登場人物紹介 久慈蔵人(くじ・くらうど):主人公。登場人物の中で、一人だけ別の学院に所属している。クオーター。クロードがあだ名。 佐伯佐和子(さえき・さわこ):主人公の彼女。胸はふつう。性欲は強い。 手越貞二(てごし・ていじ):ヨット部。船舶免許あり。筋肉質。 遠野透子(とおの・とおるこ):ゲームに詳しい。Tシャツにジーンズ。ボーイッシュ。貧乳。 正常院星羅(せいじょういん・せいら):正常院家の分家の娘。「魔女の館」と呼ばれる、孤島に立つ別荘にみんなを連れてきた、旅の主催者。絢爛豪華。爆乳。 猫柳ネコ(ねこやなぎ・ねこ):占い師。星羅の友達。女性。ゴスロリ巨乳。 訪印誉(ほういん・ほまれ):正常院家の使用人。大人な感じ。この旅の監督役兼雑務。 名山芽衣子(めいざん・めいこ):「清楚なお嬢様」や「深窓の令嬢」という形容が似合う庶民。胸は普通。 「うっわー、すっごくきれいだよ!」 佐和子が、ヨットの先端から、声をかける。 「タイタニックごっこしようよ!」 その声に、僕は苦笑して、佐和子を後ろから抱きしめる。染めた茶髪が少し顔にかかる。 「すごくきれいだねえ!」 感心した調子で佐和子が言うので、僕は、言ってやった。 「佐和子のほうが、もっときれいだよ」 真っ赤になって佐和子は沈黙する。 「そ、そんな恥ずかしいこと、言わないで。……聞こえてないと思うけど、みんないるんだし」 甲板を見回すと、まあ、人がいないことはないが、別に聞こえはしないだろう。 「僕は、好きだって気持ちは、隠さず言うことにしてるんだ」 学院の友達に、夏休み、別荘に誘われているんだけど、よかったらクロードも来ない? そんな誘いが、僕の彼女、佐伯佐和子(さえき・さわこ)からあったのは、数か月くらい前の話だった。 僕たちは、通う学院は別々なのだけど、高等部のころから付き合っている。 だから、たまにお互いの学院の友人たちを交えて遊ぶことがあった。 なんでも、その別荘は、友人のお金持ちの人の家が所有する別荘らしい。 「魔女の館」と呼ばれているそうで、あまりその別荘の持ち主も使うことはないのだそうだ。 「でも、なんで、そんな名前なんだろうね? 魔女の館、だなんて」 「それはわたくしが説明いたしますわ」 かんっ! とヒールの音もたからかに、一人の女性がやってくる。 正常院星羅(せいじょういん・せいら)。 この旅行の企画主にして、別荘の持ち主で、由緒正しき正常院家の分家の娘。 ボリュームのある髪を薄い茶色に脱色して、ウェーブをかけている。 タンクトップにサマージャケットを着ているが、その大きな胸のふくらみは隠しきれない。 もっとも、ゆったりとした服装をしているので、そこまで強調されてはいないんだけど。 大きな胸を強調しないような上半身のコーディネイトとは裏腹に、そのふわふわとしたスカートは、むっちりとした太ももを遠慮なくあらわにしていた。 「たしか、クロードさん、でしたわよね?」 「ええ、クロードです。久慈蔵人(くじ・くろうど)。クロードのほうが呼びやすいでしょう? あと、さんづけはいらないですよ」 外国の血が、四分の一ほど流れているためか、外国風の名前をつけられたそうだ。 本当かどうかわからないが。 「そうですわね。じゃあ、わたしも敬語をやめるわ。あなたも敬語でしゃべらず、星羅と呼んで頂戴。よろしく、クロード」 「よろしく、星羅」 満足そうにうなづくと、星羅は説明を始めた。 「これから向かう、『魔女の館』は、我が正常院家が所有する建物の中でも、わりと古い洋館なの。西洋かぶれの建築家が作ったそうなのだけれど、その建築家が、自殺してしまったらしいの。それで、そんな変な名前がついたのね。あまり使われていないのは事実だけど、それは交通の便が悪いし、あまり使う機会も必要もないからよ。子供のころに、何回か来たことはあったけどね」 確かに、ヨットを使わないといけないのは、ちょっと不便かも。 「でも、なんで『魔女の館』?」 「ああ、たしか、その建築家が魔女とか黒魔術とかに、こっていたからだって聞いてるわ。相当のめりこんでいたみたいね。魔女になる方法だとか、魔女や悪魔を召喚する方法だとか、そういうことを試していたとかいないとか。うわさの範囲を出ないけれど、これから行く館も、そんな魔術の実験の場所だった、という話を聞いたこともあるわよ」 しかし、そこで、ふんっ、と星羅がふんぞり返る。 大きな胸が、ぷるりん、と揺れた。 「もっとも、魔女や魔術なんて、存在しませんし、仮に存在したとしても、この正常院星羅の敵ではなくってよ!」 びしぃ! と人差し指を僕に突きつける星羅。 いったい、あなたは何と戦っているんだ…。 「あら、聞き捨てならないことを言うのね、星羅さん」 この暑いのに、全身黒づくめの女が、どこからともなく現れる。 黒いノースリーブに、薄手の黒いミニスカートから延びる足は、星をちりばめたような刺繍が施してあるサイハイソックスにつつまれている。 絶対領域と、星羅ほどではないものの、ノースリーブごしに見える巨乳が目にまぶしい。 「魔法は、あるわ」 女が、まったく音を立てずに歩いてくる。 「占い師、猫柳ネコよ。魔法は、存在するわ。――魔法っていうのはね、信じるものには、ちゃんと実在するのよ」 すごく、重々しい声で、宣言する。 「クロード君、ですよね? 出向前のあいさつだと名前を覚えきれなくて。合ってる? ああ、よかった。私のことはネコと呼んで欲しいわ」 そして、ピンクのメッシュの入った、ツインテールにしている黒髪ごしに、星羅をきっ、と見つめる。 しかし、それにはまったくひるむことなく、 「魔術なんて、見たことも聞いたこともありませんもの。