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魔法少年の秘密 『隠されし秘宝とヴィルヘルムスハーフェンの逆襲』編 作者:朝倉音姫

プロローグ

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~第一話~  「バレンタインデーの秘密」

魔法少年の秘密

『隠されし秘法とヴィルヘルムス・ハーフェンの逆襲』編

序章

~第一話~「バレンタインデーの秘密」
 久留見由樹……彼が生きるこの世界は、現代の日本といって差し支えない。
 ただひとつ、近代に入って魔法という存在が公式に認められた事以外は。
 昨今のエネルギー問題解決のための切り札は、実用化に向けて研究が進められている核融合よりも、環境面に優れる魔法力だと主張する学者もいるくらいだが、今のところ魔法力の商業的利用には至っていないのが現実だ。
 なぜなら、各地に少なからず点在する“魔法利用慎重派”の影響が大きいからである。
 元来、魔法を扱う才能は天性のもの、否、人間なら誰しもが秘めていると、意見は二分化していたものの、“強力な魔法の力こそ人類の救世主”ということは、誰もが信じて疑わなかった。
 しかし、ある事件がきっかけで、その定説が陰りだすことになってしまう。
 それは、魔法を人々のために用いて活躍する者がいる一方で、身勝手な考えで人々を困らせ暗躍する不届きものが現れたからだ。
 その者たちは非常に強力な魔力を持っており、自ら“ヴィルヘルムス・ハーフェン”なるものを名乗ると、魔法の力で世界征服をするなどという絶対悪を掲げて悪の限りを尽くし、人々に恐怖と悲しみを植え付けながら着実にその勢力を伸ばしていった。
 彼らの目に余る行動に心を痛めた魔法使いたちは、有志を募って悪と闘い、最終的に三人の尊い犠牲を払いながらも、なんとかこれを撃退することに成功した。しかし……
 この戦いで人々は気づかされた。「魔法の力とはその使用を誤ってはならないものだ」ということを。
 こうして過去の教訓から、「魔法は無暗に用いるべきではない」とする、魔法利用慎重派を生み出すことになったわけなのだが、それでも、国に正式に認められた魔法使いが、あいトとして脚光を浴びることに変わりはない。
 “最後の審判”と名付けられた決戦の日から六十年余りを経て、今や魔法先進国である日本以外の国でもいくつかの学校では、普通科と別に魔法科なるものが存在するのも常識として受け止められる時代となった。
 そんな現代を生きる、由樹の通う常陸学園もそのうちの一つだった。
 由樹や恵、愛生や麻由美が魔法科で、美南海が普通科と言った具合だ。
 しかし、同じ学校でも幼等部以外普通科と魔法科で校舎も分けられているため、両者の接触は基本的に少ない。
だから、普通科児童にとって魔法はとても珍しいものであり、魔法科児童は憧れの存在となっていた。
 もちろん、由樹も例外ではなく、魔法科に在籍することで多くの人から期待を寄せられることで、些かプレッシャーを感じていた。
(魔法、か……きちんと制御された魔法って、とっても優しい光だよね……ぼくも、いつか制御できるようになるのかな……)
 昼間の出来事から、ベッドの中に入ってもずっとそんなことばかりを考えて夜更かしをしたせいで、由樹はバレンタインデー当日の日曜日、少しだけ朝寝坊をしてしまった。
 まあ、由樹が朝に弱いのはいつものことである。家人のひとりに何度も声をかけられるのはもちろん、しまいにはユサユサと揺り動かされて目を覚ますのは恒例のことだったのだが、この日の朝は少しだけ違った。
「ふゎ~……んんっ……う~ん、今日も目覚ましに負けちゃった……いや、何度鳴っても起きなかったぼくの粘り勝ちってことも……あるわけないよね……ん? そういえば今朝はお姉ちゃんの『起きて~』がなかったような……」
