 「ですから・・・春川先輩もクリスタルの戦士を辞めてブラックローズ様に闇に染めていただけばいいんです」 聡美が優しく微笑む。 それは悪魔の微笑みかもしれない。 「この身を・・・闇に?」 しのぶが顔を上げた。 「はい・・・先輩も闇に染めていただくんです。ブラックローズ様にその身を捧げるしもべにしていただくんです」 「私も・・・闇に・・・」 「そうすれば誰に気兼ねすることも無くブラックローズ様のおそばにいられますし、ブラックローズ様もきっと先輩のことを可愛がってくださいますよ」 「私が・・・闇に・・・」 しのぶの心は揺れているようだ。少しとはいえ、闇が心に吸い込まれているからかもしれない。 「女同士だからとか、教師と学生だからとか言う輩はみんな殺しちゃえばいいんです。私のことを何も理解しなかった両親みたいに」 聡美は心の深いところに大きな闇を持っていたのかもしれない。 「でも・・・」 「今のままでは先輩はブラックローズ様のおそばにいることはできません。姫菜先輩に取られちゃいますよ」 「いやだ・・・そんなのはいやだ!」 しのぶはいやいやをした。 「ほんのちょっと素直になればいいんです。身も心も闇に染めてもらえば、今までよりもずっとブラックローズ様の身近にいることができるんですよ」 「居たい・・・居たいよ・・・そばに居たいよ」 「さあ、お願いするんです。ブラックローズ様に」 聡美は優しくそう言った。 「先生・・・」 しのぶが私の方を見る。 私はしのぶから取り上げたクリスタルのペンダントと、黒光りする魔獣の核を取り出してゆっくりとしのぶに近付いた。 「さあ・・・しのぶ、あなたが選びなさい。どちらを取るのかを」 差し出された手のひらに載っている二つの物体をしのぶは見つめる。 「一つは言うまでも無くクリスタルのペンダント。そしてもう一つはあなたの身も心も闇に染めて妖女虫としてしまう魔獣の核。どちらを取るのかはあなたしだいよ」 しのぶは息を詰めて二つを見ていたが、やがておずおずと手を伸ばした。 「いいのね・・・本当に」 しのぶが手にしたのは黒い魔獣の核だった。 「私は・・・私は先生のそばに居たい・・・だから・・・だから」 「そう。わかったわ」 私はしのぶを再び寝室へと誘った。 少しでもしのぶの心の負担を軽くするためにきちんと可愛がってあげるのだ。 「ムカデナたちははずしなさい」 「はい、ブラックローズ様」 「失礼いたします」 二人は一礼して部屋を出て行く。 私は改めてしのぶとともにベッドへ向かった。 「さあ、しのぶ。これであなたも私たちの仲間になれるわ」 「嬉しいです・・・麻里子先生」 私はそっとしのぶをベッドに押し倒してキスをした。 しばらくして私は隣の部屋へしのぶを連れて戻った。 いえ・・・私の隣に居るのはもう春川しのぶではなかった。 スマートな躰のラインを惜しげもなく青い全身タイツで包み込んだようなボディに、白いハイヒールブーツと白いロンググローブ。 背中には大きな目玉模様のついた巨大な羽が折りたたまれている。 ひとたびそれが開かれると、周囲には毒鱗粉が撒き散らされて生き物はのたうち苦しみながら死ぬだろう。 額からは一対の大きな触角が生え、黒く縁取られた眼差しは変化した自分に酔いしれているようだった。 「気分はどうかしら、春川しのぶ? いいえ、あなたは妖女虫ドクガナよ」 「ふふふ・・・とても気持ちがいいです、ブラックローズ様。私は妖女虫ドクガナ。地底帝国とブラックローズ様に忠誠を誓います」 しのぶ・・・いやドクガナは妖艶で邪悪な笑みを浮かべる。かつてのスポーツ少女からは想像しえない笑みだった。 「ふふふ・・・私も嬉しいわ。これであなたも私の仲間。ムカデナやクモーナたちと仲良く働いてもらうわよ」 私はムカデナたちが待つ部屋へドクガナを連れて行き、お披露目をしてあげる。 そこでは食事を終えてくつろいでいたムカデナたちが、新たな仲間を歓迎した。 「やっぱり似合うじゃない。これからは再び私たちは仲間よ。あとは律華一人ね」 ムカデナが差し出す手をドクガナは嬉しそうに受け取る。 「ああ・・・あの子も正義とやらに捕らわれているからな。開放してやらなきゃ」 「そうだね。拒むようなら殺すけどね」 ムカデナは容赦が無い。 「大丈夫だよ、律華だってブラックローズ様に妖女虫にしてもらえば、また三人そろって戦えるさ。地上を制圧するためにね」 笑みを浮かべるドクガナ。 「おめでとうございます、ドクガナ様。これからはブラックローズ様のおそばで活躍してくださいませ」 聡美が跪いて礼をする。