実際にあるんだったら、この目の前に見せてほしいものですわね」 ずずいっ、と爆乳を、猫柳さんに押し付けるようにして言い返す星羅さん。 「――いいでしょう。あとで、星羅さんを占ってさしあげます」 二人は、じっとにらみ合う。 「あっれー、また君たち、いつものやってんのか? 仲いいなぁ」 確か、あれは、遠野さんだ。 ジーンズにTシャツで、ボーイッシュな感じの女の人。 「べ、別に仲良くなんてありませんわ!」 「そ、そうです、ただちょっと話題が魔法だっただけで……」 二人は、何かもごもごという。 そういえば、さっき佐和子から、星羅さんとネコさんは、よく言い争いをするけど、仲は悪くないんだって言ってたな。 「お、君は、さわちゃんの彼氏のクロードくんだったっけ? よろしく、あたしは遠野透子(とおの・とおるこ)だ!」 「よろしく、遠野さん」 透子さんは、軽く手を振る。 「かたいかたい、クロードくん。君のことも下の名前で呼んでるんだから、こっちも下の名前で呼んでくれなくちゃフェアじゃないだろ? とっちゃんとか、とっちーって呼ばれてるけど、透子でもいいよ!」 そう言って、返事もまたずに、船の先端に行く。 「おー、星羅、あれがそうか?」 指さすほうには、小さな島。 そして、木々の間からのぞく、黒い屋根。 「そう。あれが、わたしたちの目的地。今回の遊び場ですわっ!」 はしゃぐ星羅さんの声とは別の声が、僕の耳に届く。 「そして、あれが魔女の館――」 なぜか、ネコさんのその声が、僕の耳に残った。 僕たちは、ヨットをつなげて、荷物を洋館の中に運び込む。 佐和子と一緒に歩いていると、白いブラウスに、ブルーのロングスカートの美人さんが、僕に声をかけてきた。 「クロードくんよね? みんな知らない人ばかりだと、大変じゃない?」 「えっと、たしか、名山芽衣子(めいざん・めいこ)さん……」 ぱちん! と手を叩いて、その黒髪を揺らし、正解! 「よく覚えていられたわね、私の名前。特に名山なんて、珍しくて覚えにくいでしょ?」 「はは、たまたまですよ、たまたま」 清楚という言葉を具現化したらこんな感じになるんじゃないのかな、と思っていたが、けっこう茶目っ気もあるみたいだ。 「芽衣子でいいわ。ここでは、苗字ではあまりお互いを呼ばないしね」 「よろしく、芽衣子さん」 よろしく、と芽衣子さんはにっこり笑って、僕の隣を歩く佐和子とおしゃべりを始めた。 その僕の逆側の隣に、やせた長身の男が並ぶ。 「あ、どうも」 「こんにちは」 引率係かお目付けがかりか、正常院家の使用人である訪印誉(ほういん・ほまれ)さんだ。 僕の声に軽く会釈して挨拶しただけで、すっすっすっ、と荷物をもって、どんどん先へ進む。 寡黙で、何を考えているのか、よくわからない。 学院の人たちだけじゃなくて、正常院家の人が一人来るというのは、安心するようでもあり、逆にどこか不安なようでもあり。 でも、何かあったときのことを考えると、安心なのかな。 「おーっす」 ぽんっ、と肩をたたかれた。 日焼けした顔に、精悍な顔立ち。 ここまでヨットを運転してきた男だ。 「クロード、だったよな? 学院生の男は俺たち二人だけみたいだな!」 「えーっと」 「おいおい、女の子の名前は覚えているのに、俺だけ覚えてないのは悲しいぜ!」 「い、いやいや、そんなんじゃないって! ほら、手越貞二(てごし・ていじ)。それが名前だろ?」 ぐっ、と親指を突き出す。 確か、このしぐさって、どこかの国だと悪い意味だったような。 「正解。やるじゃん、クロード」 なれなれしいが、そのなれなれしさが嫌じゃないタイプがいるとすれば、それがこの手越くんだろう。 「俺のこと、貞二って呼んでくれよ」 「わかったよ、貞二。ところで――」 僕からも、質問をしてやろうと思ってにやりと笑うと、貞二は、少し、首をかしげる。 「僕の本名、覚えているかな?」 さぁてと、ヨットからまだ運び出さないといけない荷物もあるしな――といいつつ、足早に僕から離れようとする。 そっちも覚えていないんじゃないか。 「久慈蔵人(くじ・くろうど)だよ」 僕の言葉にサンキュといって、蔵人はにやりと笑った。 そこから先は、本当に楽しかった。 昼は誉さん(みんな誉さんと呼ぶので、僕もそう呼ぶことにした)がキッチンで食事を作ってくれたのをシャンデリアが下がっている(豪華だ)食堂で食べて(これがまたうまい!)、誉さんが片づけをしている間、プライベートビーチで泳いだり(ヨットがついたところとは逆の海岸だ)、みんなで大広間でゲームしたり(とっちーが強かった)……まさか、こんなに楽しいとは思わなかった。 知らない人と一緒にいて、なじめるかどうか不安だったけど、みんな気のいい人たちみたいだし、僕もくつろげた。 みんなも、知らない人が来ることで、適度にいい緊張になったといってくれて、うれしかった。 そして、それは――夜ご飯を食べて、食器を洗って、片づけて――、一息ついたときにはじまった。 「ねえ、こんなものあった?」 リビングからみんなが大広間に入っていく中で、椅子に座ろうとしていた佐和子が言った。 大広間の大きなテーブルをかこむように並んでいる椅子の上に、コンピュータが置いてあった。 「ん? 最初からあったんじゃないの?」 透子さんの声に、星羅が反論する。 「わたくし、何度か掃除や下見のためにここに来ましたけれど、この館にパソコンはありませんわ。ネットもつながりませんし」 そういえば、携帯は圏外だったな。 「とりあえず、立ち上げてみたらどうかしら?」 芽衣子さんが、パソコンを電源に入れて、立ち上げる。 