 長いわりには意味のない独り言を口にした後、由樹は気づいた。目を覚ましても相変わらず潜り込んだままの布団の中に、何かやわらかいものが存在することに。
「こ、これは……むにゅっとしていて、何やら仄かに甘い香りも……って、にゃぁあああ!お、お姉ちゃんっ!?」
「……あ、あれ~? ゆうくん、おはよ~。そして、おやすみなさ~い……」
 そう言って、布団の中で由樹に身体をこすりつけるようにしてきたのは、『久留見江利加くるみえりか』である。犬耳の如き頭の大きなリボンが感情の変化によってピコピコ動き、それだけ取り上げてもその可愛さが理解できる女の子だ。
 江利加は、しっかり者で世話好きで家事万能、要するにお姉さん的魅力はパーフェクトなのだが、残念ながら(?)由樹とは血縁関係で結ばれている、紛う方なき姉弟きょうだいである。
「おっ、お姉ちゃん、寝ちゃだめだよ~! あれれ? でも、どうしてお姉ちゃんがぼくの布団の中にいるのかな~?」
「ふにゃ~? もとはというと、ゆうくんが起きてこないからいけないんだよ? だからわたしはお布団に入って、ゆうくんをこちょこちょして起こそうと思ったんだけど、つい一緒にまどろんじゃって……くぅ~」
「あわわっ、だから、寝ちゃダメだって~! むぅう、こうなったら……あ~ぼくのベッドはちっちゃいから、ふたりで寝たら狭くて落ちちゃう~。滑って床に落ちちゃう~」
「えっ……きゃ~っ! ゆうくん、不吉な言葉は禁止だよ~! 今、起きる、起きるから~」
 もうすぐ生徒会の選挙を控えた江利加にとって、『落ちる』『滑る』はタブーであり、慌てて彼女がベッドから出ようとした時だった。
「……江利加さ~ん、ゆうくん起きましたか……あ~~~っ!」
「お、弟くん!? ええと、これはその……別に私とゆうくんはそういうわけじゃ……」 
 そこには、江利加が『弟くん』と呼んだ男の子、江利加より一つ年下で由樹と同い年の恵の姿があった。
 恵……彼の名字もまた、由樹や江利加と同じ『久留見』であるのだが、これは偶然の一致である。
 元々は別の場所で暮らしていた恵だが、四年前に現在住む場所……つまり、由樹と江利加の住む家の隣に引っ越してきたのだった。
 恵の中でその辺の記憶はなぜかおぼろげであるのだが、一つだけはっきりと覚えていることがある。
 ブラコン気味の江利加が、自分の弟の由樹と初対面の恵を一緒に抱きしめて口にした言葉……「今日から私の弟くんにしちゃう~! えへへ、かわいい弟くんが二人も~……なんだか、夢みたいだね♪」
 江利加が恵のことを勝手に“自分の弟”扱いするおかげで、三人は本当の家族のような関係になることが出来たのだ。
 そして、それから四年たった今でも、江利加の見せる二人への溺愛ぶりは変わらない。
「隙あり~、えいっ! ぎゅ~~~。えへへ、ゆうくんも弟くんもだぁ~いすきっ!!」
 そう言って江利加が、恵までベッドに引き込んだことにより、彼女にとってある種ハーレム状態(?)が出来上がるのだった。
「わわっ~! あぅっ……」
「むぅ~っ……お、おねぇちゃん……うぅ~……」
 突然の出来事でなすすべなく、されるがままの恵。一方で由樹はというと、まんざらではないものの、なんとなく微妙な恥ずかしさを覚えていた。そのため、不意に江利加の腕をすり抜けようとした結果、先ほどの禁句が祟ったのか、ベッドからずり落ちて床にしたたかに頭を打ち付けるという報いを受けるのだった。

 ★ ★ ★

「ああ、も~う! 二人とも、今日は何個くらいチョコをもらってくるのかしら。楽しみ~♪ まずは私から……はい、二人とも……ハッピーバレンタイン!」
「えへへ……ありがとう、お姉ちゃんっ!」