奴隷人形は妖女虫の下僕であるから当然のこと。 「ああ、ありがとう」 ドクガナは聡美の頭を抱きしめて、柔らかな胸に顔をうずめさせる。 「きゃあ・・・」 「ドクガナ! 聡美は私のなんだからね!」 「ああ・・・悪い悪い。この娘可愛いからさ。ついね」 ドクガナが手を離し、ムカデナが聡美をひったくるのを見て、私は思わず笑っていた。 「結果オーライということか・・・」 私の前にはゲドラー様がソファに座っていらっしゃる。 私は今回の結果を報告するために、ゲドラー様に跪いているのだ。 「はい・・・春川しのぶは魔獣の核により、妖女虫ドクガナとして目覚め、その毒鱗粉を撒き散らすことを楽しみにしております」 「ふん・・・まあ、どちらにしろ妖女虫として生まれ変わり、こちらの戦力となったのだ。結果には満足すべきだろう」 ゲドラー様が手に持ったグラスを傾ける。 「今回のことは反省することばかりでございます。クリスタルの戦士を取り込むことの難しさを痛感いたしました」 それは偽らざる私の心のうち。 やはり、ゲドラー様が行ったようにアジトに連行して魔獣の核を有無を言わせずに埋め込むのが良かったのかもしれない。 「ふん・・・これで残るクリスタルレディはプラムのみ。倉口市の制圧も時間の問題だな」 私はハッとして顔を上げた。そう、それだけではすまなくなっていることを伝えなければならないのだ。 「ゲドラー様。そのことですが・・・どうやら白鳳学園の学園長は私も知らないクリスタルの関係者と思われるのです」 「学園長?」 ゲドラー様の目が鋭く光る。 「はい、三崎聖夜という女性でして、白鳳学園の学園長なのですが、サソリナがその者に手傷を負わされましてございます」 サソリナの傷は思ったよりも深く、しばらくは行動不能らしい。 クモーナが怒りに燃えてあだ討ちをと願い出ているが、相手のことがわからぬ以上手出しは危険だ。 「三崎・・・聖夜だと?」 ゲドラー様のグラスが揺らいだ。 「ご存知なのですか? ゲドラー様」 「ふん・・・三崎聖夜か・・・生きていたとはな」 グラスをサイドテーブルに置くゲドラー様。 「何者なのですか? 三崎聖夜は」 私は顔を上げてゲドラー様を仰ぎ見る。 「お前が知らないのも無理は無いな。おそらく奴はお前たち以前にわれらと戦っていたクリスタルの戦士。クリスタルレモンだろう」 ゲドラー様が以前戦っていた相手? 「クリスタルレモン?」 「ああ・・・われらとクリスタルの戦士たちとの戦いは今に始まったことではない」 ゲドラー様が少し遠い目をする。 「ふん、もう何年も前になるのか・・・俺がまだ下級指揮官だった頃の敵がクリスタルポピー率いる戦士たちだったのだ」 「クリスタルポピー・・・」 私たち以前にもクリスタルの戦士たちが居たなんて・・・ 「ふん、手ごわい相手だったよ・・・お前たち同様にな。個人の能力はお前たちの方が上かも知れんが、チームワークは向こうが上だったろう」 なるほど・・・ 「そのポピー率いる一団はレモン、アップル、ストロベリーが居て、三崎聖夜はそのレモンだった」 「そいつらがまた?」 私たちがクリスタルの戦士ではなくなったために再び姿を現したのだろうか? 「ふん、奴らは死んだと思っていたがな・・・キチク将軍最後の戦いで奴らを道連れにしてアジトもろとも爆発したはずだったが」 ゲドラー様が首を振った。 「生きていたのですね・・・」 「ふん・・・そうなるな・・・キチク将軍も浮かばれないことだ」 「他の者たちも生きているのでしょうか?」 再びクリスタルレディが現れるのならば排除しなくてはならない。 「ふん、どうかな? もしそうならば新たにお前たちが選ばれることも無かったかもしれんがな」 「でしょうか・・・」 「おそらくは戦闘能力をなくし、戦うことができなかったのだろう。そのために新たにお前たちが選ばれたのではないかな」 ゲドラー様が再びグラスを持つ。だが、氷は溶けてしまっていた。 「今、氷を・・・」 「ふん、構わん」 一気にグラスを空にしたゲドラー様はグラスを置いて立ち上がった。 「かつてのクリスタルレディの復活か・・・だが、こちらにはお前が居る。頼んだぞ。ブラックローズ」 ゲドラー様の手が私の肩に置かれる。 私はその手に私の手を重ねて、改めてゲドラー様に誓う。 「お任せ下さいませ。地上は必ずやこのブラックローズが皇帝陛下に献上いたします」 「ふん、期待しているぞ」 「はい」 私はゲドラー様の手の重みをしっかりと受け止めていた。
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