真っ暗な画面に、魔女のゲーム、と真っ赤な文字が浮かび上がってきた。 正直、ちょっと不気味だ。 いつの間にか、僕のとなりに来ていた佐和子が、僕の手をぎゅっとにぎる。 僕も、その手を握り返した。 「なんだぁ? 魔女のゲーム?」 貞二の、わけがわからん、と言った口調。 「この島には、ふさわしいタイトルではあるようですけどね」 ネコさんの声が、だれにも返事されずに虚空に消える。 「テキストファイルがあるわね」 芽衣子さんがそのファイルを開くと、こんな文章が書いてあった。 魔女のゲームのはじまりと掟を告げる。 登場人物は、魔女が一人。異端審問官が一人。人間が残り。 人間の投票によって『多数決』で『魔女を指名』する。投票は、話し合って決めてはならない。投票は、夜に部屋で一人きりで行う。この投票時間に部屋の外に出たら罰を与える。 魔女でないなら、指名した相手には何も起こらない。投票数が同数ならばその投票は無効。 魔女は、投票ではなく、だれか『二人』を『魔法にかける』ことができる。人物の指定は、夜に部屋で一人きりで行う。 ゲームの終了までに魔女は、正体を自分から明らかにすることはできない。 異端審問官は魔女によって魔法にかけられない。 異端審問官が誰かを自分から公表したり、異端審問官が投票によって魔女に指名されたら、人間側が敗北する。 異端審問官は、投票ではなく、だれか『一人』を『処刑』ができ、投票以外では、唯一魔女を倒すことができる手段である。これもまた夜に部屋で一人きりで行う。 処刑が魔女以外のものに執行されても何も起こらない。 魔女の勝利条件は、異端審問官以外の人間を全員魔法にかけること。 人間の勝利条件は、魔女を投票で指名するか、魔女を処刑すること。人間が勝利すれば、魔法が解けてすべてが元通りになる。 命の危険は、まったくない。 必要な道具は、タンスの一番下の引き出しに。 無言で、訪印さんが、大広間にひとつだけある、衣装箪笥かなにかの、一番下の引き出しを開ける。 そして、そこに入っていた袋を大広間のテーブルの上に置いて、ゆっくりと袋をあけた。 「スマートフォン……?」 「それ、うちで開発中のやつじゃないかしら」 星羅さんが、ひとつ取り出して、眺めやる。 「どうやら、アプリがひとつ入っているだけみたいね」 芽衣子さんが、軽々とスマートフォンを操っていく。 「ルール説明の文章が、ほとんどそのまま書いてあるわ」 僕も、苦手なのをなんとか操作して、文章を見る。 パスワードを設定して、だれにも見られないようにしろ、ということ以外は、特にさきほど見たものと変わりはない。 ぴりりりりり! 音がしたので、びっくりした。 みんなも、びくっと体を震わせる。 どうやら、アプリのほうから、何かメッセージを受信したらしい。 「最初の投票時間は、夜の十二時(午前零時、午後十二時)から……」 あと三時間から四時間というところか。 「いたずらじゃないかしら、やっぱり」 芽衣子さんが、おずおずという。 「それにしては、ちょっと手が込みすぎなような気もしますわね」 星羅さんが、小首をかしげる。 「ん――、でも、あたしが思うに、このゲーム、人狼にちょっとだけ似てるなあ」 「人狼、ですか?」 僕の質問に、透子さんは答える。 「うん。村人の中にいるオオカミを、話し合いであぶりだして処刑するゲームなんだけど。でも、やっぱり違うな」 透子さんの目が、真剣になる。 「この魔女のゲーム、魔女に対して不利すぎる気がする。結局、異端審問官以外の全員を倒さないといけないわけで――、いや、違う、そうじゃない。人狼だったら、話し合いで処刑する人間を決めるから、だれを選んだかがわかるけれど、このルールじゃ、誰が魔女に指名されたのか本人たちにもわからない」 その言葉で、みんなが一斉にルールを確認する。 確かに、だれが処刑されたのか、異端審問官は知ることができる。 でも、投票でだれが一番票を取ったのかは、このルールでは、わからないように思える。 「おそらくだけど、このゲームは、基本的に、魔女と異端審問官の一騎打ちになっていて、その勝負に微妙ながら人間勢力が影響を与えられる、という形みたいだ。仮に最終局面まで行った場合、『魔女が一人、異端審問官が一人、人間が二人』か、あるいは、『魔女が一人、人間が三人』になる。前者なら、異端審問官が正解を当てる確率三分の一だよね。人間側が正解の人間を多数決で魔女に指定できる確率は四分の一かな。ああ、計算めんどくさいな。後者なら、正解は四分の一か。どっちにしろ、異端審問官が生きていた方が人間側の勝率は高いね。うーん、っていうか、魔女がそこまで不利とはいえないどころか、魔女のほうが有利か、これ? うーん」 さすが、透子さん。 途中から話についていけなくなったけれど、ゲームが得意なだけあって、ルール把握もすばやいようだ。 「ま、これが冗談なのかどうなのか、よくわからないし、魔法にかけるって意味もよくわからないんだけどね」 あっけらかんと笑う。 その笑いで、僕たちの緊張が、少しだけ緩んだ。 「でも、そう笑ってられないかもしれないわよ」 ネコさんの声で、みんながネコさんのほうを向く。 さきほどの箪笥の、今度は下から二番目をネコさんは開けていた。 その手に握られていたものを見て、緊張がまた高まる。 「バイブ、ね」 芽衣子さんが、つぶやくように言った。 芽衣子さんの言った通り、それは女性のオナニーのための道具だ。 男性器を模したものから、よくわからない形状のものまである。 「あら、けっこう高級なものもあるじゃない」 「あら、よく知っているのね」 ネコさんの指摘に、星羅の顔が赤くなる。 