「わぁ~……江利加さん、ありがとうございますっ!」
「それじゃあ、また放課後に、ね♪ まったね~」
 朝からそんな風にハイテンションな江利加と校門で別れて、次に出くわしたのは、由樹と恵の数少ない普通科児童の知り合い、『石川和俊いしかわかずとし』である。
「おっはよー、由樹&恵! ん、なんだ。朝からテンション低いな」
「そ、そうかな? ぼくたちは、普通だと思うけど……ねえ、恵くん?」
「うん、いつも通りだと思うけど……ねえ、ゆうくん?」
「かぁ~っ! なんだろーね、そのやる気のない態度は。他の日ならともかく、一年に一度のこの重要な日に! 『朝を制する者はバレンタインを制す』って格言、知らねーのか?」
『え……? 知らないよ~』
「なんだとっ!? この、情弱の愚か者がっ!」
 この短い会話だけ見てもわかるように、本人曰く『さわやかなナイスガイ』の和俊は、実際のところ、ちょっと濃口の熱血バカだ。まあ、和俊の役どころは『オチ担当』というか、彼と同じ普通科のクラスメートである『高畑美南海たかはたみなみ』にオモチャにされるか、もしくは理不尽な被害を受けるか、なので、由樹と恵にとってはまさに避雷針という意味でナイスガイかもしれない。
「それはそうと……ところで、由樹さん。キミの賢姉、江利加様からオレにと預かっているものがあるだろ? 例えば、チョコとか。あるいはチョコとか。はたまたチョコとか。もしくはチョコとか。まさにチョコとか。とりあえずチョコとか。おそらくチョコとか。やっぱりチョコとか。きっとチョコと……いや、絶対にチョコだ。チョコ、チョコ、チョコ……とにかくチョコだっ!!……ほれほれ、もったいぶらずに出したまえよ」
「ええっ!? そんなの、ないよ~」
「フッ、そーだよな……やっぱり基本は手渡しだよな……デヘ」
「ありゃりゃ、またそんな勝手な妄想を……ん? そういえば、去年も同じことを言ってたような……それより、そんなにチョコがほしいなら、美南海ちゃんにもらえばいいのに……」
「由樹、バカ言うな。美南海は確かに頭が良くて容姿も悪くない。それは認めよう。しか~し! あの御転婆娘おてんばむすめは、普通科の普通のどこにでもいる女子なのはもとより、なんといっても色気や気品、かわいげがない……つまり、女の子としての要素が微塵もな~いっ! そんな奴からチョコをもらって、何が嬉しいというのだぁ!」
 和俊の高らかなその宣言に対して、由樹や恵でない人物から突っ込みが入った。
「へぇ~、かーくんってば、そうだったんだぁ。ふ~ん……」
 和俊を『かーくん』と呼ぶその人物とは、学園内を歩く由樹たちにいつの間にやら合流していた、和俊のクラスメート……美南海である。
「ゲッ、美南海! もしかして……今の、聞いちゃったりとかしてたのか?」
「さあ、どうかしらねぇ……あっ、由樹くんと恵くん、はいっ、チョコ♪ 二人のだけは他のと違って特別だからね~。 ハート型だし、た~っぷり愛も込めてあるしぃ」
「ありがと~! わぁ~、特別だって~! やったね、恵くん♪」
「わぁい! ありがとう、美南海ちゃん♪」
「ハハハ、よかったな、二人とも。最低でも一個は確保できて。ではオレも……」
 そういって、例年通りというか、和俊は美南海に向って手を差し伸べたのだが……。
「あら、かーくんのぶんはないわよ。まっ、本当はあったんだけど、きみは『女の子としての要素がない子』からチョコをもらってもうれしくないんでしょ? 迷惑なんでしょ?」
「うぅっ……あ、まぁ……そうなんだが……これも友情の証というか……」
「それに~、あたしなんかがあげなくても、かーくんにはたくさんアテがあるみたいだし、ね」
 『口は禍のもと』という格言を心で噛み締める和俊を、続いて更なる悲劇が襲う。