「で、でも、どうやら、これで、そこまで笑っていられる事態ではなくなった、ということかしらね」 あわててとりつくろうように、星羅が話題を変える。 「いや、それ星羅んちのじゃないわけ?」 「ち、違いますわっ! こんなハレンチなっ!」 透子さんの言葉に真っ赤になって反論する星羅が、かわいらしくて、みんな笑った。 また、少しだけ緊張がゆるむ。 「あの、透子さん」 「ん、どうした、クロードくん」 「このゲームが、どういうゲームなのかわからないし、本当か冗談かもわからないんですけど」 「うん」 「どうすれば、勝てるんですか?」 その言葉に、まわりが一斉に、静まり返る。 しばらく考えたあとで、透子さんは、口を開いた。 「この中に、悪意を持った人間がいないとして。魔女があくまでばれないように意図的な抵抗をしないとして。異端審問官はあやしいやつをとにかく処刑すること。そしてみんなも、自分が、あやしいかどうかを、できるだけ協力的に明かすことかな。わざとばらしたらアウトみたいだけど」 そこで、いったん区切って、透子さんは、大きな声を出した。 「最悪なのは、異端審問官を魔女と間違えてしまうことだと思う。それで異端審問官が退場したら、人間側の勝利確率はかなり低くなる。もし、このゲームで棄権というものができるなら、それをすべきだし、できないのだとしたら、今、自分の右隣にいる人に投票して、票を同数にして無効にするべきだと思う。異端審問官の存在が、このゲームの鍵だ」 もっとも――。と付け加える。 「明らかに魔女と思われる人間がいたら、そちらに投票すべきだと、あたしは思うな」 そのあとも、相談したり、あるいは順番にお風呂に入ったりしているうちに、夜の十二時が、すぐそばまで迫っていた。 「とりあえず、部屋に戻ろうか」 透子さんの指示で、僕たちは部屋に戻った。 パスワードの設定をして、誰にも見られないようにする。 そして、一人で、携帯端末の画面をしばらく見ていた。 ゼロが三つ並んだとき、アプリからメッセージが飛び出してきた。 『あなたの役職は、「異端審問官」です。処刑対象を指定してください。残り時間、10分です。』 くらり、とめまいがした。 これは――さっき、透子さんが言っていた役職じゃないか。 一番大事な――魔女の能力によって退場することはなく、魔女だと人間の投票で指定されたときのみ退場する、このゲームの鍵をにぎる役職――。 急に、ずどん、と体が重くなった気がした。 責任の、重さ。 アプリには、ご丁寧に、自分以外の名前が載っていた。 さて。 うまく、ここで一撃で魔女をあぶりだせれば、速攻でゲーム終了だ。 だが、手がかりはない。 もしかしたら、これは冗談なのかもしれない。 冗談なら、適当に打ってもいいのかも。 たとえば、佐和子とか。 っていうか、よく知っている人間が、佐和子しかいないからな。 そこまで考えて気づく。 これはかなりまずいんじゃないか? 僕以外の人間が異端審問官なら、様子がいつもと違うことから、魔女を推測できるかもしれない。 でも、僕は、佐和子以外の人間とは初対面だ。 圧倒的に、他者に対する情報が足りてない。 たぶん、一番、異端審問官になるべきじゃない人間が、異端審問官になってしまっている。 アプリが、残り時間を示す。 あと、五分か。 考えろ。 誰が魔女だ? 僕みたいにランダムで選ばれているのか? それとも、最初からこのゲームを仕組んでいる? ――仮に、ランダムなら、ノーヒントだ。 だから、この可能性は、『考えていても仕方がない』ため『放棄』する。 最初から、このゲームを仕組んだ人がいたとする。 なら、相手は、けっこう限られてくるはずだ。 まず、この屋敷にバイブを置かなくてはいけない。 そのためには、この屋敷に来れる人間でなくてはならない。 その人間は、限られるんじゃないのか? ヨットを運転できる人間、さもなくば、ヨットを運転できる人間を雇うことができる人間。 手越貞二。 ヨットの免許を持っている。 前から、この旅は計画されていたのだから、この場所も知っていたはずだ。 もちろん、このゲームがどんなゲームなのかわからないし、一人でどれだけのことができるのかもわからないが――。 僕は、『手越貞二』を『処刑』することにした。 メッセージを送信する。 明日、二人の人間が『魔法にかけられる』らしい。 さて。 現実に、このゲームが『本物』だったとして、いったい、何が起こるんだ? 朝。 誉さんの朝食を待っている間、ぞくぞくとみんなが起きてくる。 不安そうな顔が、みんなを見て、安堵に変わる。 「蔵人。大丈夫?」 佐和子が、入ってくるなり、心配そうに、僕に聞く。 「全然平気だよ。佐和子は?」 その答えを聞いて、安心したように笑った佐和子は、 「わたしも全然平気。やっぱり、冗談だったんだね、あれ」 「まったく。わたくしの屋敷であんな不埒なまねを。許せませんわ!」 ぷりぷりと、星羅が怒っている。 佐和子の到着で、透子さん以外は、全員そろった。 「透子さん、どうしたのかな」 「まあ、あいつはちょっと朝遅いからな」 貞二が言う。 もし、貞二が魔女だったら、この時点でゲームが終わっているはずだ。 貞二が全く昨日と変わらないので、貞二が魔女だったかどうか、判別できないんだが――。 まあ、それでも、なにごとも変わっていなければ、それでいい。 「おはよー」 透子さんの声がした。 僕は、ほっとして、透子さんのほうを振り向く。 そして、僕は、絶句した。 魔女のゲーム。 終わりなんかじゃない。 全然終わってなんかいない。 貞二は、魔女じゃなかった。 「あれ、みんなどうしたの? そんなポカーンとした顔をして?」 一糸まとわぬ姿になった透子さんを見て、僕たちは何も言葉を発することができない。 「あ、そうだ。なんか、このスマホ、もう使えなくなっちゃったんだけど」 そう言って、スマホを手で振る。 ゲームオーバーになると、携帯は、使えなくなるのか。 そのとき、アプリが、着信を知らせた。 メッセージを、みんなが一斉に見る。 『第一日目の犠牲者です。遠野透子。今日の魔法の内容は、全裸行動および、公開オナニー、そしてオナニー終了後の肉奴隷化です。男の人に目の前で射精してもらわないかぎり、この犠牲者には、毎日公開オナニーしてもらいます。このゲームが終わるまで、魔女の魔法は解けません』 この部屋を支配する、痛いほどの沈黙を、僕は、どこか上の空で聞いていた。 「ねぇ、なんか、みんなおかしいよー。さっきから急に沈黙しちゃうし、会話もぎこちないぞー」 おかしいのはあなたのほうだ、という言葉を、僕は透子さんに、発することはできない。 朝ごはんをみんなで食べる。 実に微笑ましい光景だ。 一人の女の子が全裸であることを除けば。 「あの、透子さん」 「ん、なにかな、クロードくん」 「このゲームについて、何か思うことってあります?」 きょとん、とした顔をする。 「ゲーム?」 「魔女のゲームのことですよ」 その言葉を聞くと、すうっと真顔になって、そのまま透子さんは沈黙する。 そして、ごはんをまた食べ始める。 「どうやら、ゲームオーバーになった人は、このゲームに、会話としても参加することはできないみたいね」 星羅さんが指摘する。 これは、痛い。 たぶん、この中で一番ゲームが強い人がしょっぱなから脱落するなんて……。 「でも、なんで一人なのかしら」 芽衣子さんが、ほっぺたに手をあてて、首をかしげる。 顔は少し青ざめているが、そのしぐさは品がある。 星羅さんが絢爛豪華なお嬢様なら、芽衣子さんは深窓の令嬢という感じだ。 「どういう意味だ?」 貞二が、意味がわからないという顔をする。 「うん。あのね。魔女が魔法にかけられるのは二人、よね。なのに、犠牲になったのは、一人しかいないのよ。ちょっと、変じゃない?」 「おそらくですが。異端審問官を魔法にかけたのではないでしょうか」 誉さんの言葉に、心臓が止まるかと思った。 僕を、狙った!? 動揺を悟られないように、お茶を一口飲む。 少し落ち着いた。 だけど、よく考えてみれば、あり得る話だ。 だって、僕は一人だけ部外者のようなものだ。 だれか一人だけ犠牲者にするなら、よく知らない人間を選ぶのは、自然。 そして、ゲームの強い相手を最初に除外するのも、自然。 あれ。 だけど、そうすると、少し違和感を感じるな。 僕を選ぶとすれば、仲間を大切にしている人が魔女という印象を受ける。 しかし、透子さんを選ぶなら、ゲームを早く終わらせたいというよりも、ゲームに勝ちたいという意志を感じる。 ゲームに勝ちたいという意志は、仲間を大切にするという感情とは、相反するんじゃないだろうか。 しかし、昨日の時点では、まだ冗談の可能性もあったし、魔法にかけられたら何が起こるかわかっていなかった。 僕も、冗談なら、よく知っている佐和子を選択してもいいか、と昨夜、思ったわけだし。 僕と透子さんを選んだというのは、矛盾なのか? それとも、自然に説明できる理屈があるのか? 「ということは、魔女は異端審問官がだれか、すでに知っているということになるよね」 佐和子の言葉で、我に返る。 「昨日、透子さんが、自分の右隣に座っている人に投票して票をならせっていったけど。そうすれば、一人一票で同数になって投票が無効になるからって。でも、魔女に異端審問官がだれかばれてるなら、最悪の場合、自分の右隣の人に投票せずに、異端審問官に投票して、その人だけ二票獲得するようにするんじゃないかな」 衝撃が走った。 それは、僕だけでなく、他のみんなも同じだったようだ。 「それ、やばいだろ。そのやり方だと、人間側が超不利じゃねーか!」 貞二が、大声で叫ぶ。 そうだよ、やばいってこれ。 僕が指名されたら、その時点で人間側ゲームオーバーじゃないか。 「それは違うと思うわ。魔女は人間じゃないのだから、投票には参加できないはずだもの」 ネコさんの指摘に、みんな黙る。 「ルールを確認すると、確かに、人間が投票を行うって書いてあるわね。魔女が夜に行うのは投票じゃなくて、『魔法』だし、異端審問官がするのは『処刑』ね」 芽衣子さんが、賛成するように口に出す。 ネコさんの言うことは、もっともだ。 僕は、昨日見た画面を思い出す。 僕は、投票に参加していない。 処刑対象者を決めただけだ。 「だから、やっぱり透子のアドバイスは、まだ有効なのよ」 みんな、黙ってうなづいて、朝食を終えた。 「みんな! 公開オナニーの時間だよ!」 朝食を終えて、これからのことを考えるため、大広間にみんなで行くと、透子さんが突如タンスのほうに駆けだした。 そして、毒々しい紫色のバイブを手に取り、ソファに座って、大きく股を開いた。 「ん、ふっ……」 そうして、そのまま、みんなの見ている前で、割れ目に、男性器を模したものをこすりつける。 「ちょ、ちょっと、止めなさい!」 星羅さんが、驚いたように言う。 「あっ、はぁん、星羅、どうしたのっ……?」 透子さんは、ボーイッシュでさわやかな雰囲気とは一転して、発情して媚びたような表情を浮かべている。 「ど、どうしたのって、そんな、みんなの前で、こんなこと……」 「んっ、んんっ、こんな、ことって、な、なに?」 口がだんだん、だらしなく開いていく。 だらしなく開いてきたのは、上の口だけではなかった。 下の口からも、はしたなく愛液がにじみでてくる。 