江利加は家族であるということで対象から除外するとしても、バレンタインデーというイベントに対して、和俊よりも遥かにクールな由樹と恵の方が、このあとさらに女の子からチョコをもらえたのだ。
それは、魔法科と普通科、各校舎に向かうためそれぞれが別れようとした時に起こった。
いきなり正体不明の丸い物体が、由樹と恵の間を掠めていったのが始まりだ。その物体はずっと先のほうにあった木に直撃し、鞠のように跳ね返ると見事に和俊の顔面にヒットする。
「ぷぎゃっ! ど、どーしてオレが……ガクッ」
「わ、わわわっ! 和俊くん、大丈夫?……って、あれ、この桃色のまるいものは、もしかして……」
「もしかしなくてもそうですよ……? みなさん、おはようございます」
 由樹や恵たちに対して清楚な感じに話しかけてきた桃色の球体は、魔法使いが所有するマジックワンドの一部であった。なんでも『スペーシア』というなまえらしいが、それは短く省略されて普段は……。
「やっぱり、『シアちゃん』だったんだね。ということは、やっぱり二人かな……」
 由樹が予想した通り、超低空飛行でふわふわと飛ぶシアちゃんの本体であるマジックワンドにちょこんと腰を下ろした愛生と、一連の様子を愛生の後ろから見ていた志桜里が姿を見せた。
「みんな、おっはよ~! よかった、愛生たちに気づいてくれた~」
「みんな、おはよう。……ごめんね、ゆきちゃんとめぐみちゃん。愛生ちゃんのことは、一応止めたんだけど……」
「あのぉ~、愛生ちゃん。さっきのはいったい……」
「ああ~ゆきちゃん。さっきのはね~、魔法の練習に決まってるじゃん! う~、ゆきちゃんとめぐみちゃんって意外と当たり判定がちっちゃいんだね。ダブルゲットしようと思ったのに、ざんねん……」
「へっ……? 当たり判定って、シューティングゲームじゃないんだし……それってやっぱり、ぼくたちに当てるつもりだったってことに……」
「まさか。声をかけようと思ったんだけど、気づいてもらえなかったらどうしようかな~……って思ってた時に、『GO!』と掛け声を口にしたら、なぜかシアちゃんが暴走しちゃって……本当に不思議なこともあるんだね~」
「ひぃいいいっ!?……当たらなくて、よかったぁ~……ねぇ、恵くん」
「うん……えっと……不思議というか至極当然というか……それより、どうしたの?」
 シアちゃんが命中した木の結末を目にして震え上がる由樹と、愛生相手にこれ以上真相を究明しても無駄と、あっさり話題を変えた恵の顔を、愛生がじ~っと見つめる。
「じぃぃぃ……」
「そんな風に言葉にしなくても……愛生ちゃん、ぼくと恵くんの顔に何かついてる?」
「うん! 二人ともなんだかあま~いものが欲しそうな顔してる。例えば、チョコとか。あるいは、チョコとか……そんな、迷えるかわいい子羊ちゃんたちには……はいっ! これあげるっ♪」
「ああっ……ずる~い! それじゃあ、私も……はい、二人とも。ハッピーバレンタイン♪」
『わぁ~、ありがとう!』
「声まで揃えちゃって、ますますかわいいなぁ~。……ちなみに、これは愛生の手作りチョコだから、できるだけ早く食べてね~。先手必勝なんだから……うふふ♪」
「うふふ。確かにかわいいね。あ、私のも手作りだから……ね? そ、それじゃあ、教室で、ね♪」
 そういうと、愛生と志桜里は現れた時と同様にまた、フワフワ~っとその場を離れていった。
「やっぱり、魔法科の女の子は可憐だね~。う~ん、なんだか妬けちゃうなぁ~。……な~んてね。ところで、由樹くんと恵くんったら。開校記念式典の日とはいえ、日曜日の学校にも関わらず着実に数を伸ばしてるねぇ。時間はまだまだた~っぷりあるから、さらに増えそうな感じ……ああ、も~う! 二人とも一体いくつのチョコをもらえるのかしら。なんだか楽しみ~♪」