「そ、それは、おっ、オナっ、オナ、なっ」 顔を真っ赤にするが、星羅さんは何も言えない。 「ねぇ、みんな見てぇ。オマンコにズボズボしてるの、見てぇ。みんなに見られるの、好きなのぉ」 甘い喘ぎ声が部屋に響く。 「ね、ねえ、みんなっ! 見ちゃダメよ、部屋に帰らないと!」 星羅さんがみんなに促す。 それで、我に返る。 「そ、そうだね、行かないと」 そう言って、出ていこうとする僕に、ダッシュで透子さんがつかみかかる。 「だめぇ! だめだよっ! いっぱいあたしでシコシコしてくれないと!」 ぎょっとして、僕は思わず動きをとめてしまう。 そのすきに、ズボンを脱がされる。 さきほどの痴態のせいで、そそりたったペニスが、みんなにさらされる。 きゃぁっ、とだれかの小さな悲鳴が聞こえた。 「あはっ、あたしのエッチな姿を見て、おちんちんこんなに大きくしてくれたんだ! うれしいよっ!」 そのまま、床に座って、バイブを割れ目につっこんで、出し入れする。 「あたしにザーメンどぴゅどぴゅ出して! イケメンオチンポからいっぱいザー汁ちょうだいっ!」 あわてて、ズボンをはこうとする手が、ネコさんの声で止まる。 「ねえ……だれかが射精しないと、これ、明日も続くって書いてなかった?」 あわてて、携帯を見る。 他の人たちも端末を見て、表情を変える。 「た、確かに」 「で、でも僕、彼女いるし」 佐和子のほうを見る。 「蔵人、あの……して、あげて」 「えっ?」 佐和子の言葉に、僕は思わず絶句する。 「かわい、そうだよ。こんな、みんなの目の前で、操られて、オナニー毎日なんて。だれかが止めないと……。わたしは、大丈夫だから。だから、お願い」 「お、お願いって」 助けを求めるように、貞二と誉さんを見る。 誉さんは、思わず目をそらし、貞二は逆に見つめてきた。 「クロード。どうしてもいやなら、俺がやるぜ」 そう言って、貞二がズボンに手をかける。 「無理にする必要はないしな。――つーか、俺もけっこう興奮しちまったし」 ジーパンごしでもわかるくらい、貞二の股間は膨らんでいた。 女性陣も、それを見て、顔を赤くする。 「あぁん、遠慮しないで、二人ともシコシコしてくれていいよー」 僕は―― 「やっぱり、恋人がいるのに、こういうことするのは、どうかと思うから。貞二、頼む」 こくり、と貞二がうなづく。 「まかせろ」 健康的に日焼けした、筋肉質の足。 太く大きくそそり立ったペニスを、ゆっくりとしごき出す。 「あぁん、貞二ぃ、そんなにおっきいオチンポ持ってたんだあ」 甘い声を出しながら、バイブをヴァギナの中に出し入れし、同時にクリトリスを手で刺激する。 徐々に、その動きが激しくなっていく。 「あはっ、んんっ、んおおっ、お願いっ、ぶっかけて!」 貞二は、無言で、体にペニスを近づける。 「あんっ、デカチンポ好きっ、あひゃんっ、好き好きっ! 興奮しすぎてあたしいっちゃうっ!!」 がくがくっ、と足を震わせて、透子さんは絶頂してしまう。 そこには、昨日までのクールな印象は全くなく、ただ、快楽をむさぼる姿だけがあった。 「お、俺もっ」 短く息をついた貞二のペニスから、大量の精液が出る。 「あんっ、いっぱーい」 「わ、悪いな」 ティッシュで貞二が、透子さんの体についた精液をふく。 それが終わると、透子さんは立ちあがった。 「公開オナニーが終わったから、あたし、みんなの肉奴隷になります!」 元気よく手をあげて、とんでもないことをのたまう。 「えっと、クロードくん、貞二、誉さん。いつでも、どこでも、発情したら、あたしの体を使ってください。中出ししてもオッケーだよ♪」 貞二のペニスが、またたくまに元気を取りもどす。 「ちょっと貞二! あなた、あなた何を考えているの!」 星羅が取り乱す。 「ち、ちげぇって、いや、これは」 「お、おちんちん、そんなに大きくさせちゃって、まさか透子に――」 「い、いや、ちが」 「誉さんも、おっきくさせているようですね。むっつりスケベかしら」 ネコの声で、みんなの視線が、誉さんの股間に向く。 たしかに、そこには、大きくなったペニスが、布越しにもわかった。 「さいってい」 星羅が、吐き捨てるように言う。 瞳も、心なしかうるんでいるような気さえする。 「まあまあ、星羅ちゃん。男の人は、エッチなこと考えると、すぐにたっちゃうっていうし、ね?」 芽衣子さんが星羅をなだめる。 「星羅、あたしのことは心配しなくていいんだ! それに、オマンコにオチンポを突っ込まれるのは、肉奴隷として当然のことだろう? 遠慮せずにあたしを使ってくれ。それがあたしの喜びなんだ」 「――あんたたち、この状態の透子に変なことしたら、絶対に許さないから」 星羅が、きっ、と僕たち男性陣をにらみつける。 「はぁ。星羅、肉奴隷は妊娠しないように魔法がかけられているんだ。それに、いずれ星羅も、あたしみたいになる」 溜息をついて、つぶやいた言葉に、ぎょっとして、星羅が反論する。 「な、なにを言ってるんですの! そんなこと、あるわけないでしょう!」 「魔女に魔法をかけられたらそうなるよ。でも、とっても気持ちよくて幸せなんだ。そうなればわかる。オチンポ奴隷になれる幸福ってやつがね」 オナニーをしていたときの、昨日とは打って変わった態度もゾクゾクするものがあった。 しかし、昨日と同じ、冷静な態度で、言っていることが完全におかしくなった透子さんのセリフは、星羅さんを沈黙させるのに十分だったようだ。 「ならないわよ。わたくしは、絶対に、そんな破廉恥なことを悦んでする女にはなりませんっ!」 怒って、星羅さんは出て行ってしまう。 「ちょっと、俺も疲れたぜ。昼食のときにまた会おう」 そう言って、貞二も続いて出たのを皮切りに、次々とみんなが部屋を出ていく。 「あっ、あたしも部屋にいるからね! でも、鍵は開けておくから、いつでもセックスしたくなったらおいでよ!」 透子さんも、そう言って、部屋を出ていくと、最後には、佐和子と僕だけが残った。 「蔵人」 そう言って、佐和子は近づいてきて、僕の股間に手を伸ばす。 「まだ――おさまってないんだね」 「ご、ごめん」 そうなのだ。 僕は、さきほどまでの異常事態に、興奮してしまって、さっきから、勃起がおさまらない。 「実は、わたしも――」 そう言って、佐和子がうつむく。 「変態だよね。こんなおかしな事態なのにさ。あてられちゃって――興奮しちゃった」 僕たちは、あまりセックスはしない。 子どもが生まれても責任が取れないし、完璧な避妊はないと思っているからだ。 前は、それなりにしていたんだけど、ここ数カ月は、まったくといっていいほどなかった。 「ねぇ、蔵人。――エッチ、しよっか」 廊下を歩くと、扉の中から声がする。 それは、透子さんの喘ぎ声。 でも、それだけじゃない。 他の人の声も聞こえる。 この家、壁は厚いようだったけれど、扉は薄いみたいだ。 「みんな――興奮しちゃったんだね」 「そうだね。あれは――、すごかったから」 「しかた、ないのかな」 「え?」 佐和子の言葉を聞き返す。 「みんな、興奮しちゃうこと」 「まあ、ある程度は、しかたないんじゃないのかな。生理現象だし。それに、やっぱり異常な雰囲気にあてられちゃうってことはあると思う」 僕たちは、佐和子の部屋に入った。 「ねえ。わたしが操られたら、どうする?」 「どうする、って言われても」 「蔵人は、最近全然セックスしてくれないけど――もし、他の人とセックスするように魔法をかけられたら、どうしよう」 それは――いやだな。 「それは、いやだよ」 「じゃあ、今、セックスして」 ぎゅっ、と抱きしめられる。 「透子さんって、いつでも冷静沈着で、ゲームがすごく強くて、あんな感じの人じゃ全然なかったのに――命の危険がないって言っても、あんなふうになっちゃうんだよ。だから」 わたしがおかしくなったら、率先してセックスしてほしい。他の男には渡さないでほしい。できればでいいから。無理なときもあるだろうから。 そう、佐和子は言った。 「わかった。約束するよ」 「あと、ね」 「ん?」 「もし、したかったら――蔵人は、他の女の人と、していいよ」 その言葉に、僕の動きは止まる。 「なんで?」 「―――――――」 長い沈黙。 「クロードが、魔法にかけられたら、仕方ないって思うから」 僕は、魔法にはかからないんだよ、佐和子。 異端審問官なんだから。 「ううん、それだけじゃない。たとえ、魔法にかかっていなくても」 「な、なんでさ?」 「クロードは、二枚目だよね。女の子に人気あるの、わかってるでしょ? 今回の旅だって写真見せたら、ぜひ連れてこいって言われたんだから。あなたとセックスして嫌がる女の子、この旅の仲間には、いないと思う。もし、セックスしないとどうしようもない事態になったら、他の二人もイケメンだけど、二人がするよりも、クロードがしたほうが、女の子たちは喜ぶはずだよ」 「だけど、僕には、佐和子がいる」 「うん。その気持ちはうれしい。クロードが責任感の強い人だってのはわかってる。わたしにも、そんなに手を出してこないから、他の人にもなおさらだろうって。でも、もっと気楽にセックスしても、いいよ。これは異常事態だし、それに――」 「それに?」 「このゲーム、ひどいゲームだけど、そのせいで、今よりも、もうちょっと気楽にクロードがセックスしてくれたら。このゲームが終わったあとも、わたしと、もっといっぱい、してくれると思うから」 「佐和子……」 話している間に、はだかになった僕たちは見つめ合う。 「ごめんね、エッチな女の子で」 佐和子の手が、僕の手を導いて、佐和子の性器に触れさせる。 「どろっどろだよね。自分でも、恥ずかしくなるよ。わたし、たぶん。性欲が強いんだ」 佐和子の手が、今度は、僕のペニスに触れる。 ぬるぬるの粘液が、佐和子のきれいな指にからみつく。 それをゆっくりと伸ばして、ペニス全体にぬりたくる。 「女の方から誘うのって、はしたないと思わないって、昔、言ってくれたよね。でも、やっぱり、ちょっと恥ずかしいんだ」 僕の体を押し倒して、ペニスをにぎる。 がに股で、僕の体の上でしゃがみ、ペニスを自分のあそこに狙いを定める。 「コンドーム」 「うん、ピル飲んでるから大丈夫」 「でも」 「二重避妊だもんね、わたしたち」 僕たちは、コンドームとピルの併用セックスがふつうだ。 このやり方だと、まず間違いなく妊娠しない。 「でも、ごめん。もう無理。さっきから、体がうずいてるの」 ずぶり、と。 ペニスが佐和子の肉につつまれた瞬間、電撃的な快感が、僕の体をめぐる。 「んほぉっ……ひさしぶりの生のおちんちんだっ……」 とろとろにとろけた、佐和子の肉が、僕をつつみこむ。 「ちょ、佐和子、やばいって」 その声におかまいなしに、佐和子が腰を振る。 上下に動かした腰が、ぱちんぱちんと僕の腰に当たる。 「数か月、やってなかったんだからっ! ずっと、さみしかったんだからっ! したかったのっ、セックスしたかったのっ!!」 そう言って、くちびるを奪われる。 その間も、一生懸命に腰をグラインドさせる。 今度は、上下じゃなくて、前後に。 「ふんっ、ふんんっ、ふんっ、クリトリス、当たって、ああっ、んんんんっ!!」 やばい。 ゴムごしじゃないから、快感が―― 「わたし、もうダメ。いっちゃう」 「ぼ、僕も」 「一緒に、イこ?」 