 美南海がそういうと、シアちゃんのダメージから回復した和俊がいきり立つ。
「なにぃ! あの麗しき魔法科に属する女の子からチョコを二個ももらっただとぉぉぉ!?」
「あら、もう立ち直ったのね、かーくん。毎度毎度タフよね~、きみは」
『……和俊くん、大丈夫?』
「ふ……ふん、これで勝ったと思うなよ。勝負はこれからだぞ、由樹と恵。たとえそれが、常陸学園初等部魔法科第三学年美女ランキング、一位と二位の志桜里さんと愛生さんからのチョコだったとしても……ちくしょぉぉぉ!」
 口ではどういってもショックを隠し切れない和俊は、校舎に向かってひた走っていくことで悔しさを示す。だが、和俊の悲劇はこれからが本番だった。
 開校記念式典開会式前の会場にて、和俊を除く彼のクラスメートの男子全員が最低でも美南海から一個チョコをもらうという屈辱的状況の中……。
「ぐぞ~っ……でも、まだだ。まだ昼休みという天王山がある!」
「あらあら、かーくん。さっき『朝を制する者が』とか、高らかに言ってなかったっけ?」
「ぎくっ! み、美南海っ!? さっきのそれ、聞いてたのかよ……」
「まあね……うふふ。だいぶ盛り上がってるみたいだけど、成果の程はいかがかしら?」
「う、うるさいっ! オレは……追いつめられてから本領を発揮するタイプなんだよ!」
「あらま~。やっぱり、追いつめられてるのね。それも朝っぱらから」
 ――と、美南海と和俊でこんなやり取りをしていたそうだ。
そして……和俊が『天王山』と名付けた昼休み。
「ねぇ、和俊くん。悪いことは言わないから、一言『ごめん』って謝ってチョコもらっちゃおうよ。窓の外からクスクスと和俊くんの様子をこっそり窺ってる美南海ちゃんから」
「くっ……今さら、男がそんなことできるか。しかも美南海なんか相手に……由樹よ、放課後だ。放課後こそが、乙女の贈る本命チョコの季節!」
「ど、どんな季節なの、それって……ああ、もう駄目みたい。和俊くんはもうぼくの声の届かないところに……」
 そして……その放課後。
 美南海を除いて、すっかり女の子のいなくなった教室には、真っ白に燃え尽きた和俊の抜け殻があったという。
「ありゃま、とうとう討ち死にしちゃったのね……まあ、予想はしてたけど、ある意味、あっぱれだね、かーくん。きみも、ルックスとかそんなに悪くないんだから、もう少し普通にしてれば義理チョコの二つや三つ軽くもらえそうなんだけどねぇ~。きみのテンションだと義理チョコが本命チョコに……もっと言えばプロポーズにも受け取られかねないって、女の子たちが警戒しちゃってるんだから」
 このままにしておくわけにはいかないと、和俊は親しい友人、つまり美南海の手によって教室の掃除用具入れの中へと丁寧に押し込められるのだった。
 それが親しい友人のすることかという疑問は残るが……とりあえず哀れな和俊に合掌。

★  ★   ★

ところで、かくいう由樹や恵も、安心してはいられなかった。
「なんだかんだ言って、今日のチョコの収穫は、江利加さんと愛生ちゃん、志桜里ちゃんと美南海ちゃんので四個だね」
「うん、ぼくも四個だぁ~。それにしても……こんな感じですっかり行事の一つになっちゃうと、本来の目的からずれてるような気がするね」
 収穫ゼロの和俊が耳にしたら、贅沢だと激怒したはずのやり取りが悪かったのか、魔法科校舎を出た由樹と恵に災厄(?)が降りかかる。
「ん? なにかな、この騒ぎは……悲鳴みたいなものも……ゆうくん、あれっ! 校庭から誰かこっちに来るみたい……」
「え? あ、本当だ……て、えっ……えええええっ‼」
 ドッゴォォォン! という大音響のわりにダメージが少なかったのは、飛来してきたものの正体が魔法弾で、とっさに防御=魔法抵抗レジストしたためだ。見事に命中してしまった由樹と恵は制服が少し汚れた程度だったが、驚いて二人ともしりもちをついていた。
 噴煙の中、慌てて駆けつけてきたのは、魔法服を着た二人の女子児童だ。
「だ、大丈夫? どこか怪我とかしてない? ごめん! 魔法弾の誘導にこのあたしともあろう者が失敗したなんていう、奇跡的事態があって……」
 一人は、平謝りをしつつも何気に言い訳を口にした、髪をセミロングにしている活発そうな女の子。そして、もう一人の方は……。
「もう、早百合ちゃんったら。だから、フィールドなしで攻撃魔法を試すのは危ないって、私があれほど言ったのに……」
 セミロングの子、本名『白川早百合しらかわさゆり』を『早百合ちゃん』と呼んだのは、江利加であった。
「ごめんね……ゆうくん、弟くん。早百合ちゃんのことは、私が何度も止めたんだけど……怪我とかしてない?」
「わぁ~、江利加の弟くんたちだったんだ。本当にごめん! でも、いくら『ClassB』と『ClassC』って、差をつけられているとはいえ、江利加がフィールドなしでできて、あたしはできないなんて悔しいじゃない! だから……」
 自らの失敗を別の問題にすり替えるように、その子は言い放った。
 ちなみに、『ClassB』や『ClassC』というのは、国が認定する魔法使いのランクづけのことである。公正な審査の結果、魔法使いの技量でもってそのランクは決められるわけで、江利加の幼さで『ClassB』とは非常に優秀なことを意味している。
「早百合ちゃんの気持ちはわからなくないけど……まだ続けるの? それじゃ、今度こそ怪我人が出ちゃうかも……」
「けっ、怪我人はまだ出てないし……大丈夫よ、きっと……あはは……」
 どうやら、早百合はゴーイングマイウェイなタイプのようだ。魔法科トップの江利加に対して、ライバルとして一方的に勝負を挑み続けているのもそのせいなのだろう。
 似たような猪突猛進型の和俊との決定的な違いは、小百合がそんな欠点ともいえる部分にも目を瞑ってしまえるほどの、可愛い女の子であるというところだ。
「あ、そうだ! 今日は、例のあの日だから……私も負けてられないわね……はい、これ。二人とも」
 早百合が由樹と恵に差し出したのは、バレンタインデーらしきチョコだ。早百合に『さっきのお詫びに……』と言われては、その強引さにも負けて、二人とも受け取るしかない。
『あ、ありがとう……』
「わぁ、やっぱりかわいいわね、弟くんたちは。いいなぁ~、ひとり持って帰っちゃおうかしらぁ?」
「でしょ! でしょ! とぉ~ってもかわいいんだからぁ~。……って、だめぇ! 二人とも私の弟くんなんだから」
「あはは……じょーだん、じょーだん。ほら、江利加にもチョコあげるから、機嫌直して。でも、うらやましいなぁ~。私も弟ほしい……。あ、そろそろいい時間だから、帰ろっか」
「早百合ちゃん、ありがとっ……うん、そうだね。帰ろうか♪ あ、そうそう、私もちゃんと用意したんだよ? エッヘン!!」
 そういって帰りの用意を始める江利加と早百合、そしてそれについていく由樹と恵であったが、二人に降りかかる災厄はこれで終わりではなかった。
 帰宅後、江利加から、スーパーまでおつかいを頼まれた由樹と恵は、早々に用事を済ませると足早に帰途へ着いたのだが……。
商店街のマジックショーに気を取られてしまい、すっかり帰りが遅くなってしまっていた。
 ようやく家に着く頃、由樹と恵の持ち帰ったバレンタインデーの戦利品の中から、いくつかの本命っぽいチョコを目にした江利加が、嫉妬からなのか暴挙に出たのだ。
「ふぁぁい……ゆうくん、弟くん、ハッピーバレンタインですよ~♪ わたしが食べさせてあげますからね~♪」
 由樹と江利加宅のリビングにて、江利加は自分で作ったと思われるチョコの残りを口にくわえて、二人に迫る。