そのほほえみは、天使のように優しくて。 でも、性欲にまみれた淫蕩にとろける顔は、どこか魔女のようで。 その顔に見とれながら、僕は佐和子の中に、今までたっぷりと溜めこんだザーメンを、遠慮なく吐き出した。 慣れ、というのは怖い。 一人の人間が、はだかで暮らしていても、あまり気にならなくなっていた。 みんなでお昼ごはんを食べた後は、ゲームをしていた。 これでは、昨日とあんまり変わらない。 「さぁ、次は、バックギャモンでもしよう!」 透子さんは、あいかわらず裸だ。 そして、たまに、僕や貞二や誉さんに、セックスしたくない? 体を使ってもいいよ? と言ってくる。 だけど、それ以外は普通だ。 普通にゲームをして、普通にしゃべっている。 「なぁ、星羅。その、ボートで帰ったら、ダメかなあ。これ以上、犠牲者が出る前に……」 「はぁ!? ありえないですわ!」 即答で、貞二の意見は却下される。 「そんなことをしたら、透子がこのままかもしれませんのに……」 「確かに。人間が勝利したら、元に戻るってルールに書いてあったしね」 僕の発言に、ネコさんが付け加える。。 「でも、魔女が勝利した場合は、どうなるのかしら」 うーん、と、そのことを聞いたみんなは、考え込む。 僕は、その間に、みんなを観察する。 すっぱだかの透子さんは、はだかであること以外は、ふつうだ。 星羅さんは、心配そうな顔をしている。 ネコさんは、よくわからない。感情があまり表情に出ないのか。 芽衣子さんは、ネコさんとは別の意味でよくわからない。おだやかで礼儀正しい雰囲気が崩れていないからだ。 貞二は、パニックではないにせよ、焦っているような感じもする。 誉さんは、最年長だからか、落ち着いているようにも見えるが、実は緊張しているのかもしれない。 佐和子は、うーん、少し暗い、か? 明らかにおかしい雰囲気の人間はいない。 魔女を特定するのは、ちょっと難しいか。 「ルールには書いてませんでしたわね」 「魔女の方には、おそらく伝わっているのでしょうけどね」 星羅さんに、ネコさんが答える。 「魔女はゲームが終わるまで自分の正体を明かすことができない、とあったけれど、あれは魔法で口封じがされているという意味なのかしら。それとも、正体を明かすと、魔法がゲーム終了後も解けないなどのペナルティがあるということなのかしらね」 芽衣子さんの疑問はもっともだ。 「それもまた、魔女のみぞ知る、ということだな」 貞二の言葉で、また沈黙が落ちる。 データが足りない。 僕が、異端審問官なんだ。 だから、できるだけ早く魔女を見つけて、「処刑」しないといけない。 くそっ、この中で知っている人間がほとんどいないというのは、やっぱり致命的だな。 だれがあやしいのか全然わからない。 だれもかれもがあやしく見える。 「投票は、どうする?」 貞二が聞いてくる。 「投票、だれが魔女か、っていうやつか?」 「とりあえず、食堂で右隣に座っていた人に投票、みたいなやり方が無難だと思うわ。魔女を倒せないかわりに、異端審問官を間違って退場させるリスクをゼロにすることができる」 ネコさんの言葉に、僕たちは全員うなづく。 食堂の座席は、昨日と一緒だ。 「話し合いで投票を決めてはならない、に抵触しなければいいんだけど。これはやり方について話しているだけで、だれに投票するかを決めたわけじゃないから、たぶん大丈夫」 僕たちは、自分の右隣に座っている人を、それとなく見るのだった。 夜。 十二時に、メッセージがアプリから出てくる。 『あなたの役職は、「異端審問官」です。処刑対象を指定してください。残り時間、10分です。』 今日はお風呂に早めに入って、だれが魔女かを考えるため、疲れた、といって早めに休ませてもらった。 今日の段階では、特にあやしい動きをしたやつはいなかった。 そして、魔女は貞二ではない。 もちろん、透子さんでもない。 魔女は、昨日、僕と透子さんを狙った。 これがたぶん、ヒントだ。 朝も考えたことだけれど、これがどうも腑に落ちない。 僕が魔女で、ゲームに勝ちに行くなら、透子さんを狙うのはよくわかる。 あの人が人間なら、魔女の勝利を一番遠ざけそうな人だ。 でも、勝ちにいくなら、そう、今日の話を聞いている限り、ネコさんもかなり頭が切れるみたいだ。 だから、僕と違って、みんなのことをよく知っているやつが魔女なら、ネコさんあたりを狙うんじゃないか? ――僕と違って、みんなのことをよく知っている? 待てよ。 僕のことをよく知らなくて、みんなのことをよく知っているやつが魔女なのは間違いない。 僕以外は同じ学院なんだから。 なら、透子さん以外は、大した脅威じゃないと思っていたら? 戦力未知数の僕を狙うんじゃないか? 透子さん以外を大した脅威じゃないと思えるくらいの人物、か。 頭がよさそうなのは、ネコさんだけど――。 そこで、僕の頭は、昨日の思考へと舞い戻る。 そもそも、こんなゲームの用意は、この島に来られないと無理なんじゃないか。 ありえそうなのは、星羅さんと誉さんだ。 もし、このゲームが、一種の魔法なんだとして、それに一番近いところにいるのは星羅さんじゃないか? この館だって正常院家の建物だし、魔女が実際にいるとしたら、この館の設計者と関わりのある正常院家があやしい。 それに、魔女が実際にはいなくて、これは壮大なドッキリだったとしても、星羅さんが首謀者なら、とてもやりやすいはずだ。 確実な正解なんてない。 だけど、自分なりに一番妥当だと思った方法を取る。 僕は、『正常院星羅』を処刑した。
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