「ちょ、ちょっとまってよぅ、お姉ちゃん。く、口移しなのっ! そんな王様ゲームみたいなこと……って、お姉ちゃん、なんだか変だよぅ」
 由樹がよく見ると、江利加の顔は異様に上気していたし、リビングの床には早百合からもらったものと思われるチョコレートの包み紙と、現在長期海外出張中の父、昭二秘蔵のコルク栓付きの空き瓶が転がっていた。
「うにゃ~、早百合ちゃんのチョコ食べてたらだんだん気持ちよ~くなってきて……頭がフワフワして気分がいいからね、今日のバレンタインデーをお祝いして、パパの隠し持ってたこれでちょっとだけ祝杯を……」
「まさか……これって……オトナのハッピー成分入り?……それにしても……ちょっとだけって量じゃないような、江利加さん。この様子からして……」
「むぅ~~~、弟くんたちの帰りが遅いからいけないんだよ~。その上、本命っぽいチョコをいくつももらってくるなんて、許しませ~ん」
 完全に酔っ払いと化した江利加は、再び口にチョコレートを咥えた状態で、由樹と恵をソファーに組み伏せた。二人で力を合わせれば力で振り払うことは可能でも、大事な姉である江利加にそんな乱暴なことできるはずのない二人の弱みをついた、見事なマウントポジション取りである。
「ね、ねぇ、お姉ちゃん。うにゃ~!」
「え、江利加さん……わぁぁ~!」
「ふふふ……姉と弟×2のちょっとしたスキンシップだよぅ。さあ、二人とも。何も気にしないで、おでこで熱を測る時みたいに顔を近づけて……」
「そ、そうなの? じゃあ……って、やっぱり違うよ~~っ!」
 そう言うと、由樹は江利加の口からチョコを掠め取り、自らの口へと運んだ。
「あむあむ……おねぇひゃむ、これへひいよね? ひゃんほはべはよ、おねえひゃむの……(訳:お姉ちゃん、これでいいよね? ちゃんと食べたよ、お姉ちゃんの……)」
「ぐすっ、ひっく……ゆうくん、ひどいよぅ。せっかくのわたしの誠意を……うぅぅ……」
「えっ、あっ、な、泣かないでよぅ、お姉ちゃん……ごめんなさい……だから……」
「……まあ、いっか。一応今のも間接キスだからね。では、今度は恵くんのほうを。今度はチョコを取られないようさっきより深く咥えて……んっ」
「ふぇ……? 今のは嘘泣きだったんだ…… わわっ! ま、まって! ゆうくん、助けてぇ~」
「わわわ! お姉ちゃん、ストォ~ップっ!」
 由樹がそういって、恵と江利加の間に割って入ろうとした時だった。由樹が足元のクッションに足を取られて大きく体制を崩すと、つられるように他の二人も体制を崩したため、三人ともソファーからずり落ちて床に頭を打ち付けてしまうのだった。
 傍から見れば、これは災厄というよりもある意味幸せな光景ともいえよう。
 そして、真の災厄は、まず三人の通う常陸学園のほうに迫っていた。

★  ★   ★

 バレンタインデー、その日の深夜の出来事である。
 常陸学園初等部の魔法科校舎が崩壊した。端的に言えばそういうことだ。
 それは、天災による結果でも、建物の耐震強度が偽装されていたせいでもない。
 すべてが明らかな人災……それも魔法によるものだった。
 実際にその惨事を引き起こした者たち、三つの影が満月を背景に、校舎から立ち込める噴煙を見つめていた。
 そして、三人のうち最も背の高い人物が、若干忌々しそうに呟く。
「くっ……ここまでするつもりはなかったのだが。まぁ、よい。本番は四月からだ……その際は頼りにしているぞ、二人とも」
 残る二人が「はい……」とほぼ同時に言葉を返し、その直後、三つの影は同時に闇に消えた。
 魔法……人の身で扱うには未だ危険が多いとの声も少なくない、その『力』がぶつかり合う戦いがじきに始まろうとしていた。
+注意+
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